13 まだ追憶には至らない
アルフレッド(9)元の世界にいる王太子。アウローラとレルムのことが大好き。とてもかわいい。
ふたりの新生活が始まった。
離宮生活の必需品はそっくりそのまま降ってきたが、館の生活はまったく別物で、勝手が違った。日常を送るためには、すべきことがたくさんあった。
アウローラは忙しない時間を過ごし、ときおり外を眺めて青空に木箱を探していた。
木箱が見えたら、レルムに声をかける。連れ立っていそいそと祭壇へでかける。その帰りにアンナの家に寄ったり、ヒュプシュと過ごしたり、たまにヴィルヘルミナとすれ違っては、挨拶する間もなく逃げられたり…。
レルムはというと、基本的にアウローラの傍で通訳に徹していた。
ヒュプシュが魔法ですべて何とかしてしまうため、当初に彼が担当しようとした力仕事が一切なかったのだ。暇と体力を持て余し気味の大男は、双子の逆かくれんぼに期待をかけていた。
しかし、いつまで待っても襲撃はこない。
ちょくちょく「早くじゃれてこないかなぁ」と呟いて、襲撃を今か今かと心待ちにするレルムは、偶然に双子と顔を合わせるたびに本当にうれしそうな笑顔をみせた。
とうの双子からすると、満面の笑みを向けられるのは恐怖でしかない。こちらは「隙みて灰にしてやる」って言ってるのに「わぁい!どうぞ!」と両腕広げられたら誰でも怖い。「何だコイツ」である。「ヤベェ関わんのやめよ」である。
傍若無人だが賢そうな双子から、鉢合わせしては逃げられ、目があうだけで逃げられ、とうとう遠目に姿を見られただけで脱兎のごとく逃げられるようになった。
レルムもそれに気づいており、だんだんと笑顔から輝きが薄れていく。しょんぼりしたその背中が(お預けを食らって拗ねる犬っぽいわね)とアウローラに思われていることまでは、さすがの彼も気付かない。
あるとき、祭壇へ向かう道すがら、レルムが太く長い枝を拾いあげた。少しだけ反りのある硬く重そうな大木の枝だ。
アウローラが「いい感じの棒ね」と褒めてみると、レルムは満面の笑みで「そうだろ! しばらくはこれで遊べる!」と得意げに答えてくる。かわいい。アウローラの脳裏に離宮を散歩する軍用犬の姿が浮かんだ。
弾むような足取りも、ご機嫌な顔も、枝を拾って誇らしげにするところまで似ている。かわいい。
「この世界、犬はいるかしら。離宮の軍用犬たちは本当に愛らしかったわよね」
「なんでだろう…棒からの連想だよな? でもおれ、今、非番の犬たちと同じ括りにされた気がする…?」
レルムはたまに鋭い。内心ぎくっとしたアウローラは真剣な表情を取り繕ってごまかそうとした。
「レルムはレルムよ。
あの子たち、訓練では凛々しいのに、それ以外では甘えたでカワイイ子たちだったわよね…あなたのことじゃないわ、軍用犬のことよ。しっぽを振って撫でられに来てくれて、一緒に遊ぼうって誘ってくれて、わたくし、大好きだったの。
…だから、あなたのことじゃないったら、レルム!」
記憶のなかの軍用犬を褒めるたびに、レルムがふざけて自分を指さす。「おれのことだな!」とドヤ顔をするため、たしなめるアウローラも楽しくなってきた。
くすくすと抑えきれない笑いをもらすアウローラを、レルムは甘い目で見つめている。
「おれのことも好きに撫でていいよ。しっぽはないし犬でもないけど、腹くらい、いつでも見せるから」
アウローラの脳裏に浮かぶのは、自分に構われて喜んだ軍用犬たちが我さきに腹部をさらし「もっと撫でて!」と身をよじっていた姿。アウローラがころころと丸い胴体を転がすように撫でると、それはそれでひどく喜んでくれた。
アウローラは、とうとう吹き出した。
「あなたも、おなか、撫でられちゃうの…っ? ふふっ、…あははっ、想像すると、ダメ、すごくおかしい!」
レルムがキリッと顔をひきしめ、軍服の裾を両手でつまむと身をよじった。
「撫でるだけ…おれほどになると、簡単に転がされたりはしない…」
良い声で追い打ちをかけてきたので、アウローラはもうだめだった。
