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第五話 心の糸



- flower - 



 幼馴染が通学電車に居なかっただけでこんなに成ってしまった。

前にトラウマ発動したのっていつだっけ中二の時、位だっけな・・・



 その時の事なんかもう、詳しく覚えてないけど、確か今日みたいに

些細な出来事だったと思う。トラウマ発動が“あ!来るッ”って

明確でハッキリとしたものじゃなく、今朝みたいに気付いた時には

深みにハマっているって場合が多い。


 それなら! ってわたしは、危険の無い道のりである“いつもどおり”を

繰り返すことで安心を得るようになった。当時カウンセリングの先生に

その事を話したらあんまりいい顔はされなかったけど、それも一つの手段

だって、黙認? してはくれた。



 きっと、社会人って謂う大人達の中には、わたしみたいに何か色々と

心に抱えながら、それでも明日に向かってキラキラしてる人がいっぱい

居るんだと思う。ママだってそう、自分も酷い目に遭ってたのに、あの人と

別れ一人でわたしを育てなきゃイケないって。きっと──────

辛かったと思う。


 ママが必死に親としての責任っていうキラキラを追っているように

わたしも“もうひとりの内なる自分”と上手いこと折り合いをつけて

立ち向かって行かないといけない。


 社会って、きっとそういう過酷な所なんだと思う。

わたしやあみ、それに明日太。わたし達はいつまでも守られる側の

子供じゃ居られない。たとえ進学しても、数年後には否応なしに

社会に放り出される。


 怖いなんて、隠れてる時間なんてないんだってこの数日体験して思った。

立ち向かう覚悟をするのは早ければ早い方がいいんだと思う


 だからね明日太、ゴメンね。わたし、やり方は間違っていたかもだけど

後悔はしてないよ──────


キミがそばにいてくれた、いままでは

でも、いつまでもそれに甘えては居られない。

わたし、自分一人で克服してみせるよ。


そんな事を思って、少し眠った。



 結局、保険のセンセの勧めも有って、午後の授業にも出ずにわたしは

ママの車で帰宅することに。授業中のあみに“ママと帰るね”ってメッセを

送ると、“わかったっ!”て即返信が帰ってきた・・・

もう、授業中なのにイケナイ娘。ありがと、ゴメンね。


あと──────ついでに明日太にも。


こっちの返信はまだない。


 でも、少し時間は掛かるかもだけど、きっとわかってくれると思う。

明日太? わたしだってずっとキミのそばに居たんだよ?

わたしだってさ──────明日太のことならさ


理解るよ・・・




 暫くすると、保健室にママが迎えに来てくれて、わたしはママの

車で学校から無念の帰路についた・・・


「先生から聞いたけどさ。過呼吸、久々に出たわね・・・大丈夫?」

「──────うん。もう平気・・・へへ」

「そっか。んー! ひっさびさに外出たわー・・・太陽が黄色いィィ」


ママ? それたぶん、言葉選び間違ってる!


「ハナ、どうせなら美味しいもの食べに行こっか! ・・・って」

「学校早引けした娘を遊びに連れ回すのもアレよね──────」

「でも、ミルクハーバーでジェラード食べるぐらいイイわよね」

「久しぶりに私のワガママにつきあってよねー、はーな!」


「ゴメンねママ、お仕事有るのに・・・」

「仕事? あーにイイのよ。絵が描ける人間は私じゃなくてもいっぱい居る」

「でもアンタの母親は一人しか居ない。──────でしょ?」


 その言葉に、今朝姿見の前に立った自分を思い返す。

お花屋のハナ、学生のハナ。 ママもそれと同じように、

絵描きのママ、母親のママを両立してるんだ。


今朝、鏡の中の自分を覗き込んで分らなかったみたいに

きっとママもそれを自覚なんてしていないと思う。


そうして、ずっとわたしを育てて、養って・・・

見守って──────


 可笑しいよね、つい数日前にはこんな大事な事に気付けもしなかったのに

わたしが思ってた当たり前の“いつもの”の裏には親っていう存在

責任と愛って謂う感情に、ずっと守られてたんだって──────


「あ、ハナハナ! ココでしょ藤乃宮のお店」


 ミルクハーバーに向かう道すがら藤乃宮本店前を通り掛かる・・・

キサちゃんも学校でお休みの店先には、数人のお客さんの姿か有るだけで

チャキチャキ店長サチさんは中でお仏花でも作ってるのかな?

きっと、社長は今日も市場。カスミも荷を取りに市場かな?

さとるさんは、公休のゆうこさんの代わりに西口かもね。



 ココの人たち・・・このお店の男の人達にわたし、いろいろな事を教わって

気付かされて──────泣いて。ママの事を再認識することに

成ったんだなって、少しだけ彼らのことを誇らしかったけど

同時に不安がよぎった。


社長、さとるさん、そして──────

カスミ。 大好きなあの人達に変わらず接することが出来るのかなって

もし、平気だった彼らに恐怖心を抱いてしまったら・・・わたし


「はな、明日バイト休みなさい。カウンセリングの先生の所行こ」


「いやー、アンタはやっぱり私の娘なんだなーって」

「“連続三日勤務踏ん張ってみろ” だっけ?」

「その御言付けがあったのも理解るけどさ」


「初日からあんなに遅くまで残業って。全力疾走なんだものね」

「きっと、エンドチェンジ(小休止)が必要だったのよ」

「倒れて当然っ!」


「へ、へへ──────そうかも・・・うん、そうする」


 ホラ、わたしが必要以上に落ち込まないように、ママはいつもこの通り

部屋に籠もって、わたしの事なんかに感けているヒマも無いような忙しさの

くせに、ちゃんとわたしが抱えたことを理解していて、それもわたしの

“性格の一部”だなんて云ってさ、珍しい事じゃないなんて

いつも軽ぅ~く云ってくれちゃって


でも、その放ったらかし具合が微妙に心地よくて、なんだか暖かくて。

最近は食事の時位しか、こうして話す機会なんか無かったけど

この三日間で貰った素敵なキラキラをママに伝えてみる


「ママ、実はね──────」


 わたしはママに花福のみなさんが擬似家族で、わたし達は末妹として

受け入れられた話をした。育ての親、お父さんである社長とお兄ちゃん2人

の話を中心に。


「ヘぇ・・・そっか。明日先生に話してご覧なさいソレ」

「なんか助言貰えるかもねー」

そんな事を言って、クスクス笑う。

ホント、軽いんだからママ。




 ミルクハーバーでジェラードを食べて、何年かぶりにママとNMで

ウインドショッピング。セレクトショップの並ぶフロアを歩いていると

ふと、革製品を取り扱うお店の前に立ち止まってしまった。


 社長が持っていた重そうな古くて大きな焦げ茶のビジネスバック

それとそっくりな物に目が留まって・・・


「あ──────」


 その下のショウケース内でカッコイイお財布を見つけた。

見覚えのある柄の生地がヌメ革の縁取りの内にあしらわれた

バイカーズウォレット・・・


 そういえば・・・あのバーベナとブーケ、それにバンダナのお礼も

まだしていなかった。きっとこのペイズリー柄のお財布

カスミにあげたら喜ぶだろうなってさ


 そう思って値段を見て今のわたしにはその気持は、分不相応なんだって

実感した。気軽に渡すには高価すぎる・・・それに──────

わたしなら恋人でもないヒトからこんな素敵なもの貰ったら

重すぎると思うし、へ、変な勘違いされたらソレこそ事だし・・・


「贈り物をお探しですか?」

店員さんに声を掛けられ、恥ずかしさに逃げ出しそうになった。


けど・・・

「あの、このお財布と同じ柄の物って他にありますか?」


 お財布は5万円以上、お小遣いもそうだけど

こんな素敵で立派なものを気軽に渡せるほど、まだわたし達

そんなに近くない。せめて5千円以内でキーホルダーとかそのくらいなら・・・


「新進気鋭の作家さんの作品なんですよ。こちらに色々と──────」


 そうして案内されたガラスケースに同じ作風の品物が並んでいた。

キーケース、小銭入れ、そして──────シガレットケース。

ホントは煙草大嫌いだけど・・・


そのシガレットケースは、カスミにはぴったりだと思った。でも──────

2万円か、ちょっとムリかな予算的に・・・

これも誕生日でもない時に渡すにはすこし大げさ・・・


「あらなに珍しい。 こんな男物に興味あるの、はな?」

「アッくんに・・・じゃ、無いわよねー?」


「あ、明日太には大人すぎるじゃんこういうの!! ち、ちがうよ・・・」

「あー、分かったはな。あのブーケ届けてくれた彼にだ、そうなんでしょ」


変な所で鋭いんだよなママも──────


「どれがイイのその人にお似合いなの。どーれ教えなさいな」


 これにしても、また一緒に車に乗った時に信号待ちとかにハイって

膝の上に投げ渡すには随分立派すぎる。でも──────

もうコレはカスミの元に在るべき物のような気がして

瞳が釘付けになってて・・・ 買い逃したら絶対後悔しそうだしうぅー


「うー・・・ こ、この煙草入れ」


「あら、素敵じゃない。いいよママが出してあげる」

「就職記念に・・・って、就職じゃないか。あのすいませーん──────」


 そう云って、わたしがよせヤメレ! って言うのにママは

そのシガレットケースを買ってしまった。ギフトラッピングまでして・・・

お、大げさすぎるよこんなの、渡すのムリっ!!

まだそんな勇気もないのにぃ!


それにあの人にはきっとこういうの渡す立場の人がそばに・・・



「さって、流石に制服姿の早退娘を連れ回すのもアレか。帰ろ、はな」

「うー、ママありがとね・・・渡せるまでには相当時間かかりそうだけど」


「イイんじゃない急がなくても。楽しみなさいよそういう時間を」

「渡せる機会が来るとイイわね!」


そんな事言いながら、ニヤニヤされてしまい

一気に顔が紅潮した。んで、思わず飛び出すあの言葉──────


「ママ! わたしカスミの事キライなのっ!」



 お夕飯を近所のファミレスで二人家族で済ませて自宅に戻る。

帰りの助手席で、カスミにと買ってしまったプレゼントを両手の上に乗せて

ずっと眺めてしまう・・・カスミがどういうつもりであのブーケを贈って

くれたのかが分らなくて──────


 きっと突然わたしがコレをカスミに渡したら同じように混乱すると思う

わ、わたしはその・・・こ、こういうのをさ、渡したいくらいの気持ちが

あるっていうか・・・って! 言うかさ、感謝! そう感謝の気持はあるのにさ!


