襲撃
乗合馬車出発予定日まであと1日、今日はミサ用の旅の準備に充てる。
組合からミサを連れ出し、馬車で親しくなった商人の店へ行った。
別れてから3日目だったが再会を喜んでくれた。港での事件も既に知っていて、大まかな出来事を話したが涙を流して悲しんでいた。
旅用の装備を買うと伝えると店の奥から子供用の荷袋やマントなど出して来てくれた。
金は要らないと言われたが、費用は組合持ちだと言うと渋々受け取ってくれた。
それでも相当格安料金だ。本当にこの国の人は良い人が多い。
ミサを組合に送り、宿に帰ってすぐ寝た。明日は早朝に出発だ。
次の日のまだ暗いうちに起き出し組合に向かう。
組合前には馬車が止まっており、御者と護衛2人は先日と同じ人だった。
乗客は僕とミサ、先日とは違う商人2人組。
見送りにガッロさんや組合員の女性も来てくれていた。
「ミサちゃん、気をつけてね。」
「サラおねぇちゃん、ありがとう。」
見送りに来てくれた女性はサラさんと言うのか、きれいな人だな~などと考えていたが、ガッロさんの声で現実に引き戻された。
「ハル、頼んだぞ。」
「はい、行ってきます。」
力強く返事をして馬車は国境の街「フラーノ」を後にした。
◇ ◇ ◇
アヤトの国境を越えて2日、馬車は順調に進み、次の村まで後少しという所まで来ていた。
突然、護衛の1人が馬車を止めさせる。
「どうしました?」
ハルが声を掛け御者席を覗くと前方に豪奢な馬車が立往生していた。
乗合馬車に気付いたのか4人の男がこちらに近寄ってきた。
護衛は剣に手を掛けて静止する様に呼び掛ける。相手もこちらの警戒に気付いたのかその場に止まり、声を掛けてきた。
「馬車が壊れて往生しております。どうかこの先の村まで同乗をお願い出来ませんか?」
「その前にあんたらは何者だ?それにこの状況を聞かせてくれ。」
護衛は状況の説明を求めた。
先方の護衛らしき男達と何やら話し合ってる。
そのうち恰幅の良い男が1人で近づいて来て護衛に説明を始めた。
どうやら王国に本店を構える「アルマス商会」の商会長でアルパンさん、フラーノの街から馬車で王都へ向っている途中、突然馬車が故障して立ち往生してしまったらしい。
丁度通りかかった乗合馬車に助けを求めたと言う事だ。
本来、道の途中で倒れた人の救助も、乗り合い馬車の役割のひとつではあるが、定員オーバーが問題だった。
話合いの結果、アルパンさんと使用人の2人が、乗合馬車に乗って村に向かい、修理出来る人を派遣して、護衛2人は馬車の修理を待って、村に向うという事になった。
このアルパンさん、話してみるととても気さくで楽しい人だった。
王都の話は特に面白くて、みんな笑っていた。
いつの間にか人の懐に入る感じ、さすが商売人としても、超一流だろうと思えた。
夕暮れ前に馬車は村に到着。
アルパンさんは、すぐに職人を数人を雇い、護衛の元に送っていた。
我々は明日の朝にはこの村を発つ予定なので今日は早めに就寝する。
朝、馬車に乗り込むと、なぜかアルパンさんと使用人が既に座ってた。
護衛と御者が揉めている。
乗合馬車の規定で、大金を馬車に乗せる事は違反になる。
これは安全面での配慮で、大金を目当てに賊に襲われるリスクを避ける為だ。
確かに大金を持っているかは判らないが、アルマス商会の持ち込んだ荷物を見る限り、相当なお宝が入っていると予想出来る。
ただ、この馬車の責任者は御者であり、御者が違反では無いと判断すれば護衛は従うしかない。
アルパンさんは護衛と馬車を待とうと言っていたが、このままでは約束の日時までに間に合わないとして、使用人は御者に結構な大金を渡し、強引に了承させていた。
馬車が出発して2日目で中間地点の峠に差し掛かっていた。
突然護衛の馬車を制止させる声が響いた。
「馬車を止めろ!なんだあれは。」
それは道に馬車が並べられて、行く道を塞がれていた。
護衛はすぐ馬車の向きを変えるように指示を出した。乗合馬車は車体が長く、道幅も狭い為、ゆっくりした方向転換しかできない。
その内、馬に矢が飛んで来て1頭の臀部に刺さり暴れ出した。
乗客は激しく揺れる車体にしがみ付いていたが、方向転換中だったのが災いしたのか馬車は横転をしてしまった。
護衛の1人が大声で叫んでいる。
「山賊だ!‥‥森だ!森に逃げ込め!!」
幸い怪我もなく荷物を抱えていたのもあって、すぐにミサを担いで森に逃げ込めた。
後ろを確認すると、護衛が剣を抜いて山賊と対峙しているのが見えた。
加勢に行こうか迷ったが、数が違い過ぎる。ミサの安全を優先して森の中を全力疾走で走った。
10分程で体力の限界が来て歩きに変わる。
ゼィゼィと息が荒くなり、鉄の味が口に広がったが、それでも山賊に捕まるより良い。
少しでも遠くに逃げることを優先した。
問題は闇雲に逃げた為に進む方向が判らなくなった事だった。
気付いたのは偶然だったが、背後から何かに追い掛けられていた。
森の中は薄暗く姿は見えないが付かず離れず追い掛けて来る。
どのくらい逃げただろうか、気が付くと森を抜けていた。
追跡者は森から出て来ないみたいで離れて行くのが判った。
何とか逃げ切れた安堵感で、その場に座り込んでしまった。
今のは何だったんだろうか?
しばらく様子を伺いながら、ミサと一緒に水筒の水をゴクゴク飲み息を整える。
安全な場所が判らないので、森が見える位の場所で野宿する事にした。
森に近いだけあり乾燥した薪がたくさん確保出来たのが救いだ。
濡れていても魔術で簡単に火を熾せるが、薪の減りが早いのが問題だった。
薪が多く必要なのは残念ながら変わらない。
しかし、旅の前に買った鍋を初めて使う時が来たのは嬉しい。
馬車では御者が料理を担当してくれていたので鍋の出番が無かった。
だがここからは自分でやらなければならない。
それを思うと不安であり楽しみでもある。
ミサを何とか叔父さんの所まで連れて行くのが最優先だが、まだまだ先は長そうだ。