1.目立ちたくない才人、甘えたい梨花。
「はぁ……これで、逃げ切れたか……?」
俺は全速力で校内を駆けて、この時間帯は人のいない中庭にやってきた。
そこに設置されている木製のベンチに腰かけて、大きく肩を落としながらうな垂れる。入学していままで、のらりくらりと関与しないようにしてきたが、まさかあのような場所で抱きつかれるとは思ってもみなかった。
才色兼備。誰もが認める絶世の美少女であり、凛とした佇まいで何者にも媚びることのない高嶺の花。そんな学園1位の理事長令嬢から、公然と甘えられる。
そんな状況は、周囲の視線を一身に集めてしまうのは間違いなかった。
「そんなの、俺は絶対にイヤだ……!」
そのようなこと、俺は望んでいない。求めていない。
我妻梨花は最下位付近を漂っている自分などが、かかわるべき相手ではない。まず大前提として、この学園で『誰にも邪魔されず平穏無事』に暮らしたい俺にとって、あの幼馴染みは真逆の存在だった。
もちろん、彼女を嫌っているわけではない。
嫌っているわけではないが、ここではやめてほしいのだ。
「まったく、学園外ならまだしも――」
「え!? 学校から帰ったら、甘えても良いの!?」
「…………そうは言ってねぇよ」
そんな俺が思わず口にすると、完全に気配を遮断していたらしい幼馴染みが、後方からひょっこりと顔を覗かせる。おそらく得意の魔法か何かだろうが、そのおかげでいったん二人きりになれた。
こうでもなければ、学園内で梨花に注目が集まらないわけがない。
俺は一つため息をついてから、幼馴染みに言った。
「あのな、梨花。他の学生がいる場所では、抱きつくなって言ってるだろ?」
「えー……だって、才人くんに一番に褒めてほしかったんだもん」
「だからって、あんなやり方あるか……?」
すると悪びれる様子もなく、彼女は頬を膨らして唇を尖らせる。
まるで駄々っ子だ。普段の学園での態度からは考えられないのだが、旧知の仲である自分にとってはいつも通りの光景。
でもいまは、そんなことどうでも良かった。
なので俺は改めて、梨花に自分の考えを伝える。
「いいか、俺は目立ちたくないんだ」
「前から言ってるよね、才人くん。……本気になれば、絶対に成績トップなのに」
すると幼馴染みはそう答えながら、俺のことを後ろから抱きしめた。
いい加減、ツッコむのも面倒なので流すことにする。
「あのなー……言っておくけど、俺には魔法の才能はないぞ? それは入学試験の時に、一緒に潜在魔力を測定したお前もよく知ってるだろ」
「うん。だけど、私だけは知ってるもん」
「話が通じないな……」
その上で右側からひょっこり顔を覗かせた梨花に、呆れつつ言ったのだが。
幼馴染みはどうにも、俺のことを過大評価したがるようだった。それを否定するのも今さら無理だと理解しているので、俺は改めて大きくため息をつく。
そして、ちらりと左手に気弱そうな女子学生がいるのを認めた。
どうやら俺たちと同じく新入生のようだが、
「道に迷っている感じ、か?」
「ホントだね」
どうやら時間帯も関係なしに、中庭に迷い込んでしまったらしい。
俺たちはそれを把握して、自然と互いの身体を離した。
「ほら、行ってこいよ。梨花」
「分かった、行ってくるね!」
そして、幼馴染みに提案。
すると彼女は明るく返事をしながら頷き、おどおどとする女子生徒のもとへと向かった。そんな梨花のまとう雰囲気はもう、さっきまでの甘えたものではない。
俺以外の人たちに対する凛と、涼やかな印象の優等生に戻っていた。
「どうしたのかしら。……道に迷った?」
「あ、あああああ、我妻さん!?」
そんな圧倒的強者のオーラで声をかけられた女子は、恐縮したように身を縮める。だがしかし、その瞳には隠し切れない憧れが見て取れた。
俺はそんな二人の様子を確認してから、ゆっくりと立ち上がる。
彼女たちに背を向け、反対方向へと向かって歩き出した。
「……まったく、梨花は凄いよな」
ほんの少しだけ。
才気溢れ、人望の厚い幼馴染みを誇るように呟きながら。
◆
――才人と別れ、梨花は女子と共に歩く。
「ほ、本当にありがとうございます! 我妻さん!!」
「いいえ。同じ学園の仲間ですから、助け合うのは当然のことですよ」
すると女子はそのように言って笑い、謙遜するように梨花は微笑んだ。
しかし同級生の少女は、首を大きく左右に振って熱弁する。
「いえ、当然じゃないです! 我妻さんは、全生徒の憧れなんです!!」
その言葉に嘘はないだろう。
真っすぐな黒い瞳に、迷いは一切なかった。だが、
「憧れ、か……」
梨花はその言葉に、少しだけ考える。
そして、こう漏らすのだった。
「本当に凄いのは才人くん、なのにな……?」
思い出すのは、幼い頃の記憶。
才人と彼女しか知らない、彼の規格外を示す誘拐未遂事件。
魔法によって塗り替えられた世界の構造。
それを――幼い才人は、迷いなく斬ったのだ。




