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INT 転生前はエンジニアをば営んでおりました  作者: 猫野美胃
2章 ナカツクニ連邦編
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桃色苦労婆 乙2

 ナカツクニ連邦にあるドゥルジ教の総本山“アクロポリス”。いまだ誰も到達したことがないほど深遠へと続く巨大な穴の壁面に作られた超巨大な螺旋状の都市。そこには異世界の科学技術がナカツクニ連邦が生まれるずっと前から溢れてきた。地下都市の第22エリアのある会議室では、囲碁の碁盤のような四角くてツルツルとした箱を囲む2人の人間が何やら盛り上がっていた。一人はこの地下都市の首長であるオツハ、もう一人は副首長のカワセだ。オツハは今日も薄桃色した上品な着物を見事に着こなし、何やら熱心に二人の間に置かれた箱を覗き込んでいる。


「これは盛り上がってきたですじゃ。まさか孫のマチコの研究室まで行くとは、なかなか骨のある若者じゃないですか! フフフフ」


「もう何を血迷っらここまで事態は悪くなるんですかオツハ様っ! やつは我らの同胞を何人も殺した外道ですよ、ど外道! なのに、地上の村近くで見つけてからずっと泳がせ続けて、気づいたらすぐそこまで悠々来ちゃってるじゃないですか。さっさと捕まえるなり殺すなりすればいいとあれ程言ったのに!」


 オツハとカワセが覗きこむ四角い箱の中には、なんと第14エリアのケイ達のいる研究室の様子が“映像”として映っていた。ケイがギギギとダフネとマチコと一緒にテーブルを囲み、ドゥルジ教についてあれこれと熱心に教えてもらっている会話もバッチリと音声付きで伝わっている。だがそもそも、ここに来て知られたわけではなく、それこそ地上の村近くの林に潜んでいた時から何百台もの監視カメラを使ってずっと監視されきてていたのだ。今やドゥルジの門外不出の重要な情報を余るほど手に入れてしまった殺し屋風の青年を、どう処理するべきかカワセは胃がキリキリと痛むほど心配していた。


「やはりアクロポリス侵入段階で最大戦力で粉微塵にしてしまえばよかった。マチコはオツハ様の孫であり愛弟子の一人でしょうに不安じゃないんですか? 相手は強力な凶器を全身に仕込んだ殺し屋みたいなものですよ?」


「最初に言っただでしょうが、相手の立場になって考えることが大事だと。この異端者は重要な情報を手にしているかもしれないが、こちらも同じくらい情報を得ることができていますよ? そう、やつは確実に科学技術のことを知っているんです、それもかなりのレベルです。もしかしたら伝承に聞く“魔王の器”かもしれない」


「そんな?! 魔王の器はもう生まれないようになったのではっ?!」


「カワセは昔から本当に早とちりをしますね、我らの先祖も、我々も理論上の可能性を潰したにすぎません。いつだってトラブルや不都合は理論の外側からやってくるものですよ、それを理解しておかないと。」


「王にはこのことは伝えなくともよいのですか?」


「王にはすでに伝わっています。それに今からマチコたちが直接王にコンタクトを取ります、そこで王の考えは明らかとなるでしょう。ああそうだ、既にいきり立ちすぎてもはや倒れてるかもしれませんが、兵たちにはきつく動かないように言っておいてくださいね。」


 オツハはそういうとハリとツヤのある長い髪をかき分けてカワセへとにっこりと微笑む。その笑顔は聖母のような慈愛と猛禽類のような苛烈さを合わせ持っており、カワセは深く、ただ深くうなづくのであった。にっこりと微笑むオツハの相貌は誰がどう見ても40代の美女であり、実年齢である103歳にはどうやっても見えない。そもそも肌のつやもハリも筋肉から骨格までもがここ数日で若返ったようにさえ見える。そんなオツハはディスプレイに映るケイとマチコを愛おしそうに撫でながら、くつくつと静かに笑った。







