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それからまた二週間程が経ち、集まった兵士の数はおよそ六千。
加えてまず冒険者が、パーティの数はわからないけれど人数は五百程。
賢者の学院から派遣された魔法使いは四十で、神殿からは使徒、神官、僧侶が、合計で魔法使いと同じくらいは来ていた。
流石にこんな数はエーレン村には入れないので、レーフォム伯爵領の各村や、パリファントに分散して滞在しているが、連絡は密に取り合っている為、集結に然程の時間は掛からないだろう。
これだけの数が集まると、自然と僕らの果たすべき役割は減っていく。
エーレン村に来たばかりの頃は、行動方針を決定するのも、偵察も、防衛設備の建設も、ゴブリンとの戦いも、全て冒険者がしなきゃならなかった。
けれどもイクス師や、レーフォム伯爵の部隊が合流した辺りで、僕らは彼らの指揮下に組み込まれ、決定権が消える。
いや、消えるって言い方をするとネガティブだが、僕らが判断の責任を負う必要がなくなるので、それは歓迎すべき事だ。
更に多くの戦力が集まってくると、偵察や防衛設備の建設だって、冒険者達だけでやらなきゃいけなかった時とは異なり、森には斥候が放たれ、防衛設備の建設も慣れた工兵の担当となった。
またそれは、戦いに関しても同じである。
戦いの規模が大きくなると、個々の力が戦況に与える影響は反比例して小さくなっていく。
同じようにゴブリンを数十殺すのでも、百のうちの数十なのか、それとも千のうちの数十なのかでは、意味合いが違って当然だろう。
要するに、僕らの手で状況が大きく動く時間は終わった。
逆に言えば、僕らが状況を動かさなければいけない時間も終わったのだ。
後はもう、僕らは駒の一つとして、盤上を動かされればそれでいい。
そしてそれは、この戦いの終わりと、勝利が近い事も意味してる。
ここまで来ると、僕はもうあまり勝利を疑っちゃいない。
今回の戦いの焦点は、人間側の準備が整うまでにどこまでゴブリンの被害が広がるかだった。
けれども予想外に集結が早かった為、最前線であるエーレン村すら放棄せずに済んでいる。
つまりゴブリンの勢力圏は小さいままで拡大をしていない。
いや、十分に大きくはなってるんだけれど、人間の手に負える範囲に留まっていた。
巣を見付けて、それを殲滅する為の戦力も揃った今、これ以上のゴブリンの勢力拡大を見逃す事はないだろう。
まぁ、不安要素がない訳じゃない。
ついこの間までは、僕らも、パリファントの冒険者も、村人達も、一丸となってエーレン村を守る為に動いていたけれど、人が多く増えた今では、この場所にもいくつかの派閥が生まれてた。
あぁ、派閥なんて言い方をすると、それが互いに争ってるイメージが湧くかもしれないけれど、別にそこまで酷い話ではないのだ。
ただ当たり前の話なんだけれど、例えばレーフォム伯爵の派遣した兵士達は、自分達の隊長の命令に従うし、シャガルや、他の領からやって来た兵士にはまた別の隊長がいる。
そしてそのそれぞれに、考え方の違いはあって当然だった。
例えばレーフォム伯爵領の隊長は、一刻も早く事態を解決したい。
何しろゴブリンとの戦いが続く限り、他領の兵士達がレーフォム伯爵領に滞在し、食料を消費し続けるのだ。
救援に来ているのだから、略奪等は行われないが、だからこそその食い扶持は、レーフォム伯爵の懐から支払われる事になる。
なので当然ながら、レーフォム伯爵領の隊長は、早急にゴブリンの町を攻める事を主張した。
しかし他の領の隊長達の考えは違う。
彼らはあくまで救援に来ているので、そこで兵士が損耗される事を善しとはしない。
故に彼らは慎重に、性急な攻めの提案には反対の姿勢を取る。
要するに、ここに集まった目的は皆同じなのだけれど、その過程で重視するものがそれぞれに異なるのだ。
イクス師、もとい賢者の学院は、戦いが終わった後に遺跡を、特に古代魔法王国期のそれを調べたいので、戦いに貢献する事でその権利を主張しようとしてる。
神殿はレーフォム伯爵を含む全ての領主に恩を売るべく動き、冒険者組合は周囲の全てがお得意様なので、どこの派閥にも肩入れをせず、機嫌を損ねないように立ちまわっていた。
つまり派閥とはこういう事なんだけれど、それぞれの思惑は中々にバラバラだ。
尤も幸いにも、ゴブリンを駆除するという目的は共通だから、見てる方向は同じである。
故に協力し合う事に問題はなく、むしろお互いのスタンスの違いが、ゴブリンの駆除を急ぐあまりの勇み足にならず、かといって慎重になりすぎての足踏みもせず、全体的に程良いところで落ち着く。
様々な立場で物事を見る者がいるのは、複雑な社会を築いた人間の強みであり弱みでもあるのだろう。
但しその程良いところで落ち着いた状態は、何時までも続く訳じゃない。
人間という生き物は、危機がそこにあって、それを打破するという目的が同じなら、バラバラの集団でも協力し合える。
しかしそれは、短い間に限っての事。
今の状態が長く続けば、やがて危機は当たり前の日常の一部と化していく。
そうなると危機感は薄れ、その代わりにバラバラの集団がすれ違う事への不満は大きく育つ。
故に、慎重さを欠いてはいけないが、事態の収束に時間を掛け過ぎてもいけなかった。
レーフォム伯爵領にやってきた派閥のリーダーは、それをちゃんと理解していたから、彼らの行う会議は喧々諤々としながらも、その都度ちゃんと纏まって、ゴブリンを討伐する準備は進む。
そして僕が、また他にも放たれていた斥候が、森を進軍してくるゴブリンの大軍を発見したのは、それから更に一週間後の事だった。