軍用犬の一匹に、転がされまいと抵抗して楽しむ子もいたからだ。そっくりだった。
アウローラの笑いが勢いを増した。
手を口に添えるのもままならず、レルムのエスコートの腕にすがるように笑い転げる。
震える頭を愛しげに見下ろしていたレルムが、静かに手をのばす。
アウローラを抱きしめようとしたとき、こちらに近づくヒュプシュのけはいがした。レルムは手を止めた。棒を握り直し、抱きしめたい衝動をごまかす。
『ねぇ、荷物が降っているよね! あたしも行く! あれ…アウローラ。どうしたの? 楽しそう』
必死に笑いを収めようと努力するアウローラを見て、ヒュプシュは首を傾げた。
レルムはしれっと告げた。
『犬の話をしていました。凛々しく、時に愛らしい大型犬の話です』
アウローラはまたも吹き出した。
「あ…あなた、自分で…自分を…愛らしいとか…っ!」
息も絶え絶えに訴え…うっかり墓穴を掘った。
レルムは片眉をあげる。
「やはりおれを犬扱いしていたか。…口をなめまわしてやろうか?」
アウローラは過激な冗談として受け流した。
ヒュプシュはきょとんと小首を傾げ、ニコッと笑った。
『よくわからないけど、アウローラは犬が大好きなんだね。あたし、オオカミしか知らないからなぁ。
お貴族さまはオオカミの子どもを犬って呼んで使役するらしいけど、本当だったんだね。
そういえば異世界では見かけないね。犬も猫も家畜も。鳥も。いるとしたら、どっか遠くなのかも』
ヒュプシュはアウローラの横に駆け寄ると、手を繋いだ。アウローラも自然に受け入れ、ふたりは手をつないだまま祭壇への道を歩き出す。
レルムは(もう口説く雰囲気じゃないな)と諦めた。ふたりの少女の後を、いつもどおり黙ってつき従った。
厚い敷物の上で、アウローラが持参したティーセットで紅茶をいれる。
レルムは器用に落ち物パズルを並べ直して、落ちてくる荷物に場所を開けている。
アウローラが入れる紅茶をヒュプシュは気に入ってくれた。最初は茶色い水に怯えていたが、香りをかがせると目を見張り、恐る恐る啜り、パチパチと瞬きをしながら「味があるね」と言った。それからニコニコ喜んで飲みはじめた。
しばらくふたりは紅茶を飲みながら喋っていたが、ヒュプシュは落ちてくる木箱をチラチラと横目で気にして、そわそわとしはじめる。そして『ちょっとアレ…なんとかしてきていい?』と言うなり、敷物から立ち上がった。
そして、始まったのが、落ちてくる木箱を床ギリギリで消す遊びだ。ヒュプシュは毎日の楽しみにすると決めたようで、木箱が降り出せばアウローラを探して一緒に祭壇へ行くようになった。
床ギリギリにまで下りてきた木箱を消す。麻袋も消す。しかし、たまに降る苗はアウローラに譲ってくれる。
苗が現れると、ヒュプシュはアウローラに声をかけてくれた。
アウローラは立ち上がってスカートをつまみ、駆け寄って苗に飛びつく。まじまじ特徴を眺めて植物を特定し、毎回なぜか爽やかな笑みを浮かべるレルムに早く植えるようせがんだ。
女子ふたりが空を眺める間、レルムはというと拾った枝を加工していた。木刀を作ることにしたのだ。
アウローラの傍であぐらをかいて座り込み、器用に皮をはいで、枝の自然な反りを活かすように短剣で少しずつ削っていく。
「木刀というのはやはり剣なのかしら?」
「見た目はね。まぁ木の鈍器だよ。片刃の。こどもの練習用の木剣よりゴツくて重たい。このほんの少し反りがあるところがポイント。あと刃が尖らずなめらか。そして、とても、カッコいい…」
アウローラがふふっと笑った。
「アルフレッドもだけど、レルムも武器が大好きよね。わたくしはその装飾剣がカッコいいって思うわ。でも、きっと、そういうことではないのよね?」
レルムが嬉しそうに頷いた。
「わかってくれてうれしい。武器のカッコよさは見た目が派手かどうかと違う基準がある…と思うんだ。うまくいえないけどな」
「そうなのね。出来上がるのが楽しみだわ。もし木刀が完成したら装飾剣はしまってしまうの?」
