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2  イクエ

 私とアヤメちゃんは本を読むのが好きだ。

 小さい頃から二人でよく一緒に本を読んでいた。本の感想を話すのが大好きだった。私の好きな本をアヤメちゃんに好きになってもらうのが嬉しかった。

 アヤメちゃんは綺麗な子だった。本を読んでいる姿も綺麗だった。大人しくて私以外の人には無口になる恥ずかしがり屋なところがあった。アヤメちゃんは時々お姉さんっぽく振る舞う事があったけど、アヤメちゃんがあんまり人に見せない面を知っていたから、逆に可愛く見えてしまっていた。

 一緒に本を読んでいると温かくて穏やかな気持ちになった。こんな時間がずっと続けば良いのにと思っていた。


 私たち二人の接し方が変わったのは中学に上がって少ししてからだった。

 冬のある日、遊ぶ約束をしていなかったアヤメちゃんが家に来た。何故かノートを持っていた。見てほしいものがあると言ったからきっとそれだろう。ちょっとびっくりしたけど来てくれて嬉しかったし、外は寒かったからすぐに家に入れた。

 私の部屋に入っても、アヤメちゃんは何故かモジモジと気まずそうにしていた。アヤメちゃんが話してくれるまで待とうと思って部屋を見渡した。本棚にはもう入りきらないくらい本が入っていた。アヤメちゃんに見せたくて、一緒に楽しみたくて選んでは買ってを繰り返していたら自然とそうなってしまっていた。

 「あのね」

 アヤメちゃんが話を切り出したからちゃんと聞く為に私は向き直った。声色から真剣な話だと分かった。

 「お話を書いてみたの。読んでみてくれないかな……」

 アヤメちゃんの声は緊張からか震えていた。すごく勇気を出して言っているのだろうと分った。当たり前だ。自分の内面をさらすようなものなんだから。誰だって躊躇ってしまう。でも、勇気を出して私を選んでくれたから嬉しかったし応えないといけないと思った。

 私は恥ずかしがっているアヤメちゃんに書いた事を素直に褒め、すぐに読み始めた。

 五分とかからずに私はノートに書かれたお話を読み終えた。単純に良いと思った。読んでいる間に頭に情景が浮かんできてキラキラしていた。

 私はアヤメちゃんをこれでもかというくらいに褒めちぎった。きっと緊張しているからこれくらい大げさに言った方が伝わると思った。予想通り、アヤメちゃんはさっきの張り詰めていた表情が消え、花のように笑った。

 また続きを書いてねと言ったら、アヤメちゃんはちょっとびっくりした顔をして、でもさっきよりももっと嬉しそうにして頷いた。


 それから数えきれないくらいアヤメちゃんの作品を読んだ。その度にアドバイスと感想を彼女に伝えた。本当に面白いと思ったし、彼女に自信をつけてもらいたかった。

 どんどんと上達していったから、私だけ見るのはもったいない、コンクールに応募してみたらどうかと言った。アヤメちゃんは戸惑ったけど、やってみるといった。

 そして何度も投稿しているうちに入賞するようになった。

 初めて賞をもらった時のアヤメちゃんのあの輝いた笑顔が忘れられなかった。

 高校生になってもアヤメちゃんは書き続けた。書くのが好きで好きで仕方がないことが文章からも良く分かった。

 

でも、様子が少し変わったのは高校2年生になってからだった。

 高校2年生と言っても、まだ大学受験の実感があまり湧かない中途半端な学年だった。でも、アヤメちゃんは上の大学に行きたいと思っているからすでに受験勉強を始めていた。

 勉強もしながら小説を書き続けていた。頑張って両立しようとしているのが真面目で偉いと思った。

 だけどアヤメちゃんは段々と暗い顔をするのが多くなった。コンクールに応募する作品は入賞こそすれ、一度も最優秀賞を取れていない事にかねてから悩んでいるからだ。審査員からのアドバイスも聞いて何度も書いたけど最優秀賞は取れなかった。