あの時アイツがあのブーケを贈ってくれたのって、面と向かってちゃんと

知り合う前だし・・・あのカードに押されてたはんこの“園蔵”だって

翌日の朝、藤乃宮のお店の前で自己紹介してはじめて識ったようなものだし

なんで? どうしてなの? 


でも──────こうも想うんだ・・・


 カスミがブーケをプレゼントしてくれたのが一時気の迷いとか

よく解んないけど、好意からとか? もしそういう想いだとしたら

お返しにと物を贈るのは、アイツの想いに同じ重さの物を突き返して

ナシにするような気がして少し気が引けた。


だって、わたしがそうされたら少し悲しいもん・・・


 お店の男性陣。過呼吸になるほど怖くて、近づけない程苦手な大人の

男性のハズなのに社長やさとるさんが平気だった。


 でもカスミっていう存在は、きっとわたしの中でそれ以上なんだと思う

あのシュシュが無かったらわたし、面接に挫けて花福っていう家族に

出会う事も出来なかったかもしれない。


そう考えると──────


 玄関でスニーカーを脱ぎながらそんなこと思うと、アイツが探して

欲しがっていたいたペイズリー柄のアイテムを贈ることは、カスミの想いに

寄り添うことになるのかもって。


カスミのことを想って選んだ品物なら、心を込めた物を贈りあうのだったら

ただの取引にはならないのかもって。そうも、思うんだけど──────


 こうやって贈り物一つとっても、いろいろ考えてしまう程

まだ、わたしの気持ち、わたしとカスミの関係はきっと未成熟なんだと思う・・・

だから、これは暫く自分の部屋、バーベナの鉢植えの横に置いておくね

ゴメンねカスミ──────



「はな、気分転換になった? 私はなった!」

「久々に楽しかったー、娘とデート。私、仕事に戻るけど」

「不安になったり怖くなったら、すぐに来なさい。一人で抱え込んではダメよ」


そんな言葉を掛けられ頭を抱かれてしまう。今そんなしちゃダメだよママ

もう・・・ほんとズルいんだから




 お風呂を終えて部屋に戻る。今朝そのままにして出てしまった

ミシンテーブルの上に広げたままになってるカスミのばっちくてホコリと煙草

臭いエプロンに目が留まる。ミシン隣のベッドに飛び込んでカワウソの

ぬいぐるみに抱きつきながら、横目でテーブルからこぼれ落ちたそのエプロンの

小さく揺れてる腰紐を見る


「ゴメンねカスミ。今日渡す約束すっぽかして」

「お渡しの約束少し遅れそう・・・熱中症にならないでね」


 そう言いながら、恐る恐るその腰紐をチョンと指で突いてみた──────

やっぱり・・・怖くないんだわたしカスミのなら。ベッドから手を伸ばして

揺れてるそれを掴んで、ミシンテーブルから引っ張り落とす。

 

 そのまま仰向けの自分のお腹まで引き寄せてゆっくり胸に抱いてみる。

こうしても平気なんだカスミのなら・・・両手で抱いたそれをそのまま

頬に寄せてみる──────何やってんだろわたし、そう思って頬が染まる


カスミのバカ! くさい、ばっちい!

でも──────


「平気なんだね、やっぱりわたし──────」



 天井に向けて足裏を上げ一気に下ろし、シーソーみたいにベッドから

飛び起きてミシンテーブルの椅子を引き出し腰を下ろす。


ペイズリー柄のアイテムでも、コレならきっと明日にでも

「ん!」って放り投げて渡せそう・・・そう思って。


 糸切りで、乱暴に始末された結び目を切って、凧糸みたいな太い手縫い糸

を解き、隣に畳んで置いた、紫のペイズリー柄バンダナを広げる

一回だけ、市場で顔洗って拭いちゃったけど・・・直したら洗濯機に直行だし

まいっか、なんて思って裁ちばさみを当てる。


カスミが使い勝手がいいようにあれこれ考えながら手を動かして小一時間。

ペダルを離すと、タタタと軽快な音をひびかせていた愛用の

職業用ミシンの音が止まる。


「こんなもんかな・・・」


 補強のために白いキャンバスを裏打ちに当て、スリットの開き口と

ポケットの縁に、紫のペイズリー柄バンダナを切り出した生地をあしらって

彼の腰巻きエプロンの修繕が完了した。


はぁ~ァって、なんか意味がわからないため息を一つ付いて

洗濯機にブッ込む為に部屋を出た。


考えてみたら、この洗濯機に男物が入るのって・・・って

寒気を感じた時にはもう遅し。生地に合ったモードで

回り始めてしまった・・・うぅ



 部屋に戻り、寝る為にミシンテーブルを片付けようとして

またアイディアが、ふと浮かぶ。紫色のバンダナ、その残り生地と

彼が手縫いした太い糸が散らかったミシンテーブルに裁縫箱を持ち上げて

この間と同じように、ゴムとその太い糸を仕込んで二つ目の

お守りシュシュを作った。


 二回目ともなると出来栄えも、こしらえる時間もあっという間

繰り返しのいつもどおりがやっぱり得意な自分にフフフと

呆れた笑いがこみ上げた


「コレでよし。赤よりはちょっとシックだけど」

「コレはこれでカッコイイかな」


 んーっと、そのシュシュを潜らせた手首を掴んで伸びをして

バーベナの鉢植えと、オレンジ色のリボンが付いた小さな箱の方に

手を伸ばして、窓を開けると心地よい夜風がスゥと頬をなでた。


 少し離れた環状線と、新幹線の音が遠くから聞こえる中

マンション横から聞き覚えのある音が聞こえて、思わず出窓をいっぱいに

開いて身を乗り出す。その青い音源に寄りかかって、手に持ったスマホの

明かりに照らし出されたその顔が、思っている人だと確信させ思わず


「華すっ──────ぅぅ」


 名前を叫びそうになって、時間を気にして口をつぐむ・・・

そんな気無かったはずなのについ自室を飛び出すと、お水を飲んでた

ママと出くわして


「ちょっと、はなどこいくのこんな時間にっ!」


 玄関の水玉のような穴が空いたゴムの突っかけを履いて玄関を飛び出す

ゴメンママ! 説明してると逃しちゃいそうで・・・

エレベーターがこの階まで上がってくる間も、もどかしくて足踏みが

止まらない、もう階段でっ!!


 駆け下りた階段の表示。一階が近づいた時に、カタンという音と共に

小気味よく響いていた音が高鳴り始め、聞こえていた音がどんどん遠くへ

行ってしまう・・・


待ってよ! 何で来たなら来たってっ!


「電話して・・・はぁ・・・はぁ、くれたらいいのにっ!!」


マンションのエントランスホールを飛び出して、華墨がいた側面に

パジャマ姿で回り込む。やっぱりそこに彼はもう居なかった・・・


「なによ、カスミの──────ばか」





- flower -





「──────そっか、分かったわ大丈夫よ。お大事にねハナちゃん」

「ごめんなさい急な話になってしまって・・・」


 少しだけ不安になりながら、社長以外で一番の責任者、さとるさんに明日

通院の為にお休みを頂きたいってお店のグルチャで伝えた。すぐにゆうこさんから

電話があってドキッとした。


たぶんあの王子様は深夜だし、わたしのトラウマのことを思ってゆうこさんに

事情を聞くのを頼んだんだと思う・・・ まったくあのお兄ちゃんは


お話が終わって画面に戻ると、連絡用グルチャ画面に

気になるやり取りに目が留まる・・・



たかこ

【 西口 と さとるんへ 】

【 配達終わりまーした 】

          5/1 11:10

【 りょうかい、お疲れ様たかちゃん 】

                5/1 11:12

ゆうこ

【 おつかれさま! 】

        5/1 11:17   


華墨

【 ゆうこさんちょいはなのことで相談が 】

                  5/1 18:34

ゆうこ

【 華墨くん、ここは連絡用グループチャットです。 】

【 個人的なお華のお稽古の事なら個人用でしてくださいね 】

                          5/1 18:38



サチ

【 こちら藤乃宮。華墨隊員、状況を報告せよ 】

                    5/2 15:24

華墨

【 いちばでましたはなといっしょに帰投します 】

                5/2 15:25

サチ

【 了解。交信終了 】

        5/2 15:25



 自分の話かと思って少しびっくりした

二日目だからカスミがお休みの日か。アイツまたわたしの陰口を

ゆうこさんにしてるのかこのっ・・・って思ったけどお稽古の華の事みたい

カスミって生け花のお稽古でもしてるのかな?


って、よく考えたら・・・わたしがこのグルチャに招待されてはじめて

登場した華墨の文字を見た。毛筆で華とだけ書かれたアイコンに指を当てると

無料通話を含むメニューが開いちゃった・・・


「いつのまにか、カスミに直で連絡取れるようになっちゃったよ、わたし」


その個人用プライベートチャットををタップして開き

取り敢えず、すっぽかしてしまった約束の謝罪を入れた



         はな

          【 ハナです。今日渡す約束すっぽかしてごめんなさい 】

               【 エプロン直りましたので洗って渡します 】

                            23:49 既読



華墨

 【 ビビったバイク乗ってたからさ 】

 【 貰うのいつでもいいから 】

 【 気にすんな 】

             23:53 既読




 もう、なによ・・・いつでもイイって!

あんなに急がせといてさ。どうせさっき下まで取りに来たんでしょうに

・・・もう!


