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秋の始まりには論理の回廊へ

異世界生産技術部(仮)活動記録 記録者:イブ・ロータン


朝顔の月

 主に1学期の部活動の振り返りとフラワーシティで初の課外活動を行いました。振り返りについては今学期の目標であった“高純度シリコンチップの生産方法の検討及び半導体素子の試作生産”を達成したことで、2学期の活動計画を重点的に話しあうことになりました。主に部長ケイ君とやたら理解の早いオッタッタ様が騒いでいるだけでしたが。あと今回ケイ君が開発したトランジスタとダイオード、水晶発振器のデータシートについては添付の資料を参照してください。そこらへんの難しい内容については頑張って皆で勉強してるけど、なかなか理解が追いつきません。でもケイ君の言う科学技術はすごいので少しでも身につけようと皆で頑張っています。

 課外活動については、ローム君のご厚意でフラワーシティに1週間滞在させて貰いました。行き帰りの1週間もエーコちゃんの馬車で送ってもらって、本当に夢の様な1週間でした。ケイ君が使う電磁気学についてのおさらいやケイ君の電子魔術道具の使い方を練習したりもしましたが、皆で楽しい思い出もいっぱい作りました。巨大な砂漠の樹とその根本に栄える街を観光して回ったし、見たこともないデザインの服が置いてある服屋さんでお買い物しました。カラカラの砂漠のど真ん中で人生初の海遊びをしたり、海の温泉にも皆で入ったし、夜には花火大会をしたりしました。仲良くなったヨーさんとレミさんと一緒に砂漠にあるダンジョンの浅い層にもお試しで潜ってみました。ギギちゃんはダンジョンの中では本当にすごくてかっこよくて、無限流砂にはまった私や、毒サソリの巣に突っ込みかけたケイ君を助けてくれました。滞在中のご飯もすごく衝撃的でした、食べたことのない料理に思わず涙してしまうほどに。あとは何かにつけてパーティをしました、エーコちゃんは意外にも料理が上手ではなくて、塩辛いスポンジと塩辛いクリームで作った不恰好なケーキでケイ君とローム君を悶絶させていました。夜は皆でおしゃべりしたり、ふかふかのベッドでエーコちゃんとギギちゃんといつもは聞けない様なことまで聞いて夜更けまで盛り上がってしまいました。初日にケイ君が持ち込んだ些細なトラブルに関しては、なんとか全員無事に切り抜けた後にローム君がまたうまいこと処理してくれました。夏季休暇ギリギリまでフラワーシティに一人残って、警備隊総隊長に復職したヨーさんと協力して調査を進めてくれたみたいです。ことはちょっと大事になっているので、ここには詳細は記載しません。


以上で朝顔の月の活動記録を終わります。




〜〜〜〜




異世界生産技術部(仮)活動記録 記録者:エーコ・アクエリウス


秋桜の月

 残暑の中で2学期の始まりと共に、この部活動も相も変わらず本格的に活動を再開した。ケイの怪しげな機械は夏の間にいつの間にか増え、部室の敷地面積の半分はそれらによって埋め尽くされ、しかも常時怪しい音や光や煙を出しているので綺麗好きのロームが張本人のケイにキレまくっている。私は安全が確保できていればいいので、決闘の末にケイに作らせた安全管理手順書を添付しておきます。あと、あのサリンダーの御曹司に逆ギレできる胆力だけは尊敬したいと思う。平民でそれができるのはケイくらいだろうな。

 部長のケイといえば、ここ最近は部費を使い潰したらしくロームとオッタッタ先輩と共に金策に走っている。まずは貴族向けに水晶発振器を使った小型の時計を売り出すらしい。振り子時計と違っていちいちゼンマイを巻かなくていいし、魔術時計に比べて時間の進みが正確なのがいい、なにより片手で持てるサイズになったのが画期的だ。試作品を父さんに見せたところ、実の父に無理やり金貨の小袋と交換させられた。ケイに報告して金を渡すとオッタッタ先輩と王宮お抱えの魔術時計職人の店に出向き、新しい時計の意匠を考案し始めた。オッタッタ先輩の存在と職人の中では若手の人材を抱きこんだことで話は着々と進み、月末には金策第一号の“次世代魔術時計”が少量生産された。部活動とは関係ないが、この間ケイとロームとオッタッタ先輩の3人は徹夜で試行錯誤したため授業中ほとんど寝ていたことをここに報告しておこう。