 場所は変わってガーデンのマチコの研究室では、ケイと寝ぼけ眼のギギギがマチコから“5分でわかるドゥルジ教の歴史”を聞かされていた。オツハやカワセが使っていたような通信端末を使い“王”と連絡を取る前の予習というやつである。


「社会を車とするなら魔術を燃料に走りつづけてきたのがナカツクニ連邦やセボン国などの地上一般の都市国家です。電子工学の魔術を始めとした別体系の魔術を主燃料に走り続けてきたのがこのアクロポリスとドゥルジ教です。そしてその別体系の魔術、電子工学や遺伝子学やその他諸々ですが、まさしくこれからお言葉をいただく王のご助力無くしては発展してきてないのです。また悲しいことに私たちのそうした秘術や特別な道具は、私利私欲にかられた俗人たちから幾度も狙われ、ドゥルジ教の歴史と戦いは切り離して語れません」


 マチコはそういいながらテーブルへつながりの石版を置く。オツハたちが見ていたものよりもふたまわりも小さく、薄いその石版の表面はつるつるとしていた。ケイはそれを見ると一瞬だけ眉を顰めた。


 (これはまるで前世の世界のディスプレイそのものじゃないか?! 形状からして旧世代の通信端末にも似ているが、王様はこんなものを作れるのか?!)と声をあげそうになったが、ギリギリのところで言葉を飲み込んだ。マチコはそんな一瞬の表情の揺らぎには気づくこともなく丁寧に石版を磨き、ケーブルらしきものを刺していく。


「我々が受けてきた迫害と抵抗の歴史は既に学んでこられたと思います。そして、その歴史の裏では私たちが扱う類の秘術が鍵を握っていたと言って過言ではないです。その発展を支えてくださったのが王だと聞いています。まず、この学園とガーデンを設立し恒久的な後進の育成制度を整えたお知恵は本当に素晴らしいとしか言いようがないです。惜しみない愛の賜物です。ですので失礼のないようにです、じゃ、起動しますね」


 マチコは石版の側面をなにがしかいじった後、姿勢を正して石版とにらめっこをした。石版は静かで甲高い電子音をあげながら、ディスプレイの素子ひとつひとつを色染めていく。全員が息を呑んで石版表面を見つめる。一人ケイだけはその画面を見つめた瞬間に、意識が飛びそうになるほどの衝撃を受けた。なぜなら見間違えるわけもないひらがなで書かれた”ようこそ”の文字を網膜が捉えたのだった。



 その後まるで前世の記憶の中にあるコンピュータのように起動画面は進んでいく。丁寧なことに立ち上げ作業の進捗率を示すように石版の真ん中ではくるくるとアイコンが回っている。おそらくこの端末をマチコちゃんやドゥルジ教の人間に渡した人間は確実にこの世界の人間でないことはもはや明らかだ、明らかに画面デザインがユーザーライクすぎる。マチコちゃんは慣れた調子でどんどんと石版の画面を操作していき、何やら真っ白なページを両手でしっかりとつかんでこちらへと出した。


「みなさんお待たせしましたです。これからこのつながりの石を使って王へお手紙を書きたいと思います。お手紙と言っても内容は研究成果の報告ですが。」


「はいい! マチコちゃん先生っ! その石版の表面はどうなっているんですか? まるで動いているようですが!」


「そこっ、いい質問ですねっ! 10マチコポインツ贈呈! これはですね小さな小さなランプ敷き詰め、超高速で部分的に光らせることによって文字や映像のように見せているのです。その速さたるや目では追いきれませんです!」


 僕の質問に対し大層嬉しそうに答えるマチコちゃんは可愛かった。ただ、そうなってくるとこの目の前の石版型ディスプレイはかなりの高品質、高機能であることになり、相手の技術レベルが僕なんかよりずっと先を行っていることをしめす。思わぬラッキーチャンスと思ったが、ここに来て首筋に嫌な汗が滲み始めた。対面でマチコちゃんが完全に浮かれながら、鼻歌交じりに端末をいじっていく。


