勝利の恩恵編
小松直樹から変なお誘いがきた。
「あの商店街のクレープを一緒に食べに行こうか。でもあんな洒落た店に男同士で行くのは、場の雰囲気が持たないから妹も一緒に連れてくることにするよ。明日の四時に、店の前に集合な」
ボクは、「妹」と言う言葉に一瞬ピクッとしたが、深く考えることをせず、次の日に商店街に行くことにした。
約束の場所に行くと、そこには有希ちゃんが一人で待っていた。いかにも気合の入った余所行きのコーディネートをしている。しかし、それでもポニーテールだけは止めていなかった。
「お兄ちゃんは、急にこれなくなっちゃったみたい」
それを聞いたボクは、その場を離れようとした。慌てて有希ちゃんが付いて来る。
「なぜ逃げるんですか」
「え、直樹を探しに行こうかと」
「もういいじゃないですか。本当にどこにいるのか良くわからないんです。でも大丈夫です。お代はもう既にもらっているので問題ありません」
「そういう問題じゃないだろ」
「何か問題でもあるんですか。私と二人じゃ嫌なんですか」
有希ちゃんが、躱そうとしているボクに食いついてきた。
絶妙の突っ込みだった。
「嫌と言うか、あれだろ。地元でこんなおしゃれなクレープ屋で二人きりでいたら、噂になるじゃないか」
「願ったり叶ったりです」
「なんか言った?」
「いえ、独り言です」
「それにお代って、本当に直樹が払ったのか。信じられない」
「ウソじゃありません。まぁ。喜んで払った訳じゃないと思いますが」
「どういう意味だ?」
「生徒会選挙で、優也くんの応援演説が勝つ方に賭けたんです。お兄ちゃんは五十嵐君に賭けてものの見事に負けました」
「・・・。バカなやつだな」
「そうですよね。バカなんです。だから良いんです」
「そういうことなら、面白いから付き合ってやることにするか」
「そうこなくっちゃ」
こうして、ボクと有希ちゃんはクレープ屋に入っていった。
有希ちゃんはノリが良かった。いやノリが良いのはボクの方か。実は直樹に勝ったと聞いてなんかちょっと嬉しくなってしまった。
「実は、二年連続で儲かってるんです」
「ほう。去年はどんな賭けをしたんだ」
「優也くんとお兄ちゃんでどっちが多く得票できるか」
「あいつ本当に馬鹿だな。あの時の生徒会長は、あいつの他に立候補者が三人もいたんだから、票が割れるに決まってるのに。負けるとわかってなかったのか」
「優也くんのことになると、冷静な判断ができないみたい」
「・・・良くわかったよ。あいつはシスコンってことだな」
そんなやり取りをしていると。この店に似合いそうな美形の男子が一人でフラッと入ってきた。
「待たせたな。優也」
「は、なんで来るのよ」
「これは俺の金なんだから誰にも文句は言わせない」
有希の機嫌が途端に悪くなった。
「はっ、なんだ。お前のその恰好は。こんな気合の入った服なんか着やがって、なに浮かれてるんだ」
直樹が強引に有希ちゃんの隣に座って説教し始めてしまった。
「だまれ。バカ直樹」
「ほんと。優也のことになると周りが見えなくなるんだよな。危なっかしいったらありゃしない。クレープ食ったらすぐ帰るからな」
「ほんとムカつく」
今まで猫を被っていた有希ちゃんの“素”が見られて実に面白かった。表面的には言い合いをしているが、兄妹で仲が良いのが良くわかる。
今回の騒動の当事者でありながらも、ボクはクレープを食べた後、二人がどうするのか興味があり、黙って観察することにした。
有希ちゃんは、ギャーギャー言いながらも、直樹に言われるがまま本当に帰ってしまった。
これで、有希ちゃんが計画した二人切りの初デートは、未遂に終わってしまうのだった。
年が明けて二月十四日当日
優也が学校からの帰り道、道端で二人の女の子が待ち伏せしていた。綾小路文香と小松有希だった。どうやらチョコレートを渡すつもりらしいが、一人で渡す勇気はなかったらしい。
二人とは、あの選挙以来、ほとんど話しをしたことがなかった。そんなこともあり、ボクは近くの公園でゆっくり二人の話を聞くことにした。