ほんともう・・・しかたのない人。──────





翌日──────


『 美住 はなさん。カウンセリングルームへお入りください 』


「行ってくるねママ」

「一人でいいの?」


「うん、大丈夫」


 この前のカウンセリングからまだ二週間経ってないのだけれど

朝に電話したら今日の予約が取れて、先生の所へ前回から劇的に

変わってしまった事を報告に伺った。


診察時間を気にしながら、できるだけ簡潔に要点を話す。

途中から先生の顔が驚きから呆れへと変わり、なんか申し訳なく薄桃色に

染まった頬を掻いた。


「──────って、もう大丈夫かと思ったけど、ダメでしたえへ」


「そうでしたか、ちょっと焦ってしまいましたね」

「でもテニスに変わる心の支えを見つけられた事は大収穫でしたね」


「その髪留め・・・シュシュですか」


「お守りとしてはかなり有用のようですね」

「ハナさん、幾つか作ってみてはどうでしょう」



 そんな助言を頂いてカウンセリングルームを出る。

わたしと入れ替えにママが呼ばれて数分、何を話したか教えて

もらえなかったけど、無事に? カウンセリングは終わった。



 昨日とは逆方向に藤乃宮のお店の前を通りかかる。

ママが寄っていかなくてイイの? と云ってくれたけど、店先で元気な

ハスキーボイスで呼子をしている彼女を指差して、心配かけたくないから

と説明して、その先の国道との交差点の先で停めてもらい

カスミが教えてくれたジーンズショップでペイズリー柄のバンダナ

を9枚買って帰宅した。



 ママがお仕事に取り掛かるために仕事部屋の扉を締めるのとほぼ同時に

わたしの部屋の扉もしまる、お互いがお互いのキラキラに向き合うためにパタリと


「さーて、ではこしらえますか、サクっと!」


 三つ目ともなると新しいアイディアが出尽くして。五つ目を作ってる頃には

クオリテイも頭打ちになり、七つ目を作り始める頃には手の動きに迷いも

なく、より効率的に短時間で立派なシュシュが出来上がる。


「ま、こんなもんでしょ! って・・・これは流石に作りすぎたかな」


 カスミがあの性格を表すようにエプロンに縫い付けたバカみたいに太い糸

が少しづつ仕組まれたシュシュが、全色・・・一週間毎日替えても余る十一個

のお守りが籐細工のバスケットに山盛りになった。

ねぇ明日太、これでたぶんわたし──────


やっとキミから卒業できるかもしれないね




そして迎えた翌日は 五月五日 こどもの日──────


 今日のシフトは朝からフルタイムのお花屋さんハナ。

9時開店の 花福 藤乃宮本店 8時頃にはお店を飾り付け始めるので

エプロンを絞めたり心のエンジンがかかるまで? 少し余裕を持って7時半を

狙ってお店に着くように家を出る。


 キサちゃんがSMSで『 45分迄待ってっから。もしこれたらヨロな 』

なんて、やっぱり少し気を使われて、地下鉄の中で頬を掻く。

もう何度か鯉のぼりを目にして頭の中で何度か鯉のぼりの歌を歌って

改札を出る。


 しましまロンTの上に、だぼだぼのおっきなTシャツを着てツバが真っ直ぐな

野球帽を斜めにかぶり柱により掛かる肩をつつく。


「ぁぁハナだぁよかったぁー・・・ やっぱなんか有ったのかもって思ってさぁ」

「もう会えなくなったら・・・ヨシ! 死のうって思ってさー」


んな事でいちいち死ぬな!

まぁ・・・実際()()()有ったんだけどね──────

やっぱり昨日突然休んじゃった事で既に心配させてしまいました。


 実はねと、一昨日の出来事を話しながら二人でお店に向かうのも

もうこれで何回目になるんだっけ、4日目? 何日目からなのか忘れたけど

キサちゃんが当たり前のように手を握ってくる。


確か、初日は照れくさくてダメって言ったんだっけな

もう・・・キサちゃん今日はいよいよ恋人繋ぎなの? 

エスカレートする彼女の顔を睨むと、にへーっとした笑顔を向けてきて

呆れたため息をつき、脳天にチョップをお見舞いした。


「ハナ、今日は両店メンバーフル参戦だぞ!」

「あーしは菖蒲をバチバチに売りまくる。裏方さんもなんか予定詰まってる

 みたいだからさ、ガツンと頑張ろうな!」


恋人繋ぎをキュってされて、指と手首がちょっと痛かったけど

なんか心地よくてさ、そんなキサちゃんの気遣いがあたたかくて

これから対面することになる男性陣に対する不安がすこし和らいだ・・・



 二人でおはようございますと声を上げ、お店に入るとショウケース裏から煙が

ゆらゆら靡いて、配達伝票を見てたんでしょうね、カスミがひょいと顔を出し

わたしを見るとすぐに顔をショウケース裏に隠して


「おはよ、きさらっち、ハナ──────」


 そんな最低限の挨拶をするカスミを、さとる王子がチラとみてクスクス肩を

震わせていた。あに照れてんのよ・・・二階に上がると、サチ店長がソファで

伝票に値付けをしながらやっぱり煙をくゆらせていて

首だけ後ろにぐいっと反らせ


「来たな美少女戦士共、今日はヤバイぞ覚悟しな」ってそんな事を言う。


 いつからセーラー戦士になった? サチさーん、わたしがオンタイムの時は

いつもヤヴァイような気がするよー。エプロンを着てると、わたしが手にした

紙袋をキサちゃんが覗き込んで


「ハナ、なーにこれ」

って云われて、恥ずいから隠そうとしたんだけど、なんで恥ずいのか謎。

愚か者が破いた腰巻きエプロンだって教えた。


「ん、カスミに直せって渡されたんだ」

「ねぇ、信じられる? 年下の娘に洗濯までさせてさ──────」

「わたしアンタのカーチャンじゃないっちゅうのもう・・・」

「あのさ、キサちゃんこれ幾ら貰ったら元取れると思う?」


何の気無しにそう言うと──────


「なにそれ照れ隠し。もう元取っちゃってる く・せ・に 」

「休んでる間でも輝き増すのなハナ」

「あーあ! キラキラ、まぶしいまぶしい」


鼻つんつんされて誂われた・・・ もう手を繋いであげないぞコノっ!


 二人で店に降りる際に花桶ひっくり返して座るカスミの頭に

紙袋をボスン!と置いて納品してやる。誂われたぞ、ばかもん!

「ゴメンね遅くなって、これで暫く破けないと思うよ」


「やった待ってました! んっ──────」

「──────あ、ありがとな・・・ハナ」


なんなの今の間は──────


「お! 華墨それ鏑木さんのエプロンか?」

「暫く見なかったけど、直してもらったのハナちゃんに、そっかフフっ」


「よかったね華墨、ハナちゃん」

わたしはべつに・・・よくないんだけど?!


 そんな事を王子に言われ、何でか分かんないけど頬が赤くなる・・・って

何でアンタも赤くなってんのよカスミッ!!


「はぁーん?」

(へぇーぇなーんでか同じ生地なのな。カスミンのエプロンとアンタのシュシュ)


ヤメなさいそういうあからさまな耳打ちすんの!

息が耳にかかって“トゥンク...”ってなるでしょ・・・


「あーぁ! なんでかなー、なんかあんのかなーネっ、さとるさん!」

「何があったんでしょうねぇフフフ」


 なんもねーよっ!

やっちゃった・・・ 昨日アレだけ色々沢山作ったのに

カスミのエプロンと同じ紫色のシュシュでポニー結ってきちゃった。

まったく気付いてなかったっ! なにコレ、また自爆じゃん・・・


これじゃカスミとお揃いになっちゃうじゃない!!

もうダメだ、ここは開き直ろう。


「カスミっ! 例のバンドのCDとか貸してっ! お礼にっ!!」

うー・・・苦しいか──────


「お、おう・・・じゃまた夜にでもウチ取りに来いよ」


・・・盛大に大爆発した──────。

一言で恥ずいの全部バラしてんじゃん。

一回は夜にカスミの家に行ったって、二人にバレてんじゃんっ!


カスミのばかばかっ!!


ヲイそこ! 笑うなキサちゃん!! さとるさん笑ってないで助けて──────


「さーて者共、店開けるぞ戦闘準備ッ!!」

「って、なーに朝から真っ赤な顔して話に花咲かせてんだ、お前等アサガオか?」

「当店、種物の取り扱いはございません。華墨、早く車回してきな!」



 朝からさっそく盛大にやらかして──────

お店を開けたら一件の配達を終えてそのまま、また市場へ。

末弟カスミと末妹わたしで、まーた車の中。


今日は絶対に泣かないッ!!


 煙草を吸うためにカスミが細く窓を開け、高速を走る速度からか

車内に風が渦を巻く。ポニーが嘶いて暴れまわり。右目をかすめるのを

片目を閉じて右手で往なした・・・


「あー、やっぱ涼しー。ハナ、マジでありがとな」


「う、うん。今度はちょっとやそっとじゃ破けないよ」

「気にしないでガシガシ使ってあげて」


「お。おう・・・」


何よ今のためらい・・・


「ね、カスミさ──────それ鏑木さんからのお下がりなの?」

さっきの、さとる王子の話が少し気になって聞いてみる。


「あー・・・うん──────ま、いいかお前になら話しても・・・」


何その謎の信頼・・・嫌な予感するからヤメロ!


 そうしてカスミは語りだした。カスミのキラキラの話を

鏑木さんがお店を卒業する際、カスミは鏑木さんにセッツイて

そのエプロンを譲ってもらったそう。第二ボタンか?


おまいは乙女かっ!


その時には既にスリットの付け根が破けてて、受け取って以来一度も洗って

無かったそう・・・うーわ、ウチの洗濯機汚染されたような気がする

買って返しなさいよばか!


「でさ、なんかうーん。まぁ、ハナ語で言うところのキラキラ?」

「そういうのがさ、なんかもらえてる気がして勇気が出んだ」

「──────お前なら理解るだろ?」


 宇宙人みたいに云ったなばか! うぅ、でも。くっそぅ理解る気がする。

実際、カスミが最初にくれたあのバンダナで作った、赤い方のシュシュに

わたし何度救われたことか・・・って、え? 待ちなさいよ──────


「だからオレさ、結構みんなからキラキラ集めてんだ」

「お前だけに話すんだ、ナイショだからな! バラしたら肩パンすっから」


ヤメレ腕が上がらなくなるでしょ!