 それと来月末に開かれる学園祭への出店が金欠部長の嘆願で決まった。出し物は来月頭にある定例会で話しあうことになっている。時計なんかは売らないらしいが、金の亡者と化しつつある部長がどんな手段を講じるのか不安だ。


以上である。




〜〜〜〜〜





 そんな部活動記録を読みながら部活動の顧問であり、ケイ達のクラス担任でもあるウエンジョー担当教導官はケイ達の“椛の月”の月頭定例会に参加していた。基本は放任主義であるが定例会や大事な方針の打ち合わせの際には必ず顔を出し、まだまだ若いケイ達の大事な相談役となっていた。そんなウエンジョーが資料を机の上に置き、思案するように白熱するケイとロームの議論に口を出した。


 「俺はフライドポテトが勝てると思う! 一般的にも受け入れられているし、なにより原価が低い」


 「甘いなローム、それでは他店との差別化が図れないじゃないか! その点僕の“ハンバーガー”はどこにもないぞ!」


 「ああ、すまんお前ら、熱くなってるところちょっといいか?」


 「いや先生! 今学期はクラス全員の平均を下げるような真似はしませんから、どうか止めないでください!」


 「お前らまた俺の教導官の評価点を下げる気か?! いや、その話じゃなくてな、2ヶ月前のクラスマッチ決勝での魔術抄本すり替え事件の犯人がほぼ判明したんだ。ちょっと聞いてくれ」


 ウエンジョーは生産技術部(仮)7人の前で姿勢を正すと、いつもらしからぬ神妙な顔で話始めた。


 「犯人は内部犯で間違いない、しかも禁止指定魔術を使用している痕跡が確認された。おそらくドゥルジ教信奉者の仕業だ。多分ケイとかギギギなんかは知らないから一応言っておくが、ドゥルジ教はこの世で最も広まっている邪神信仰だ。およそ100年前に世界各地で行われた同時大量虐殺事件、および世界宗教戦争の首謀団体とされている。使われた術式の強度が低かったため事務局の人間の命に支障はなかったが、彼は今も当日の記憶が戻らない。術者が自爆覚悟で強度をあげれば、数年分の記憶を消すことだって可能らしい。そこで本日の学園理事会で耐記憶操作魔術の護符を3学年Aクラスの4人と生産技術部の部員に常時携帯させることが決まった。誰がターゲットになるかわからない以上、あくまで安全措置として必要という学園の判断だ。あと、これひとつで俺の給料1年分を超えるからな、なくすなよ。そんで、こんなこと言ったらそもそもお前らにまともな生活をさせられなくなるのは解っているんだが、今年の学園祭はおとなしくしていないか?」


 ウエンジョーは護符を片手で持ちながら全員へとポツリと提案した。事件の全容の説明までは良かったのだが、学園祭の準備に多少なりとも浮かれていたケイ達は出店取りやめという生殺しの様な提案に眉を顰めた。はいともいいえとも答えが出ないまま場は固まってしまう。そんな中イブが真っ先に手を挙げる。


 「先生のいう通り今回参加は見送りがいいと思います。外部の人間も多く出入りする学園祭期間にバラバラになるのは臆病だと言われようとも私は反対です。私はここにいる誰にも不幸があって欲しくありません。お願いケイ君、今回はやめよう」


 イブは悲痛な感情を眼に浮かべて、ケイをまっすぐと見た。ケイはイブの瞳から目を反らしてしまう。そんな様子にエーコが加勢するようにイブの側に立った。


 「イブちゃんがケイのことを止めることなんて、今まででも一回もないことじゃない? 目先の楽しみに飛びついて後から誰か怪我したなんて、笑えないわよ。この事件が落ち着くまでだから、我慢しない?」


 「……イブ、エーコ、わかったよ。ごめん、ちょっと浮かれてた。出店はやめておとなしくしているよ」


 それだけ短くいうとケイは、いつもの少し険しい表情に戻って何やら手元の表と格闘しだした。全員の間に言い知れない、気まずい空気が流れた。

そんなどこかまだ子供っぽい教え子達にウエンジョーは努めて明るい表情と身振りで立ち上がった。


 「まだターゲットがお前らと決まった訳じゃない、護符を持って集団で行動すれば露店や教室を回るくらいなら大丈夫だろう。まあクラスマッチでは頑張ってもらったからな、今回は楽しむ側に回るのもありだろ」


