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君との恋を、ファムファタルの箱庭の中で  作者:
第二章 不思議で愉快なスローライフ
12/100

12 天の恵みへのラブレター

元の世界では政略結婚が主流です。

婚約期間はありますが、付き添い人が見守るなか日中にお茶会をするくらいの付き合い方しかできないため、素の自分を見せ合えるのは結婚してからが一般的です。

そこから愛を育んだり家族として結びついたりして夫婦それぞれに絆を深めていくため、外でもラブラブ夫婦は年配者のパターンが多く、若年層はまだよそよそしい雰囲気だったりします(体面を気にして家ではラブラブでも外ではツンツンだったりのパターンもある)。

 祭壇の上に敷物を敷いて、アウローラたちはお茶会をしていた。

 ヒュプシュが空を見上げながら言った。

『まだまだ降るねぇ…これいつ終わるんだろ?』

 少し離れた位置の石床に直接あぐらをかいて座り、ヒュプシュはゆっくりと落ちてくる荷物を見つめている。ふと指先をぴっと向けて、魔法を使った。木箱は消えて、()()される。

 ヒュプシュいわく、木箱は消しているというより、持ち運べる見えない部屋へそのまま置いているという感覚らしい。

 また空中にひとつ、木箱が現れる。アウローラが口を開いた。

『まだまだ終わりません。きっと。

 ヒュプシュ、後は私に運ぼうとします。…後で、私が、運びます。お疲れ様なら、しないでください…いったんやめましょう。こちらに来て一緒にお茶を飲むのはいかがですか?』

 つたない古語を、隣に座ったレルムに訂正してもらいながら声をかける。

『んー…でもこれ楽しい。もう少しやりたいなぁ…だめ?』

 ぽかんと口を開けたまま、上の空でヒュプシュが答えた。木箱が床に近づくタイミングで指先を向けている。どうやら地面に落ちるギリギリを狙って魔法を使っているようだ。

「『楽しいのはどうぞ良いです。…それなら、どうぞ、楽しんでください』…あの中に、今度こそ辞書はあるかしら…?」

 敷物の上に姿勢よく座り、空を見上げるアウローラが呟いた。視線の先では新しい木箱が空中に現れた。ゆっくりと地面に近づいていく。

 隣で作業していたレルムが顔をあげ、微笑んだ。

「あるといいな。なくても、おれがいるよ。ゆっくり覚えればいい。

 それにしてもこれは凄い。きりがないな。まさか7日間を超えても、まだまだ届ける荷物があるとは」

 アウローラが額に手を当ててため息をついた。

「…お父さまったら…。いくら何でもやりすぎよね、こんなに…」

 ヒュプシュがまたひとつ木箱を消した。しばらくして、また新たな木箱が空中に現れる。


 最初こそ大騒ぎして踊り狂っていた謎の生物たちも、二日、三日目と続くうちに数を減らしていった。今ではもう誰もこない。そこここで好き勝手に喋りながら行き来し、通常の生活を送っているようだ。

 



 最初の荷物を回収した後も、新たな荷物がどんどん降っていることに最初に気付いたのはアンナだった。

 荷物の中に砂糖や小麦粉を見つけた彼女は、喜び勇んで自らの一軒家に帰るや、せっせと甘い薄焼きパン(クレープ)を試作していたらしい。いくつも失敗した後でようやく納得のいく焼き方ができたアンナが、試食相手を求め、皿を片手に外に出て…落ちてくる木箱に気付いたという。


 「最初は鳥かと思ったんだけどさぁ。明らかに落ちているし、不自然にゆっくり動いているし…もしやと思って見に行ってみたら、あの丸い石床…祭壇? に、また溜まっていたのよ。落ち物パズル失敗しまくった人みたいな積み方で。しかも構わずまだ降ってくるし。

 あんたのお父さま…言っちゃ悪いけど、ちょっと変じゃない…?」

 ここまでする?! というドン引きの目で見られ、アウローラは否定をためらってしまった。

「…ええと。変わっている、とはよく言われるみたいよ。わたくしにとってはお喋りが大好きなごく一般的な人に見えるのだけど…見えていたのだけど」つい言いなおしてしまった。

 荷物に仰天したアンナに連れられてその光景を見たアウローラは絶句し、レルムはすみやかに箱を詰みなおしはじめた。あっという間にきちんと並び直されたものの、落ち物パズルではないので木箱は消えない。ひとつずつとはいえ、木箱はまだまだ降ってくる。麻袋も降ってくる。ちょっとしたサイズに育った木の苗も降って来た。