ってそうじゃなくてまさかアンタ──────


「実はオレ、めちゃ自身無さ男でさ・・・」

「最初の一年は毎日社長に叱られてた気がするよ」

「んで辞めようかって思った時に──────」


 カスミは頬を染めながら煙草の話を始めた。

最初に嗜んでたのはメンソール系の洋もくだったんだって、よくわかんないけど

その煙草は滅多に売って無くて、唯一藤乃宮のお店の道を挟んだ向こう側の

タバコ屋さんに置いてあって、コンビニなんかで置いてるところは

ほとんど無く──────


って、わたし煙草嫌いだし、興味ないからもういい? この話・・・

なんかヤバイ流れだし──────


「──────でさ、切らしちまって」

「道挟んだ向かいのオバちゃんとこでも売切でさ」

「そんとき、社長が吸えって吸いかけのラキストくれたんだよ」


「吸えないと思ってたキツイタバコさ、社長の吸ってみたらなんだ吸えんじゃん」

「それからオレ、ずっと社長と同じ銘柄の。これもきっとキラキラ」


うぅ・・・なんか聞いててこっちが恥ずかしくなってきた

心当たりがありすぎて────── もう、イイかな耳塞いで


「でさ、さとるさんは結構口癖が有って、目的地に着いたときなんかさ」

「よく“つーいた”って、なんか伸ばすんだよ」

「最初は社長の口癖だったらしいんだけど」

「鏑木さんが最初に真似して・・・」


「な、ハナさ。またオレの話聞いてないだろお前・・・」


「きいてますぅー。続けてくださいなー」


「じゃ何で耳塞いでんだよ。しっかたねーな、オマエが悪いんだからな」

「教育的指導だからな、怒んなよお前」


「このエプロンとさその髪留め。オレがおまえに市場で渡したやつだろ?」

 

「ぅ・・・そーですよ! なして今改めて云うかなっ!!」


「最初はさ、言って違って勘違いだったらマジ恥ずいから」

「ジャブ入れて様子伺ってたんだけどさ──────」

「ゾウリムシ柄のベース持ったベーシスト。彼が居るバンド名」

「な、ハナ言ってみ──────」


ぅ──────くっ、末弟め・・・

言えるわけ無いじゃん! だって知らないんだもん・・・ばかっ!!



「教えたくない──────」


「──────ホラな。これが決定打だよ・・・」


「初日からおまえがしてた、あの赤いゾウリムシ柄の髪留め」

「あれさ・・・俺がお前を突き飛ばしちまった時に渡した奴で作ったんだろ?」


バレてた・・・ね、車降りていいかな? 80㌔で疾走中だけど


「オレさ、初日にそれしてるお前見てさ、チョッと嬉しかったんだ・・・」

「あー! あー!! きーこーえーなーいー!!!」


「オレも誰かのキラキラ、憧れに」

「心の支えになれてんだってさ──────」



胸がキュってなった・・・ 



「実はさ、キサラっちに聞かれたんだよ。ハナにバンダナ上げたの? ってな」

「そうだよーって言うとアイツにへーと笑ってさ」

「何でって聞いたら肩パンされた」


もう・・・ヤメて。今はダメ、お願いヤメて


「あ、ヤベ・・・ハナ怒ったか? オレこういう引き際見定めるの苦手でさ」


「──────怒ったッ!!」


「んだよ、照れんなよこのっ」



そう言いながら、ギヤに置かれていた手を、私の太ももにけて向けて

振り上げて・・・手のひらが・・・大きな手がわたしに向かって


「嫌ッ!! ヤメてッ!」

「ほんとに・・・そういうの・・・怖いのお願い・・・」


「──────怖いから、やめて・・・」


ごめんカスミ・・・めんどくさい娘で──────

引くよね・・・イイ感じだったのに突然マジになっちゃって


でもこんな事でカスミのそばに居られなくなるのイヤ

それが、すごく怖いの──────



「あー・・・うん。ごめん馴れ馴れしかったな」

「なんかその、嬉しくてつい・・・ もうしないよ約束する」


ッ──────ヤダ! 突き放さないでお願いっ・・・


「違っ! ごめん、今はダメなの。昨日お医者さんに行ったばかりだから」


「あー、男怖いってアレか・・・ 悪い気をつけるよ」


 引っ込めるカスミの手を取ろうと手を伸ばすんだけど、やっぱり不安で

その手を取れない・・・ 電車の中みたいになっちゃったらカスミに恐怖心を

覚えちゃったら、こんな気持を宿したまま、あなたに触れられなく

成ってしまったら──────わたし


死んでしまいたくなるよ・・・


 ほんとはすっごく嬉しい。隠してたのに、知られたくないはずなのに

気付いてもらえて・・・できればこのまま海を渡ってむこうの山並み、その

ずっと向こうまで、お仕事なんか忘れてこのままわたしを

連れて行ってもらいたいくらい


だからお願い今はダメ・・・わたしに触っちゃダメ。


押さえが効かなくなるから──────





- flower -





 その後──────、市場までの約二十分。

車内の会話は無かった・・・ お互いなんか気まずくて


「ふー、つーいた。ハナ、社長の所いこ」


 そう云って手を伸ばしてくれるんだけど、ごめんやっぱり怖い

首を横に振るとわざとらしく肩を落として前を行くカスミ。なんであなた達と

車に乗るといつもこうなるわけ? このまま社長に会ったらまた歌舞伎揚げを沢山

お見舞いされそ・・・


「そういや、さとるさんに教わったか? 東京花きの伝票貰う所」


 わたしがまた首を横に振ると、立ち止まって手を伸ばしてくる。

はじめて逢ったあの時や、このあいだのスタカフェの時みたいに強引に

手を繋がれちゃうんじゃなく・・・


あぁそっか、そうなんだ・・・

サーブ権をこっちに渡してくれてるんだカスミ──────

気を使われちゃうのがなんだか距離を感じて嫌だと思ってたけど

これはなんか違う気がする・・・


掴んでた手首を離して、カスミのちょっと汚れた大きな手

勇気を出して小指の先をつまんでみた。怖くないとか平気とか

そんなのが全部吹っ飛んじゃう位に心臓が高鳴ってしまって苦しくなる。

カスミの体温を感じてしまった途端に・・・


「ふー。大丈夫みたいだな・・・」

「また迷子になられてもめんどくせーからここ、掴んでなハナ」

そう云ってエプロンの腰紐の根本へわたしの手を導いた


大丈夫じゃないよ・・・なんかあっという間に

マッチポイントだよわたし──────


 そんなわたしをエプロンにぶら下げて、前回切り花市のときには

あの完璧貴公子サトゥルノ王子がいつの間にか持ってた伝票を取りに

来たことのないはじめての4階にカスミに導かれてやってきた。

買参人席のちょうど上の階、東京花きと記されたちょっと立派な

ガラス扉をくぐる。


「ちーっす、セリ番9101の花福でーす。伝票お願いしまーす」


「でな、セリのカードがあればあそこに鉢の市の時と同じプリンタあるだろ?」

「無い時はこうやって受付さんにセリ番言って出してもらう」


「たぶん社長のとこ真っすぐ行って挨拶しても」

「伝票貰ってこいって云われっからこうして、いっこ先回りな」


 分かったけど、それどころじゃないんだよ今、ずっと貴方にドキドキしてて

ツライんだよ。なんで、あなたの隣にはもう誰かが座ってるのに

わたしが好きに為っちゃうような態度するの、ねぇどうして?

わたしを誂ってるとしたら、ソレ


すごい残酷なことしてるって、理解ってるカスミ?


 伝票を持って社長の所に来ると、またいつもみたいに社長に優しくされて

歌舞伎揚げを幾つもお見舞いされて、やっぱりなんかウルルと泣けちゃって 



 どうして花福の男の人にはトラウマのトの字も感じずに全部預けられちゃうの

わたし・・・ちっとも言う事聞いてくれない自分の心に腹が立つ。


「うーし、今回は買えた買えた。華墨よ、銀行の花生けるから先に帰るけど」

「これで二人で何かあったかいもん食って十四時頃目処に帰ってこいや」


「ハーナ、腹減ったろ? 今日はなに食いたい?」


「う・・・お蕎麦屋さんの──────カレーライス。です」

「だ、そうだ華墨。今日は荷がちょい多いが、じゃあな頼んだぞ」


 そういってわたしの頭をクシャクシャになでて社長は先に市場を出た。

やっぱりカスミのエプロンにぶら下がったまま、場内のお蕎麦屋さんへ。


 すごく美味しいはずの味のないカレーライスをもしょもしょ食べながら

背中をバリバリ引き裂いて出てきちゃいそうな無垢な自分を必死に

抑え込んでなだめているけど、一向に言うことを聞いてくれない


「この後の予定な、たぶんこうしてる間に荷捌きの人が」

「棚台車に荷を纏めてくれてるから、それ二人で積んで倉庫な」


「倉庫でパートのおばちゃんたちに荷を任せて、それから西口の生け込み」

「ちょっと面白いところだからきっと元気でるぜ。おたのしみに」


「うん・・・」


 わたしの中でどんどん想いが成長して、もうカスミの声を聞くだけでも

おかしくなりそう。なにこれ、ダメだって理解してるのに

どうして静まらないの?


こんなウワノソラでお仕事してたらお客様に失礼だし

きっと、また死にかける・・・


 華墨が言った通り、荷捌きさんが纏めてくれた切り花の箱を二人で積んで

市場を出る。ホラよってカスミに渡された好きな味のスポドリを少しづつ

口にしながら、不用意に近づいたらうっかり羽化しちゃいそうだから

シートベルトの根本を掴んで、助手席扉ギリギリに座って

極力、カスミから離れるようにしてるのに・・・


「あーぁ、怒ってんなぁーあ、怖がられても仕方ないことしたんだけどさ」

「そうしてて走ってん時、万が一ドア開いたら落ちるからな」

「チョイ・・・ゴメンな」


わたしの太もものすぐ横に置かれたカスミの手に体重がかかりギシって音がする

わたしに覆いかぶさるように、運転席から上半身を伸ばして

わたしの影になってる助手席扉の窓枠にある鍵を締める。

走り出したら自動で閉まるんじゃないの?



