第六話 合い鍵
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「ハナ──────ただいま・・・」
カスミが呼んでる。あぁ、お店閉めて帰ってきたんだ。
寝ぼけて思わず「おかえり」なんて言いそうになって口ごもる
宣言通り寝腐ってやったわ、まだよく知らない男の部屋で・・・。
流石に自分でもどうかしてると思う。無警戒さと大胆さに呆れる
ベッドの上に有ったはずの“おふたり”の掛け布団がいつの間にか
床で丸まるわたしに掛けられて、結構マジで寝ちゃってた。
布団の外に添い寝するよう頬杖着いてわたしの顔を観てる
その片割れ
いくじ・無さ男。
「おはよ──────」
こっちの気持ちも知らないで、真っ黒な顔してクスクス微笑んで・・・
ムカついたのか単に恥ずかしいのか、たぶんその両方。寝返りを打って
そっぽ向き、頭まで布団被って中で膝を抱えて丸くなる。
「眠いから話しかけるなばか」
「顔ぐらい洗ってから横になりなさい、もう」
「そんな汚れてっかな、まいいか」
ちょっと寝たら落ち着いちゃったのか、さっきまで何であんなに
怒ってたのか、もぅどーでも良くなっちゃった気さえする。
このお布団からは、ヘルメットのあの香りがしないからなのかな・・・
よくわかんないや
「なー、なんかさっきより怒ってんなぁーハナー」
「借りたいCDとか観なかったのかー?」
ぅるさいばか・・・
「──────ふぅサッパリ」
「まぁ今日も疲れたよな、あと30分ぐらい寝てていいよ、送るから」
そっか、CD貸してなんて言ったから今こうなってるんだけ・・・
結局、知らないゾウリムシバンドの曲なんてまーったく興味なかった訳で
今となっては、もうすっかりどうでもいい話──────。
そういえば、カスミがこのシュシュ欲しがったのが事の発端。
この紫のシュシュをわたしのキラキラと語り、社長の煙草や、さとるさんの口癖
鏑木さんのエプロンのように、カスミ自身の足りない何かを補うアイテムとして
このシュシュをカスミは欲しがった。
コイツ・・・まるで勝手にわたしの服を脱がすように髪からシュシュを引っ張って
取り上げて、“くれ”なんていうから“ダメ”って言って取り返したんだけど・・・
変なところで大胆なのか、単にカスミがデリカシー無いのか。
おかしなところで子供っぽいイタズラをやるんだよな・・・
もしかしてあの時の照れ隠しでわたしを誂っただけ?
べつに、もう最初の赤以外に10個も作っちゃったし、一つあげるのは
構わないんだけど、コレをあげるなら、なんか代わりに大切な物を
取り上げてやらないと気がすまないと思っただけ。
でも、なんでわたしのキラキラを欲しがるのカスミ──────
泣いてばかりであなたの力になんてわたし成れないのに
ねぇ、どうして?
なんて、疑問に思うんなら振り向いて目の前のカスミに直接聞けばいいのに
そんな勇気もないんだからしょうがない。結局わたしも──────
いくじ・無さ子。
ただ、一方的にこの紫のシュシュをあげるのは、なんかすっごく癪に障って
わたしがこのシュシュに込めた想い以上の物をカスミから取り上げてやらないと
釣り合いが取れない気がして──────。
そーだ、なんか丁度いいのがそのテーブルに・・・
わたしにとってそれくらい大事な物なんだから、理解りなさい!
「カスミ、このシュシュ欲しいんでしょ?」
「なら、その合い鍵ちょうだいよ」
「それとならシュシュと交換してもいい──────かも」
「は? なんでこんなもん欲しがるんだよ・・・」
「まぁいいけど。そんかわり無くすなよ?」
拍子抜けした。シュシュをあげたくないから、きっと了承できないだろう
最高難易度の条件を出したつもりなのに。カスミそんなにあっさり、わたしに
この部屋の合い鍵渡すんだ・・・。
そっか、きっと写真の彼女も持ってるんだね・・・
大事なプライベート空間を共有するとか、そういうの慣れてるんだ──────
そのわたしとの考えの差が、大人過ぎてちょっと引いた。
「オレが居ない時に中に入るのは構わないけど、散らかすなよ」
「かたずけんの面倒だから。店の連中にはナイショだぞ色々面倒だから───」
ねぇ、カスミ。それはこの合い鍵を“使う事”に関しての話だよね?
わたし、コレを使いたくて欲しがったわけじゃないし使うつもりも無いんだけど
もしかしてわたし、この交換条件は失敗した?
「ね、カスミはこのシュシュどう使うつもりなのよ」
「気持ち悪い使い方したら許さないんだから──────」
「使い方か・・・そんな考えてもなかったな」
「ハナみたいに腕にはめてバングルみたいにするか。かなり気持ち悪いな」
イイんじゃない? カノジョのなら。でも許さない
そんな事してたら問答無用で引っ叩いてやるんだから、バカ!
