第三十一話 妹よ、俺は今教え子たちの様子を見に来ています。
王都に来て三日目。本日はミルとカルナの様子を観に行く日。朝食を終え直ぐに俺達はブロイ公爵家の屋敷を出た。
イオバルディ学長やフランには俺達がブロイ公爵家の屋敷で世話になっていることは伝えてある。この三日間学校から何の連絡もなかったという事は、ミルとカルナに問題が起きていないという事であり、その点は安心している。
マザーループとシスターパトリは勿論、王都へ一緒に来た俺とサンセラも居ない中どの様に生活したのか、王都の学校でどんな刺激を受けたのか、二人の話を聞くのが楽しみだ。
夏の眩い日差しを浴びながら正門を潜ると、そこは夏休みの学校が持つ独特の雰囲気が漂っていた。平素であれば多くの学生で賑わっているのであろう広大な敷地内には僅かな人の気配しかない。オスカーやマーカスはこの学校でどんな青春時代を送っていたのかな。そんなことを考えながら校舎に入る。
レンガ造りの校舎内は外より幾分涼しい。数人の生徒とすれ違ったが、学校に似つかわしくない冒険者風の服装をしている俺と執事服のサンセラが何者か判断がつかないのだろう、僅かに会釈すると逃げるように早歩きで離れていく。サンセラは少し気に入らない様子だが、俺はその思春期特有の行動を微笑ましく感じた。
さあ、目的地の学長室だ。僅か三日だが、保護者の居ない環境で生活したミルとカルナはどんな表情で出迎えてくれるのかな。
「「「申し訳ございませんでした!!!」」」
・・・どゆこと
目の前には両手両膝だけでなく額まで床に擦りつけた状態で謝罪するイオバルディ学長、フリード副学長、ロートベット先生の三人。うん、土下座だ・・・って、何も問題は起きていないんじゃないの!?
一旦落ち着け・・・先に子供達の様子を窺わねば。
まずはミル。何やら不服そうな表情をしている。うん、多分首謀者だ・・・
続いてカルナ。心配そうな表情を見せているが俺は騙されない。口角が浮きかけている。ミルの事を心配はしているのだろうが、それ以上にこの状況を楽しんでいる感じを見るに直接の首謀者ではなさそう。
お次はフラン。なんとも微妙な表情をしている。ミルの暴走を止められなかった責任は感じているが、必ずしもミルだけが悪い訳ではないといったところか。
さらには、ミルの後ろに居る三人の男子生徒。こちらはもう、完全に落ち込んでいる。この子達とミルの間に何かあったとみて間違いない。
そんなことはさておき、悠長に様子を見ている場合じゃないな。とりあえず目の前の三人に土下座を止めさせなければ。
「イオバルディ学長、フリード副学長、ロートベット先生、頭を上げてください。何があったのかは存じ上げませんが、いきなり謝罪をされても困ります」
「も、申し訳ございません!」
だからさぁ・・・
「さあ、とりあえず立ち上がって事情をご説明ください」
「はい・・・」
三人共、滅茶落ち込んでいる・・・ミルさんや、いったい何をやらかしてくれやがったのですか・・・
♢ ♢ ♢
トキオ達と別れフランの部屋に泊まった翌朝、ミルとカルナはホームシックを起こすなんてこともなく元気いっぱいだった。好奇心旺盛な二人にとっては保護者の居ない不安よりこれから王都の学校でできる経験、期待や楽しみの方が勝っていたのだ。
寮で朝食を食べ終わると、早速校舎へ向かう三人。ミルをロートベット教授の部屋まで送り届けた後はフランがカルナを図書室へ案内する予定。期待からか自然と笑みが浮かぶミルとカルナ。そんな二人の姿を見て笑みを浮かべるフラン。ご機嫌で廊下を歩く三人が、向こうからこれまた三人で廊下を歩く男子生徒とすれ違う直前に事件は起こる。
「よっ、ちびっ子教授!」
ミルを冷やかすような掛け声に表情を曇らすフラン。だが、当の本人であるミルはまったく相手にしないどころか、笑みを浮かべた表情を変えることなくそのまま進んでいく。隣を歩くカルナも気にしていない様子。そんな二人の態度に、無視された形となった男子生徒は声を荒げる。
「お前だよ、お前!田舎のちびっ子教授ごときが、侯爵家の貴族様を無視しているんじゃねえよ!」
そこでようやく「ちびっ子教授」が自分に掛けられた言葉だと気付いたミルは、三人組のリーダーらしき男子生徒に口を開く。
「まず、私はもう十二歳のお姉さんであり、ちびっ子ではない。次に、私はセラ学園で学ぶ学生であり、教授でもない。ちびっ子でも教授でもないのが「ちびっ子教授」と呼ばれても気付かないのは当然」
幼い子供に言い聞かせるような語り口調で話し終えると、軽くため息をつきカルナに視線を送るミル。カルナもカルナでミルの意見に二度程頷くと、ミル同様ため息をつく。これを馬鹿にされたと受け取った男子生徒は更に声を荒げた。
「貴様!平民の分際で、貴族に向かってその態度は何だ!」
大きな声と身分の差で脅しをかけるように話す男子生徒。だが、ミルとカルナには全く効果なし。それも当然、二人には貴族の知り合いが既に沢山居る。しかも、成人前の子供ではなく、家督を持ち領主でもある大物が多数。今更貴族の子供程度に怯えることなど無い。