 近いんだよカスミの横顔がさ・・・猛毒なんだって今こういうの

あなたの心の隣りにいる誰かさんにはこうして近づいて抱きしめて・・・

キ・・・とか、してるのかな。


ねぇカスミ、ほんとに他意なく素でやってるコレ?

わたしを誂ってやってる? もし誂って遊んでるんだとしたらわたし



アナタのこと大っ嫌いになるよ・・・



 どんな道をどう走ってきたかなんて全く記憶にないけれど、見慣れた倉庫に

帰ってきた。車が横付けされて、シャッターが全開まで開けられた中で

おばさま達が3人、イソイソと折りたたみの事務机の上に新聞紙を広げてる・・・


「ハナ! チョイこっち来て」

そう云われて、急いで車の側面から後ろにに回ると

そこに居たカスミにばったり出くわして心臓が止まりそうになる

やっぱりカスミが手を伸ばしてて・・・でもその手を取れなくて。


 そんなわたしにカスミは、腰紐の付け根を指差して

さっきみたいにそこをチョンと摘むと、おばさま達の元にわたしを

引っ張っていった。


「おや、新人ちゃんかい?」

「あらら、華墨君にいじめられちゃったかな」

「華墨くーん、優しくしないとダメよー」


「坂下サン、ひろこサン、お疲れ様っす!」

「木田さーん! オツでーす」

「コイツ二週間の助っ人、かしまし娘の一人っす。ハナ・・・ほら」


「あ、・・・美住はな、18です・・・よろしくおねがいします!」


「すんません、コイツなんか電池切れちゃって・・・」

「ハナ、パートさんの坂下さんと社長の奥さんのひろこさんな」

「で、向こうで花桶に水汲んでるのが木田さん」


「すんません、皆さん紹介雑で。で、さっそく仕込みなんですが」

「一応菖蒲と青系の切り花優先で、別巻で分けといてください──────」

「西口が花切らして取りに来るかもなんで、そんときは渡してやってください」


 もう・・・自分がだらしなさ過ぎて泣けてくるよ、仕事中に何してんだろ

カスミはこんなに的確にパートさんに指示飛ばして頑張ってるっていうのに

こうしてる間にもお給金は発生してるんだから、ハナ! 甘えちゃダメッ!

ココ、踏ん張りどころだよ頑張れわたしっ!


 カスミがどんどん切り花の長くて重い箱を下ろしている荷台に向かって

踵を返し、気合を入れて手伝う為に、重たい箱に手をかけた。


「おっと・・・充電完了か? ハナ。菖蒲の箱重いぞ大丈夫か?」

「大丈夫。ごめんもう平気。手伝う」


荷台から人見下ろしてクスクス笑ってますけどね・・・

カスミが原因なんだよ理解ってる?!

この小悪魔男子ッ!




 そうして荷をおろし終えると“仕込み”作業をパートさんたちに任せ

わたしとカスミはトラックで藤乃宮の本店へ。お店に横付けされ店頭を見ると

・・・うわぁ、バッタバタ! こどもの日とお花屋さんって全然

関係ないのかと思ってたけど、すごいお客様の数・・・


母子家庭で一人っ子のわたしは全く知らなかったけど、流石は男の子の節句。

朝にサトゥルノ王子が説明してくれた端午の節句の話を思い出した。



 こどもの日には菖蒲(しょうぶ)がよく売れる、武士言葉の尚武(しょうぶ)と同音異義語。

花菖蒲はその香りが邪気を払うとされる他、菖蒲の葉はその形が刀に似ている

ことからお風呂に入れて男児の厄除けを祈願する。ひな祭りを桃の節供と

いって桃を飾るように、こどもの日には菖蒲を飾る。


鯉のぼりにすっかり主役を持っていかれちゃってるけど

たぶん歴史的には菖蒲のほうがずっと昔から立役者だったんだ


 古くからの伝統。下町の藤乃宮はその伝統が今も色濃く残ってる。

それでこの客入りなんだ・・・サチ店長が云ってたように確かにヤバイ

藤乃宮のこどもの日、まじヤヴァイ──────


「ハナ! こっちこっち、店売りはいいから」


 呼び止められたお客様のお相手をしていると、キサちゃんに背中をペシリと

叩かれて、顎でクイクイとカスミの方を指してお星さまウインク。

カスミに向かってお客様の間を縫って、ズンズン進むカスミを追って

通用口からバックスペースへ


「おう、戻ってきたなハナ。まってな、今最後の水盤出来るからな」


「華墨ィ! 配達の束と生け花、できてる分積んじまえ」

「床の間の大壺の投げ入れどうする、おまえヤルか?」

「オレやりますッ!!」


「よし、じゃその菊30本と菖蒲、ソレ持ってけ。好きなようにやってみろ」


 そんなやり取りを聞きながら、わたしは社長の華を生けている後ろ姿に

すっかり見惚れていた。


市場のセリでのあの気迫、電光板を睨んでいる姿や、あのイーゼルを作りながら

わたしとキサちゃんの面接をしていた姿とはまるで違う・・・


 今までわたしが見てきた社長が“動”だとするなら、この社長はまさしく“静”

華墨にお仕事の指示を飛ばしながらに、社長の背筋は一切の乱れがない

ピンと伸びたその姿勢で使い込んだループのない花鋏で一本一本の華や

葉物を然るべき所へ戻すように、それはまるで逆再生を見ているかの

ように。次々と的確に生けていく・・・


最小限のお華と葉物で大きな平たいお皿の上に、大自然が切り取られた情景が

再現されて、キラキラ輝いていた。


「うし、でーきた。おっとハナ後ろに居たのか」

「これ水盤な、桐の下駄箱の上。水こぼすと染みになってイケねぇから」

「設置してから、ギリギリまで如雨露で水張ってな」


「は、ハイ!」

「華墨ィー! いいぞ持ってけ! ハナにもちゃんと見せてやってな」


「ハナ、気負わなくていいが、相手は銀行さんの接待用超高級料亭だ」

「自信なかったら華墨に全部任せて見学してな」


そう云って、社長はカスミと同じ腰巻きエプロンをキュッと締めて

さとるさんの隣に立って、今度はお客様の注文を聞き

クッシャクシャの笑顔をしながら花束をこしらえ始めた・・・


「す、すごい」


 和のお花を生けた直後に、今度は素敵な花束をスゴイ手際でどんどん束ねて

お客様のお話に花が咲く間もなく素敵な西洋の花束が出来上がる。


さとるさんが予め用意していたお花に合った色合いのラッピングシートで

腰巻きエプロンの上でクルリと花束を包んで、透明のフィルムで一絡げ

さとるさんの編んでいた緑色の大きなリボンをキュっと絞めて

あっという間に花菖蒲の花束をお客様に提供した。


 社長の技術もそうだけれど、さとるさんも右腕だけある。

社長が指示しなくとも社長のお仕事の先を一歩も二歩も先読みして

用意していた。


そう、まるでテニスのダブルスのように。




 遊びでよく明日太とダブルスを組んで市民コートで大人相手に試合をした。

相手は知らないご夫婦だったり、明日太とわたしのママだったり


そんな試合の中で、わたしは明日太の息遣いから

ボールをどこに打ち返して欲しいのか、相手が打ち返したボールが

どこに帰ってきたら明日太が打ち返しやすいのか──────


それを考える必要もなく、わたしと明日太はコートで繰り返してた。

それが楽しくて、気持ちよくて、そして──────


それがわたし達のキラキラだった。


社長達はお花屋さんの店内で、沢山のお客様と向き合いながら

きっと同じことをしていたんだ・・・


「ハナー! 行くぞーあんま時間無いから急げー!」


 その言葉にハッとする。カスミが店先でお客様の波に溺れているように

ぴょんぴょんジャンプしているのに気付いて、手首を握りしめ

バックスペースと店内で、お客様をお相手している

“すてきな家族”に向かって──────


「いってきます!!」そう叫ぶと


一斉に、「行ってらっしゃい!」とキラキラが打ち返されてきた。

社長やさとるさん、そしてカスミにトラウマが起こらない理由


わたし──────

きっと今、わかった気がする。





- flower -





 カスミが運転するトラック。心做しかいつもより慎重な気がする。


「ハナこれから行くところな」

「一般人は入ることも見ることも出来ない秘密の料亭」

「ビビる事 請 け 合 い 」


りょ、料亭? ドラマとかでお酒飲んで悪巧みするあの・・・

「せ、政治家とか歌舞伎役者が居る・・・なんかそういう怖い所なの?!」


「あーあー違う違う。この街の地方銀行、N銀行。識ってるだろ」

「オレ達の給料が振り込まれる銀行、ハナも云われて口座作ったろ?」


「そこの大口取引とか商談が行われるで“あろう”料亭だよ」

「オレもどんな客が来るかなんてわかんねーけど」


 たぶん、わたし達の想像もつかないことが話し合われる場なんだろって

なんか・・・それ以上聞かないほうがいいような気がする

社会、恐るべし・・・


 ギヤに置かれていたカスミの手が、わたしの縫い込んだ紫色のペイズリー柄

のポケットに伸びて、カスミの手がその中に入っていく、取り出された日の丸

みたいな包を一振りして飛び出た煙草を、ところどころカサカサの

野性的なくちびるに運んで・・・


「ん。どした赤い顔して・・・」

「どうもしないっ! よそ見しないで怖いからっ前見てカスミっ!!」


 ダメだ油断すると羽化して羽ばたいちゃいそうになる・・・

これから行くところは百倍返しや千倍返しが起こり得る怖い場所。

気合い入れろわたし、ヨシ!!