その写真の元に置いてあるホコリを被った二つの同じ指輪と
同じ使い方なんて絶対にさせない
そう思うんだけど、ひとつは写真の人の元に在るべきものが二つ揃って
どうしてここにあるんだろ、でも指輪の話を聞いてしまったら知りたくもない
真実がまた一つ決定的な事になってしまう気がして──────
やっぱり、わたしも“いくじなし”
「流石に今からイーツ頼んでる時間でもないか」
「コーヒーでも飲む? インスタントだけど」
「カップ一個っきゃ無いからどっちかがアイスな、ハナどっちがいい?」
「──────温かい方」
カスミの香りがする布団の中でダンゴムシみたいに膝の中に頭を押し込む
仕事中のセカセカした感じも、NMスタカフェ時のソワソワもない
落ち着いたカスミの時間感覚って、こんなにも穏やかなんだって。
そんな事を思うと、すごく遠く感じていた大人で、社会人として歩み始めてる
カスミがすごく身近に感じて、でもそれはそれでなんか悔しくて
キッチンでコーヒーを淹れるために、ウロウロしてるアイツ。頭を目線の高さ
までお布団から出して伺ってると、ミルクどうするって振り返ったので
慌てて布団の中に潜る
「──────いっぱい入れてっ!」
「はいよ、つんつんお嬢様」
そんな穏やかで優しいカスミにまたムカムカしてきて、どうやって
虐めてやろうか考えてると、戻ってきたカスミにお布団の上から肩を叩かれて
ビクってした
「ハナ、煙草吸っていい?」
「じ、自分の部屋なんだから、勝手にすればいいじゃんっ!」
なんでハラハラしてるんだろ、怖いなら合い鍵引っ掴んで逃げればいいのに
怖い訳ではないんだ・・・じゃぁ何このドキドキ──────
「あれ、さっき布団引っ張り落とした時倒れたか・・・」
「あぁー! ふふっ、ハナがオコなの分かった。お前この写真見たんだろ?」
「──────ま、ふつう怒るよな」
自覚在るんじゃんばか、どうしてくれんのよ、この折れた翼っ!!
「な、また勘違いしないようにちゃんと言っとく」
「布団から顔だして、ちゃんとオレの顔見て、ハナ」
「──────やだ」
たぶんそれ今、絶対聞きたくない話。
答えなんて無いほうがいい事だって、きっといっぱいあるの!
「あ・・・嫌っ、やだって言ってるのに!」
意外と好きだったお布団を取り上げられて、真っ赤な目を観られたくなくて
体育座りで膝の中に頭をうずめて抵抗するのに、布団をベッドに戻したカスミに
正面から抱っこされて心臓が止まりそうに──────
あにすんのよ、ヤメてよ今そういうの・・・
「じゃいいよ、耳元で話すから──────」
そんな事を耳打ちされて、目だけじゃなく耳まで熱くなって
逃げるようにベッドまで後ずさり
「ほら手、貸して。ちゃんと向き合って話さなきゃ、大事な話」
たぶん、もう逃げられないんだと思う。カスミは決定的な何かを
話そうとしてる。いくじなしのクセに、こんなに真剣に何かを伝えようって
してるのに、その結果がわたしにとって最悪な話だとしても
わたしもいくじなしじゃ、全部負けた気がする。
「あの写真の彼女な。オレの未練だ──────」
「ぅ──────」
キッチンからピヨヨとお湯が湧いた事を知らせるケトルに答えるように
少し憂いを宿した顔したカスミが立ち上がり、また繋がれた手を勝手に離して
キッチンに行ってしまった。なによ・・・それ──────
「ハナー、砂糖は? ってホットだからあとでもいいか」
なにその余裕。
また先走ってなんか空回りしてるっていうのわたし・・・
もうなにがなんだか全然わかんないよ──────
「はいよおまたせ、カフェオレミルクマシマシ。こっち、テーブルの方においで」
「不用意にベッドに近づいちゃダメ。ここ一応男の部屋」
ハッとして、合い鍵と湯気がたつカップが置かれたテーブルまで
一気に詰め寄って正座する。いちいち余裕があるのがさらにムカつく!
押し倒す勇気もないくせに・・・
「ん、手かして──────」
ムカつくんだけど、そう云われて素直に差し出された手を握っちゃう自分も
ムカつく。なによどうしたいのわたし──────
「門限とか大丈夫か? もうじき21時だぞ?」
「べつに・・・、キサちゃんとカラオケって連絡してあるし」
「お・ま・え。友達巻き込むなよな」
「で、なに未練って・・・」
わたしの手をキュって握って、かすみはその写真の人
“元カノ”の話をはじめた──────
3年前に大学の構内で知り合った2学年上の先輩だった彼女とカスミは
お互いに惹かれ合って、告白という誓いめいた儀式をしないまま
なんとなく付き合いはじめてしまう。でも、一年が過ぎた頃から関係が
ギクシャクしはじめ──────
「な、ハナ。倦怠期って言葉知ってるか?」
「オレ達は、結婚に至る恋人同士の誰もが越えて往くその丘を越えられなかった」
なんとなく付き合い、なんとなく二人でアパートを借りて、なんとなく同棲して
でもそんな素敵な関係も一年過ぎた頃にはすれ違うようになていた
「よくある話だよ。ケンカにも至らない言い争いが増えて」
「一緒に部屋にいる時間が次第に少なくなってさ、オレは部屋を出た」
「じゃ!あの化粧水はなによ・・・」
「ここにだってその人来てたって証拠じゃない!」
カスミはわたしのその問いに照れくさそうにコーヒーを啜りながら俯いて
「好きだったんだよ、アイツの頬からする化粧水の匂いが・・・」
「ふたりの部屋を出る時さ──────」
「洗面所の鏡の前にずっと置きっぱなしにされてたオレが買った指輪の片方とさ」
「その横にあったその瓶を、つい持ってきちまった・・・」
「な、女々しい話だろ」
そう云ってわたしの手を握ったまま、ずっと俯いてた・・・
カスミの癖。好きな人達の思い出を手元に置いたり真似したりする
キラキラ集めのコレクター癖。
歌舞伎揚げや煙草、発祥が社長のなんか伸ばしちゃう口癖。
コレも全部、カスミの憧れの収集品。あのエプロンだって・・・