「手作りチョコクッキーです。フミちゃんと一緒に作ったんです」
「ありがとう。応援演説のお礼だよね。義理でも嬉しいよ」
「本命です」
思いっきり真顔で、口を揃えて二人は言うのだった。
「義理なわけないじゃないですか。優也先輩」
「そうですよ、優也くんは私がどれほど本気か全然理解していません」
「え、でも二人で一緒に作ったんだろ。しかも二人で一緒にくれてるんだし・・・」
「抜け駆けはしないってことで、一緒に作ることにしたんです」
「あ、そうなんだ・・・」
渡す勇気がないと思っていたのは、ボクだけだった。この子たちは自分一人でもチョコを渡しに来ていたということだ。それにしても抜け駆けしないって、この子達はボクの親衛隊か何かなのか。
ボクは全然そんな大した男ではない。ボクは千聡先輩に何もできなかったのだ。
そんな心の想いを隠すように、この子たちに少し意地悪な質問をしてしまう。
「本命ってことは、ボクはどちらかを選ばないといけないのかな」
「どちらかを選べ だなんて、そんなおこがましいこと考えていません。貰ってくれるだけで良いんです」
文香君が遠慮がちに言ってくる。
「私を選んでくれるなら、キスしてあげます」
対称的な有希ちゃんに思わず苦笑してしまう。でも、このままこの話を続けるわけにはいかなかった。
「文香君、文化委員長頑張っているみたいだね。噂はよく耳にするよ」
「フミちゃんって、本当に凄いんです。文化委員長になって、まるで人が変ったみたいに堂々とするようになりました。何をするにも精力的に動いて皆を引っ張るようになったんです」
恋敵であるはずの有希ちゃんが、目を輝かせて自分の親友を自慢する。
そんな有希ちゃんの横で、文香君の表情が明らかに沈んでいく。
「私なんて、有希ちゃんに比べたら、やっぱり自分のことしか考えていないダメ人間です。ごめんなさい」
本当に対称的な二人だった。でも、文香君もきっちり謝ることのできる素直な子だ。
そんな二人がいつまで経っても、ポニーテールを止めなかった。
「二人とも、もうそろそろポニーテールは止めようか。ボクは選挙週間だけのつもりで言ったんだけどね」
「他の髪型も可愛いって言ってくれないと止められません」
「有希ちゃんはどんな髪型でもカワイイよ」
「本当ですか。なんか適当に言ってません?」
「そんなことないよ、本当にカワイイって」
「やっぱり有希ちゃんの方が良いですよね。可愛いから」
「そんなことないよ。二人ともカワイイよ。どっちも貰っておくよ。嬉しいよ」
ボクは慌てて二人が準備したチョコを受け取ることにした。
袋の中からほんのり甘い香りがする。二人の気持ちが詰まっている感じがした。
「優也くん、堀川高校に行くんですよね。そこって京都で一番賢いって言われているところですよね」
「ハハ、破れかぶれさ、どうにでもなれって感じで一応受けることにしたんだ」
「やっぱり、さすが優也くんです。私、応援していますね」
「ありがとう。応援してくれるんだ。じゃあ頑張らないとね」
「私、優也先輩が行く高校についていきます」
「文香君ならボクなんかより本当に行けそうだね。冗談でも嬉しいよ」
大好きな千聡先輩に対して何もできなかった自分に比べて、この子達は見事にボクへ想いを伝えてきたのだった。本当は、ちゃんと応えてあげないといけなかった。
ボクには千聡先輩しか見えていないということを。
でも、ボクは千聡先輩に対して全くなにもしてこなかった。告白する勇気もないくせにその先輩への想いがいつまでたっても消えないでいるのだ。女々(めめ)しい男だ。自分がどうしようもなく小さく見える。
ボクは、可愛い二人の後輩から本命チョコを受け取ったが、ボクは二人にどうしても返事が出来なかった。
そして、ボクは千聡先輩のいる堀川高校に入学した。
今回のイラストは、有希と文香が、優也にチョコを渡すために待っています。
spellaiアプリを使用しました。




