邪教徒だろうと学園祭はお好きなようです
僕達が通う学園は、現在学園祭5日間の学園祭期間に突入した。いつもは固く閉ざされている正門大扉もこの学園祭開催中は開放され、街の人々がこれでもかと押し寄せている。この間学園側は教導、部活動を全て禁止し、一丸となって次々と押し寄せるゲストを全力でもてなしていた。
出店参加を残念ながら断念した僕達は、学園祭二日目の今日も皆でブラブラと校内を周っている。昨日は、食べられる魔術こと紋章入りクッキーを食べたり、綺麗な飾り飴をお土産に買ったり、何処かの同好会が出していた“触れると浮き出る絵”なんて物を買ったりした。
ただ売り子の生徒の"自分たちが作ったものが売れた時の嬉しそうな顔"を見ると、やっぱりこの中に参加したかったなって思いが顔を出し、今一歩盛り上がれなかった。そして、何処にぶつけていいか分からないこの不満を、イブを始めとした部活の仲間に向けているということも僕の心をひどく弱らせた。優しい皆に甘える自分が惨めで悲しくて、抜け出せなくなっていた。
畜産研究会の触れ合い広場で皆でミニブタとかと戯れていると、綺麗な女の先輩が柵の側にやってきた。
「こんにちは、私は三年で学園祭実行委員のイースと申します。ちょっとローム・サリンダー君のお力を拝借したいんだけど、お願い聞いてもらえないかな? これから大講堂でミスターコンテストがあってね、一学期のクラス対抗戦決勝で見事四人抜きをしてみせたニューヒーローのローム君に出て貰えないかって問い合わせが凄くって、出てくれませんか?」
エーコにミニブタを無理やり膝に載せられて、硬まっていた綺麗好きのロームが引きつった顔だけそちらへ向けた。
「先輩ヒーローなんて辞めてください。あれはケイやエーコ、イブさんが頑張ったおかげです。俺にそんな褒められる資格なんてありません。それに申し訳ありませんが、俺たちは人が多い場所での単独行動が学園から制限されていまして、すみませんがお断りさせて貰います」
イースはそれでも、手を目の前でパチンと叩き合せてお願いする。
「お願い、特別審査員というポジションでいいから何とか来て欲しいの、ううん来てもらわないと駄目なの! 君のファンクラブの女生徒や一般客からブーイングがもうやばいの。お友達も一緒に来てくださっていいから、学園のためと思ってお願い!!」
ロームは余りのお願いっぷりにこっちに振り返る。まあ僕としては面白そうなイベントではあるし、ロームが偉そうにコメントするとことか、周りのファンにキャーキャー言われてたじろぐ姿なんかも見たい。こっそりと隣のイブに聞いてみた。
「その位ならいいんじゃないかな? 皆でロームの近くにいればいいし、審査員席なら人混みから遠いだろうし」
「うーん、見通し取れるとこならいいと思うけど…」
イブは抱えていたウサギを優しく置くと、柵のところまで行ってイース先輩と目を合せた。
「イブ・ロータンと申します。審査員席は観衆から離れてますか? それと会場警備はどうなっておりますか?」
「あなたがイブさんね! イブさんにも明日のミスコンテストに出てほしいという嘆願書が来ていたのよ。ああ、それで審査員席のことだけど。観客エリアとは一段隔離されているし、会場整理を兼ねて100人体制で警備をやっているわ、どうかしら?!」
「ご丁寧にお教えくださり、ありがとうございます」
イブは煮え切らない様な顔でこちらに戻ってくると、僕らにだけ聞こえる声で
「ローム君がやってみたいなら、いいと思うけど」
と言葉少なにウサギを再度抱えた。ロームは少し迷ったようだが、何か決心したように努めて明るい顔をした。
「イース先輩、その条件なら参加させていただきます。俺たちも暇なのでお役に立てるなら嬉しく思います」
「ありがとう! ほんとに助かる、君のファンクラブからの抗議がなんというか半端無くてね。じゃあ私は先に帰って看板を書き直さなきゃだから、時間になったら来てね! 13時30分からだから、遅れないでね!」
イースはそういうとバタバタと大講堂の方に走っていった。
時刻は約束の時刻の10分前、ロームと僕達5人はミスターコンテスト会場の大講堂入り口に来ていた。あたりはすでに人がごった返していて、我先に前列へ攻め入ろうとする婦女子の方々で押しくらまんじゅうが繰り広げ荒れている状態だった。思っていたより多い観客動員数と剣呑な雰囲気に、ロームを始め僕たちは来たことを早くも後悔し始めていた。
さっき来たイース先輩を探そうにもこの人混みでは到底探せないし、審査員席への通路なんか確保されていなかったので、僕たちは会場の端を抜けて舞台袖へと近づくことにした。