 それを見つけたアウローラは飛び跳ねて喜び、つい淑女としてあるまじき反応をした。スカートを豪快に持ち上げて駆け寄ってしまったのだ。カーツェの時より高く持ち上げてしまったが、大丈夫、ブーツ履いているから! 素足じゃない! と、自分に言い訳する。

 真下で大切に苗を受け止めるやそれがリンゴの木だと気付くと「今すぐに埋めなくちゃ」と歓喜の叫びをあげる。

 何故かやたら爽やかな笑みを浮かべたレルムを急かし、リンゴの木は速やかに良い場所に植わった。アウローラはリンゴが大好きだ。アンナは酸っぱすぎて苦手と言っていたが。


 「異世界転移といえばさ、大抵は身一つなのよ。もしくは、たまたま持っていた物…カバンとか? しかないっていうのがお約束なんだけど。

 それで、出会った第1村人ならぬ第1異世界人のイケメンにいきなり惚れられて、ちやほや生活の面倒を見てもらえて、なんやかんやすれ違いの後に「君は実はおれの(つがい)なんだ。結婚してくれ」とかいう展開になって溺愛新婚生活が開始。めでたし、めでたしっていうね。最高だよね。

 延々と元の世界から援助がくる展開はちょっと知らないかな。転移した本人がふたつの世界を行き来して便利な荷物もってくるってのは読んだことあるけど。あれ系のジャンル大好き。また読みたいな」

「まぁ…とても面白そう。新婚なのにもう溺愛なのね。ドキドキするわ。でもアンナ、(つがい)って夫婦のことよね? すでに番っているのにまたプロポーズがいるの? どういうお話?」

「そのあたりは暗黙の了解があるというか…ああ…紙が欲しい…書きたい…読んでほしい…マンガは無理だけど挿絵なら描ける…小説で布教したい…いちゃらぶ溺愛のイケメン獣人…! (つがい)ものは至高…!」

 落ちてくる木箱を見つめて興奮しだすアンナ。テンションに慣れてきたアウローラが微笑ましく見守るなか、ふと気づく。新しく現れた木箱は四隅に金属が使われたしっかりしたものだ。目を細めてみてみると、本を収める用の木箱に見える。

「アンナ、もしかしたら紙が手に入るかもしれないわ。あの箱、本用の木箱に見えるの。わたくし写本も仕事のひとつだったから、もしそうなら白紙も一緒にあるわ。きっと。」

 アウローラの予想は当たった。アンナは狂喜乱舞、本当にくるりと身軽に踊りだし、ついでにアウローラを抱き寄せて男性役を完璧にこなしながら一緒にダンスをした。ケラケラ笑いながら優雅に回る。ふたりともダンスが得意だったため、速度は徐々にあがり、難易度も上がり、最終的には、男性役を代わったアウローラが遠心力を利用した完璧に美しいリフトをしてみせて、愕然と眺めていたレルムを灰に変えた。

 ダンスの練習相手になるのも護衛官の仕事のうちだが、指導側にいたアウローラは踊らない。レディのダンス練習に繰り返し付き合いながらも、レルムは密かに憧れていた。

 いつかあわよくばアウローラさまと一緒に踊りたい。おれが冗談を装って華麗にリフトを決めれば、妖精のように浮かんだアウローラさまがきっと慌てふためく。その顔を至近距離で見られるに違いない。見たい。見たい。妖精アウローラさま見たい…などと空想していたレルムは夢破れた心地になって、その場に崩れ落ちた。

「…レフトは…おれが…」と呟き、それきり絶句した。

 アウローラが驚いてレルムに近寄り、その呟きを聞いて納得したように頷いた。

「あら…ごめんなさい。アンナ、レルムもあなたと踊りたいそうよ!」

「違うそうじゃない」「んなわけないでしょ」レルムとアンナの声が揃った。

「え? でも…レルム、リフトしたいって…」困惑するアウローラに「んなことより、ねぇ、レルムさん、あれ開けてよ! いいよね、アウローラ?」とアンナは元気いっぱい声をかけ、レルムをあごで使う。

 アウローラが頷くのを見るやアンナは金属で補強された木箱の側に駆け寄る。レルムが頑丈な釘を抜いて蓋を開けると、アンナは中をのぞきこんで歓声をあげた。

 「アウローラ、ちょっとコレもらうね! あたし家で今から小説書いてくるから、楽しみにしてて! あ、あとコレ!」

 白紙の大量の紙束を胸に抱いたアンナが、アウローラに駆け寄り、そのうちの一枚を渡した。

「シャトレーヌにペンあったよね? 意味ないかもだけど、メッセージ書いてさ、降ってくる空間に向けて掲げてみたら? もしこっちの様子見えていたら伝わるかもよ!

