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モノクロの君に捧げるモノローグ  作者: 花式カイロ
二章
64/64

31-2

 言われて思い出したかのように、一同は「そういえば」と言うような顔をした。

 そうだ、事前に引っ越しなんて知らされずに連れ出された我々は、現在ほとんど手ぶらだ。家具どころか、各々の日用雑貨まで丸ごと部屋に置きっぱなしである。もちろん引っ越し業者も呼んでいない。つまり、今日明日の休みで「突発! 引っ越し作業」なる任務を遂行しなければならないということになる。


「あかん、忘れてもうてたわ。ウチも歳やな」


 あまりにも軽いノリで返された楸の言葉に四人揃って絶句する。錆びた機械のようにぎこちない動きで顔を見合わせながら、どうするどうするとアイコンタクトを交わす。だがそんなことをしたって、どうしようもないことは分かっている。こうなった以上、今から死ぬ気で引っ越し作業をしなければならないわけで。

 失意の中それぞれが立ち上がった瞬間、ピンポーンと場に合わぬインターホンが鳴り響いた。


「なーんてな! ウチはそないなド畜生やあらへんで」


 それを合図にしたように、楸は打って変わって明るい調子で言い放つ。ド畜生のくだりは議論の余地があるがそこはさておいて、一体何が何だと困惑するのは不可抗力。

 楸は要領を得ない四人をまとめて押していき、諸共玄関へ移動する。彼女は一定の間隔で押されるインターホンに「はぁい!」と応えながら、黒色の扉を開けた。


「こんちはーっす! あなたのためならどこへでも! 速くて安くておまけに…‥えーっと、速い! 引っ越し屋キース・ロバーツ、ここに参上っ! オレのハートも、お届けだぜ……☆」


 玄関先に立っていたのは金髪の青年だ。ハイテンションの極地とも言えるその挨拶に、NoDiWS全員が圧倒される。言いようのない沈黙がその場に流れていた。


「相変わらず騒がしいなぁ……名乗り口上はええから、はよ仕事しい」


 沈黙は、楸の一声で破られた。キースと名乗った引っ越し屋(・・・・・)は、「はーい」と軽い調子で返事をする。不意に、彼の目がこちらに向いた。


「おっ、そこのお嬢さんかわいいね〜! お名前は? 楸さんにパワハラされてない? 怖いよねーこの人」

「…………」


 そう言ったキースの視線は相変わらずこちらに向いている。それでもヴァイスは文中の「お嬢さん」というワードに認知を拒まれ、返答をせずにいた。


「その子は男や」


 楸の指摘にキースは硬直する。そのうちにスッと姿勢を正して、爽やかな笑みを浮かべた。


「……やぁ初めましての少年たち! オレが来たからには、引っ越しのお悩みなんてまるっとぜーんぶ解決だぜ!」

「ねぇ」

「ハイっ!」

「この子に謝りなよ」


 無理やり上げていたであろうテンションに歯止めをかけたのは、ヴァイスの隣にいたノワールだった。苛立ちを通り越して怒りを感じる声。顔には出さないくせに、そういうところで分かりやすい。

 キースはだらだらと汗を流しそうなくらいに焦っていた。ひぇー、といったセリフがつきそうな困り顔をして、そうして両手をパンっと合わせる。


「ごめんなさい! とんだ失礼で不快にさせました! どうかお許しを! この通り!!」

「い、いや……大丈夫です……」


 荒波のような勢いに押されてそう返す。あまり関わったことのないタイプだ。悪い人ではない、のだろう。なんというかその、怖いもの知らずではあるかもしれないけれど。


「パワハラが嫌やったらウチにも謝ろか」

「いだだだ! 痛い! すみませんでした耳掴まないでください!」


 容赦なくキースを引っ張っていく楸に、一同は呆気に取られる。遠慮のないやり取りだが、親しいと言えばそうなのかもしれないと、ヴァイスは思った。


「ほらあんたらも」


 そう言って楸はヴァイスたちに目配せする。隣で耳を引っ張られて萎れてる青年のようにはなりたくないので、大人しく従うことにした。


 楸に先導されて一同が向かったのは二階だ。階段を上がって、正面に三つ洋室があり、両端の向かい側にはそれぞれ寝室と洋室。計五つの部屋がある間取り。随分と部屋数の多いフロアだと思った。疑問をそのまま楸に投げかけると、元々下宿用に部屋数の多い家を買ったから、とのことらしい。彼女がそういう用途で家を買うだなんて意外だ、という言葉は飲み込んで、「へぇ」と返す。

