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めでたしめでたし



 数日後、クレメント家は大変な騒ぎが起こることになった。


「セ、セシル……これは一体……」


 父に呼び出されて書斎に赴くと、目を回してソファに座り込む母がすでに居た。

 ついでに、入るときにすれ違った執事が侍女たちに何事か指示をしている声が聞こえてくる。


 父が震える手で見せてきたのは、かなり高価な用紙の封筒に有名な家紋の封蝋がされた手紙だった。すでに開けられていて、内容が見える。


「ガ、ガルシア辺境伯のご令嬢とのこ、婚約だなんて……一体、いつそんなご縁を」


 王家からの覚えもめでたく、国の防衛の要であるガルシア辺境伯の唯一のご令嬢がまさかこんな貧乏伯爵家に嫁入りだとかあまりにも現実感がないようで、声と手が震えている。

 自分も、だいぶ混乱している。


 そういえば、アロンソ卿が手紙を送るとか言っていたな~。こういうことか……。とだいぶ現実逃避をしていた。


「しかも、今度令嬢とご子息がご挨拶に来たいと……」

「えっ、ロベルト卿が?!」


 婚約の話だけではないようで、慌てて手紙を読んでいった。


 ガルシア令嬢がクレメント家の長男(つまり自分)と婚約を望んでいること。

 なかなか領地から外に出られず、挨拶に行けず申し訳ないが、かわりに令嬢とロベルト卿がクレメント家に伺いたい。


 ざっくりとまとめるとこんな手紙だった。









「どこか、変なところないかしら?」

「それよりも、こっちの掃除は終わったのか?」

「ちょっと、客室の家具はこれでいいと思う?」


 家族と一緒に執事や侍女が慌ただしく準備をしている。

 ついにガルシア令嬢とロベルト卿が来る日になった。

 朝から落ち着かず、何度目かわからないワインのチェックをしていると、ようやく約束の時間が近づいてきた。

 ロベルト卿はワインに妖精の祝福があることにも興味があって、妖精が居る場所を見たいとも言っていたので、案内する予定だ。



 ――そして、遂に外から馬車の音が聞こえてきた。


「お久しぶりです、クレメント卿」


 以前お会いしたときとあまり変わらない様子のロベルト卿が、馬車から降りて来る。


「お久しぶりです、ロベルト卿」

「そこまで緊張しないでください」


 ガチガチに固まっている自分に気づいて、ロベルト卿は困ったように苦笑した。

 そして、馬車から降りるガルシア令嬢の手を取った。


 パーティーの時とは違い、少し動きやすそうなドレスに身を包んだ彼女は、いつも通りかわいらしかった。

 目が合うと、彼女は恥ずかしそうに下を向く。

 頬が赤くなっているのに気づいて、自分もなぜか恥ずかしくなってしまった。


 外で挨拶もとすぐに応接間に案内する。

 自分より余裕のある様子でロベルト卿と話す父に、少し年の功を感じた。ロベルト卿が到着するまではうろうろと室内を歩き回っていたのに……。


 婚約の話はあっさりと終わってしまった。

 今回、挨拶に来る話を了承したときに、すぐに書面で詳細が送られて来ていて、こちらもすでに返信済み。本当に、挨拶をしに来た感じだった。

 ちなみに、やはり両親も姉もガルシア令嬢に気づく事はできなかった。

 自分がガルシア令嬢を認識できたのは血筋とかはまったく関係ない事がわかった。


 ロベルト卿がすぐに帰らないといけないため、妖精のいる場所まで行くことになった。

 ワインを作っている工場のすぐそばの森によく居るので、そこに案内する。

 屋敷からそこまで遠くないので、すぐにそこにはついた。

 妖精を見てみたいというガルシア令嬢も一緒だ。


「あ、あそこに居ます」

「……?」

「あの、木の陰です」

「あっ、私にも見えました」


 いつものように、妖精たちは森の中でこちらの様子をうかがっていた。

 知らない人が来たせいか、最初から隠れている。

 意気揚々とロベルト卿が調査を始める。

 そんな様子をずっと見ているのも何なので、近くのワイン工場を案内することとなった。


 ワイン工場は、いつものように稼働している。

 とりあえず、工場を案内しようと入り口まで行くと、ワインを運んでいた幼なじみの悪友が気づいてすぐ駆け寄ってきた。



「あれ、セシル? 今日はお客さんが来るんじゃなかったか? ……うわぁ、べっぴんさんだなぁ。って、すみません」


 隣に居た少女が貴族と気づいて、慌てて謝ると悪友は萎縮して顔を伏せた。


「え……私が、見えるのですか?」

「えっと? はい……?」


 驚くガルシア令嬢に、幼なじみも自分も首をかしげた。


「あ……」


 あんまりにも自然すぎて、自分では気づかなかった。

 そうだ。ガルシア令嬢をなぜ幼なじみがすぐに認識できたのだろうか。


 もしや、と他の友人たちも呼ぶと、ほとんどの者が普通にガルシア令嬢を視認することができた。

 もちろん、みな魔力があるわけでも何か特別な能力があるとか出自だとかはまったくない。

 この周辺に住んでいるのが理由かと思ったが、そういうわけでもなく、自分の父母も認識するのが大変だったこともあって、住む場所は関係なさそうだった。

 そして、小さな子達は大体認識することができた……。

 どうやら、自分の幼なじみたちや幼なじみたちより年下の子達がガルシア令嬢を認識できるようだった。


「一体、どういうことなんでしょう?」


 ガルシア令嬢の疑問に、自分も首をかしげた。

 そのうち、ロベルト卿が調査を終えて合流した。

 彼にその話をすると、何か考えるように難しそうな顔をした。


「何か、皆さんで行なっていたことはありませんか?」

「みんなで……一緒によく野山を駆けまわったりはしてましたが……」


 他に何かしていただろうか。

 首をかしげていると、ふと思い出す。


「そういえば、小さい頃に妖精たちとよくかくれんぼをしてました。妖精がこの周辺に現れるようになってから、子ども達は大体妖精と遊んでるのですが、なにか関係はありますか?」