このシュシュを欲しがるのも、きっと──────そうなのかも
「あーあ! ココまで話しちゃったんだ、ついでだから全部聞いていけよなハナ」
カスミは二人の部屋を出るか迷っていた時、あの姫店長ゆうこさんに
二人の関係を相談しはじめた。それは、関係を修復したいって思いから
倦怠期を乗り越えたいって、カスミの想いから。
色々、何ヶ月もゆうこさんに話を聞いてもらって、ゆうこさんがカスミに
突きつけた最終結論。それは──────
「別れなさいってさ、そう──────云われたよ」
「もう、修復不可能だってさ──────」
「んっ──────痛いよ、カスミ」
力強く握られた手に、カスミのその人に対する気持ちの重さが伝わってきた
本当に、心がひび割れるぐらいに、カスミはその人のことが好きだったんだ。
そしてカスミは二人の部屋を出た、最低限の荷物だけ持って。
合い鍵と“全部捨ててくれ”と書いたメモ紙を残して──────
その日の内にこのアパートを契約して、鍵の受け渡しまでの一週間を
藤乃宮の二階で寝起きして。だからこの部屋は壁紙の煙草の香り以外
こんなにも“空っぽ”なんだって。理解ってしまった・・・
寂しい気持ちを埋めるために、何となくそれを補って忘れるために
キラキラを集めて飾ってるのかなって・・・カスミ、すこし理解るよその気持。
わたしも同じだから
「一度だけ、二人で暮らしたアパートに行ったんだ」
「目的なんかないよ、気まぐれ。ただ、そこに居て欲しい奴のそばに居たくてさ」
「──────ハナ、なんとなくわかんだろ?」
「その結末をさ──────」
向き合ってわたしに向けられてるカスミの瞳。空虚で曇ったような瞳に
天井のシーリングライトの反射が悲しく光って・・・
「空き家だったよ。自分からアイツを捨てたような真似しといて」
「酷いよな、もう居ないって分かった途端にさ、失ったものの大きさに絶望した」
「ショックでさ。 その翌日だったかな配達中に違反して免停になって」
「西口勤務を言い渡され、西口の店頭でハナを見つけた──────」
「そう・・・だったんだ。それ、いつ頃?」
「去年の今頃」
「そっか──────もうそんなに、経っちまったんだな・・・」
そう一言云って、スッとカスミは上を向いた。
一度だけピクリと肩が震えた途端に、カスミの頬から首に向かって
一筋涙が滑り落ちて・・・
切ない想いにもらい泣きしそうな顔を見られたくなくて、繋がれた手を
引っ張って、蹌踉めいておどろいた顔したカスミの頭を膝立ちで抱いた。
カスミがぶつかったテーブルに置いていたグラスとカップがカシャンと音をさせ
倒れそうになっているグラスが、既のところで踏みとどまったのを見て
わたしも目を閉じた。
カスミはわたしの胸で肩を何度か同じように震わせてから
繋いだ手を離してわたしの肩に両手を乗せて自分から離れるように
元の場所へ座り直した。
テーブルの下で、カスミの手が何かを探すように
しているのを掴まえると、カスミはわたしから目をそらして含羞んだ。
ごめんなさい、思い出させてしまって──────
「ごめんカスミ。その写真立て倒したのわたしなの」
「なんかあの人に観られてる気がして申し訳なくて・・・」
「いいよ、それならもう起こすつもりもない」
「ひどい話だろ、そばに置いておきたいからって集めたのにホコリだらけ」
「面倒見れないクセに欲しがるんだオレ。だらしないよな?」
それは違うよカスミ。彼女の思い出はきっとまだあなたがどうしたらいいか
分らなくて、手を伸ばせない証拠だと思う。
あのヘルメットもそう、あんなにホコリだらけで倉庫にずっと置きっぱなし。
でも──────
もう要らないってヤケになって簡単に捨てられない優しさ
ほんとにカスミが集めるだけの面倒見れない人だったら
鏑木さんのエプロンを直してって、あんなに必死に頼んだりしない
出来上がったエプロンを見てあんなに喜んだりしないよ。
やっぱりわたし、この想いがたとえ届かなくても、カスミが好き。
きっと最初からこの心は理解ってたんだ、カスミの優しさを──────
「カスミ、やっぱりこのシュシュあげる・・・じ、じゃなくって交換!」
「絶対ホコリだらけにしないで、そんな事したら怒るから」
そう言いながら、カスミの手を握った手首にしていたシュシュを滑らせて
カスミの手首に送った。お店のみんなにはナイショだよって言って。
はぁ、なんかすっかり気が抜けた。
いっぱい警戒して最悪な方に考えちゃって。
少しだけホッとしたけど、カスミまだきっと忘れられてないんだ。
でもチョトだけは許してあげる。彼女から卒業しようとしてるから。
でもさーぁ、カスミぃ・・・わたしがオコなのそれだけじゃないんだよなァ
「ねぇ、あのバーベナのブーケ。本当にカスミが贈ってくれたの?」
「ブッ! んッ──────ゲホッゲホッ! ビビった。なんでそう思った?」
だってそんなの理解るじゃん。まだお互いちゃんと知り合う前だよ?
伝票見たらさ、送り主の欄は空欄だったけど、お届け先の欄には
わたしのフルネーム。あのタイミングでそれを知っててカスミの事情を
よく知ってるのって、一時面接したゆうこさんだけじゃん。
それをカスミに伝えたら観念したみたいにガックリ肩を落として
「ゆうこさんさ、オレがアイツの事相談してたから」
「オレの悪いとこ全部知ってるんだ。たぶんオレ達がああなったのって」
「オレに積極性がないって事でさ、それを逆手に取られて」
「きっと教えてくれてんだと思う。それじゃダメだって」
「でもごめんハナ、これは流石に怒ったよな。オレの身勝手に巻き込んで」
「ハナから見たら完全に思わせぶりな態度だもんな」
コイツ・・・まだ理解っとらんなー。ゆうこさんの計らいが有ったって
そんなのもう関係ないのっ! 結果的に知らずに届けたことになったとして
それをカスミはどう思ってるかを聞きたいのっ。
カスミはわたしにあの素敵な花を届けて良かったって思ってるの?