 さっきの社長とさとるさん。あのトップエースのダブルスみたいに

末弟と末妹も阿吽の呼吸が必要なの、さっきカスミが市場で伝票出す時に

云った“いっこ先回り”。たぶんサトゥルノ王子は社長の10歩先ぐらい

見て行動してるんだと想う。


 この間、コレに気付かなかったあの時は、王子の魔法にしか見えなかった

わたしが社会人になる時までには、きっとムリかもだけど──────

カスミをス・・・キじゃないっ、カスミにトラウマを感じるのが怖くて

ビクビクしてちゃダメだ。


 明日太と一緒にコートを駆けるみたいに

カスミの相棒にわたしが成る為には、怖がってなんか居られない

踏み出さなきゃ・・・ せ、せめて手を重ねられるぐらいには・・・


「んっ──────、ふぅー・・・ 怖くない? ハナ」

「──────うん」


「そっか。よかった」

全然よくない! 今すぐ羽化しちゃいそうだよわたしの恋心がっ、

ばかっ!! 


 ギヤに置かれたカスミの手の上に自分の手を重ねて実感した。

わたしの中でカスミ達花福の人たちは、もうこの心のなかで他人じゃないんだ

って。このシュシュの中に編み込んだ凧糸のように、太い糸みたいな絆。

心の糸で結ばれているんだって・・・


「あぶっ! チッ!! この馬鹿野郎!」

「んで、そんなとこで急ブレーキ踏むんだクソ!」


「えっ・・・やッ──────痛っ!」


そう云いながら、わたしの重ねたカスミの手が撚るような動きで

ギアを操作して、ブオーンって唸りとともに急ではないけれど

結構強めの減速した。


「やばかった・・・後ろの華大丈夫かなって、ハナ?」

「悪い! 大丈夫かハナ。痛い方の手だったなゴメン」


「い、イイの仕方ないもん」


 思わず撚るような動きになってしまい手首に電気が走ってびっくりした

慌てて掴んだ手首を離してまたカスミの手に右手を重ねる。

そうしている内に西口のお花の国から歩いて数分の場所に到着。

カスミは自分のキラキラを一言


「つーいた。こっち、裏口から」


ホラ、正解。


 N銀行本店のビル。全面ガラス張りの大きなビルの業者用駐車場から

ガードマンさんにペコリと挨拶をして、二人で手分けしてフラコンの上に

乗った幾つかの社長が活けた素敵な生け花がカチャカチャ音を鳴らす。

バックスペースから乗務用エレベーターに乗ってその秘密の会合が

行われる階へと登っていく──────


「重いだろ、もう少しだからガンバれ」


「平気、ありがと。あ、着いたよカスミ」


 チーンとそっけない音がして業務用エレベーターの扉が開く。

さっそく気後れする風景と香りが漂って、びっくりした

そこは厨房? キッチンのような場所だった。


「お疲れさまです、花福でーす」

「おぅ、お疲れさん。そっちは新人サンかい」


「よ、よろしくおねがいします!!」

「お! 元気いいな、よろしくな」


「板長サン、今日宴会は何時から? あ、先にスイマセン仕切り伝票っす」

「おう十八時から、華墨くんだっけか。床の間の華、評判いいぞ」

「ワイルドで大胆だってな、本部長が褒めてた。頑張んな!」


「あざっす! じゃ作業始めますのでよろしくおねがいします。ハナ」

「よ、よろしくおねがいします!!」


「ハナこっち、いいか? ビビるぞー」

そう云ってカスミの後を追って、カスミが重そうに防火扉を開く・・・


 そこには、ビルの中なんて信じられないほどの日本庭園と数寄屋造りの

世界が広がっていた・・・ 中庭には白い砂利がひかれ、その中心に竹や

数々の木々が植わっていて──────、カッコン!ってアレが鳴り響いてる


社会って世界には、わたし達学生が知らないことがいっぱいあるんだ・・・


「この庭も社長の仕事。全部鉢物なんだぜ? 水苔で鉢隠してるけどね」

「で、こっち、おいで」


 その中庭の前の竹の低い柵の前ににフラコンの生け花を置いて

カスミに手を引かれて再びバックスペースへ、新聞紙と如雨露に水を汲んで

生け花の元へ戻ってきた。


「西口の子がさ、火曜にこの中庭に水やりに来るんだ」

「たぶん、ゆうこさんに連れられてはるなっちも来たんじゃないか?」


 そう、なんだ。市場で社長に色々経験させてもらったのと同じように

はるちゃんも・・・きっとさとるさんやサチ店長からキサちゃんも貴重な

経験をいっぱいさせて貰ってるんだろうだなって

わたしだけじゃなくて少し安心した。



 料亭内の要所要所に生け花を設置して・・・

カスミが竹の一輪挿しをわたしに手渡し、照れるから頼むなんて

女性用のおトイレに空の一輪挿しに変えて菖蒲が差してある

一輪挿しを置いて戻る。もう、いつもはどうしてるのよ・・・


「さって褒められたからには今回も全力で! 床の間の大壺投げ入れやりますか」

「ハナ、水盤設置頼む。空の花器は持って帰るからフラコンに纏めて」


「はい! 了解」


 水盤設置してカスミのその腕前でも拝見しましょうかね。

社長が活けた素敵な水盤を数寄屋造りの玄関タタキにおき、立派な桐の下駄箱に

のった空の方を下げる。中庭の前においた空の花器を収めたフラコンに

空の水盤をガチャガチャぶつからないように収め玄関に戻る。


 向こうの客間に新聞紙を広げ、床の間の前で正座し背筋をピンと伸ばした

カスミが見えた。社長と同じような、ループのない花鋏を持った“静”の

カスミに目を奪われながら、水盤を持ち上げる。


「痛ッ、や・・・ウソっ!!」


水滴で手が滑って、慌てて掴み直した途端に手首に電気が走って

大事な水盤が下駄箱の上に斜めに落下してガチャンと大きな音が響いた


「ハナ──────?!」

カスミが正座で振り向いて、膝立ちになった時

バックスペースの扉がドンと開いて、さっきカスミが話していた板長が

すごい剣幕で・・・何かを怒鳴りながら──────


こめんなさい、ごめんなさい打たないでいい子にするから──────

それからなんて叱られたか覚えてないの固まってしまって

一昨日の地下鉄の中のように・・・



 あの時、あの人にわたし──────叩かれたんだっけな?

