噂の秘密
三回目のパーティーを迎える。
今日はどこにリィ嬢が居るだろうかと会場に入ると、すぐに辺りを見渡した。
今日は前回よりもどこか機嫌の良い第一王子が視界に入る。彼の周囲にはいない。
やはり、壁際にいるのかと見ていると、バルコニーの方に向かう銀色の髪の少女が見えた。
追いかけていくと、彼女は外でそっと星空を見上げている。
紺のドレスに銀色の星が煌めいている。彼女は、もう一つの星空のようだった。
そういえば、このドレスがあの店のドレスなのだろうか。いや、さすがに店に行ってから完成が早すぎるか。
「こんばんは」
「……こんばんは、クレメント様」
彼女は、花がほころぶように嬉しそうに笑った。
不意打ちの笑みに、思わず見とれてしまう。
「先日は、ありがとうございました」
「い、いえ。当然のことをしただけですよ」
ちょうど良いタイミングで音楽が始まる。
ホールでダンスが始まっていた。
「あの、リィ嬢」
「はい?」
「よろしければ、私と一曲踊っていただけませんか?」
断られるかも知れない。そう思いつつも緊張して震える手を差し伸べる。
答えを知るのが怖くて、思わず目が閉じてしまう。
「……は、い」
そんな小さな声が聞こえた。
そっと、手が乗せられた瞬間、心臓が跳ね上がる。
目を開けると、彼女は少し頬を赤く染めていた。
「ホールは恥ずかしいので、ここで良いですか?」
「は、はいっ」
緊張して足がもつれそうになるが、それをごまかしてホールから聞こえてくる曲に合わせて踊り出した。
リィ嬢はとてもダンスが上手だった。自分もそこまで下手ではないと思っていたのだが、彼女は良い先生に教わり、努力してきたのだろう。
彼女が動くたびにほのかに花の香りがする。
その日、たぶん彼女はホールに居る令嬢たちの中で一番美しいと思った。
「で、その子がどこの令嬢なのか、まだ知らないってどういうことなの?」
知り合いの伯爵家に招待されたパーティーの片隅で、マーガレットが半眼になっていた。
彼女も調べてくれているようだが、まったく情報が無いらしく、少し落ち込んでいる。
いわく、こんなに探してるのに全然情報が無いなんて不自然! 悔しい! との事らしい。
実は幻覚なんじゃなんて恐ろしいことも言われたが、さすがにそれはない、はずだ……。
「あっ、ほら、アロンソ様よ」
突然機嫌を直すと、マーガレットはこそりと一人の男性を見た。
真っ赤な髪の青年が女性に囲まれながら歩いている。その髪色は先日会ったロベルト・ガルシアとそっくりだ。だが、その顔は違う。
彼こそは、ガルシア辺境伯の長男であった。
次男のロベルト卿よりも鋭い眼光で冷徹な表情をしているが、なんだかんだと世話焼で様々な人に慕われているらしい。そのせいか、彼の周囲には人が多かった。
「今日、いらっしゃるって聞いて参加したのよね~。もしかしたら、ガルシア令嬢にも会えるかもしれないし」
「……」
未だにパーティーに出席した様子のない辺境伯の令嬢の事を、マーガレットはまだ気にしているらしい。
確かに、兄と共にならパーティーに出席するかも知れない。
だが、彼女の姿はやはり無かった。
だが。
「あ……リィ嬢?」
アロンソ卿が何処へ行くのかとなんとなく見ていた先に、白銀の髪を見た。
あの、華奢で不思議な少女が隅でこちらを見ている。目が、合ってしまう。
まさか、会うとは思っていなかったが、彼女も驚いた顔をしていた。
「え? 噂の子が来てるの?」
マーガレットがつぶやいた言葉に気づいてリィ嬢の方を向く。
「あ、そうみたい。ほら、あそこの隅に」
「え? どこ?」
「だから、ほら、あそこだよ」
だが、なかなか見つけてくれない。
しょうが無いので側に寄り添って、指を指す。
「ほら、あそこのテーブルの奥、銀髪の子だよ」
「あ……」
ようやくわかったかとほっとするが、マーガレットははじかれるようにその身を離した。
「ばかっ。セシルってほんと、こういう所……とにかく、早く彼女の所に行って私のこと説明してきなさい!!」
「え?」
そう言って思いっきり突き飛ばされた。
どうしたのかと思いつつも、リィ嬢の方を見ると、彼女は走ってどこかへ行ってしまうところだった。
何があったのだろう。
思わず走って追いかける。
彼女は、すぐ側の庭園の片隅に隠れるように座り込んでいた。
顔を両手で隠すようにしている。
どうしたのだろうか。
「リィ嬢!」
「……っ」
声は聞こえたようだが、彼女はこちらを見ない。
ふと、彼女の肩が震えているのに気づいた。
「どうされたのですか?!」
まさか、泣いているのか。
なにか、合ったのだろうか? 足でもくじいてしまったのか。
側に駆け寄ろうとすると、彼女は身をひいた。
「もうしわけありません。まさか、婚約者のかたが、いるなんて……思わず」
「え?」
婚約者?