それとも無理やり仕向けられてただ困ってるの、どっち!!
もうほんとに物事の表面しか見れないよね
男子って!!
「んーっ! カスミ見て、この指!!」
「な、なんだよ・・・ 絆創膏で済んでよかったじゃん」
ホラね。
事の重大さをぜんぜん理解ってない!
わたしにとってはファーストキス以上のことされたのと同じ!
事故としか思ってないのかそれとも、まーったく気付いてないのか
「切った時、カスミ咥えて吸ってくれたよね血」
「料亭に血の染み落としたらヤバイからなそれがどした」
「それに毒のある植物っていっぱいあるんだぞ、万が一が有ったらマズイだろ」
う。そ、そうなんだ・・・だからあんなちうちう吸ってたんだ・・・って
それはそうかもだけど!
「カスミあの後なんて云ったか覚えてる?」
「わたしに咥えて西口に走れって云ったの! 混乱してたからわたし・・・」
「──────そのとおりにしちゃったけど・・・どういう事か理解る?」
「間接キス!! それも──────その・・・すごくやらしいの!!」
「あー・・・考えてみたらかなり恥ずいな、確かに。ディープみたいなもんだ」
明言化すんなバカ!! コイツやっぱり自覚なし。
ゆうこさんに言いつけてやる、絶対オメメぱっちり案件だからね!
「じゅ、順番めちゃくちゃだよ。せ、責任・・・とってよね!」
「ばっ! だからってお前、今ココでキスしろってか!」
「違うばか!! あなたにとってわたしは花福の妹? それとも──────」
「それ以上に想ってるの、どっち!! ちゃんとわたしのこと真っ直ぐ見て!」
バーベナのブーケ。カードにカスミの字で宜しくなって書いてあった。
それは仕事の事、花福の兄として? それともアンタが惚れたって云った方?
さあ、どっち! 白状なさいっ!!
「み、見てるよ。でもお前だってカレシ居んだろ」
「横恋慕とかそういうのオレ嫌いだからな、それに──────」
「居ないよばか! わたし男の人苦手だって言ったじゃん!」
「え? スタカフェ行き成れてんじゃんだって・・・」
はぁー?! スタカフェどんなとこだと思ってるの?
女の子同士でもお茶するでしょ。どんな幻想を抱いてるのよ一体っ!
「あみ・・・女友達としょっちゅう行ってるの!」
「え゛! そうなの? ウチの地元じゃ立派なデートスポットだぞ」
はぁ、もうダメだコイツ早くなんとかしないと・・・
もう馬鹿らしくなってきた。あとは自分で考えなさい大人なんだからっ!
「自分がしたことちゃんと考えて!! もう帰るっ。ばいばいカスミ」
「ま、待てよ! 送るって──────」
「いらないっ! バイクもあの人のヘルメットもキライ、ばかっ!」
テーブルの鍵を引っ掴んで玄関を飛び出してやった。
駅に向かって下り坂をズンズン駆け下りるように進んで、カスミの部屋が
見えなくなった頃に、肩に掛けたトートの取っ手を両手で握って振り返る。
「なによ・・・追ってきなさいよいくじなし。カスミのバカ!」
カスミ? アンタのイケナイ所はね、その場の雰囲気に流されてなんとなく
始めてしまうから覚悟がないの。自分で選択して決断して誓いを立てなきゃダメ!
きっと彼女さんも今のわたしと同じことを想ってたはず。
自分で始めなければ始まらないと思ってるカスミ。でもね、好きとか嫌いって
相手が居て初めて成立するの。自分だけでコントロール出来ることじゃないの!
もう──────始まり掛けちゃってるんだから。よく考えて決断して!
わたしに誓いなさい! 惚れたなんてカッコつけた中途半端な言葉じゃなく
はっきり好きって。それまでわたしの中でカスミはずーーっと末弟!
「大っ嫌いっっ!! べ!」
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翌日──────
二週間のアルバイトもいつの間にか明日で折り返し。
母の日に向かってお店の忙しさも裏方の仕事量も勢いをまして
イーゼルに立てた定番商品の売れ行きも加速している。
今日もたぶんバッタバタしてる内に暮れちゃうんだろうなぁ──────
そんな事を思いながら藤乃宮の改札をくぐると、いつもは柱に寄りかかって
スマホで音楽を聞いているキサちゃんが、仁王立ちでニシシとにやけて
待ち受けてた。なーんか嫌な予感がするなぁ
「おーはーよー、ハーナー?」
「駅から出てきたってことはー? とりあえず家には帰ったみたいねぇ」
なんだこれ?
なんか昨日カスミの家に居たことしってるような口ぶり・・・まさか!