「今回はすでにレポートは書き上げていたですから、ただこの白紙ページに複写して王へお送りすればいいだけですからね。まあ、見ておいてください!」


 マチコちゃんはいつの間にか白紙のページをびっしりと文字と数字と図形のようなもので埋めると、祈るようにディスプレイの中のボタンを人差し指で押した。


^ピッ、ピピ


 小さな電子音と共に白紙のページは画面内で折りたたまれて消えていく。ギギギは依然なんのことかわかっていないようだし、ダフネはあまりみたことがないのかすごく羨ましそうにマチコちゃんの操作を食い入るように見ていた。当のマチコちゃんは一仕事終えたぜって顔で深く息を吐いたりしていた。


 —ピピピピピピピっ!


 誰もが気をぬいている瞬間に、まさかつながりの石が大きな警告音を出しながら電子音をかき鳴らした。完全にふいを突かれたマチコちゃんは慌てふためき、その手にしっかりと握っていた石版は研究室の中空へと勢いよく放りなげられた。石版を放物線を描きながら円盤投げの円盤のようにくるくると部屋の壁へと迫っていく。マチコちゃんはあまりのショッキングな出来事に放心してしまっているため、一番近くにいた僕が死ぬ気で走ることになる。放物線の頂点を通り過ぎた石版は、わずかに減速しながら硬そうな壁や床へ迫っていく。そして無残にも床へと叩きつけられる直前、ダンジョンを走り周っていたころでさえ出せないような本気の走りのまま僕は石版めがけてダイブした。


—ぴ、ピピピピピピつ!


 石版は床まで後数センチというところでその自由落下をやめ、僕の手中へと収まり、相も変わらずうるさい電子音を鳴らし続けた。僕は手の中の石版の無事を確かめるべくまじまじとその表面を見ると、そこには親しみのある日本の文字が浮かんでいた。


『お前は誰だ?』




 この問いは答えても、答えなくてもいい問いだ。なぜならばただの脅し、それも一方的で圧倒的に上位から繰り出される脅しだからだ。名前も顔もしらない“王”と呼ばれる存在は、こちらの存在を一方的にご存知で気さくにも異世界の言語体系でおしゃべりをしているなんて肝がいくらあっても潰し足り無い。この敵陣奥から無事に帰れるのか、ちょっと自信がなくなってくるくらいだ。




「ケイ君っ! ナイスキャッチです、本当にありがとう!! これを壊したら多分、本当に解雇でもおかしくありませんでした、本当にありがとうございますです! 命の恩人です! ……ところで、すごい滝のような汗を掻いていますが、どこかぶつけていませんか?!」


「ああ、マチコちゃん大丈夫。つながりの石も僕もどこも打ってはいないよ。……ただ肝が冷えただけかな。ところでなんか表面に出てきたんだけど分かる?」


「うーん、たまにこういう文字らしきものが書かれた手紙が届くことありますが、意味は全くわかりません。おそらく全く異なる言語体系かと……」


 マチコちゃんはどうも日本語のことはしらない素振りで、石版と僕の心配をしてくれる。“気をつけて”と言って石版を返すと、今度こそしっかりと握って落とさないように胸にかかえた。そして、ここから僕たちが無事に地上に帰還できる可能性の高い選択肢はほとんどないだろう。さっさとギギギに声をかけて二人でトンズラしようとした瞬間、今度は研究室の扉が大きな音を立てて開かれた。




「マチコ! マチコはおりますか? 研究室のつながりの石から警告音が出たそうですが、何事ですか?!」


 大きく両開きにされたドアの向こうには薄紅色の上品な着物をまとった妙齢の妖艶で美しい女性“オツハ”が仁王立ちして室内を見ていた。




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