「そのつもり。これ、金属パイプなんだよ。色ガラス嵌めたり表面を加工してそれっぽく木にみせかけているけど。
見た目に反して攻撃力が高すぎるから、異世界では持ちたくない。
木刀なら威力と見た目が釣り合うから双子も気をつけるだろ」
アウローラはぎょっとしてレルムの腰にある装飾剣を凝視した。
剣の柄や鞘に埋まる大きな宝石が青いガラスなのは見ればすぐわかる。しかし、全体はどうみても木だ。軽く柔らかい木肌に薄く白い塗料をなじませ擦った、豪華な細く長い木の棒としか見えない。
金属と聞かされそのつもりでマジマジ観察するが、ところどころに飾られた鮮やかな金色の文様に意識がいってしまい、よくわからなくなってしまう。
困惑して装飾剣を見つめるアウローラに、レルムは声をあげて笑った。そしておもむろに両手を前に出すようジェスチャーで指示し、「重いよ?」と一声かけて、アウローラの両手に装飾剣を乗せた。
わかっていても驚いた。見た目より断然重かった。アウローラはつい取り落としかけて慌てて力を込めて支える。レルムがからかうような眼でその姿を楽しみ、装飾剣をまた腰に戻す。
アウローラは軽くなった両手を握り開きしながら感嘆の息をもらした。
「…知らなかったわ。近衛儀仗隊はこんな重いものを軽々操って、あんなに凄い演舞をしていたのね…」
「曲芸の極みだよな。本人たちはなまくら装備隊って自称するけど、あれ絶対に自虐にみせかけた自慢だと思っている。
隊長が言うには、細身の色男が派手なパフォーマンスを簡単にこなすスマートさが彼らの最大の武器だから、一般軍人と努力の方向性が違うんだって。
訓練も儀仗兵だけは非公開。だから、何をどうしてあの細っこい体型を保っているのか…実はおれも知らない」
「わぁぁ…淑女たち憧れの花形部隊の裏話…離宮の女の子たちに聞かせてあげたかった。絶対にすごく喜んだわ」
レルムは笑って指先を唇に添えた。
「ダメだよ、装飾剣の素材は機密だから。おれも異世界だから教えたんだよ。
装飾剣はなまくらです。そういうことになっています。だから、どんな場所でも持ち込めます」
「ひぇ」
自国の軍のしたたかさに震え上がるアウローラの姿を、レルムは眺めて楽しんだ。
木刀になるはずの枝は床に転がされ、短剣も軍人の膝の上で暇そうだ。
「…はぁ。異世界に来てようやく元の世界を再認識するなんて。とても変な気持ち。…でも、こういう話ができるのは嬉しい。割り切れているつもりだったけど、わたくしの中にまだ元の世界を思い出にしたくない気持ちがあったみたい。心が整理されていくよう。
…レルムはどう? 隊長にもう一度会いたいと思うことはない…?」
「おれが元の世界に戻って、って意味だよな? ない。
薄情だと思う? 軍人思考だからだと思うけど…会う、会わないは重要じゃないんだ。仲間は仲間だし、信頼は変わらないから。縁があれば会って共闘することもあるだろう。なくても、どこかで誰かを守っていると信じている。
まぁ…正直、こっちに隊長もいれば楽だったのになぁと思うことは、ある…」
レルムは手刀を唇の横にあて、腰にも片手を添えて、アンナの高笑いポーズを真似た。一瞬でそれに気づいて、アウローラがくすくすと笑いだす。
レルムは言った。
「こっちに来られて、おれは最高に幸せなんだ。あなたは心のままに後ろめたく思ってくれていいよ。おれは何度でも答えるから。
あなたのおかげで異世界にこれたんだ。おれの居場所はあなたのそば。大好きだよ、アウローラさま」
アウローラは絶句して目を見開いた。呆然とレルムを見上げて、目をさ迷わせて、ゆっくりうつむく。
レルムが優しい目で見守るなか、アウローラは両手で顔を覆った。手のすきまから垣間見える肌は真っ赤に染まって、レルムの目にひどく美味しそうに映った。
Q.なんで、いちいち爽やかな笑みを浮かべるんですか?
A.レルム(19)「おれしか男がいない状況で、好きな子が気を抜いた結果のラッキースケベで、心が浄化されない男なんている?」