慌ててスマホを取り出してママに送ったはずのアリバイを確認してみるけど
間違ってキサちゃんに送っては居なくて少しホッとした。
キサちゃんの洞察力って半端ないから怖いんだよなぁ・・・
当たり前のように恋人繋ぎされちゃってるけど
なんか今日はまったく抵抗できないよ、うぅ・・
「ね、ハナさ。昨日カスミンの家行ったっしょ? てか居たっしょ?」
「シた? ねぇシた? 白状しろこのーっ」
な、何の話かなぁ・・・ナゾナゾかなっ
“シた”が大火事“ウえ”が大洪水ならそれは、お鍋かお風呂だよキサちゃん。
「な、なんでそう思うのよ。キサちゃん話飛躍しすぎ!」
「なんでーって、あーし昨日閉店まで居たんだよねー」
「サチさんがアレンジの作り方教えてくれるってさー・・・」
そっか、キサちゃんはお店売りの経験をどんどん教えてもらってるんだ・・・
わたしが出来ないことをキサちゃんやはるちゃんは経験させてもらってる
わたしは、二人ができないことを・・・ って冷静に考えてる場合じゃない
「でさーぁ、カスミン配達から帰ってきてなーんかソワソワしてっからさ」
「どうしたのー? ハナとなんか有ったのって聞いたらさクックック」
恐るべし外堀の埋め方と手際の良さ・・・
でも確かに、昨日の朝“CD貸して。じゃ今夜も取りに来い”なんて大自爆して
カスミの部屋に行っただろうことはバレちゃってるか・・・
ヨシ! 開き直ろ
「お店閉めてからさ、あーしカスミンをカラオケに誘ったさ」
「したら──────。部屋に人待たせてっからまた今度な。だって!!」
肩をバシバシ叩くな! 腕が上がらなくなってまた水盤落とすでしょ!
てーか、ヲイ! もっと上手いことやれんのかカスミン!!
「ねぇーハナ。牡丹みたいに散らせちゃったの?」
「そっとも芍薬みたいにポタリと花落ちたハナだけに?」
なんだその古風な表現、この娘は! そんなのどこで覚えたっ!!
ってあぁ・・・サチ店長だなさては。もう鬱陶しいから印籠を突きつけてやれ
ドヤ顔しながらキーホルダーを取り出して見せつけてやった。
「フフーん、カスミの部屋の合い鍵ゲットー。お店の人に絶対言っちゃダメよ」
「ふぇーー・・・やだ、マジなのー・・・」
めっちゃ少女の声でたなおい!
今どこから出した、背中のファスナー開いてるのかな
「結局さ、CD借りに部屋に行ったけど、イイのがなくってさ」
「カスミが昨日してた紫のシュシュ欲しいって云うからさ」
「交換条件で合い鍵ぶんどってきた」
「やだー・・・愛鍵じゃん」
やだーじゃない! この話始めたのはキサちゃんなんだからね
両手を口に当てて瞳にお星さまいっぱい宿して少女漫画みたいな顔すんな!
愛鍵ってなんだやらしいな!
「でも、これで念願叶って両思いね、ハナちゃーん」
「それがさ、そうでもないんだよね──────ってなんだ両思いって!」
結局、お店に着くまでに昨日の“料亭水盤事件”からこの指の話まで
聞き出されてしまい、キサちゃんが命名した新技“指ちゅー”なる
赤面ワードが爆誕した・・・
そんな朝からかしましい二人でお店に着くと、また懸案だった新たな問題が
浮上しちゃってた。わたしのスマホ壁紙を原案にした立派なポスターがお店の
ガラスに張り出されて、キャッチコピーがまた・・・
秀逸というか赤面物で、社長の器用さが有能過ぎてため息しか出ない
呆れ返って──────
「昨日出来たって、さとるさんがギンコーズで擦りだしてきたんだよね」
「くーくく、ぴったりだよねこのキャッチ」
「“届けたい想いをお花に乗せて”だって!!」
「届いちゃってんじゃんねっ! ヤベ鼻血出そ・・・」
うっくぅぅ・・・
なんなのこの羞恥攻撃ぃぃ──────
もう! イイからって通用口にキサちゃんを引っ張り込んで本日も無事開店。
夕方から雨が振るって、サチ店長は雨に当たってお花が傷まないように
店頭の陳列を工夫して今日も藤乃宮の下町にお花屋さんが出来上がる。
プライスカードをスイスイ迷いなく立てていくキサちゃんに手を振って
さとるさんと午前指定便の配達に出発さー今日も一日がんばるぞ!
って、やっぱりアイツ今日はシフト
入ってないんだ・・・
「──────カスミ、今日休みなんですね」
「ん、華墨? 確か今日は午後から大学だって云ってたかな・・・」
「あー・・・、そ・う・だ。フフフ」
な・ん・だ。
さとるさんのそういうのなんかすごく怖いんですけど・・・
タクラミ成分が多量に含まれてそうで──────
「夕方ね、隣市にお稽古華の配達在るんだけど。戻り17時回っちゃうかなー?」
「行く? 乗せていってあげるよ。昭和の大俳優が眠るお寺なんだけどね」
話を聞くと、生涯学習をモットーにしてる教室が有って、実は西口の
ゆきさんのお母様の注文みたい。どうしてわたしを連れて行ってくれるのか
詳しくは教えてもらえなかったけれど
「無理強いはしないけどさ──────行く?」
そんな含みを持たせられちゃったら行くって言うしか無いじゃない、ねぇ
今日は土曜だけど市場はなし。何でもわたしが競り落としたカーネーション
1000鉢で今週末は乗り切れるからなんですって。昨日倉庫でお会いした
パートさんの方々が今日は朝から倉庫でラッピングと発送作業が行われているそう
「きさらちゃんと西口のはるなちゃんが頑張って売ってくれてるよ」
「もう400鉢ぐらいは売れたんじゃないかな?」
「ハナちゃんのその指で買い切ったカーネの品が良かったからね」
そう云われて思わず社長にお貸しした人差し指をたてて見る。
うさぎの柄がついたピンクの絆創膏・・・ 思わず赤面しちゃう・・・
「傷、大したこと無くてよかったね」
そう云われて慌てて引っ込めた・・・なんか、王子に悟られてしまいそうで
傷は大したことなかったんだけどね、たいした事が起きちゃったんだよね・・・
「ハナちゃん、華墨のこと。ゆうこに一度はなしてごらん」
「当事者同士じゃ見えないことも在る」
「俯瞰で見れる目を持ってると優位に立てるよ」
さとるさんは人差し指と親指で輪っかを作ってわたしを覗き込んだ。
「こわいですっ! さとるさんその魔法で何でもお見通しな気がして!」
