ヒロ……イン……は?
今日は待ちに待った入学式だ。
「ふふふふふ……某のマリーたんが入学してくる日でござる」
誰よりも早く教室に入り、席に着いている男の名はリリアム・スロインドだ。スロインド公爵家の次男である。まるで宝石のように溢れ落ちそうなピンクダイヤのような瞳にピンクブランドの柔らかな髪、それに華奢な身体の彼は見た目は儚い美少年である。本人もそれは理解しているが、内面はオタクであった。そのため、人前では『僕』など敬語で話すが、仲が良い人には内面の喋り方が出てくる。そのため、今も誰もいない教室では独り言のため、外向きの言葉ではない。
「ああ……やっと、この時が来た……某が待ち望んだゲームの始まりでござるよ……にししし」
リリアムは転生者だった。元は日本人である彼はオタクであった。社会人として働きながら、推しのためにお金を稼ぎ、推しに貢ぐタイプの男だった。好きなものは美少女が出てくるハーレムゲームである。そして、彼に転機を与えたのは実家に帰った時に姉がしていたゲームを側で見ていた時である。姉は友達から借りたらしいおすすめの乙女ゲームをしていた。興味はあまりなかったが、その中に出てくる主人公であるヒロインに一目惚れしてしまったのである。そのため、ヒロインを見るためだけに彼はそのゲームを買い、誰とも結ばれないノーマルエンドばかりをクリアしてきた。そして、そのゲームのコラボカフェに姉と共に行った帰り道に事故に遭い、この世界に転生した。それも姉と共にだ……。
『リリアム・スロインド』は攻略対象者の一人であり、ヒロインのライバルである悪役令嬢の双子の弟である。そして、ゲームでは儚い美少年枠である。病弱と弟属性を併せ持つリリアムの攻略は二周目以降から開始されるのだ。しかし、ゲームの序盤でヒロインと出会う事になっている。何故なら、ヒロインと隣の席だからだ。
「某が一番初めにマリーたんにおはようって言うでござるよー」
ニヤニヤとする顔を止められないリリアム。
マリーたんと言うのはヒロインのマリー・コーランだ。コーラン男爵家の娘である。ミルクティー色のふわふわした髪に同じ色のパッチリとした瞳。それに、穏やかで優しい性格の彼女は光魔法を使う事ができる希少な存在なのだ。そんな彼女の目標は没落しそうな家を建て直すために玉の輿を目指して入学するのだ。何とも現実的な子なんだろうと初めは感心してしまった。
だけど、そんな彼女の邪魔をする存在が悪役令嬢である。ヴィヴィアン・スロインド。リリアムの双子の姉である。そして、彼女は今世でも姉だが、転生前も姉だったのだ。二人してゲームの世界に転生した。彼女も転生前はオタクで腐っていた。そして、性格もサバサバとしていたが、ヴィヴィアンだとわかった瞬間に穏やかな令嬢の振りを始めた。リリアム同様に彼女も表と裏を持ち合わせた令嬢へと成長したのだ。なので、現在のヴィヴィアンは周りからは女神と呼ばれていた。それを聞くたびにリリアムは笑っていたが、そんな彼も周りから天使と呼ばれている事を知らない。内面がオタクだからである。
「ああ……きっと、マリーたんはいい匂いがする筈でござるよ……にししし……」
彼女の事を考えてニヤニヤと顔を緩めながら、そんな事を言っていると、教室の扉が開いた。そのため、リリアムは急いで佇まいを直した。
危ない、危ない。某の裏の姿を見せる所だった。
そして、入って来た男に一瞬目を奪われた。ヒロイン同様のミルクティー色の髪は短髪であり、瞳も彼女と同じ色だが、パッチリと言うよりも切れ長である。それに、背が高く、体格が良い彼は所有イケメンである。リリアムはそんな彼に舌打ちをしそうになった。
イケメン野郎が……マリーたんは渡さないからな。
リリアムはヒロイン至上主義でライバルになりそうな男をチェックしていたのだ。勿論、自分を除いた攻略対象者もチェックしている。