 私は原因が少しだけわかっていた。アヤメちゃんの作品は綺麗すぎた。

 審査員のコメント通り、表現や構想は全く問題ない。それでも登場人物達に魅力を感じないのは、彼らが綺麗なことしか、思ったことをそのままにしか言わないからだろう。

 人間はもっと醜い。嘘だって付く。自分でも目を逸らしたくなる暗く淀んだものは誰だってもっているはずだ。だが、それが魅力につながることだってある。それを上手く表に出さず、隠す、その描写さえアヤメちゃんの作品にはなかった。

 アヤメちゃんは根が素直すぎた。嘘を吐いてもすぐ分ってしまうし、吐いてもすぐに耐えきれなくなる。自分の淀んだと思った部分をすぐに正そうとする。これは美点とも言えるだろう。だが、この美点でさえも作品に生かさなくてはいけない。アヤメちゃんは正せても曝け出す事を恐れているのだろう。

 私はなんとなく分っていたけど、この事をアヤメちゃんに教えることは出来ないでいた。



 アヤメちゃんと会う機会が減っていった。

 勉強もこなし、コンクールにも毎回応募する事を科しているため、追い詰められた顔をするようになった。笑顔を見せてくれるのも少なくなった。

 嫌だと思った。アヤメちゃんの纏った重い空気が、悩みを知っているだけ何とかしてあげたかった。そして私も悩むようになった。大学は良いとして、このままではアヤメちゃんが私から離れてしまうのではないかと思った。

 嫌だった。アヤメちゃんと会えなくなるのは、話せなくなるのは、一緒に笑えなくなるのは、そんなこと絶対に耐えられない。

 どうしたらアヤメちゃんはまた笑ってくれるんだろう。どうしたら私から離れないでくれるんだろう。そんな事ばかり考えるようになっていた。


 そして、この二つが同時に解決出来ることを私は思いついた。

アヤメちゃんが最優秀賞を取れるようにしてあげればいいんだ。

私が、綺麗すぎるアヤメちゃんのお話の人たちに『人間味』を与えてあげれば良い。私なら出来る。何で今まで思いつかなかったんだろう。そう思うほどにあっさりとしていた。

私は準備を始めた。何週間もかけて考えた。これで良いと思った時、アヤメちゃんをメールで呼ぶ事を考えた。きっと勉強中だけど息抜きもしたいはずだから、それをチラつかせた方が良い。アヤメちゃんはお姉さんっぽく振る舞いたいから、私が何か相談したい事があるとついでに持ちかけたほうが良い。

自分でも驚くくらい考えが浮かんでいた。


アヤメちゃんが来た。良く考えたら家に来てもらうのは春以来じゃないだろうか。花見をする為にお弁当を一緒に作ったのが最後だった。

やはり暗い顔をしていた。くつろいでもらおうと思ってお菓子や温かい紅茶を用意した。アヤメちゃんの方から話を切り出すのを待った。そして、切り出した彼女にこう言った。

私も小説を書いたから見てくれ、と。私なりに考えた『人の魅力』を詰めたものを。

目に見えてアヤメちゃんの表情が変わった。でもそれは一瞬だけだった。やはり彼女の自尊心と自制心は強かった。それでも私の小説を読んでいるうちに目が変わった。

面白いと思った時の目と、嫉妬の目だった。

私は感想を聞いた。オズオズと言った感じが良いだろう。アヤメちゃんは褒めた後、私も分っていた後半の文章の欠点を指摘した。

少し考え、アヤメちゃんはこう提案した。合作しないかと。

私はもちろん喜んで提案に乗った。互いの欠点を補う形で書ける。苦労して書いた作品は最優秀賞を取る。二人で考え、二人で書くようになる。これしかないと思った。

アヤメちゃんにまた笑ってもらう為に。私から離れられない様に。

アヤメちゃんの心情を理解して私は仕組んでいた。

そうだ、私は醜い。アヤメちゃんが私に抱く後ろめたさと、書くことへの愛情と周囲からの賞賛を利用している。分った上でやる。これを捨てたら私はアヤメちゃんと一緒にいられなくなる。

 醜さも含めて私なんだ。

 

 だから、ごめんね、アヤメちゃん。

 ずっとあなたと物語の話をしていたい。ずっとあなたの笑顔が見たい。

 その為なら私は自分の淀んだ気持ちも、あなたの後ろめたさも飲み込む。


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