「さーてどうかな。さ、つーいた! お渡しお願いねハナちゃん!」
また完璧なタイミングで病院の事業者用駐車場に車を止めた。
さとるさんと車に乗るのカスミと違った意味でドキドキするんだよな
病院の裏口から入館バッチの手続きをして、総合受付でお届け先の
病室を伺い、エレベーターでそのお部屋が在る階に。ナースステーションに
一言かけて、お届け先である妊婦さんの病室へ。
薄桃色のカーネーションで作られたプードルの形をしたアレンジメントを
お届けした。花えんじぇるの母の日定番商品らしいんだけど──────
おなかの大きな幸せそうなお客様にグットタイミングだよねって云われて
同じ部屋の方達と一緒にわたしも笑っちゃった。
胸ポケのペンで伝票にサインとほっこりを頂いて、ペコリと頭を下げ
バッジを返して、さとるさんの待つ車へ戻る。
「おかえりハナちゃん、よく出来ました。もうすっかりお花屋さんだね」
そんな事云われてチョット照れくさかった。
そうなんだよな、もう一週間経っちゃうんだ・・・
最初の三日、“取り敢えず連続三日勤務踏ん張れ”の時は本当に踏ん張ってた
感じだけど、アレ以降は花福のリズム? が理解るようになって緩急に合わせて
頑張りどころとチカラの抜きどころが何となく分かるようになってきた。
「でもさとるさん、こういう時が一番危ないって言いますよね、慣れた頃って」
「そうだねー。もうすっかり実感しちゃったと思うけど、裏方班の方が」
「お店売りより怪我しやすいから、いっそうに注意だよハナちゃん!」
その言葉に改めて、割れた水盤で切った指を見る。
昨日カスミの部屋で云われた。毒のある植物がいっぱい在るって・・・
キサちゃん語の“指ちゅー”にすっかり浮ついちゃってたけど
あの時カスミ、料亭の大切な桐の下駄箱の上で割れた水盤には
目もくれずにわたしのこの指を吸ってたんだよな──────
昨日はなんだかその行為を利用してカスミを追い込むような事しちゃったけど
カスミはわたしのこと心配してくれてたってことなんだ
なんか悪い事しちゃった──────かも
「お店に並んでる切り花でも毒が含まれてるお花っていっぱいあるんですか?」
「カスミが、もしこの指がそうなったら危ないからって・・・」
「その──────消毒してくれたので」
あっぶな! 言いそうになった吸ってくれたって・・・
「いーっぱいあるよ、特に注意なのは水仙とか。あと彼岸花とか」
「アンスリウムもそうだしスイトピーとか、アルストロメリア」
「スパティもそうだし、以外な所だとチューリップとか・・・」
そ、そうだったんだ・・・
さとるさんは思い出したようにクスクス笑いながら、鏑木さんの武勇伝を
また一つ聞かせてくれた。カラーっていう切り花があって、茎を切ると
シャリって感じで凄く美味しそうなんだって──────
「それでね、鏑木さんおなかすいてたのかな? しゃりっとひとカジリ」
「フフフ、その後救急車で運ばれちゃった。社長から聞いたはなしだから」
「どこまでホントかわからないけどね」
おそるべし鏑木伝説・・・
でもやっぱり、カスミに会ったらちゃんとお礼しなきゃ・・・
そんな事を思いながら、次の配達先に向かった。
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結局、午前中指定の配達をこなして居るだけでもうお昼、さとるさんが
お得意の先回りで、サチ店長にお願いしていた店屋物をお店に帰るなりすぐ
頂いて、お茶で一息ついたらまたすぐに、花えんじぇるの配達の午後便
市内を駆け回り、さとるさんとほぼ一日中ドライブ。
運転をお任せしているので、わたしは車からお客様までの
お花のキューピット役。15件ぐらい有ったんじゃないかな母の日関連の配達。
今日一日で・・・そんな配達も佳境を迎えた頃に、さとるさんが突然
懸案事項だったあの一件を切りだした
「あのポスター、今日一日ハナちゃんの背中見てたらなんだか納得しちゃった」
“届けたい想いをお花に乗せて”だっけ・・・
ご依頼人さんの想い、キラキラをお花に乗せてお届けすると、サインと共に
お届け先のお客さんから、笑顔とキラキラをわたしは受け取る。
それだけでも十分に心が満たされるのに、代理人役のわたしにも
みなさん“ありがとう”と声を掛けて下さる。
お花って今は、ギフトとしてはあまり一般的じゃないのかもしれない。
形としてずっと残らなくて、最後は悲しい姿でしおれたり枯れてしまったり
でも皆さんそれを理解っているのに、あんなに嬉しそうに笑顔で受け取って
キューピット役にも感謝を向けてくれる。
贈り物って謂う、単なる物のやり取りじゃなく、やっぱりお花は
想いを包み込む、素敵な封筒みたいな物なんだなって、改めて思った。
そんな想いをなんとなく口ずさんでしまい、運転席のサトゥルノ王子に
ニヤニヤされた。
「あのポスターさ、まだ恥ずかしくて剥がしてしまいたい?」
そんな事を云われて、頭を横に振ってエプロンのポケットからスマホを
取り出し、上り坂の信号でサイドブレーキを引いた王子に待ち受け画面を見せた。
「いいえ。もう、わたしも気に入っちゃってます!」
信号待ちでコレを見た撮影者さんはクスクス微笑みながら
また考え込んじゃうような事をサラリと云った。
「やっぱり、ハナちゃんは持ってるねー。もしかしたら天職なのかもね」と・・・
そんなお世辞を聞かされて、すこし未来の自分を思い浮かべた。
西口のお店のような、素敵でチョット憧れてしまうような小さなお店に
店長? オーナーとしてわたしが、ゆうこさんみたいに花束を作りながら
お客様と談笑して・・・配達から戻った旦那様を笑顔で迎える。
旦那さま・・・そんな事思った時、当然みたいにカスミの顔が浮かんで
不安? よくわからない焦燥感みたいなものが胸をチクチク刺激して
すっかり癖になっちゃった手首を、また掴んだ。
カスミって、将来お花屋さんに成るのかな? それとも大学を出て
他の職業、カスミは夢を追って花福を卒業してしまうのかな──────
じゃぁ──────、わたしは?