朝早くに、学校に行く前にと鉛筆を削っていると、鉛筆削りの音が

うるさいって怒鳴られて叱られて・・・


あの人の大きな平手が握りしめられて

わたしの頭の上に振り上げて・・・

そして──────



「──────ハナっ!!」


ハッとした呼び戻されて

立ち尽くすわたしの指をカスミが咥えて向かい合ってた・・・


「嬢ちゃん大丈夫か? 悪い悪い、脅かすつもりはなかったんだ」


右手からチクチク痛みが駆け上ってきて、カスミがクンクンと

わたしの指を咥えて流れ出す血を吸って・・・ 


「んっ・・・あ、すいません板長、オレ後やりますんで」


「あぁ悪いな頼む、しかしこの染みは・・・ちいとまずいな」

「宴会までに乾かんぞコレは・・・」


涙で歪むその視界の中に、水が溢れシミ跡が流れた桐の下駄箱が・・・


「ッ──────、ちと傷深いな、ハナ? はなっ!!」

「ハナ! こっち見ろ大丈夫だからオレ見てっ!」


そういってカスミに両手で頬を挟まれて・・・カスミの顔が目の前に


「いいか、この指くわえて西口に走れ」

「ゆうこさんに連絡入れとくから手当してもらって、あとな」

「西口から花菖蒲、アマランサス、雲龍と、タニワタリとオアシス・・・」

「って言ってもわかんないよな、連絡入れとくから、持ってきてな」


「ひぅ──────ッ・・・く」


「ハナっ! 泣くのは後! まずは走る! 出来るな?」

「ッ──────うん」


「よし、いい子。行ってきな! 急いでな」


 流れ落ちる血で料亭の玄関を汚さないように慌てて

痛む指を咥えて、板長さんが開けてくれていた重たい防火扉を

ペコりと頭を下げてくぐり抜け、西口まで走る・・・


 ホテルの脇を走っていると、向かいから姫店長が駆けてきて

出会いがしらに抱かれてしまう。一気に涙が溢れそうになったけど

カスミの言葉を思い出し、鼻を啜って、お腹に力を入れて

震える横隔膜をぐっと押さえつける。


「大丈夫よハナちゃん、泣く程の事じゃないの」

「とりあえずお店に行きましょ」


 ゆうこさんに手を繋がれ連れられて、お客様の合間を縫って

西口のバックスペースへ。あら、なぁ~に大したことじゃないじゃない。

そんな事を云われながら絆創膏をキュって巻かれてちょっと痛かった。


「フフフ。ね、ハナちゃんコレ見て、わたしの駆け出しの頃の傷」

ゆうこさんはそう云って、親指を立ててわたしに向けた。


「鎌刃のフローリストナイフに慣れないのにね、社長のナイフに憧れて買って」

「ざっくり! ふふ、三針縫っちゃった。痛かったなぁ~今でも覚えてる」

「みんなやるのよ何かしらこういうの」


「店長。華墨くんから連絡頂いた華、用意できました」


「ゆきちゃんありがとね、たかちゃん! 覗いてないでお仕事して」

「ね、ハナちゃんうっかりは誰でもやるのよ」

「大事なのはね、同じことを繰り返さないって謂う心構えなの」


「一回目の失敗は教訓」

「失敗の教えを生かして糧にする。二度と繰り返さないように失敗から学ぶ」

「二回目の失敗は覚悟」

「三度目は無いんだって同じ過ちをしないように覚悟を決める」

「三度目の失敗は誓い」

「仏の顔も三度まで。花福に四度目はないのよ社長の雷が落ちる」

「そうならない為の誓い」


「教訓、覚悟、誓い。覚えておいてあげてね、明日の貴方のために」

「さ、華墨くんが待ってるわ、行ってらっしゃい!」


 そんな教えを賜って、ぽろぽろ涙をこぼしながら行ってきますと言うと

はるちゃん含め西口のみなさんが元気な声で「行ってらっしゃい! 気をつけてね」

って。ゆうこさんにトンと背を押され、涙が止まらないままカスミ元に駆けた。



それから──────

シミ跡が溢れた桐の下駄箱の上にシミを隠すように、水盤からお花とうねった

枝物がこぼれ落ちるような、シルエットがLの字の立派な生け花をカスミが

あっという間に生け終わる。確認に来た板長さんが関心の声を上げる横で

涙がポロポロ溢れるわたしの頭にカスミの手がポンポン跳ねた。



 空のフラコンに割れた水盤の欠片を乗せて荷台にカスミが積んで

助手席のわたしはまた、膝を抱えて顔を突っ込む。


「ふぅ、ゆきちゃんにイケバナ色々教わっといて正解」

「ハーナ、とりあえずおちかれ」


「──────スン・・・おつかれさまです、ごめんなさい」


「あやまんな、一回は誰でもやる。あーもう十六時半か」

「な、ハナ。この後港北区に花えんじぇるの配達あるから家まで送ってやるよ」


 そう云って、藤乃宮にわたしのトートを取りに戻ると、お客様の波はすっかり

落ち着いて社長も退社した後。二階に残っていたキサちゃんにひとしきり

抱きしめられてからサチ店長、さとるさん、キサちゃんに挨拶してお店を出た。

そんな事をしてる間にカスミはコンビニに行っていたみたいで・・・


「ん。グレープ味と、ミルクティーはこの銘柄のでよかったか? ベルトしてな」

「──────うん」


「な、たぶんゆうこさんに三つの誓い聞いたろうからオレは何も言わない」

「オレから言えるのはー、そうだな駆け出しのオレがやらかした笑い話か」

「聞く? オレの大失敗。笑うぜ?」


どうしてそんなにどこまでも優しいの・・・

カスミのばか嫌い。ぜったいその話で誂い返してやるんだから


「──────聞く・・・」



それは、カスミが花福でバイトを初めて二年目の冬──────


 貸鉢の入れ替え作業中にカスミは“やらかした”──────

尺鉢と謂われる一番大きな鉢に植えられた観葉植物。隣市のスポーツ施設の

施設内の要所要所に尺鉢を飾り付けて、その全てを花福がレンタル貸し出し

水やり含めた鉢物の管理を月極で契約していた。


 観葉植物と言えど生き物。日陰だったり温度やお水の状態が悪かったりで

どんどん見栄えが悪くなる。そんな状態を観て新しい鉢植えに適時

入れ替えるそう。その日は年に一度、施設内の尺鉢をすべて入れ替える作業が

お店を締め終わってから突貫で行われた。


「──────でさ、プールにはヤシの木みたいな格好のさ」

「フェニックスっていう観葉があるんだけど、コレがまためちゃ重でさ」


 屋内プールの高温多湿に耐えられる観葉の品種はそう多くなくて、

そのフェニックスが20鉢ほど、そのスポーツ施設の屋内プールには

設置されていたらしい。


入れ替えは、委託先の園芸屋さんの1人と、社長と鏑木さんさとるさん

そしてカスミの5人で一人4往復。


当時は年末商戦真っ只中。連日の残業による睡眠不足と、朝から晩まで

働きづめで忙しくてお昼も食べてなかったカスミは──────


「──────クラっと来てさ、あわてて踏ん張った床が濡れてて滑って」

「下げる枯れたフェニックス抱えてプールにダイブ!」

「クソ重のフェニックスの下敷きになっちまって、プッ、ヒヒヒ」


よく笑ってられるね・・・カスミ死にかけてんじゃん。

あ、わたしもか・・・


「鏑木さんとさとるさんが飛び込んで助けてくれてさ。めっちゃ叱られたなぁ」


「落ちてお客様のプール汚しちゃったから?」


「と、思うじゃん? 飯食わなかったことがバレて社長に大目玉」

「どんなに忙しくてもメシは食え。よく眠れ。んで、げんこつ」

「その翌日? 次のシフトだったかな、三つの訓えを誓わされてさ」


「な? 笑えんだろ、って──────ハナ?」

「どうしてまた泣いてんだよ、笑うとこだろココ」


 やっぱり──────社長が怒ることって、わたしが水盤を落とした

失敗とかじゃなく。ぼんやりしてこの指みたいな下らない怪我をすること

に対して叱られるんだ。カスミがプールで溺れて、もし命が危ないことに

なったら・・・ もし、カスミが同じポカをした時に飛び込んで助けてくれる

人が居なかったら──────


そんなポカを二度と起こさないように、カスミ曰く凹むぐらい心に刻み

つけてくれるんだ。あの人みたいに理由のない暴力じゃなく、げんこつの

痛みを乗せた教えなんだ・・・


そして、カスミの場合は鏑木さんかさとるさん、わたしの場合はゆうこさん

がフォローしてその痛みの意味を理解しやすいように咀嚼の手伝いをしてくれる

わたしの知らない父親。社長は社会っていう世界でわたし達を本気で叱ってくれる

育ての親。ゆうこさんたちは教えながらに慰めてくれる姉兄なんだって・・・

わたしの心にずっと開いていた穴をみんなが塞いでくれてる。


それが・・・ただ嬉しくて、こんなキラキラを貰えるなんて──────


「何で泣いてっかなぁー。な、ハナ、隣おいで」

「──────やだ!」


「あぁそうかい。じゃオレがそっち行く」

「やだっ!!」


人影の少ない夕方の環状線に車を止めて、三人がけの椅子をギシギシ云わせて

カスミがわたしのすぐ横にやってきた・・・ ダメだよこんなベッコリ

凹んでる時に優しくしないで!


「あのなー、今日もなんかメッチャ怒ってるけどな、ハナ」

「オレはお前のこと大事な妹だと思ってるし大事な仲間だとも思ってる」

「そんな大事な奴が泣いてるのはさ、悔しいんだよオレ。不甲斐なくて」


なに・・・云って・・・

べつに悲しいから泣いてるんじゃないのに


「もっとたくさん甘えてイイんだ。頼ってくれ」

「男怖いとかそんな“些細な壁”なんか取っ払って甘えろ」

「オレはハナの兄貴だからさ。妹泣いてんの見過ごせないの! ホラおいで」


「うぅー ──────」


そんなこと云って・・・抱かれてしまった。

は、半分は・・・自分で寄ったけど、でもなんでそんな事するの?

そういうの、ズルイんだよ? 弱みに付け込むっていうの理解ってるカスミ?

こんな時にそんな声かけられたら誰だって甘えちゃうんだよ?


「実は・・・さ、初日に西口でハナに聞かれちゃった話」

「ゆうこさんにさ、相談してたんだお前がウチくるずっと前から」


その話はもうしたじゃん、スタカフェで!!

わたしの勘違いっ、ごめんなさいしたでしょ!


「あんときさ、オレゆうこさんにこう言ったんだよ」

「オレ、ハナと一緒に居るとツライ。ハナがキラキラしてて眩しくて。って」

「な、どうしてそんな事、オレが言ったか理解るかハナ」


「わ、わかんないよっばか!!」


 突然抱きしめられて、離して欲しいのかそれとも──────

ギュッてして慰めてもらいたいのか分らなくて、カスミの胸をポコポコ

叩くんだけど、どうしても離してもらえなくて・・・


「惚れてっからだよお前に」

「・・・えっ」


「ぶつかる前からずっと知ってたお前のこと」

「夕方西口の店前を決まった時間に通り過ぎるハナをずっと見てた」


「ごめんな。妙な誤解させる前に、もっと早く言っとくべきだった」

「オレ自身なさ男だからさ──────」


背中の亀裂がバリバリ裂けて真っ白い羽根が飛び出して羽ばたいてる

なに・・・それ。ズルいよそんなの・・・そんな事言われたらもうわたし

この気持を認めるしか無いじゃない──────



カスミの事が好きだって。



「あーぁ、言っちまったよーオレついに」

「まぁ一方的で勝手な想いだから気にすんな」

「オレはさ、ハナより3つも上だし、ハナにはカレシだって居るだろうしさ」


「でも二週間だけ一緒に居る間は、仕事上の兄貴には成れる自信はあるんだオレ」

「だから頼ってくれ。泣く前に俺に助けてって、真っ先に言ってくれ」

「お前が泣いてるの見るのツライんだ、だからそばに居て助けてやる」

「だから泣くな、ハナ」


 ぽろぽろ涙が溢れる。一体いつからわたしを見ていたの?

なんでそんな前から、雑踏の中でわたしを見つけたの?

どういう気持でいつからわたしに惚れてしまったの?

貴方だって彼女居るんでしょうに・・・


全然わからないよカスミの気持ち

でももう自分の気持ちは偽れない、この無垢で真っ白な想いはきっと

初恋なんだってそう想うから・・・


 そんな複雑な想いでカスミを見上げると、カスミもわたしを見下ろしてた。

手を握りしめた両腕を胸と胸の間に挟んでるから、このドキドキは伝わって

ないと思うけど・・・


このままわたし、瞳を閉じてしまったらこのわたしの想いにカスミは

答えてくれるの──────かな

試しに瞳を閉じてみると、さっきみたいに頬を両手で・・・


「んっ・・・」


カスミぃ・・・ス、ってオイ

つむじの前辺りにカスミの息がムッフゥって掛かって──────

今すっごいなんか恥ずい期待しちゃってたのにっ・・・はぁ?


い、今まさか兄さま、髪にキスしたのわたしの?

マジで妹扱いなの、今のシチュで・・・この流れで?

はあぁぁ? まさかの子供扱いィ?!


凍えてたあの時みたいに──────

前髪わけておでこに口づけもしてくれないんだ

おいこらポニーを結ったシュシュを触んなっ・・・て


「いたっ! 引っ張らないでよっ」


束ねた後ろ髪がサラサラと肩に滑り落ちて・・・

あにすんだよぉバカ! これなんか脱がされたみたいで

──────やらしい!!


「な、これオレにくれない? お前のキラキラもオレ欲しいんだ」

「や、やだっ!! かえして、かえせこのっ!」


「ちぇ、なんだよやっぱダメか」


さとるさんの分析通りじゃん、カスミってやっぱ!!