いったい、何を言っているのだろうか。
「と、とにかく、失礼します」
「ま、待ってくださいっ。なにか、誤解をして」
そしてようやく、先ほどのマーガレットの言葉を思い出した。
『ばかっ。セシルってほんと、こういう所……とにかく、早く彼女の所に行って私のこと説明してきなさい!!』
「あ……」
もしも、自分とマーガレットの関係を知らない人が、さきほどの様子を見ていたらどう思っただろうか?
自分達ぐらいの年齢の男女が仲よさそうにしている姿をこんな大勢の居る場所で見せるべきではなかった。
「あ、違うんだ! あのマーガレ……いや、ディエス嬢は、私の親戚で、姉の婚約者の妹で、昔からの兄妹みたいなかんじで、だから、その、婚約者とか、そういう関係じゃなくて!!」
彼女は別に自分の婚約者とかそう言う関係ではない。けれど、とにかくマーガレットとの関係を説明しなければとテンパった。
「君のことを知って欲しくて、君が居る場所を教えてあげようと思っただけで、その、えっと」
彼女が顔を上げた。
目が、そして頬が真っ赤になっている。
「だから、ご、誤解、なんだ」
「……」
誤解は解けたか? そう思ったとき、思いっきり頭を上から押さえつけられた。
後ろに誰がいるのか、振り返れない。
「え? えっ??」
「よくも、私の可愛い妹を泣かせたな」
「え?」
腹の底から響く、恨みのこもった声。それと共に、さらに頭をつかむ手がギリギリと強くなる。
たぶん、男性だ。
妹? もしや、リィ嬢の兄が居たのか?
何が何だか、わからない。
「お、お兄様っ!!」
「絶対に、許さん!!」
リィ嬢の声と、結局姿を見ることのできなかった後ろの男の声が同時に聞こえると共に、思いっきり吹き飛ばされた――。
たぶん、気絶していたのだろう。
気づくと、ベッドで寝かされ、側にリィ嬢が座っていた。
「……クレメント、様」
震える声で呼ぶ彼女は、また泣き出しそうで、慌てて起き上がった。
頭がクラクラするが、それよりも彼女を安心させてやりたかった。
「だいじょうぶ、ですよ」
「よ、よかった……」
そして、彼女はこちらの服をつかんだ。
「リ、リィ嬢。どうしたんですか?」
「ごめんなさい……その……」
迷うように、彼女は手を握りしめる。
そして、静かに顔を上げた。
正直、さっきの兄は一体誰だったのかとか、いろいろと聞きたいことはある。
けれど、そんなことを聞いている暇はなかった。
「先ほどの、ディエス様? とクレメント様を見たとき、すごく、悲しかったのです。クレメント様にもう婚約者のかたが居たのかと」
「あ、いえ……その」
「それで、気づいたのです。私、クレメント様の事が……」
彼女の顔が赤く染まる。同時に、自分も真っ赤になっていることだろう。
「わ、私も、その、リィ嬢の事が、ずっと気になっていて……その……」
「……」
「よろしければ、文通でも」
「そうじゃないだろ!!!」
ばたんばたんと物音がして、苛立っている青年と腹を抱えて笑う青年が部屋の外で聞き耳を立てていたようでなだれるように部屋に入ってきた。
細い彼女とは対照的に、がっしりとした体型に赤い髪が目立っている……思わず、口が開いた。
「ア、アロンソ・ガルシア卿?」
「……こんな、貧弱な奴がリィを見つけたというのか」
睨み付けてくる彼の肩を、さっきっから笑いの止まらない青年がまあまあと叩く。
彼にも、見覚えがある。というか、よく知っているというか、パーティーで遠くから見ていたというか。
「ラ、ラフィル殿下?!」
一体全体どういうことなのかというかもうキャパオーバーというか。
貧乏伯爵家には一生縁のなさそうな次期ガルシア辺境伯アロンソ・ガルシアに第一王子ラフィルがこちらを見ているという状況に、ふっと意識が遠くなった。
そういえば、彼等が入ってくる前に何をのたまっていたっけ……。
いやいや、ここで気を失ってはいけない。
うっと気合いを込めて、どうにか立ち直る。
そういえば、妹と言ったのはかなり殺気立っていたがアロンソ卿の声だった。つまり、リィ嬢は……また意識が飛びそうになって頭を抱える。
「ま、まさか、リィ嬢は……その、シャーロット・ガルシア様、ですか?」
「こいつ、本当に気づいていなかったのか……」
「いや、まぁ姿絵も出回ってないし、しょうが無いんじゃないかなぁ」
沸点爆発しそうな怒りの声とそれをなだめる声が聞こえてくる。
そんな声を気にせず、リィ嬢はこくりと頷いた。
「ずっと秘密にしてもうし訳ありませんでした。私が、ガルシア辺境伯の娘、シャーロット・ガルシアです」
彼女が?