だが、そんな彼はヒロインの席に座ったのだ。そう、ヒロインの席……マリーたんの席に。
「はっ、はあああああああ!!」
突然の大きな声にイケメンの男は驚いていた。だが、今はそんな事はどうでも良い。何故なら、ヒロインの席にイケメンが座っているのだから。
「そこはマリーたんの席でござるよ!! 何で、お前が座っているんだよ!!」
「……はっ? マリーたん?」
怪訝な顔をした男にさらに言葉を続けた。
「某が何年待ち望んだと思うでござるか? と言うか、あんた誰? マリーたんは?」
その言葉に男は首を軽く傾げながら答えた。
「俺の名前はオーウェン。オーウェン・コーランだ」
「オーウェン・コーラン? 聞いた事がな……い……ん? コーラン? えっ? コーラン男爵家?」
「そうだ。コーラン男爵家の息子だ」
「んうえええ⁈ マリーたんが男になったー⁈ ええ⁈ オッ、オーウェン氏! マッ、マリーたんは?」
リリアムの慌てた様子に若干引きがちなオーウェンは真っ直ぐに見返して来た。その瞳は若干吊り上げてだ。
「マリーは俺の姉だが……あんたは俺の姉と知り合いなのか?」
その声は冷たく、警戒しているようだった。そして、リリアムを探っているように聞こえた。
「しっ、知り合いではないでござるが……昔、一目見た時に憧れたでござるよ……そっ、某の生きる目的になった人でござる」
段々と自信なさげな様子に語るリリアムにオーウェンはジッと見据えた後にため息を吐いた。
「はあーー。俺は、マリーの弟だ。マリーは先日、男爵領に住んでいる幼馴染と結婚した」
「…………えっ? けっこん?」
その言葉を聞いた瞬間にリリアムの中にあったマリーとの夢見る学園生活が音を立てて崩れていった。
「けっこんーー!! マリーたんがーー!! 嘘でしょーー!! 某、何を目標に生きていけばいいのーー!!」
そして、その場に膝をついて崩れ落ちたリリアムにオーウェンは目を見開いて驚いていた。
マリーたんが結婚、マリーたんが結婚、結婚ってあれだよね? 両思いの二人が家族になるという……某、発狂しそう……ん? と言うか、マリーたんの弟? ヒロインって弟いたか? ………はっ⁈
「オーウェン氏、身体は? 身体は弱くないでござるか?」
突然起き上がり、オーウェンの肩に手を置いて叫ぶリリアム。
「別に弱くないが? と言うか、お前の頭が大丈夫か?」
「失礼な! 某の頭はいい方でござる。何てったって、学年3位の頭の良さであるよ!」
えへんっと効果音がつきそうなほど、どうだ凄いだろ! と言う顔をしたリリアムにオーウェンは残念そうな顔を向けた。
「頭と顔がいいのに、性格が残念なんだな」
そして、彼をゆっくりと自分から離して前を向いた。
「んな⁈ 失礼な! 某はね……」
まだ言葉を続けようとした瞬間に教室の扉が開いた。その瞬間、リリアムは佇まいを直した。
「あっ! リリアム様だ!」
「リリアム様! おはようございます!」
「リリアム様!!」
そして、一気にリリアムの周りに人が集まって来たのだ。そんな彼らに優しく微笑んだ。
「皆さん。おはようございます。今日からクラスメイトですね。よろしくお願いします」
先程と打って変わって、穏やかな話し方に天使と見間違えるほどの優しい微笑みにオーウェンは驚いていた。
「本当に同じ人間か……?」
だが、オーウェンの反応とは違い、リリアムに集まる人間はそんな彼の様子に頬を染めながら、挨拶をしていた。
危ない、危ない。今まで築いた某の印象を壊すところであった。しかし……某の夢は壊れてしまった。
チラリと隣に座る男を横目で見るが、何度見てもヒロインとは似ていない。似ているのは髪色と瞳の色だけである。
というか……マリーたんの弟って、ゲームでは病弱で小さな頃に亡くなった設定では?
しかし、隣の彼は病弱とは無縁な身体を持っている。その事にリリアムは深いため息を吐いた。




