第三十三話 妹よ、俺は今反省を促しています。
一通り話を聞き終えると自分達の監督不行き届きだと言い、イオバルディ学長、フリード副学長、ロートベット先生の三人が同時に頭を下げる。
いや、こんなの監督しようがないでしょう!それにしても、決闘って・・・他所の学校でなにをやっているんだよ・・・
「ミル。折角学校見学に誘っていただいたのに、お三方に迷惑をかけてはダメじゃないか」
「・・・・・・・・・」
ふくれっ面で不服そうなミル。言葉にこそ出さないが、自分は悪くないと表情が語っている。
「少し揶揄わられたくらいで腹を立てているようじゃ、お姉さんなんて言えないな」
「・・・・・・・・・」
ピクリと眉を動かすがふくれっ面のまま。叱られることに慣れているミルに反省を促すのはなかなかに骨が折れる。
「俺の事を悪く言われたくらいは笑って流せるようにならなきゃ、立派な大人には成れないぞ」
ふくれっ面がさらに険しさを増し、怒気の含まれた視線を俺にぶつける。ミルが俺に対してこんな態度を見せるのは初めてだ。
「トキオ先生を悪く言われても笑っていなきゃいけないなら、わたしは立派な大人になんて成れなくてもいい!」
ハァー、こいつは難儀だ・・・反省を促すどころか、さらに機嫌を損ねてしまった・・・
「ミル!」
サンセラの上げた声に一瞬肩をすぼめるミル。俺が叱っても効果は薄そうだから、ここはサンセラに任すか。ガツンと言ってやってください、サンセラ先生!
「よくぞ申した!流石は自ら師匠の一番生徒を名乗るだけはある。その心意気に免じて、没収していた残りのお小遣いも返してやろう」
「会長!」
なんで褒めてんだよ、サンセラの奴!
「おい、サンセラ!ちゃんと叱ってあげなきゃダメじゃないか!」
「お言葉ですが師匠、ミルのどこに叱る部分があるのですか?」
「おまえ、本気で言っているのか!」
「勿論です。相手が怪我を負わぬよう配慮もできていたようですし、今回のミルに褒めるところはあっても叱る部分などありません」
「いや、あるだろ!俺達は喧嘩で勝つために学校で魔法や剣術を教えているのではない」
最近では俺以上に先生らしくなってきたと思っていたのに、時々こういった理解できないことを言い出す。中身がドラゴンだからか?それとも、ただ単にサンセラの思考がおかしいのか?どちらかと言えば後者の様な気がするぞ・・・
「師匠、ミルにとって今回の件は、只の子供の喧嘩ではありません」
「子供の喧嘩だろ!」
「違います。ミルやカルナにとっての師匠は、私やオスカーと同じ一教師ではありません。住む場所を守り、学びの場を与え、教えを授け、夢を目標に変えてもらった。師匠が、トキオ先生が現れて、子供達の将来は希望に満ち溢れたのです。自分の事は我慢できても、トキオ先生を愚弄させて笑っていられる生徒など、セラ学園には一人も居ません。ましてや、孤児という恵まれぬ環境にあったミルやカルナなら尚更です」
サンセラの言葉に「うん、うん」と大きく頷くミルとカルナ。俺の方が間違っているというのか・・・いや、でも、それは俺だけの力じゃないだろう・・・たしかに学校を建てたのは俺だが、授業は他の先生方も居るから成り立っているのだし、生活面に関してはマザーループとシスターパトリやラーラさんのおかげで、俺は殆ど手を貸していない。感謝してもらえるのは嬉しいが、その感謝が俺に集中するのは間違っている。同じ教師という立場のサンセラまで子供達を煽るようなことを言っちゃダメだろ・・・
「発言してもよろしいでしょうか?」
声をあげたのはミルの喧嘩相手。たしか・・・アンソニー君だったか?
「ああ、かまわないよ」
一歩前に出ると、丁寧にお辞儀するアンソニー君。随分と礼儀正しい子じゃないか。
「今回の件、悪いのはすべてわたしです。ちょっかいを掛けたのもわたしであり、トキオ先生を貶めるような発言もしました。決闘を申し込んだのもわたしであり、ミルの姉御はそれを受けたに過ぎません。それでもミルの姉御は、尊敬し敬愛するトキオ先生を愚弄したわたしにさえ、怪我を負わぬよう手心を加えてくれました。決闘に至るまでの全責任はわたしにあり、ミルの姉御に一切落ち度はありません」
ミルの姉御・・・姉御ってなに?そっちが気になって話が入ってこないのですけれど・・・
「知らなかったとはいえ、トキオ先生ほどの偉大な御方を愚弄するなど許されることではせん。ミルの姉御、カルナ姉さん、フランツェスカ生徒会長が腹を立てるのは当たり前です。罰はすべて、わたしに与えてください」
今度は、カルナ姉さんって・・・君達、ミルやカルナより年上でしょ?あと、知らないのにどうしてそんなに俺の評価が高いの?
「俺からの罰なんてないよ・・・」
「それは、わたし如きには罰も与える価値すら無いということでしょうか・・・」
「いや、全然違うから・・・」
他所の生徒に罰なんて与えられる訳ないでしょ!