 このフロアにはバルコニーもあると聞いて、行ってみたいと思ったが、寝室からしか行けないようで——寝室は楸が使っているとのこと——それは諦めた。



「ロバーツ、あとは頼むで」

「ラジャー!」


 威勢よく返事したキースは宙空に手をかざす。魔法を発動するようだ。目を閉じて集中力を高めている彼を見て、何が始まるんだと息を呑んだ。

 一際強く光を放ったと思えば、キースが手をかざしていたあたりの空間がぐにゃっと歪む。瞬く間に広がって、キースの背丈と同じくらいの穴が完成した。


「よっし空いた! さーみんな、ここに入って家具と荷物持ってきな〜」


 ほれほれ、と背中を押されるが、ヴァイスはそれを拒絶した。流石に何の説明も無しに突然できた穴に入り込めるほど警戒心は薄くない。キースの方を見ると、明るく笑いながら「大丈夫っすよ」と諭される。


「オレお得意、空間魔法! あらかじめ座標を()キミたちの部屋んとこに設定しておいたから、変なとこに飛ばされる心配はないよー」


 ほら、と言って彼は空間魔法の穴に手を突っ込んでみせる。戻ってきたキースの腕は、突っ込まれる前と何ら変わりない。


「安心しい。ロバーツはチャラチャラしとるけど、任された仕事はちゃんとこなす男や」


 そばで様子を見ていた楸が助け舟を出した。別に彼女のことを信じきっているわけではないが、わざわざ嘘をつく理由もないかと納得する。


「そそ、チャラ男だからってナメちゃダメだぜ? ほら、後ろのキミらも!」


 そう言ってキースはノワールたちにも声をかける。


 こうしてヴァイスたちは、かつての自分たちの住処へと繋がる空間に足を踏み入れた。

 空間魔法を抜けた先は言われた通り寮——と言っても退去するならこの言い方は相応しくない気もするが——に繋がっていた。一瞬で移動できたことに感動を覚えつつ、ヴァイスたちは引っ越し作業を済ませていった。



「おっ、みんな終わったねー? お疲れ様! それじゃーオレはもう失礼するんで!」

「あ、ありがとうございました!」

「ぜーんぜん、仕事だからねー」


 気持ちの良い笑みを浮かべるキースに、作業を終えてヘトヘトになりながらもヴァイスたちは礼を告げる。へらりと笑って「仕事だから」と言う彼に、小さい笑みを返した。

 失礼する、と言った割にキースはその場に留まっている。一人ずつの顔を見ていく彼と目が合った。何だとドキドキしていると、キースはおもむろにしゃがみ込む。


「楸さんってさー、オレのお得意様なんだ。今回、この仕事を請け負った時に、あーあの人また仲間の世話焼いてんなーって思ったのよ。……こんな小さい子たちだとは思わなかったけどね」


 語り出したキースの声は優しげで、口を挟めない。彼は相変わらずニコニコとしている。


「キミたちも異形と戦ってるんだよね?」


 そう聞いたキースに肯定の返事をしたのはスティルだ。お行儀のいい声が後方から聞こえてくる。キースは「そっかー」と囁くように言った。


「オレがキミらくらいの歳の時かな。故郷が異形に襲われてね、そん時人工亜人のお姉さんが助けてくれたんだ。そっからオレの故郷——もちろんオレ自身も、人工亜人の人らを英雄だって崇めてる」


 話を続けるキースはどこか誇らしげにしている。


 責務を果たすだけで英雄だと崇められる?