 なにかと妖精たちは巧妙に隠れて子ども達を笑うので、意地になってみなで妖精たちを探すのが日課だった。そのせいで、どこかに行くと周辺を見回して何か居ないかと見るのが癖になってしまっていた。

 妖精が現れ始めたのがちょうど自分が幼なじみたちと野山で遊んでいた頃だったので、ちょうど時期は一致する。


「……なるほど。興味深いですね」


 そう言ったきり、ロベルト卿は考え込んで自分の世界に行ってしまった。

 こうなったら、なかなか戻ってこないとガルシア令嬢はため息をついた。




 ガルシア令嬢とロベルト卿をもてなす晩餐も終わり、夜も更けた頃、眠れずに庭園をぶらぶらと歩いていた。

 ガルシア令嬢を、認識することができる人がたくさん居た。その事実が、どこか心を暗くした。


 自分は、偶然彼女と出逢い、たまたま彼女を認識することができて、こうして婚約をするなんて話になった。

 けれど、もし自分よりも先に彼女を認識することができる人が彼女と出逢っていたら……きっと、自分は選ばれなかったはずだ。

 今日、自分の友人たちや子ども達に囲まれた彼女を見て、思ったのだ。

 かわいらしい彼女を、きっとまわりは放っておかない。


「クレメント様」


 思わず声を上げそうになりながら振り向くと、彼女がいた。


「ガルシア令嬢……」


 令嬢のために用意した客室は日の光が良く当たり、庭園もよく見える場所だったので、自分がいるのが見えたのかも知れないが、こんな時間にどうしたのだろう。


「あの、もしよろしければ、以前のように……リィと、お呼びください」

「……」


 そう言う彼女は、どこか不安げだった。まるで、これから起こることに怯えているように。


「それで、その……私も、セ、セシル様と、お呼びしてもよろしいですか?」

「も、もちろんです」


 そう言った途端、ぱっと花が開くように笑顔が見えた。が、すぐに顔が曇る。


「……ご迷惑、でしたか?」

「い、いえ」

「あの、私が突然婚約をなんて我が儘を言って、ご迷惑でしたか?」

「そんなっ」


 そんなこと、思ってはいない。けれど、顔が曇ってしまう。


「むしろ、自分はただ……リィ嬢を認識できただけなのに、婚約だなんて……私よりもっと良い方がいるんじゃないかと……」

「そんなことっ、そんなこと……」


 彼女は、声を詰まらせた。


「今までも私を認識できた人が居ました。けれど、その方たちと婚約とか結婚とか、まったく考えられませんでしたっ。私は、セシル様が良いと思ったのです」


 目の前で堂々と言う彼女の言葉は、嘘などない。


「優しくて、思いやりのある貴方となら、共に歩いて行きたいと思ったのです」


 そう、彼女は澄んだ薄紫の瞳でこちらを見た。


「私も、誰かのために行動できる優しい貴女と、共に生きていきたいです」


 その言葉は、思ったよりもすんなりと出てきた。

 心からの言葉だったから。












 ガルシア辺境伯の末の令嬢は、醜い――と言うのは、嘘らしい。


 そんな話が巷で噂になっていた。

 呪いは未だ解かれてはいない。しかし、呪いを妖精の力が若干ではあるが中和することをロベルト卿が発見したことで、少しだけ変わった。

 妖精の祝福がされたドレスや宝石を纏うことで少しだけ認識されやすくなったのだ。


 醜いだとか、傷があるだとか、酷い噂は聞こえなくなり、噂が全くのデタラメだとわかるころには案の定手のひらを返したようにガルシア辺境伯と近づきたい者達がシャーロットのご機嫌取りに現れた。あわよくば婚約者に、なんて下心のある者達もいたが、すぐに婚約が発表されて諦めることとなる。


 婚約発表がされてから一年後、クレメント伯爵領にて結婚式が執り行われた。

 親しい者達を招いての辺境伯の令嬢の結婚式とは思えないほど小規模な結婚式は、何よりも結婚する二人が望んだことだった。

 小さくとも、家族、招待された人々、そして領民たちに祝福されて幸せな結婚式となった。

 シャーロットの兄二人が号泣しながらやっぱり家から出したくないとだだをこねたり、ラフィル王子がお忍びで参加したりとトラブルはあったものの、つつがなく式は終わった。



 ――その後、二人は穏やかで幸せな日々を、仲の良いの人々と共に送ったという。




これにて完結となります。お読みくださりありがとございました!

活動報告で登場人物とちょっとした設定を書きたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 辺境伯夫人の悲劇以外ほのぼのとしたお話で面白かったです。もう少し長く読みたかったです。
[良い点] リィかわいい! 主人公、めっちゃいい人!(リィに対してだけでなくて、ワイン造り仲間との様子とかとか) これは素晴らしいハピエン…!
[良い点] 良い話! 後味も良くて最高でした! [気になる点] 途中まで主人公が女だと思い込んでた…
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