念願の再会編
バレンタインから一カ月半が経過し、菊池優也は高校一年になった。
とうとう来た。憧れの千聡先輩のいる堀川高校にやってきた。
ボクは、今度こそ千聡先輩に告白すると心に決めていた。その想いを遂行するためだけにこの堀川高校を受験したのだった。落ちるわけにはいかなかった。それこそ死に物狂いで勉強し、見事に千聡先輩のいる堀川高校に合格してやったのだった。
入学シーズンが一旦落ち着き始めたころ、ボクは千聡先輩の下校時間を見計らって、校門で待ち伏せすることにした。周囲の生徒から、あからさまに待っていることを悟られないようにするためにかなりの労力を使ってしまい、千聡先輩を見つけるまでに三日かかってしまったが、そんなものは全く苦労の内に入らなかった。
ケラケラと笑いながら千聡先輩が友達らしい人と一緒に歩いている。
やっと見つけた。
やっぱりポニーテールだ。
千聡先輩は、何も変わっていなかった。いや、ちょっと痩せている様にも見えてしまったが、それが更に女性の大人の魅力を引き出している様にも見えている。
ボクは、偶然を装ったフリをして駆け寄り挨拶することにした。
「お久し振りです。千聡先輩」
「キミは、優也君じゃないか。この高校に入ったのか」
千聡先輩の顔が初めは驚きの表情をしていたが、その後、直ぐにいつものボクを見つめる目に変わった。
その瞳に吸い込まれそうになりながらも、ボクは平静を装って返事をする。
「ハイ。千聡先輩を追いかけてこの学校に来ました」
一緒に歩いていた千聡先輩の友達がボクの様子を見ると、気を利かせてくれて先に帰ってくれた。
この高校は、府内でも有数の進学校だ。簡単な想いだけで入学できるものではなかった。
「本当に来てくれたんだね、嬉しいよ。それにしても、相当頑張ったんじゃないか。本当に凄いね」
「それほどでもありません」
「そうだ、お祝いにいつものところで打ち上げをしようじゃないか」
千聡先輩は、昔と同じ態度でボクと接してくれる。千聡先輩に会えた喜びと、あのときの懐かしさが一気に込み上げてきた。ボクはこの瞬間のためにここに来たのだった。
いつものところと言っても、千聡先輩とは、あの弁論大会のあとに、会場の近くのファミレスによっただけだった。今回はこの高校の近くのファミレスということだろう。しかし、それでもボクとの思い出を忘れていない千聡先輩に、また嬉しさが込み上げるのだった。
一緒に並んで歩いていると、先輩の足取りが心なしか軽いステップを踏んでいるようだった。
ボクとの再会をこんなに喜んでくれるなんて思ってもいなかった。
ボクは、この状況に浮かれまくってしまうのだった。
近くのファミレスで、ささやかな打ち上げが行われる。
「後任の子はどんな子が文化委員長になったんだい」
「それが結構大変だったんです。職員室に呼ばれていない子の応援演説をしたんです」
「そうか。予定外の子を当選させてしまったんだな。さすが優也君だね」
「これは文化委員長としての責務ですからね。当然です」
「それな。文化委員長の伝統は絶対だからな。それにしても、その時のあの片山の顔が目に浮かぶよ。あいつは全て自分の思い通りにことが運ぶと思っているからな。そんな片山に一泡吹かせてやったわけだ。想像しただけでお腹が痛くなる」
「ざまあって感じです」
「本当にキミは凄いな」
「凄いのは千聡先輩の方です。なんといっても900票ですよ」
「900票は優也君じゃないか」
「ボクは普通に原稿を読んだだけです。あの900票は完全に千聡先輩の成果です」
「いや、やっぱり優也君が凄いよ。私の時はせいぜい880票程度だったからね」
「なに言ってるんですか。880票も凄いじゃないですか。やっぱり千聡先輩は凄いです」
「それはこっちのセリフだって。選挙には、一クラスの壁っていうものがあるのを知らないのか。基本的に自分のクラスからの立候補者は無条件で応援するからね。だからウチの中学の生徒会選挙は、通常ではいくらすごい人でも890票を超えることは基本あり得ないんだ。これは応援演説がどうこう言うレベルじゃない。だから君の900票は立候補者本人の絶対的人気がもたらした結果なんだよ」
ボクが「それほどでも」と浮かれていると、言い過ぎたと思った千聡先輩が少し訂正してきた。
「もしくは、相手に人気が全くなかったというパターンもあるけどね」
「人気がない訳ありません。だって、今の後任の文化委員長はその時の対戦相手の子でしたから」
「なんだって。・・・本当に、本当か」
「はい。綾小路文香君です。彼女は二年連続で文化委員長に立候補して、一年目にはボクに負けたけれど、二年目にボクが応援演説をして見事に当選しました」
「信じられない・・・。普通は一回選挙で負けた子が二年目で勝つのは難しいんだ・・・。あ、そうか、二年目の相手の子はそれほど人気がなかった子だったんだな。又は演説に失敗したとか」
「何言ってるんですか、相手は職員室組なんですから人気がないわけないじゃないですか。まぁ元副会長をしていた子でしたから確かに大分不利でしたけどね。でも接戦でしたがなんとか勝てました。でもこれは、千聡先輩から伝統を受け継いだんだから当然の結果ですよ。千聡先輩もさっき当然だって言ったじゃないですか。なにも不思議じゃありません」
「ちょっと待って。なんとか勝てたって、理解が追い付かない。・・・すると優也君は、一年目でたった20票も集められなかった子の応援演説をして、元副会長を相手に勝ったのか」
「端的に言うとそうなりますね」
「二年目の結果を考えると一年目が凄すぎる。いや、でも一年目の結果を考えると二年目は絶対にありえない。普通はこの両立はありえないよ。訳が分からない。優也君は本当に凄いんだな」
千聡先輩のその目でそんなに褒められるなんて、ボクは浮かれまくって天国についてしまいそうな感覚に陥ってしまうのだった。
「あやのこうじ ふみか ・・・か」
のんきなボクは、その時に千聡先輩が寂しそうな顔をしていることに全く気が付かなかった。
自分の部屋に帰ってきたボクは、本日の出来事に浮かれ切っていた。
念願の再会だった。ボクはとうとう千聡先輩に追いついた。
でも追いついたと思っていたのは自分だけだった。当然だ、ボクはまだ何もしていなかった。
これからだ。ボクは千聡先輩に今まで溜めてきた想いを伝えなくてはならなかった。
文化委員長という共通点があるのが幸いだった。今日の感じからすると、今の関係であるならば、二人で会うこと自体は可能だった。感触も上々だ。でも問題はここからだ。
どうやって千聡先輩に想いを伝えるのが最も良い方法なのか。自分の最も強力な武器は何なのか。必ず告白を成功させなければいけない。そのためならなんだってやってやる。
並々ならぬ闘志が漲ってくる。
ボクは寝ても覚めてもそのことばかりに頭を費やすのだった。
イラストは、千聡先輩と同じ高校に入学した優也が
校門で待ち伏せして、やっと見つけた瞬間です。
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