「さ、お店つーいた。ハナちゃん、荷物持っておいで」
「帰り際にお家まで送ってあげるから」
なんだか少し不安になった。やっぱりさとる王子はそんな不安をまるで
取り上げるようなタイミングで、藤乃宮のお店に車を付けた。
二階の事務所から自分の荷物を持ってお店に降りると
配達伝票が入ったクリアファイルをさとるさんがお店に戻して
お稽古華を積み込んでた。お手伝いして最後の花桶を積み込んでいると
今日の最後のお仕事かな? キサちゃんが倉庫のストッカーから台車で
補充のお花をいっぱい運んでもどって来た。
気付くかなーって思いながらも、道の反対側の彼女に手を振ると
すぐに気づいてくれた。彼女の元へ横断歩道の中心まで迎えに行って
台車の重そうな花桶から新聞紙で絡げられた、少しひんやりした新鮮な切り花を
幾つか持ち上げながら、今日もアレンジメントのお稽古していくの? って聞いた
「あーしも今日は早く帰るよ、この後バンメンと打ち合わせあっからねー」
そっか、キサちゃんはそっちが本業だったもんねそういえば・・・
彼女の見据える将来は、プロに成ることなのかなって、夕日に照らされ
キラキラ眩しい笑顔の横顔に問いかける。
「人事を尽くして天命を待つ! そんなの神のみぞ知るだよ」
「突っ走った先がたとえ行き止まりだとしても、あーしは後悔しないよ」
まだ将来って言葉に迷いのあるわたしに彼女はそう答えた。
そうか、彼女はもう歩きはじめてるんだ、自分の人生を・・・
一度、彼女のステージ、キラキラを見てみたいって伝えながらに
花を抱えて二人でお店に入ると、わたしに振り返ってキサちゃんが
「おうともさ! 次のライヴ決まったら招待すっから、絶対来いよな」
(カスミンとペアで──────)
クスクス肩を震わせながら、耳打ちをされて、ムッとして
小さなお尻をペシリと叩いてやった。
そろそろ行こうかとさとるさんが運転席に乗り込むのを見て
キサちゃんとサチ店長にお疲れさまでしたと声を掛けて、助手席に
トートを持って乗り込んだ。
お楽しみにと、意味深な事を云われたお稽古華をお届けに本日最後の
配達に出発。ラジオが小さく鳴る車内で、わたしはふと思ったことを
さとるさんに問いかけた。
「さとるさんがお花屋さんになるって──────」
「そう決めたキッカケって何だったんですか?」
「切っ掛けかぁ・・・ うーん。 聞きたいのハナちゃん」
「教えてあげてもいいけど、聞き方によってはただの、ノロケ話になるよ?」
また例のフフフを口ずさみながらにさとるさんは教えてくれた。
今から5年ほど前、大学卒業を間近に控えたさとるさんは大手商社の
内々定を取り付けて、12月いっぱいで花福卒業を予定していた。
「でもね、その商社に勤めて営業職に就くことに疑問を持ってたんだ」
さとるさんは、人生においてこれ以上無い王道の将来に夢を持てなかった
それに対して、ゆうこさんは大学の学業と並行して、お花の資格を着々と
取得していて、当時お付き合いしはじめたばかりのパートナーに対して
置いて行かれるような、そんな焦燥感とも嫉妬心とも取れるような複雑な
不安を覚えたそう。
「怖かったなぁ・・・」
「周りは将来が約束された輝かしい未来だなんて称賛してくれるのに
僕の行く先は、不毛の砂漠に向かって続く一本道に思えてね」
「当然、ゆうこと一緒になって彼女を養う為には、こんな王道はないよ」
「でも・・・ ふふっ。ハナちゃん語で言う所の“キラキラ” が僕に無ければ
きっと挫折して、二人で路頭に迷うんじゃないかって──────」
「で、ゆうこに聞いたんだ。キミの目指してる夢って一体なんだい? ってね」
ゆうこさんの答えはとても純粋で単純なものだったそう。
“子供の頃からの夢だから” その時さとるさんはゆうこさんからきっと
キラキラを受け取ったんだとわたしは思った。
さとるさんは──────
ゆうこさんの夢を叶えるために並んで歩いていくことを自分の夢にした。
周囲の大反対を押し切って、大手商社の内々定を蹴って花福への就職を
決めた。難しいことじゃないって、そんな事をさとるさんは笑いながら
云った。
「ゆうこに相談した。もしかしたら二人で貧しい生活をすることに成るかもって」
「親に相談した。自分の人生なんだから好きにしなさいと呆れられた」
「社長に相談した。叱られた、その日は門前払い──────」
「でも、翌日ね。あれは・・・そう、社長と一緒に市場に行く朝4時」
「トラックの中で社長から本気か? って聞かれて──────
もう決めましたからって云うとさ、頭をクッシャクシャに撫で回されて」
「じゃぁお互い家族を養うために、二人で頑張らないとなってそんな事云われて」
「嬉しかったな・・・ 朝日がいつになく眩しくてさ」
「たしか、その日だったと思う。ゆうこが部屋の合い鍵を、僕にくれたの」
ゆうこさんはきっと、一緒に人生を歩いてくれるさとるさんに信頼の証として
合い鍵を渡したんだと思う。プライベートを共有して一緒にずっと居たいって
想いから。二人にとってそれはきっと誓いの儀式だったんじゃないかと思う。
やっぱり、部屋の合い鍵ってそれくらい大事な意味を持ってるんじゃない。