 不器用で、タイミング悪くて、いろいろ勘違いされがちの

いがいと奥手ッ!! わたしが勘違いして勝手に盛り上がって

勝手に自爆して、肩透かし食らったみたいになってるじゃん

カスミのばかっばか! いくじ無さ男っ!


大っ嫌いっっ!!


はぁ・・・もう


「──────ねぇ、それじゃCD・・・あのバンドの」

「貸してよ・・・交換なら、いいよ」


「え? まぁいいけど、それもう意味ないだろ?」

「ぅるさい貸してッ!!」


「お、怒んなよ、理解ったから・・・」

「あーぁ、やっぱ年頃の娘はわっかんねーなぁ」


わたしはアンタがわっかんねーよ!


 そう云って、うちのマンションの前を通り越し、配達を終えた帰り道。

時間的に、わたしがもう上がりだって云って、カスミのアパートに車が着けられて



じゃじゃーんてハイ!

わたしは今カスミの部屋のド真ん中に来ていまーっす。


なんだこれ・・・


「またこの間みたいに店に残ってたらオーラスまで手伝うことに成るだろ?」

「ウチでゴロゴロしてな。オレが店閉めて戻ってきたらイーツでも頼も」


そ、それもいいんだけどさ・・・

男の家に18の女の子一人残して行く?! 普通・・・


「その辺のCDとかDVD色々聞いて待ってて、店閉めてくるから」

「んー、まぁ居づらかったら帰ってもいいからな。合鍵ここ、置いてく」


「ハナ、キッチンのここ、見て」

「鍵開けとくからさ帰る時玄関の鍵閉めて、外から合鍵投げ込んで帰って」

「あと鍵閉めてくから、誰が来ても開けんなよ。あぶねーから」

 

 じゃ、そういう事で。ってオイ! 本当に鍵閉めて行ってしまった・・・

まぁ外で待ってて、また明日太にばったり! なんてことになったら今度こそ

言い訳できないしさ。


仕方ない・・・のかな・・・





- flower -





 取り残された・・・男の部屋に

トラウマ的に最悪な状況なのにやっぱり平気っていうか、ドッキドキだよばか!


 部屋の真ん中にあるテーブルの横にヘナヘナと座り込む。なんだこれ・・・

時計を見ると午後6時半・・・あと二時間はここにカンヅメじゃん・・・

なにこれ、めちゃタバコ臭いし壁紙も真っ茶色に煤けてるし


 でも、もっとサイアクな散らかりっぷりかと思いきや

以外に物が少なくて整ってる。コレほんとにカスミの部屋?

キッチンに出てみると、一人分の食器が少しとマグカップが一つ

なんか、週何回かは自炊してる雰囲気・・・


 なんだか家探ししてる気分になってきたけど、自業自得よね

少女を監禁してるんだから。今おまわりさんに電話したら

カスミあんた逮捕よ逮捕! 探検するぐらいじゃ安いくらいだからっ!


 そう言ってバスルームの折戸をバァーンと開け放つ。

拍子抜けするぐらいキレイなバスルーム。カスミってもしかして

最近ココに越してきたのかな? って、訳ないか。だってこの壁紙

真っ茶色だもん煙草で。まーったく想像つかないけど、カスミって意外と

生活力ある? ユニットバスの鏡の棚には茶色いプラのマグカップに

歯ブラシ一本。うぅ、予想に反してあのヘルメットの気配、女の影が薄い・・・


 っと、そうだった。とりあえずママにSMSでキサちゃんと

カラオケって入れとこ。朝笑ったバツよキサちゃん生贄になってねミ☆


 冷蔵庫を開けるのは流石に抵抗有って、やめたげた。

カスミの部屋に戻って、普段カスミが座ってるだろう場所の座椅子に腰を下ろし

とりあえず末弟の部屋を見回してみる。


えっていアイテムでも見つけて誂ってやろうか。そう思ってよく財宝が隠されて

いると謂われるベッドを見てみる。お部屋もだけど、きれいに整えられてて意外

か、カスミのベッド。一瞬で真っ赤になった色んなとこ全部

なんて赤面してると──────


 ベッドサイドに見つけちゃいけない物を認めてしまう

バストアップのポートレートが収まった少し安っぽい写真立て。

その下には革製のトレーに銀サビで白っぽくなった指輪が二つ乗っていて

ついついその写真立てを持ち上げて、手でホコリを払う。


「きれいな人・・・」

きっとこの人が、あのヘルメットの主。カスミの・・・


「彼女さん・・・なんだ」


ホコリを被って、だいぶ長い間放ったらかしにされてたんだなと思う

写真面の透明カバーもタバコのヤニでベトベト。なんとなく申し訳ない

ような気がして、元の場所に写真立てを伏せた。



 ぜんぜん違うパズルのピースを当て込んで、ぐちゃぐちゃな抽象画

みたいなのが出来上がって、思わずベッドの脇にヘタレこんで小悪魔男子の

布団の端を握る・・・


「そうだよ、カスミが云ってたじゃん! わたしはあいつの妹・・・なんだもん」

「まだお互いに好きって・・・言って──────も」


口に出した途端に涙が溢れてきた。なんで今更泣いてんのよ

あんた理解ってたじゃないのハナ、だからダメって云ったのにアンタが勝手に

羽化して・・・羽ばたいて・・・羽が折れて墜落しただけじゃない・・・


「いきなり失恋──────しちゃったの? わたし」


カスミの部屋にひっくり返って見覚えのない天井。シーリングライトの光が

滲んで歪む・・・


スンスンしくしくしてると割れた水盤で切った人差し指がチクチクして

ゆうこさんが巻いてくれた絆創膏をライトに向けてかざす・・・


 トラウマ発動していつ切ったかなんて覚えてない。

気付いた時にはカスミがこの指を・・・咥え・・・て?

やだ! 待ってよわたしが西口に走ってる最中ずっとこの指・・・


「わたし・・・咥えて──────ッ」


 こんなの! 間接キスより、ふつうのキスよりずっと恥ずいじゃんかっ!

手元にあったクッションを顔に押し当てて足をバタバタして耐える・・・


「あ、アイツ・・・理解ってんのかな? 相当恥ずいよこれ・・・」


なんとなくこの指をくちびるに沿わして、また恥ずかしくなって

クッションで顔を覆う・・・


「こんなの・・・おとなのキスと同じじゃん・・・」


もうダメだ。背中の折れた羽が復活してすっごい勢いで羽ばたいてる

ほんとに飛んでいってしまいそう・・・


「あ、うん。ダメだこれ、帰ろ」


そう思って、寝転んだままテーブルの上の合鍵を取ろうって手を

伸ばすんだけど、ぎりっぎり届かなくて、伸ばしたてをパタリと床に落として

ため息をつく。


「ね、カスミ。ここに彼女さん何度も来てたんでしょ」


 何となく分かるよ。写真立ての隣のきれいな瓶。ホコリだらけだけど

化粧水だよ。中身、半分ぐらい残ってる。 一回や二回じゃないでしょ?

誰の? って聞いて、ヘルメットの時みたいにオレのだけど・・・なんて

言ってごらんなさいよ、マジでビンタしてやる。


 そう思った途端に、あのバーベナのブーケのことが頭によぎった。

カスミの気持ちもなんとなく聞いて分かった。決定的な証拠も見つけちゃった

なら何で? どうしてあんなに絶対やっちゃダメなことしたの?


 お花屋さんにたった4、5日居ただけでも理解るよ。異性にお花を贈るって事

その重み。海外ではどうか知らないけど少なくてもこの国ではそれなりの

意味を持ってる。


 お客様の思いを形にしている社長やゆうこさんが接客してたお客様の

顔を観てればそれがどういう事か理解るよ。心からの気持ちがこもってるから

たった数日、一週間で枯れて無くなってしまうような物に想いを乗せる事が

できるんだって。形はなくなっても、お花は想いを届ける

キューピットなんだって。


 じゃ、どうしてカスミはそんな大事な事をわたしにしたの?

大切にしなきゃいけない人があなたの隣りにいるんじゃないの?

そう思うと、アイツが戻ってくるのを待って真意が聞きたく成る。


“ハナ? ヤメときなさい”


 そんな囁きが聞こえてきて、さっそく決意が揺らぐ。

そう、いつだってあなたは正しい。選択を間違っちゃうのはいつも

このわたし。一体ここでわたしは何をしてるんだろう。


“帰りたくないの? いつでもこの部屋を出れるのに”


 わかんない、帰ってやるって気持ちともっと此処に居てカスミを

感じていたい気持ちが拮抗しちゃって、でもなんとなくこうして

横になって決断を先送りにしてしまいたい・・・


“アイツは男。アンタ、襲われちゃうかもしれないよ”


 あーたぶんそれはないかな、たぶんじゃなく絶対。

そんな勇気があればあの時絶対キスされてたと思う、結局いくじなしの

自信無さ男。でも、そんな等身大のカスミが

完璧貴公子サトゥルノ王子にない魅力


 スタカフェで注文できずにやらかしちゃうクセに、無理してわたしを

連れてっちゃう、そんな憎めない所もきっと・・・好きなんだと思う


 そう思うと不思議。あの時車で本当にキスしてもらえてたら

いまこんなに穏やかな気持でここに居られなかったと思う。


 カスミがしてくれることがエスカレートして、わたしのこの気持ちを

追い越した瞬間にすごく怖くなっちゃう気がする。でも、カスミにそんな

怖さを不思議と感じない。


きっとカスミ、どっかでブレーキ踏んでるんだ。

写真立ての彼女がいるからだと思う。両天秤に掛けられるヒトなら絶対

あのときキスされてた。結局、どっちか一方にすごく恨まれたとしても

一方を選べない“優しさ”


でもさ、それってすっごく残酷な奴の仕業だよ・・・


そんなカスミの実直さが少しだけ憎たらしい。

だってズルイから。


“あっそ、じゃ勝手もうにしなさいな”


うん、そうする・・・もう、寝腐ってやるんだ。


アイツの愛の巣で──────




- flower -


 

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