講堂内に入ると、恐ろしくなるくらいの熱気がこもっていた。各々応援している出場者の名前が入ったハチマキや、小さい旗を身につけていた。ごく少数だが、ローブに名前を刺繍でデカデカと縫い付けている方もいて、僕はこの場に興味本位で紛れ込んだことを後悔した。そして我らのイケメン ローム・サリンダーの安全と会場の安寧を守るために現在、僕が先頭で盾になって人混みをかき分けていた。僕のすぐ後ろにローム、その後ろをイブで挟みなんとか気づかれずに半分以上進むことができていた。
「後少しだ、頑張れ我が友!」
「お前は本当他人事だと思って。まあでも、やっとお祭りっぽい雰囲気がしてきたな」
「確かにな、できることなら舞台の上の我が友の勇姿を見たかったよ、クククっ」
そんな軽口を叩いていると、イブの言葉にならない悲鳴が後方から聞こえた。
「ケイ後ろ!」
僕は何事かと振り返ると、僕達の隊列の横っ面に人混みをなぎ倒しながら僕へと迫る二つの人影が見えた。だが気づいた時にはもう遅かった。二つの人影は後一歩で手が届きそうな距離まで迫ってきていた。学園の制服をきたどこにでもいそうな女性とだったが、その眼と手元がおかしかった。どこまでも、どこまでも深く何も映さない闇に覆われた瞳で、黒い光を放つ杖をナイフのように両手で握っていたのだ。背後を講堂の壁に阻まれ逃げ場がない僕は、両腕で顔を覆った。
だが僕へ迫る二本の凶器は、この体に届くことはなかった。
両腕の隙間から、僕へまっすぐ突進する二つの人影にイブとロームが飛びついたのだ。凶器の先端で発動状態になっていた魔術は衝突の瞬間、どす黒い光を一瞬だけ放った。
眩んだ視覚野が戻ると、そこにはイブとロームが地面にうずくまっていた。そこからの記憶は定かではない。
〜*〜*〜*〜
「お、おお、おい、ど、どうなってんだよ。イブっゥ、ロォオオム返事をしてくれえええ」
ケイが眼の前でうずくまるイブとロームの弛緩した体を揺する。だが、眼を開けたまま呆然とする二人は人形のように微動だにしない。それに焦って、ケイは余計強くゆすろうとするが、エーコがケイの頬へ思いっきり掌を叩きつけ吹き飛ばした。
「ケイっ! しっかりしなさい! 今はまだ心を折るときじゃない! 二人の脈をとって!」
エーコは逆手で短杖を持ち油断なく構えながら、ケイへと叱咤をとばす。その言葉が届いたのか、呆然とした瞳のケイは壊れた機械のように二人の腕を探り始めた。だがケイの両手は痙攣したように震えてしまい、脈を取れない。ケイは徐に自分の腕に、肉が見えるほど噛みつき血をダラダラと流しながら二人の脈を測った。そしてエーコを力なく探してぼそぼそと声を出した。
「い、生きてるけど、眼の、眼の光が消えて、きえ」
「ケイ! あんたはそのまま二人とそこにじっとしてな! ギギっ、誰か信用できる教導官を呼んできてくれっ! 頼む、ギギしかいないんだ、早くっ! ダブはここで私と一緒に残れ」
周囲にだんだんと伝播する狂気は辺りにパニックを起こし、エーコ達の周りの人だかりは我先にと離れようと押し合っている。エーコは殺意を込めた構えのまま、ケイと同じく呆然としていたギギギに激を飛ばした。ギギギが再起動したかのように、持ち前の膂力で人混みを吹き飛ばしながら出口へと向かった。ダブは、エーコの背後をカバーするように構えた。
それからエーコとダブは、ウエンジョーを始めとする学園の教導官が来るまで、ケイ達に近づく人間一切を一人残さず全力で吹き飛ばし続けた。心配顔のおばさんや屈強な警備の人間、誰も彼も絶叫を上げながら拳を叩きつけた。
医務室には多くの人間が集まっていた。意識のないイブとローム、右腕に包帯を巻いたケイ、顔中アザアだらけのエーコ、涙で顔がぐしゃぐしゃのギギギ、この世の終わりのような顔のダブ、そんな4人に寄り添うウエンジョーに、学園の校長を始めとした学園の有力者だ。大人達が逐次入ってくる情報を思案している一方、ただ現実に怯えるエーコ達にウエンジョーが優しく話しかけた。
「校長が症状をみてくれたんだがな、やはり警戒していた記憶操作魔術らしい。二人の護符が焼き切れていた。術者の方は護符がなかったせいか、自分で発動した魔術で自殺していたよ。ここなら安全だし、心拍は安定しているから命に別状はない。今はおとなしく二人が目を覚ますことを祈ろう。」
そんなウエンジョーの言葉もケイには届かなかった。
「僕のせいだ、僕が学園祭にこだわったりなんかしたからだ。僕が魔道具なんか作るからだ。僕が余計なことに首をつっこむからだ。僕が砂漠なんかにいくから、僕が勝負に勝つから、僕が部活動なんか作るから、僕が友達なんか作るからだ。そうだ、僕の存在がいけないんだ」
その様子にエーコが、助走をつけて左の拳をケイの頬に振り抜いた。ケイは紙くずのよう飛ばされて、壁に当たると意識を失った。その二人の様子に、先生もギギギも、ダブもなんといっていいかわからず、下を向く。