 そんな前向きなウエンジョーの言葉に反応するのはギギギくらいで、やはりどこか雰囲気が歪んでしまっていた。





 松の月の26日、ケイは今日も今日とて分厚いノートとにらめっこしていた。ノートの中には同じ様な記号と線と表が隙間なく書き込まれてあった。何度も何度も書き直して汚くなった紙がミッチリと挟まれたノートのカバーには、関数電卓というタイトルが振ってある。


 ーバタンっ


 勢い良く開られた部室の重めの扉から、ギギギとイブが入って来て、ケイの隣へと座る。


 「ケイ、先生モ電卓二ハ驚愕シテタゾ! 国ノ偉イ人ノトコ行ッテクレルッテヨ! ヤハリ電卓様ハ最強ノ存在、三桁ノ掛算モ小数点ノ割算ダッテ余裕。ギギノ救イノ神サマ!」


 「そうか、わざわざ実演まで行ってくれてありがとうな。イブもありがとう、うまく説明してくれたんだろ?」


 「そんなことないよ、やっぱりケイ君が凄いんだよ。それにそもそもこうして電卓作りが始まったのは私のワガママのせいだし・・・」


 イブはそういうと椅子の上で肩を落として小さくなった。


 「それは違うだろ。元々電卓は今学期の計画には入ってたし、イブは皆の安全を考えてのことだろ。悪いとすればドゥルジ教とかいう奴らくらいのもんだよ。あと僕はただ記憶の中にある技術をこの世界に再現しているだけに過ぎない、何も凄いことなんてないよ」


 ケイはそういうとノートとにらめっこを再開する。明らかに元気のないケイに、ギギギとイブはどうしていいか分からずここ最近ずっとしてきた様に隣でお茶をすすり始めた。



 ケイ達は学園祭への出店をとりやめてから、金策2号として計画している電卓の試作開発を進めた。これまでケイが作りあげた電池や抵抗やコンデンサ、ダイオード、半導体、水晶発振機を組み合わせて基板にまとめれば電卓もできる。だが必要になるのが“論理回路”だ。論理回路は条件分けなどの論理演算を行う電気回路及び電子回路である。二進法の「0」と「1」を、電圧の正負や高低、電流の方向や多少、位相の差異、パルスなどの時間の長短、などで表現し、論理素子などで論理演算を実現する。1、+、1のボタンを押し、=のボタンが押されたら2を出力するという具合だ。


 ケイが論理記号マークと信号の線をゴリゴリひいて設計図を作り上げ、部品を実装するための基板をイブが製造し、皆で部品を実装した。そして一月かけて両手でギリギリ持てるサイズの電卓試作品が完成した。販売に関しては時計の時同様にロームとエーコが立ち回ってくれる予定だが、年の瀬も近づき貴族組は家の仕事が忙しくなるため、実際はあまり進んでいない。

 そして最近の異世界生産技術部の部活動はすれ違いもよく起きている。年の瀬が近付いたこと、2学期になり魔術教導もより原理的で複雑になり自主教練に時間が割かれることもあるが、根本的なところではやはり学園祭の出店がなくなり、張り合いがなくなってしまったことが暗黙の原因だった。特に楽しみにしていたケイとロームの落ち込み様がすごく、周りの熱気に目をそらすように学園生活を送っている。



 

 部室の外からは、明日の学園祭に向けて最後の追い込みをする騒々しくもハツラツとした音が聞こえる。トンカチがクギを打ち据える音、夕焼けに響く個人練習のラッパ、魔術で作られた特大サイズの炎のドラゴンの雄叫び、屋台の油が跳びはねる音、学生達の笑い声や怒鳴り声、エネルギーを持った音の波が寄せては返した。


 イブが努めて明るくケイに話しかける。


 「ケイ君、そういえば私が作ったただの電卓の方の論理回路はどんな出来だった? オッタッタ先輩には先を越されたけど、自信作だよ!」


 「ああ、うまく出来てたよ。オッタッタ先輩よりも見やすくて無駄の少ない論理回路だった。イブは凄いよ、百点」


 「ありがとう! ケイ君に少しでも追いついて、出来るだけ同じ景色を見ていたいからね。今度はケイ君のやってる関数電卓にも手を出しちゃおうかな?」


 「お? 難しいけど頑張ってみる? これが出来たら、そうだな……天才イブさんあら素敵と呼ぼう」


 「えー、なんか嬉しくないよ?! まあ手取り足取り教えて貰いながら頑張ってみようかな!」


 「ジャ仕様ガナイカラ、私ハ金属ヲ取ッテ来テ、炉デ精製スル係ヲ任サレヨウ、ウン」


 「ギギギはそのダンジョン探索の腕を、座学にも活かせたらなぁ。まあそんなとこも、あら素敵なんだけどな。うし、じゃあ僕達も今日は帰るか」


 ケイは広げていたノートを一つにまとめて、かばんにいれると席をたって伸びを一つした。イブとギギギも立ち上がってスカートのシワを伸ばすとケイに続き部室の扉へと向かった。