言葉を失い、彼女をまじまじと見てしまった。
あの噂はやっぱり嘘なのだ。
こんなに彼女はかわいらしい。妖精に嫌われてるとか、傷があるとか、見たら目が潰れるとか、そんなデタラメ、やっぱり嘘なのだ。
だが、どうして彼女が社交デビューしたにもかかわらず話題にならなかったのか。そもそも、名前を偽っていたのか……。
そんな疑問を持ったとき、ラフィル殿下が空気を変えるように手を叩いた。
「本当によかったよ。リィのことをちゃんと見れる人が見つかった上に、まんざらでもないようで」
「ちゃんと、みれる?」
「おい、ラフィル」
「もう、しっかり説明しようよアロンソ。君だって、妹のことを何時までもこのままにするわけにはならないだろう?」
「……」
とりあえず、殿下とアロンソ卿が友人であることはわかった。いや、そんなこと知ってもどうにもならないが。
「……セシル・クレメント」
「は、はい」
アロンソ卿が手を組みながらこちらを見た。
「さっきは悪かった。そして、リィのことをどう思っているのか、しっかり言葉で説明しろ」
「は、はい?!」
いや、どうしてそうなる?!
彼女の家族の前で、しかも殿下もいる場所で、いったい全体何を言わせようとしているのかっ。
いや、彼女への思いはようやく自覚し始めているけれどもだ。
「クレメント様……」
リィ嬢がこちらを不安げに見ている。
あぁ、もうどうにもなれと一気に口走った。
「と、とても好ましく思っていますっ」
「つまり、好きって事か!!」
「は、は、はは、はいっ!」
そう言うが早いか、遅いか、壁に頭を打ち付けながらアロンソ卿は泣いていた。
「くそ……こんな小僧に……」
なんだろうか。どんどんアロンソ・ガルシア次期辺境伯の印象が崩れていく。
「ガルシア辺境伯は、シャーロット姫のことをたいそうかわいがっていてね。ある程度の爵位のあって、社会的に信頼ができて、性格も良く、彼女が好きになった相手と結婚させたいと考えて居てね……」
「……え」
「ごじつ、てがみをおくる……」
ラフィル殿下の説明の後に、だいぶ気落ちした様子のアロンソ卿がそう言って部屋から出て行った。
「いやぁ、本当に良かったよ。ボクのせいでリィの婚約者捜しがだいぶ難航していたからね……これで心置きなく婚約者捜しができるよ!!」
なんだかまずいことを聞いた気がするが、どういうことなのか聞くこともできず、殿下も部屋を出て行った。
もしや、あの噂の原因は……。
残されたのは、真っ赤なリィ嬢とやっぱり真っ赤になった自分だけだった。
そして。
「あの……クレメント様。私の、その……呪いのことを、話させてください」
真剣な顔で、彼女はそう言った。
ガルシア辺境伯の末の令嬢は、醜いらしい。
そんな噂がたったのには理由がある。
火のない所に煙は立たないのだ。
そして、噂は時として本当の事も混じっている。
シャーロット・ガルシアの母親は魔女であった。
あまり公にしていないが、ガルシア辺境伯の妻は魔女の血をひき、ほんの少しの魔法を使うことができた。
次男のロベルト卿が魔法関連の仕事に就いてるのはそのせいでもある。
シャーロットは、彼女に呪われてしまった。
それは、シャーロットが七つの誕生日を迎えるほんの少し前のことだった。
誕生会を彼女に秘密裏に準備をしようと、その年は別荘での開催になっていたために、母親とシャーロットは一緒に馬車に揺られて別荘へ向かっていた。
そんな彼等に、不幸が襲った。
たまたまだったのか、それとも辺境伯の奥方と溺愛する娘が乗っていることを知っていたのか、馬車はならず者たちに襲撃された。
そこで、辺境伯夫人は馬車から引きずり出されて暴行を受けた。その時、彼女は愛娘を守ろうと必死だった。
どうにかして、ならず者たちから愛娘を守らなければ。
彼女は、必死になってシャーロットがならず者たちに見つからないように隠した。
見つからないように、願った。
誰にも認識されないように。
そうすれば、彼女だけは助かるはず。
ガルシア辺境伯が気づいて妻と娘を探し出したとき、そこには悲惨な最期を遂げた妻と御者や護衛たち、そしてその遺体に泣いて縋る娘がいたという。