「ここは学校。貴族だろうが平民だろうが今の身分はみんな学生。そうだよね、カルナ」
「うん、みんな学生。それ以上でも以下でもない」
なんとか因縁を付けようとする男子生徒。それに対してミルとカルナの反応は暖簾に腕押し、ぬかに釘。余裕すら感じさせる対応に、幼いころから二人を知るフランは感心していた。
普段は大人しいが、自分が納得いかないことには一歩も引かず、とことん抗う姿勢をみせるミル。優しい性格で周りにも気を遣えるが、自分の意見ははっきりと言えるカルナ。同じ教室で学んだのは一年だけだが、クラスの中でも確固たる存在感を示してきた二つ年下の友人。まだ幼かった頃、ミルは時々癇癪を起こすようなこともあったが、この落ち着きようは大した成長だ。流石は自らをお姉さんと言うだけのことはある。
「おまえら、俺をなめているのか!貴族に逆らってタダで済むと思うなよ!」
さらに語気を強める男子生徒。しかし、ミルとカルナが怯える様子は微塵もない。
「逆らったらどうなるの?」
「不敬罪で罰せられるに決まっているだろう!」
「へぇー、そうなんだ。ところでカルナ、ここに居るフーちゃんは侯爵家より爵位が上の公爵家なのだけど、訴え出たら不敬罪で罰せられるのはどっちだと思う?」
「知らない。興味もない」
「き、汚いぞ、おまえら!生徒会長を盾に使うなんて」
身分を持ち出した相手に対し、さらに上の身分で冷静に対抗するミルにフランは益々感心した。こういう相手には効果が絶大である。貴族としては褒められたやり方とは言えないが、無駄な争いをするよりは遥かにましだ。勝負ありである。こうなっては男子生徒も引き下がるしかない。あと出来る事は、精々捨て台詞を残すくらいだ。
まさか、その捨て台詞がこの争いを大事に発展させるとは、その時のフランは考えてもいなかった。
「けっ、まぐれで論文が少し評価されただけの田舎者のくせに。まあ、まぐれでも一応は評価されたのだからお前は迄マシか。みっともないのは、そんな教え子に便乗して自分を王都の学校に売り込もうとするお前らの先生だよな。ああはなりたくないぜ」
一瞬で頭に血が上るフラン。悔しさからくる捨て台詞だとは分かっていても、尊敬してやまないトキオに対しての侮辱は捨て置けない。即座に言い返そうとしたが、フランよりも先にミルが反応する。
「おまえ、今トキオ先生のことを侮辱したのか!」
一瞬で男子生徒との距離を詰めると、下から睨みつけるミル。あまりの迫力に、たじろぐ男子生徒。だが、自分よりも年下の少女に臆したとあっては取り巻きにも示しがつかない。すぐに気を取り直し、更なる悪態をつく。
「そうだよ!教え子の手柄に便乗するなんて、教師としてゴミ以下だろう。田舎にはあんな教師しか居ないのかと思うと同情するぜ」
「トキオ先生は、賢くて、強くて、優しい、世界一の先生だ!今すぐ訂正して、トキオ先生に謝罪しろ、バカ!」
さっきまでの冷静さが嘘のように怒り狂うミル。ミルだけでなく、カルナまでもがフランには見せたこともない表情で男子生徒に詰め寄っていく。そんな二人を見て少し冷静さを取り戻したフランが仲裁に入ろうとしたとき、男子生徒が信じられない行動を取る。
「馬鹿だと、貴様許さん!」
そう言いながら、男子生徒はミルに白い手袋を投げつけたのだ。手袋がミルの体に当たり、床に落ちる。
「ミル、その手袋を拾っちゃダメ!」
フランの叫びもむなしく、ミルは白い手袋を拾い上げた。
「大丈夫、フーちゃん。わたしだってオスカー先生の授業を受けているから、貴族が白い手袋を投げつける意味くらい知っている」
「だったら、どうして・・・」
その問いに、フランには視線を送らずミルは手袋を握りしめながら男子生徒に不敵な笑みを浮かべ答えた。
「こういうバカには、お仕置きが必要」
「貴様!また、俺のことを馬鹿と言ったな!」
「バカにバカと言って何が悪い」
「貴様、タダでは済まさんぞ!」
「それはこっちのセリフ。トキオ先生に謝るまで、絶対に許さない」
釣り合っていない背丈で睨み合いながらバチバチと火花を散らすミルと男子生徒。なんとか止めようとするフランの袖をカルナが引っ張る。
「・・・大丈夫、ああ見えてミルは滅茶苦茶強い。「鑑定」スキルも持っているから相手の力も分かっている」
「・・・でも」
「・・・フーちゃんは、トキオ先生が馬鹿にされても平気なの?」
「・・・それは、絶対に許せない!」
ミルとカルナ同様、トキオを愚弄されて黙っていられる程フランも大人ではない。力のこもった強い眼差しで頷くフラン。そんなフランに対し、カルナもまた力のこもった強い眼差しで頷き返すと、ミルに向かって叫ぶ。
「ミル、そんな奴やっつけちゃえ!」
「ラジャー」
「おまえら・・・覚悟しろよ」
かくして、大人達が誰も知らぬ間にミルと男子生徒の決闘は行われることとなった。