 看板やら、イラスト、飾り紐で彩られるいつもとは違う校舎の廊下。気をつけて歩かなければ、にょんと突き出る意欲作にぶつかってしまうほど賑やかだった。


 「ケイ、イブ! 今日モミズーリサンノゴ飯楽シミダナ!」


 ケイとイブの一歩先を弾む様に歩くギギギは後ろに振り返って器用に歩きながらケイとイブに笑いかけた。そんなギギギにケイがまんざらでもなく笑い返す。


 「ギギギもうちに下宿する様になってそろそろ1ヶ月立つじゃないか。母さんのご飯を喜んでくれるのは嬉しいけど、さすがに褒めすぎじゃないか? おかずを1個あげよう」


 「ヤッタ、約束ナ! 褒メスギデハナイ寧ロ足リナイ位。トテモ優シクテ暖カイ素晴ラシイ、私ガ求メル幸セガ詰マッテイル恐レガアル。サア大変」


 「ギギちゃんその通りです、ミズーリさんのご飯には愛情が詰まっているのです。ミズーリさんは朝早く夕食まで仕込みを済ませ、日中はカイさんと一生懸命働き、夜には素敵な笑顔で私たちを迎えてくれるのです。感動です……」


 「イブも手伝ってくれてるだろ? やっぱり女の子欲しかったみたいだから母さんすごい喜んでるよ、ありがとう。最近はギギギも増えて姉妹になった、もっと連れてこいってうるさい位だよ」


 「へえ、そうなんだ」「オオ、ソーナノカ」

 

 「そうなんだよ、ありがとうな二人とも」


 ウエンジョーからドゥルジ教の信奉者の襲撃を恐れて護符を渡された日から、ギギギはケイの家でイブとともに居候を始めた。ギギギを連れて帰ったその日、ケイの両親のカイとミズーリはケイ同様に亜人だろうと気にせず歓待し、訳を話せば是非いつまでもいてくれて構わないと言って、ケイの部屋を一瞬でギギギ用に片付けた。情操教育の観点から自宅の半地下の工房に引っ越しさせられたケイは、まさかの展開に喜んでいいのか、悲しんでいいのか悩み続けたという。



 翌日、街全体が活気に満ち溢れるなかケイはいつもと変わらない調子で、イブとギギギに挟まれながら登校した。すでにどこのクラスも売店や飲食店、展示展へと様変わりして、たくさんの人間があくせくと忙しく動き回っていた。


 クラスでやっている売店も安全対策に参加見送りになっているケイ達は、そろって部活棟の最果て、異世界生産技術部の部室に集まっていた。オッタッタに至っては、王族ということもあって本日は自宅待機のため学園にすら来れていない。


 「今日までとくに襲撃らしいものはなかったが、今日が一番危険だ。動く時は先生のいう通り、2人以上で動くことにしよう。まあ、見回りも立ててもらっているし、露店巡りでもしてこいということだったから、開始の鐘がなったらぼちぼち行くことにしようと思う。こんなんでいいか?」


 生産技術部のテーブルでそれぞれお茶を飲んでいる皆にロームが声をかける。イブがそれを後押しする用に付け加える

 

 「オッタッタ先輩が、3学年Bクラスの焼き菓子“食べる魔術”は去年大人気だったって教えてくれたから、早めに並んでみない?」


 「いいわねイブちゃん、面白そうだわ。せっかくこうして面目躍如でのんびり見て回れるんだから、楽しまないとね。ケイもいくでしょ?」


 「ああ、行くよ。今はなきオッタッタ先輩のお土産に買っておこうかな。」




 そんな調子で1日目には有名店を全て回り切ってしまい、結局昼過ぎには部室で思い思いの時間を過ごすケイ達だった。


 



〜*〜*〜*〜


 

 「おい、兵隊の準備は整っているのか?」


 「はっ、すでに洗脳を終え、いつでもいける状態です。」


 「そうか、作戦は予定どおり進める。明日結構だ。」


 「はっ、了解しました。」


 大きな血塗れの骸骨をぶかぶかなまま被った青年らしき男は、薄暗い闇の中右手を血がにじむほど強く握りしめひっそりと佇んだ。

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