なのにアイツ・・・ あんなに安々とわたしにコレを渡して・・・
「ホラね、結局ノロケ話になっちゃったでしょ?」
「そんな事ないです。とても素敵な話──────」
ホント、この二人。“お花の王子とお花の姫様”の物語で一冊の絵本が描けそう。
それぐらいキラキラ、ゆうこさんとても幸せだったんだろうなって・・・
夢を追って時に挫折しても、振り返ると大好きな人が大丈夫って支えてくれる
そう思った時、明日太の顔が頭をよぎった。
やっぱり、今度ちゃんと会って謝ろうって。
そこに、この二人みたいな愛って謂う大きな物がなくても
友情って想いを代入できる関係式だって思えたから──────。
「さ、つーいた。この参道を進んでお堂を曲がった先の教室が目的地」
「ハナちゃん、左見てご覧。ここが華墨が通う大学フフフ」
やっぱり、さとるさんってこういう事するよね・・・
もしかしたらカスミ、まだ校内に居るのかななんて思ってると
「あれ華・・・ってそうだハナちゃんあのね、このお寺には──────」
さとるさん、必死に話そらそうとして。でもわたしも見つけてしまった。
カスミと彼女がベンチに座って何かを話しているのを──────
夕闇の木陰で表情まではよく見えなかったけど・・・
やがて振り出した雨に、さとるさんがワイパーのスイッチを入れ
十分な量の雨粒で濡れていないのかワイパーがキューキュー音を立てる
のを手首を握って俯いて聞いていた。
「──────ハナちゃん。気になる?」
そんな声を掛けてきたさとるさんに、考える間もなく首を縦に振ってしまう。
「華墨の傍に行ってもいい、でも約束してハナちゃん。二人に逢ってはダメ」
「少し離れて見るだけ。どういう結末が待ち受けていても受け止める事」
「もしその結末にキミが耐えきれなかったら必ず僕かゆうこに頼る事」
「約束。できるね?」
首を縦に振って、わたしはトラックを飛び出した。
しとしと雨が地面を染めていく中、カスミの元へ向かって駆けた。
やがて二人が見える所までたどり着き、左右へ視線を流して
ちょうど見つけた木陰に身を隠して二人を見守った。
ココからは話し声は聞こえない。
でも小雨の中で濡れながらに話している雰囲気は
けして前向きな話ではないことは伝わってきた。
しばらく見守っていると、ベンチから立ち上がったあの人の平手が
カスミの頬を打った。
「ッ──────カスミ・・・」
次第に強さを増す雨の中、カスミはしばらく天を見上げていた。
彼女は、肩を震わせたかと思うと、その肩をスッと落としてカスミに何かを
一言伝えて、カスミの元を去ってしまった。
振り出した悲しい雨が木陰のわたしと、少し離れたカスミを濡らしていく
何かを決意したのか、カスミは一瞬下を向き、手にしていた青いヘルメットを
被ってベンチを後にした。
「ハナちゃん・・・」
お届けを終えただろうさとるさんが
折りたたみの傘をわたしに向けながら肩に手を置いた。
「風邪引くよ。さぁ帰ろう──────」
そう一言だけ、わたしに語りかけてくれて・・・
複雑な想いでさとるさんと帰路についた
- flower -
美住がテニスを止めた、それがスゲーショックだった。
手首を痛めてたのは知ってた。 もしかしたら、そんな思いもあった。
でも、いつもの電車の中であの日、アイツが見せた顔。
なにかを決意したあの横顔は、10年一緒に居て初めてみた
“知らない顔”だった。
カーチャンに牛乳買ってこいって商店街に向かう最中に、道すがらに在る
花屋の店先で美住を見つけた。職場の仲間と一緒に汗を流していつもみたいに
手の甲で汗を拭っていたけど、その顔はやっぱり俺の知らない美住だった。
どんどん大人の顔つきになっていく美住に突き放されたような気がして
あの日俺は学校に行くいつもの電車に乗らなかった。
その結果、美住は具合を悪くして保健室で半日過ごしてしまった。
昔、試合に負けて悔しくて泣いていた美住の顔が頭いっぱいに広がって
様子を見に行った保健室で、美住が俺に掛けた言葉が今も心に残ってる。
“居てくれて当然なんだ、でも、そうじゃないんだよって教えてくれたんだよね”
その時の、年上みたいに諭す顔も──────
悲しかった。ずっと・・・一緒に居られると思ってたのに
アイツは俺を置いてどんどん未来を見据えて遠くに往ってしまうような気がして
今朝。連れがダーツ行こうぜって誘ってくれた
ゴールデンウィークで半額だって言うから、ホイホイ付いて来ちまった。
「明日太ァ、何してんだよ早く行こうぜ!」
止めときゃよかったと、そう思った。ボーリング場の隣の花屋。
緑色のパラソルのその店先に張り出されていた一枚のポスターに
写ってる姿に目が釘付けになってた。
「また、知らない顔だ──────」
アイツはもう自分の未来に向かって歩み始めている、そんな気がした。
それなら俺はとずっと迷っていた事に決意を固めた。
アイツの行く道が、俺の歩む先で交わらないんだとしても
負けてる場合じゃないと思った。
片思いだけど、叶わなかったからだとしても
寂しいこの気持にまで敗北したら──────
もう本当に、ハナには追いつけなくなってしまう。
そう思ったから──────