 それは不思議なことであると同時に、嬉しいことでもあった。自分たちの戦いが無意味なものなんかじゃないと、そう伝えてくれている気がして。

 誰かにとっての英雄になれるのなら、この身分も悪くはない。そう思ったけれど。


「——でもさぁ、キミたちを見るとそうやって崇めるのも酷だなって」

「酷? どういう意味」


 聞き返したのはノワールだ。ほんの少しの苛立ちが声に混じっているように聞こえる。


「悪い意味じゃないよ〜? 上手く言えないけどさ、オレら普通の亜人が立ち向かえない化け物を、キミたちみたいな小さい子供が相手してるって……痛々しいな、って」

「……憐れまれても困るんだけど。それに、貴方がどう思おうと、僕たちは異形と戦わなくちゃならない。仕方のないことだよ」

「仕方ないで片付けちゃっていいの?」


 その問いを最後に、ノワールは何も言わなくなってしまった。その行動は、彼の答えが少なくとも「YES」ではないことを意味するのだろう。今この瞬間、ノワールの本心を垣間見た気がした。


「——なーんちゃって! ただの一般人の戯言(・・)だよ。えーっと、黒髪イエローアイのキミ」

「ノワール」

「ノワールくん! の、言うことはもっともだ」


 先ほどとは打って変わって、太陽のように明るい調子でキースはそう言った。シリアスな雰囲気に萎縮していたヴァイスの力が抜ける。目をぱちくりとさせていると、キースは笑顔を保ちながら「でも」と続ける。

「キミたちのことを心配する人が確かにいるってこと、忘れんなよ! オレもその一人だぜ!」


 爽やかなウィンクをしながらポーズを決める。出会ったばかりの人だけど、底抜けにいい人だというのがよく分かる。人は見かけによらない、という言葉はまさしく彼のためにあるような——というのも失礼に値するかもしれないが——気がした。

 ヴァイスは彼の言葉に頷いた。兄弟たちも、各々思うところはあったのだろう。どこか溜飲が下がったような顔をしていたり、気恥ずかしそうに微笑んでいたりと反応はさまざまだ。


「っと……本当にそろそろ失礼するぜ! こんな一般人の長話に付き合ってくれてありがとね! そんじゃねー!」


 一回目の時と違ってあっさりとした退場に反応が遅れる。キースを見送ろう。そう思ったヴァイスと同時に立ち上がったのはノワールだった。


「あ、ノワールもお見送り?」

「……まぁね」

「珍しいこともあるものですね」

「いいことだろ。……ほら、行こうぜ」


 続いて立ち上がるスティルとディアン。立ち上がったのは最後なくせして仕切るディアンを小突きながら、四人塊になって階段を降りた。


「ほんまおおきにな。……子守り代も追加で払った方がええか?」

「そんな大したことしてませんって! それじゃ、今後ともご贔屓に……ってあれ、どうしたよ少年たち! お見送りにでも来てくれちゃった?」


 キースと、彼の声に反応した楸がこちらを向く。キースが玄関に手をかけていたのを見るに、帰るギリギリのところだったらしく、間に合って良かったと安堵する。


「常識でしょ」


 ノワールの返事に「お前が言うんかい」と心の中でツッコミをする。だがノワールは良心が欠如しているのであって、常識のことは理解しているタイプだ。ヴァイスのツッコミは当たっているようで違う、と言ったところだろうか。

 キースは、生意気な態度を依然として崩さないノワールにそれでも笑いかけた。少し嬉しそうにしている。


「子供に懐かれるって嬉しいね〜!」

「懐いてない」

「えー、そうなの? おにーさん悲しい。……それじゃ楸さん、それからノワールくん……と、その仲間たち! またね!」


 気さくに手を振るキースに、ヴァイスはぺこりと頭を下げる。皆もそれぞれ別れを告げた。


 一人でテンションの平均値を底上げさせていた人物がいなくなったせいだろうか、途端に家の中は静かになった。ヴァイスはその雰囲気の中でどう行動を起こそうか悩んだが、次第に全員がばらけ始めたのでとりあえずノワールの方についていく。


「あー、そやった……あんたら、明日はウチに付き合ってもらうからな」


 不意に何かを思い出したような楸に引き留められる。どことなく面倒そうな表情をしていて、伝染したようにヴァイスも少しだけ顔を顰めた。


「何か用事ですか?」

「住所変更の手続きせなあかんからな、役所とか組織とか……まぁ、着いてきてもらうで。終わったら自由にしてええから」


 あ、早めに終わらせたいから午前のうちに行くで。

 付け加えられた言葉の後に、ヴァイスたち四人は大人しく返事をして。なら明日は早起きか、でも慣れない家で早寝なんかできるだろうか。そんなことを思いながら、ヴァイスは部屋に戻っていった。

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