シャーロットは母の願い通り、家族や魔力を持つ者以外認識できなくなった。
それは、ならず者たちが残らず捕縛されて処刑されてもなお続く。
末期の願いは呪いとなった。
呪いの内容は、人の目にとまらぬというもの。
意識をしなければ彼女を見ることはできず、見つけることができても気づくと忘れてしまう。確かにそこに居るのに、存在感が無くなってしまう。
「……じゃあ、『シャーロット姫は、醜い』という噂は……」
「見えにくい。認識しにくい。ただ、そう伝えたかったのです。ですが、それを聞いた何も知らない方たちは……」
少しずつ、今までの違和感や彼女の言葉の意味がわかっていく。
『見にくい』と『醜い』。確かに音は同じ言葉だが、そんな間違えをされてしまうとは。
呪いのことを、噂の真相を話すリィ嬢……いやガルシア令嬢は、とても悲しそうで、痛みをこらえる様子はとても放っておけなかった。
しかし、ふと気づく。
では、なぜ自分はガルシア令嬢を見つけられたのだろうか。正直、魔力なんて無いし、ガルシア辺境伯と血の繋がりなんて一切無い。
それを素直に聞くと、彼女もわからないと首を振った。
「実は、ロベルトお兄様が調査をしているのですが……まだ、はっきりとはわかっていません。何か心当たりがないか、と聞きたがってましたけど……」
「そうですか……」
心当たりなんてなにもない。二人して首をかしげる。
そして、徐々に彼女と先ほどの会話を思い出して顔が熱くなっていく。
文通からとか口走ってしまったが、彼女は拒否しなかったし、いや彼女の兄であるアロンソ卿は手紙を送ると行っていたが……まさか、彼女の兄と文通をすることになってる?!
いかんせん、まだ混乱しているらしい。
しかし、このままここに居るわけも行かない。
なんやかんやで、気づくとガルシア令嬢と共にパーティーへと戻ることになった。
ガルシア令嬢とお互い赤くなりながらパーティーに戻ると、マーガレットの姿を探した。
あれからだいぶ時間も経っているし、心配していることだろう。
マーガレットはすぐに見つかった。
「あ、マー……ディエス嬢!」
また何かあっては大変だと、いつものように名前で呼びそうになるのをどうにか直してマーガレットのことを呼ぶ。
「よかった、話ができたのですね」
マーガレットは周辺の目を考えていつもと言葉使いを変えながら声をかけてきた。
「……え」
隣のガルシア令嬢が声を上げる。
「私のことが、見えるのですか?」
そういえば、と先ほどのことを思い出した。
自分にとっては特に困らないことなので忘れかけてしまっていたが、ガルシア令嬢は周囲のほとんどの人に認識されないのだ。
マーガレットが魔力を持っているという話は聞かない。
「え? えぇっと、はい」
ガルシア令嬢は会話ができることに思わず口を押さえて驚いていた。
「も、もしかして、失礼なことを言ってしまったのかしら……?」
かなり変わった見知らぬ令嬢の様子にマーガレットは困惑しながらこっそりと聞いてくる。
「いや、ちょっといろいろ理由があって……あ、こちらお話ししていたリィ嬢……です」
「と、突然変な質問をすみません。クレメント様と親しくさせていただいています……シャーロット・ガルシアと申します」
え? っと思わず彼女を見た。
初めて会ったとき本名では無かったので、あまり名前を知られたくないのかと思っていたが、そうでもないようだ。
「私は、マーガレット・ディエスと申し……ます」
マーガレットも名前を告げ……彼女のフルネームに気づいたのか動揺して言葉が詰まった。そして、え? となんどもこちらとガルシア令嬢の顔を行ったり来たりした。
「シャ、シャーロット・ガルシア様? ですか」
「はい」
「す、すみません。私こそぶしつけな態度を……」
「い、いえ、私こそ」
「そ、そんな頭を下げないでください」
二人で謝罪合戦になってしまった様子に、自分はオロオロしそうになったが、どうにか間に入りながらパーティーは終了した。




