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Phase3-2:賽は投げられた

 換金所でロスへの換金を終えたイッテツは、ラウンジのソファーに座って息を吐いた。

 ラウンジの端ではトリオのバンドが演奏をしている。曲はスローなジャズ。その音色に少し耳を傾けた後、携帯端末を取り出してウォレットアプリを起動する。そこには十桁に及ぶ数字が並んでいた。

「すごーい」

 不意に耳元で声がして、イッテツは携帯端末の画面を暗転させる。振り向くと、ブラックジャックのテーブルでイッテツの隣にいた金髪の女性だった。ドレスの女性は微笑み、ソファの端から回り込んでイッテツの隣に腰を下ろした。

「あなたがイッテツさんね。色々なカジノでそこそこな儲けを上げては、問題視される前に別のカジノへ移る。実に賢いやり方だわ」

「なにか用か?」

 イッテツは携帯端末をジャケットのポケットにしまい、表情を変えずに訊ねた。ドレスの女性はぽかんとした表情を浮かべ、そして薄く笑った。

「話が早くて助かるわね。実はちょっとした投資の話があるの」

「詳しく聞かせてくれ」

「……意外ね。もっと警戒されると思ってた」

「儲け話を始めて胡散臭くならない人間はいない。だからどんな相手でも話だけは一応聞く」

「誰でも等しく疑ってるってわけね。まあ話を聞いてくれるだけ助かるわ。その儲け話っていうのは、オムニス内に銀行を作らないかという話なの」

 黒髪のピアニストを眺めていたイッテツの視線が、なにかを見つけて僅かに動く。

「面白い話だ」

「でしょう? ロスは最早、世界統一通貨と言っても過言ではないほどに力をつけている。中央銀行の役目はオムニスのシステムが担ってくれているけれど、そろそろ民間の銀行ができても良い頃だと思うのよ」

 演奏が一曲終わり、ラウンジにまばらな拍手が響いた。

「それは、お前個人の発案なのか?」

「いいえ、父の発案。実は父がすでに人を集めているの。ううん、人と言うより、はっきり言えばお金ね。元手が必要なわけ。どう? 興味あるでしょう?」

 バンドが次の曲を始めようとした時、イッテツが目で追っていた少女がピアニストの肩を叩いた。ピアニストは笑顔で少女に席を譲る。少女は嬉しそうに椅子に腰かけると、得意気に鍵盤に手を置いた。

「俺にどういうメリットがあるのか、興味がある」

「取締役としての地位をお約束するわ。それから……私個人を、あなたの物にしてもらってもいい」

 言いながら、金髪の女性はイッテツの肩に寄りかかる。

「今夜、これから――」

「ねこふんじゃったー! ねこふんじゃったー!」

 イッテツが注目していた少女は、激しくピアノを弾きながら猫ふんじゃったを熱唱し始めた。落ち着いた雰囲気をぶち壊す音楽に、ラウンジは騒然とする。良い雰囲気を作ろうとしていた金髪の女性は、あからさまに顔をしかめた。

「ねこあしたのあーさーおりといで!」

 途中からベースとドラムも参加して、少女は滅多に聴くことのない猫ふんじゃったのフルバージョンを歌いきった。拍手喝采だった。

 少女はバンドメンバーと握手を交わし、最後にラウンジにいたギャラリーに一礼をする。そして、イッテツの方へ向かって歩いてきた。金髪の女性は敵意を剥き出しにする。

「なによ、あなた」

「どうも! 私はシイナ!」

 シイナは元気に手を上げて自己紹介をする。セミロングの黒髪と大きな瞳が可愛らしい。外見はどう見ても小学生か中学生にしか見えないが、黒のパーティードレスを着て、薄く化粧もしていた。イッテツはシイナに拍手を送る。

「素晴らしい演奏だったぞ。俺は――」

「ギャンブラーのイッテツさんだよね! 私ファンなんだ!」

 シイナの底抜けに明るい声に、イッテツは苦笑する。

「あ、あのね。今大人の話の最中なの。あっち行ってくれる?」

「そしてあなたはマチルダさん! キャラは女性で、声もボイスチェンジャーを使ってるけど、岡山県在住の三十九歳男性。身長一六三センチ、体重九二キロ……生活習慣もっと気をつけた方がいいんじゃないかな」

 金髪の女性キャラクター、マチルダは目を見開いた。

「な、なにを言ってるの? そんなデタラメ……」

「デタラメじゃないよ? ちなみに前のキャラクターはプラチナさん、その前のキャラクターは美咲さん。女キャラクターを使ってお金目当てで男性に声をかけるも、ことごとく失敗してはキャラクターを作り直してる、悪い人だよね?」

「こ、この子頭がおかしいみたい。どこか別の場所で話を進めましょう」

 マチルダは立ち上がり、ラウンジを出ていこうとするが、イッテツはソファに座ったままだった。

「どうしたの? 早く行きましょうよ!」

「どうして行かなきゃならない?」

「だって……投資の話を――」

「誰が乗るって言ったよ」

「な……! 興味あるって言ったじゃない!」

「確かに面白い話だし、金にも興味はある。だけどな、初対面の相手に名乗りもせず、いきなり儲け話をするやつに付いていこうとは思えない。今度生まれ変わったらその辺に気をつけるんだな」

イッテツはマチルダを見もしないで言った。

「っ……! このイカサマ野郎!」

 ボイスチェンジャーを切ったのか、ドスの利いた声をラウンジに響かせて、マチルダはログアウトした。

 シイナはイッテツに向かって親指を立てる。それから先程までマチルダが座っていた場所に腰を下ろした。

「お嬢ちゃん、只者じゃないな」

「えへん。そうとも私は只者じゃないのだ。未来のスーパー歌手だよ」

 足をぶらぶらさせながら、シイナは得意気な顔をする。

「そうだな。そんだけの度胸があれば歌手にもなれるだろ」

「そう思うでしょ? そこでおじさんに美味しい話が!」

 言いながら、シイナは人差し指を立てる。

「ほう?」

 シイナは立てた人差し指をイッテツの顔に近づけて、

「私に投資しませんか!」

「ああ、いいよ。端末を出しな」

「やった!」

 二人は携帯端末を取り出すと、ウォレットアプリを立ち上げてトレードを選択する。小銭が鳴ったような音がして、シイナの端末に千ロスが送金された。日本円にして百円である。

「それでお菓子でも買いな」

「えー! そんなの投資じゃないよ! 私が歌手になってもお菓子しか返せないよ?」

「生憎そんなに金には困ってないんでね。歌手になったらソフトクリームでも奢ってくれ。じゃあな」

「むー!」

 イッテツは立ち上がり、ラウンジの出口に向かって歩き出した。歩き出した直後、イッテツの耳にコンコンというノックのような音が聞こえてきた。振り返ると、すでにシイナはいなくなっている。

 またノックの音がした。それはゲーム内の効果音ではない。イッテツは嫌な予感がし始めていた。オムニスからログアウトして、インターフェイスのこめかみあたりにあるスイッチに触れる。インターフェイスを顔に固定していた人工筋肉が弛緩したのを確認して、イッテツは仮面を取る。そして恐る恐る、音がしていた左の方を見る。

「こんばんはー!」

 子供らしいパーカーを着て、化粧気の無くなったシイナが、イッテツの乗るトラックの窓を叩いていた。

「開けてー!」

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