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ゴブリンが来ぬ間にも、僕らは、いや、皆が忙しく動く。
馬に乗ってパリファントへの報せに走ったのは、ルドックとパーレ。
身体の小さなパーレなら、ルドックと相乗りしても馬の負担は少ない。
あの二人なら、パリファントの冒険者組合にも的確に状況を説明し、その上で、シャガルへの連絡も手配するだろう。
弁が立ち、僧侶という社会的な信頼もある立場のルドックは、人を説き伏せるのに適してた。
僧侶だからこそ生じる甘さは、全く逆の立場である盗賊のパーレが補える。
今回の件では、冒険者組合はもちろん、賢者の学院に神殿、それから領主だって動かさなきゃならない。
賢者の学院と神殿を動かす事に関しては、僕とルドックの名前は大きく意味を持つ筈だ。
そして冒険者組合、賢者の学院、神殿が動く騒ぎとなれば、領主だって動かざるを得なくなるだろう。
なんというか、また変な風に名前が売れそうな気もするけれど。
だがその時は、今回の件を無事に乗り切れたって事だから、それくらいは甘んじて受け入れるしかない。
ゴブリンがエーレン村やパリファント、シャガルの町や、或いは北部を飲み込んでしまったら、そんな噂話に興じられる人間自体が誰も居なくなってしまうのだから。
ステラは、僕の護衛に残ってくれてる。
彼女が居てくれれば、僕は自分の体を心配せずにシュイに預け続けられるから。
森を見張りに行く前に、シュイに高度を下げて村の上を旋回させた。
高い声で二度、三度鳴くのは、下で働く村人やパリファントの冒険者にその存在を報せ、安心感を与える為だ。
彼らは、今、森の木々を切り出して、木壁の修復や、逆茂木の数を増やしたり、或いは木壁の外側に空堀を掘ったりして、村の防御力を高める仕事をしている。
つまりは村の外で仕事をしているのだけれど、何時、ゴブリンが攻めて来るかわからない状況で、村の外、木壁の外での仕事には、どうしたって不安があった。
しかし森にゴブリンの動きを見張る目があるならば、彼らの不安も幾分かは和らぐ。
だからこそ、僕はこれから森に見張りに行くのだと、彼らへのアピールをしてたのだ。
僕に、というかシュイに向かって大きく手を振るのは、僕が目覚めた後の話し合いで主に発言をしていたパリファントの冒険者。
エーレン村にパリファントから来てる冒険者は、三つのパーティで計十五人だが、彼はその全体の纏め役を担うベテランらしい。
実際、彼が先頭に立って色々と僕に質問してくれなかったら、パリファントの冒険者への説明、或いは納得させて協力を得る事への説得は、もっと手間取ったかもしれない。
村人達も、彼を信頼して、最悪の場合に備えた避難の準備もしてくれている。
恐らくあぁやって手を振ってるのも、僕に向けて気持ちを伝えるものであるのと同時に、周囲に僕を信頼してるって姿勢を見せる意味もあるんだと思う。
単純な実力で言うならば、彼は戦士としては、ステラに及ばない。
けれどもその振る舞いは、流石はベテランと思わせられるものだった。
シュイの高度を上げさせて森へ。
先日の飛行では、ゴブリンの背を追う事に多くの意識を割いていたが、改めて上空から広く森を見渡せば、幾つか気付いた事がある。
一つ目は、森に囲まれた三つの山について。
レーフォム伯爵領の西には三つの山がある。
決して高い山ではないのだけれど、シュイに意識を乗せて空から観察したところ、その大きさは殆ど同じに見えた。
また、三つの山の互いの距離は、まるで測ったかのように殆ど同じくらいで、つまり奇麗な正三角形を描く形で並ぶのだ。
大きさと並びがここまで揃っていると、流石にそれが自然に誕生した物だとは思えない。
かといって山なんて代物を人が気軽に作れる筈はないので……、僕はあの山は、古代魔法王国期に作られたんじゃないかと考える。
すると、その丁度中央にある遺跡も、古代魔法王国と無関係だとは考えにくいだろう。
先日、遺跡を見た僕は、それは古代魔法王国が滅びた後に作られて、シュトラ王国の成立前に滅んだ、滅びた国の忘れられた町だと判断した。
いや、その見立てが間違っていたとは、僕は思っちゃいない。
僕の師匠であるイクス師は、古代魔法王国期の調査、研究の第一人者である。
シュトラ王国では間違いなくその頂点に立つ人だし、西方諸国全体で見ても有数のって言葉が付く。
なので、師とは派閥を異にするとはいえ、僕も遺跡に関する知識は一通り叩き込まれていた。
ただ、僕が見た遺跡が古代魔法王国期の物ではないとしても、あの場所の全てがそうじゃなかったとは、言い切れない事に気付いたのだ。
例えばなんだけれど、あの、今は遺跡となってる町が、古代魔法王国期の遺跡を利用して作られたって可能性は大いにある。
或いは地下に古代魔法王国期の遺跡があって、それを探索する為に人と物が集まり、自然と町が作られていったというケースだって考えられた。
いずれにしても、あの場所には古代魔法王国に関する何かが、今も存在しているのかもしれない。
二つ目は、一つ目と全く無関係ではないんだけれど、この森には何らかの危険が潜む可能性があるって事。
物凄く曖昧な言い方をしているけれど、あの三つの山が古代魔法王国期に作られたのなら、この森は魔法使いによって整えられた環境だ。
するとそこには、恐らく何らかの魔法的な意味がある。
尤もそれが何かはわからないし、今でもそれが残っているのかも、わからない。
詳しく調査をすればそれもわかる筈だけれど、今はそんな余裕がなかった。
けれども、先日ゴブリンを追跡した際、連中が夜間に移動しなかった事を考えると、どうにも嫌な予感はする。
イクス師に追加の手紙を出してでも、それを調べられる回帰派の魔法使いを派遣してもらう必要があるかもしれない。
万一、ゴブリンを駆除する為に大動員をかけたのに、それが魔法の罠にかかって壊滅しましたって結果にでもなれば、シュトラ王国の北部はおしまいだ。
もちろんそれは最悪のケースの想定だけれども。
でも、今、僕がそれに気付いたから、最悪のケースに陥る可能性は幾らか減じた。
単なる冒険者の一人でしかない僕の影響力は決して大きくないけれど、今、この状況で、僕にできる事は沢山ある筈だ。
僕だけじゃなく、ルドックとパーレも動いているし、そしてステラが傍で守ってくれていて、だから僕も全力で動ける。
それを一つずつ積み重ねて、状況を勝利に近づけていこう。