「このままだと、この後の展開に一番先にリタイアしてしまうのはケイです。そして、私たちの崩壊をギリギリで止められるのは私だと強く信じています。先生、ギギちゃん、どうかケイのことを私に任せてください。」
「ああ、そうだな今はケイを一人にさせたくない、かといって心を開いている相手も少ない。エーコ、見てあげてくれるか?」
「ギギ使エナクテゴメンナサイ、怖クテ怖クテドウシテイイカ解ラナイ。エーコニ任セタイ」
その後、意識を覚まさないままロームとイブは学園の医務室から、警備体制が充実しているロームの屋敷へと移された。イブについては、サリンダー家当主であるロームの父が息子同様に手厚く迎えた。ケイはエーコに殴られて意識を飛ばしたまま、猿轡と手錠をかけられてアクエリウス家へと連れて行かれた。
エーコの屋敷の客間では、拘束を解かれた状態のケイが死体のように力なく横たわっていた。だが屋敷について意識を取り戻してから、まるで命が抜けてしまったようになっている。そんな見る影もない友人にエーコは根気強く何時間も語りかけていた。
「ケイ、返事をしてお願い。決してあなたのせいではないわ。それに二人とも命に別状はないってお医者さまも言ってたし、護符だってちゃんと働いていた、きっと大丈夫よ。あなたがそんな風になるなんて、2人が目を覚ましたら悲しむわよ。」
目の焦点が定まらないケイは、びくともしない。そんなケイの様子にエーコの感情も次第に高まっていく。ケイに諭す言葉はだんだんと詰まってきて、その綺麗な瞳には大粒の涙が浮かんでいた。
「あなたにとってイブちゃんとロームが大事だってことは分かったわよっ! けどねイブちゃんとロームの思いはどうなるのよ、このクズっ! 命かけて守ったのに、それを悔やまれるってどうしたらいいのよぉ! 私だってあなたやイブちゃんやロームのことが心配で心配で、泣きたいのを我慢して歯ぁ食いしばって頑張ったわよっ! 皆の思いをドブに捨てる気ないならさっさと起きて、何か作りなさいよぅ、うっ、うううううぅ」
エーコの気持ちが溢れた罵倒の言葉に、ケイの開ききっていた瞳孔がわずかに小さくなる。そしてそのまま瞳孔は中央に、焦点は前方に定まる。床にうずくまる体はそのままに、首だけ隣にペタンと座るエーコに向けた。
「皆に、…っエーコに、合わせる顔がないッウぅ。…けどこのまま、消えて無くなる、のは、ェダ、ダメだから、…生きる。」
床につけたままの顔からは次から次へと涙が溢れ、床の絨毯に大きなシミを作った。歯を食いしばって現実を受け入れようとするケイの顔は、涙や汗や鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
エーコはそんなケイの腕を強く掴むと、上体を起こして自分の胸にケイの頭を強く抱き寄せた。
「…今は、それでいい、それでいいから。苦しくても、死にたくても、策がなくても前を向いていて。ケイがダメになったら、イブちゃんとロームに合わせる顔がないし、私はケイのこと体を張れる位大事な仲間だと思ってるから。」
「エ゛ーコ゛っ、こ゛め゛ん、あ゛り゛か゛と゛うぅ」
二人は不安と後悔と絶望を洗い落とすように泣き続けた。
その後生気を取り戻したケイは、もうすぐに迫った夜明けを待ってサリンダー邸へと急いだ。ケイはロームの父であるサリンダー公爵に事の顛末を話し、精一杯の誠意で謝罪をした。サリンダー公爵は厳しい顔をしたままケイの陳情を聞くと威厳のある声で「最近の息子はまるで人が変わったようだが、君のおかげなんだろう。恥ずかしい話しだが、最近やっと親と子になれた気がする、遅くなったが礼を言わせてくれ。息子は友を守り、今はただ眠っているだけだ、見舞いに行ってくれれば喜ぶだろう」と答えた。
学園祭が終了してから4日後の昼下がり、ロームの意識が戻る。
その容体をベッドの横で虚ろな瞳で見守っていたケイは、すぐにロームへと詰め寄った。
「ローム! よかった、ちゃんと自分がわかるか?」
「…自分のことは分かる、だが、……お前は誰だ?」
「え………」
ケイは疲弊仕切った頭でなんとか悟った、記憶操作の魔術がロームに発動していたこと、ロームがケイのことを解らないということを。伸ばしかけた腕を引っ込め、席を立つと柔かな顔でベッドに横たわるロームに告げる。
「私は賊の凶刃に倒れたローム様の警護を務める見張りです。すぐに先生を呼んで参りますのでお待ちください。」
ケイはすぐに身を翻すと部屋を静かに出て行った。
その後のロームの父リンダー公爵とロームの母、ロームの主治医が見守るなか診断が行われたが、ロームの中からケイに関する記憶のみが消えていることが確認された。
またその1日後、エーコが見守るなかイブが目を覚ます。ベッドの上で半狂乱になって暴れるイブは、学園に入ってからの記憶とケイの記憶が消えてしまっていることが確認された。
その翌日、ケイが置き手紙を残してエーコの前から姿を消した。




