番外編 3-2
色とりどりの料理が並ぶ長方形のダイニングテーブル。自然味あふれる木製と対比するように、銀のカトラリーが淡く光る。庭への動線となる掃き出し窓は、端から端まで綺麗にカーテンで秘められる。家の中を照らす照明が、ありふれた〝夕食どきの家庭〟を演出していた。
「いただきます」
五人分。重なったハーモニーが空気を揺らす。
ヴァイスたちを気遣ったのか、「ウチはこっちで食べよ」と我先にローテーブルの方で食事を摂ろうとしていたはずの楸は、ソファの背もたれに腕をかけ、四人を見守っていた。初めて料理を振る舞う相手の反応が見たいのだろうか。
視線につつかれるような感覚を抱きながら、ヴァイスは早速食器を手にする。中身は楸が作ったスープだ。
「ごふッ……!」
一口目、咽せる。
舌に舞い降りたのは形容し難い味だった。甘い、いやしょっぱい。というか辛い。それぞれの味が一歩も譲らぬまま主張していて、調和も何もあったもんじゃない。それはまるで、ノワールとスティルの口喧嘩にディアンが加わったような、どうしようもない収集のつかさなだ。
おまけに流れ込んできた葉野菜は噛んだ瞬間ぐずぐずになり、逆にじゃがいもはびっくりするほど硬い。舌触りに二つの感触が加わって、朝、仕事に向かう人がたくさん乗ってる列車みたいな風景が頭によぎる。つまり何が言いたいかというと、大混雑ということ。たった今口の中でそれが起こっている。
ゴン、とテーブルに肘をついて口を覆ったヴァイス。楸の視線から逃げるようにして顔を背けてしまう。肢体はプルプルと震えていた。それは見ようによっては料理に感涙しているかのようだ。
「なぁヴァイス、ウチの料理、どう?」
分かりやすく抑揚のある期待の含んだ問いが投げかけられる。ヴァイスはまるで氷漬けになったかのように、ぎし、と体を固まらせた。
せっかく作ってくれた料理、しかも初実食。おまけに製作者は上司と来た。異形に囲まれた時より詰みでしかないこの状況にヴァイスは頭を悩ませる。
色々なものを天秤にかけた結果、ヴァイスが選んだのは。
「お、おいしい、です」
「ほんま?! 嬉しいわぁ、おおきに」
ふわりと暖かな毛布みたく声が柔らかくなって。コミュニケーションとしての正解は取れたのかもしれないが、フィードバックをするというまた別の優しさを切り捨ててしまったことを実感する。
だがそんな罪悪感よりも、目下の問題はこの料理だ。見た目は綺麗なはずのこの劇物を、どうやって受けるダメージを軽減しながら平らげるか。ただそれだけである。
「——うわ、この料理まず、っいた!」
ふと隣で落ちかけた爆弾発言。声の主はもちろんノワール。まずいと言おうとした、というかほぼ言ってしまっていたが、それを阻止したのは何らかの外部干渉。ごんっ、という鈍い音にヴァイスはびくりとする。
「? どうしたん?」
「ノワールが足をぶつけてしまったみたいです」
「そう……気ぃつけや?」
楸に対応したのは、怖いくらいにご機嫌そうな笑みを浮かべているスティルだった。状況から察するに、スティルがノワールの足を蹴ったらしい。ノワールもそれが分かったのか、明らかにイラつきが混じった視線をスティルに向けている。当の足癖が悪い少年は、すまし顔でスープをこくりと飲んでいた。
「……お前表情筋すごいな」
小声でぼそりと言ったのはディアン。山々のような皺を眉間に深く刻み込みながら、煮物を摘んでいた。じゃく、というこれまた硬そうな咀嚼音が低く響く。連動してディアンの大きな口が歪んだ。
「表情管理は得意ですから」
そう言って小首を傾げたスティル。柔らかそうなアイボリーの髪の毛がふわりと揺れる。薄く開かれた瞼から覗く双眸は、よくよく見たら光の一切を取り込んでいなくて。焦点もどこか遠くに当てられているように見えた。
「……すごいね」
色々な意味で。
その言葉はスープと一緒に飲み干した。
「見かけは良いよな」
ぱちりと散った火花みたいな声。ヴァイスは一度だけディアンに顔を向けてから、再び楸が作ったそれらに視線を落とす。彼の言う通り、食卓に並ぶ料理たちのその見た目はとても良かった。赤、黄色、緑と、色とりどりの食材が散りばめられた品々は、レストランのメニューに載せられそうなくらいに美しい。
まだ口をつけてはいないけれど、豚肉入りの炒め野菜は良い感じに肉汁とタレが絡み合って食欲を手招いている。ヴァイスが一口飲んで咽せたスープだって、視覚情報だけならとれたての野菜が目に浮かぶような艶があった。
だが口に入れてみればそれが盛大なトラップだったことが分かる。視覚と味覚の不一致。それは想像以上に脳を混乱させるというのは、今日一番の学びだろう。
「——本格的に料理の勉強でもしてみましょうかね」
「それいい。名案だよスティル。頑張って、君ならできる」
「ありがとうございます」
ヴァイスの横から飛ばされた捲し立てるような台詞に、スティルもまたさらりとお礼を述べる。任務以外では常日頃から独特な距離感を保つ二人の会話が、ここまでいがみ合いをすることなく無事に着地するのも珍しい。そう思うと同時に、楸お手製料理の破壊力をひしひしと感じた。
——僕もお手伝い頑張ろう。
味のしない炒め野菜を頬張りながら、そんなことを思う。雨が降ってるかの如くどんよりとした食卓に、ソプラノの綺麗な鼻歌が響いていた。