うしろに居たヘラルド君とバルデス君も、一緒に罰してくれと言わんばかりに頭を下げアンソニー君の両脇に並ぶと、アンソニー君はさらに語り出す。
「決闘を止められた後、学長室で先生方にトキオ先生の偉大さを教えていただきました。その場でミルの姉御、カルナ姉さん、フランツェスカ生徒会長に謝罪を受け入れてもらい仲直りすることが出来ました。寮に戻ってからもトキオ先生のお話をミルの姉御やカルナ姉さんに沢山してもらいました。トキオ先生の偉大さを知ると同時に、自分が犯した罪の大きさを知りました。どうか、どうか、わたしに罰をお与えください!」
勘弁してくれよ。それに・・・
「ミル。アンソニー君はああ言っているが、本当に悪いのはアンソニー君だけなのか?」
ふくれっ面だった表情が解け下を向くミル。少し合間を置いて、下を向いたまま小さな声で話しだす。
「・・・違う。わたしも、アンソニー君にバカって言っちゃった。それも、何回も・・・」
ここにきてようやくミルは前を向き、俺と視線を合わせる。
「それで?」
「仲直りしてから、アンソニー君達にも色々な話を聞かせてもらった」
「うん、それで?」
「アンソニー君、ヘラルド君、バルデス君の三人は、お父さんたちが守ってきたボルティモの街をより発展させようと頑張って勉強している」
「うん、うん」
「三人それぞれの長所を生かし、足りない部分は補いながら努力を続けている。将来はきっとブロイ公爵やハルトマン男爵みたいな良い領主様になる。全然、バカなんかじゃない」
「そうだね。だったら、どうすればいい?」
小さく頷くと、ミルはアンソニー君の前に立つ。
「わたしもアンソニー君のこと全然知らなかったのに、バカって言ってごめんなさい。ヘラルド君とバルデス君も、年下のくせに生意気なことを言ってごめんなさい」
謝罪の後、ぺこりと頭を下げるミル。その後ろではカルナとフランも同じ様に頭を下げている。これに慌てたのは謝罪された三人。
「止めてくださいよ!ミルの姉御やカルナ姉さんが謝罪することなんて、何もありません」
「ううん、大体の喧嘩は大なり小なりどちらにも原因がある。だから、ごめんなさい」
「わ、わかりました。ミルの姉御の気が済まないのであれば、その謝罪は受け入れます。こちらこそ、申し訳ありませんでした」
はい、仲直り!
まあ、俺達が来る前から仲直りしていたみたいだし、今後アンソニー君達とは上手くやっていけそうだな。だが、少し心配だ。他にも同じようにちょっかいを掛けられない保証はない。そうなれば、またミルは一歩も引かないだろうし、カルナもこういった時は見た目に反して好戦的だ。止められなかった所を見るに、フランにもあまり期待できない。
「んっ!トキオ先生、またミルが喧嘩するんじゃないかって心配している?」
流石はカルナ、なかなか鋭い。
「大丈夫、わたしはもうお姉さん。軽々しく喧嘩なんてしない」
どの口が言うよ!お姉さんは決闘なんて受けません!
「ご安心ください、トキオ先生。今後は我々が親衛隊として、ミルの姉御とカルナ姉さんが面倒事に巻き込まれないよう警護します」
「いいの!?」
「はい。寮ではミルの姉御とカルナ姉さんに宿題や勉強でわからないところを教えてもらっていますので、そのお礼だと思ってください。それに、ミルの姉御やカルナ姉さんがこの学校でどんなことを学ぶのかにも興味があります」
「ありがとう、助かるよ!」
マジでありがたい。生徒会長のフランだけでなくアンソニー君達男手も付いていてくれれば、そうそうトラブルにも巻き込まれないだろう。ミルとカルナもアンソニー君達と一緒に居るのは楽しそうだから問題無し。
今後の予定をアンソニー君達と楽しそうに相談し始めたミルとカルナ。そんな子供達を尻目に、俺は疑問に感じていたことをフランに尋ねる。
「・・・ところでフラン、あの姉御とか姉さんって何?」
「・・・ああ、あれですか。わたしも気付いたときにはああなっていました。まあ、決闘でボコられた挙句、勉強も教えてもらっている立場なので、自然とそう呼ぶようになったのだと思います」
「・・・でも、あの子達貴族だろ?姉御とか姉さんって、なんだか貴族らしくなくない?」
「・・・関係ないですよ。貴族だろうが平民だろうが、同じ子供ですから」
「・・・そういうものか」
「・・・そういうものです」
やっぱり、子供って不思議で面白い。
決闘をしていたとは夢にも思わなかったが、終わってみれば只の事後報告。結果オーライではあるが新しい友達も出来たことだし、まあ、良しとするか!
「イオバルディ学長。少しご相談したいことがあるのですが、後でお時間よろしいでしょうか?」
「わたくしに、ですか?」
「ええ。出来れば、俺、サンセラ、イオバルディ学長の三人だけで」
「畏まりました。学長室でお待ちしておりますので、いつでもお越しください」
「宜しくお願いします」
この後、研究棟で学ぶミルと図書室で本を読むカルナの様子を見学してから、俺とサンセラは学長室へ向かった。
さあ、ここからは大人の時間だ。