 そういえば今思ったんだけど、これさぁ…もしかしたら仕送りってやつじゃない? 離れて暮らすあんたに! もしくは花嫁行列ならぬ嫁入り道具行列かも! レルムさんが花婿! あんた、花婿を受け止めたからにはちゃんと責任とるのよ! いつかでいいから! じゃね!」

 言うだけ言って、アンナは去って行く。

「おいっ。余計な事いうな!」

レルムが声を張り上げるが、すでにアンナは祭壇から飛び降りている。

 近くにいた謎の生物が喋りだす。『荒ぶっておられる…』『発情期のけはいー』『まだまだ産まれるのう…八百万の女神じゃのう…』『やおろずー』『ありがたや…ありがたや…』

 丈の長いドレスでは思うように走れないのに、アンナはそれを感じさせないほど軽やかだ。脱兎のごとく走り去って行く。

 アウローラはアンナの言葉を動揺とともに受け入れ、深く頷いた。なるほど。それっぽい。あり得るかも。


 アウローラは腰のシャトレーヌからペンを取り外し、紙に大きく書いた。遠くても見やすいよう書く内容は2段。単語をふたつだけ。書き終えて、ペン先をしまってシャトレーヌに戻し、アウローラは紙を掲げた。

「…『ありがとう』『大好き』ですか。喜んでいますよ、きっと」

 レルムが隣に並び、空に向かって何かの手信号を始めた。ひとつひとつは単純に見えるが、手首を複雑にしならせた機敏な動きで、細かく停止しながら長々と続けている。恐らく文章だ。アウローラは手旗信号までは知らない。レルムは最後にゆっくり敬礼し、直ると、深く頭を下げた。

「…それは何て伝えたの?」

 レルムは軽く顔をあげたが、前髪に隠されてアウローラからは表情がわからない。しかし口元がほんの少しほころんだのが見えた。

「おれも同じ。お礼と、…今後の決意表明ってとこ。詳しくは内緒。まだ今は」




 レルムがいくつかの木箱を重ねて担ぎながら館に戻ると、たまたま歩いていたヴィルヘルミナと鉢合わせた。

 昔ながらのシンプルな修道服を着ているのに、相変わらず色気が凄い。禁欲的な服が、彼女の雰囲気(いろけ)に負けてしまっている。

『こんにちは、ヴィルヘルミナ。私はアウローラです。彼はレルムです。これからも会います。邪魔になりません。しかし、あとで少しおすそ分けです…おすそ分け、が、したいです。』

 アウローラが紹介すると、隣でレルムも穏やかに笑いかけた。よそ行きの笑顔だ。

『はじめまして、レディ。私はレルムと申します。愛するアウローラさまの護衛官です。貴族産まれですが今は平民です。力仕事でお役に立てるかと思います。ご入用の際はアウローラさまへ気軽にお申し出ください。

 贈り物はおそらく日用品です。新参者からの挨拶代わりです、どうぞご査収ください』

 ヴィルヘルミナは無表情だった。色気は凄い。ゆっくりと小首を傾げ、戻し、優雅な動きで距離をとるように後ろへ身を引くと…そのまま廊下の向こうに滑らかな後ろ足で下がって行き、あげくフェードアウトした。一言も喋らなかった。

 それをぽかんと見送ったふたりは、顔を見合わせて同時に小首をかしげた。

「まぁ…わたくしたちも変わっているわけだし。うかつな感想を持つのもやめておきましょう」

「変わっている人というジャンルに今おれも混ぜたな? アウローラさまが浮世離れしているのは仕方ない。が、おれは常識人だろう」

 アウローラは眉尻を下げた。確かに自分はこの世界で少々浮いている。自覚はある。しかし空想が暴走しがちなレルムを常識的な人だと言いきるのは…ちょっと難しい。だって、最近ひんぱんに変だし。わたくしもだけど。

 「ともかく。これでレルムも全員に会えたわね。女性ばっかり。やっていけそう?」

レルムは苦笑した。

前の仕事場(りきゅう)が、すでにレディだらけだったろ。今とそう変わらない気がする。あなたの傍ならどこでもやっていくよ。

 それにスペルモルもいるしな。時間かければ友人になってくれるかもしれない。アルフレッド殿下みたいに」


アウローラちゃんはドレスの下に、たっぷりドレープの純白ワンピースと、丈の長い純白ドロワーズ(えーと…あっちのタイプです)を履いています。ちなみにセット下着です。箱入りすぎるアウローラちゃんはチラ見せしていることに気づいていません。駄犬にっこり。

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