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初めてのキス

 今週最後の更新です。

 数歩ゆっくりとテラスの中に入ってくると、私の側にいたあの赤い猫がひゅっと彼の側に降りた。

 心臓の音は相変わらず速く、うるさいくらいに耳に響く。

 ペンダントを握り締めた手も痛いくらいに力を入れているのに、その感覚もない。

 ただ目線もそられず、コーランさんの姿を凝視していた。

 「緑の精霊に好かれたか。それともシャーリーンの言いつけかの」

 何事かつぶやいていたが、私には何も聞こえなかった。

 コーランさんは私をじっと見て、やがてあぁっと口を開いた。

 「どこかで見た顔だと思ったら、その目、ゼヴァローダの邸にいた娘だな?」

 一瞬どうしようかと思ったが、声は出さずに小さくうなづいた。

 「まぁ、いい。アレが気づかんうちに話がしたい。来なさい」

 そう言ってくるりと身を反転させ、テラスを出て行く。

 立ち止まっている私に、その場に残された猫が鋭い視線を送ってきて、やがてゆっくりこちらへ歩いてきた。そのまま後ろへ回り、確かな質量でとんっと体当たりしてきた。

 歩けと言われたようで、そのまま仕方なくテラスから出た。

 マウリスさんと話した部屋のドアが開いていて、そこにジーアさんがすまなさそうに立っていた。

 「ジーアさん?」

 声をかけると、ジーアさんが急に泣き出した。

 「あぁ、あたしったら何も考えないで買ってきてしまって!」

 「え?」

 戸惑う私に、すがりつくように泣いている。

 「ジーア、何してるんだ」

 後ろからアトスさんが来て、泣いてうな垂れるジーアさんを引き剥がした。 そんなアトスさんもすまなそうな顔で私を見る。

 「すまなかった、エレンさん」

 「え?」

 急に謝られても、と首を傾げると、部屋からコーランさんの声がした。

 「2人が詫びることはない。全てはシリウスが招いたことじゃ。

 お嬢さん、こちらへ座って話をしよう」

 気を抜くと震えそうな足を叱咤して、私はコーランさんの向かいに座った。

 「始めに言っておくが、わしがここに来たのはあの2人から連絡を受けたというわけじゃない。わしが受けた連絡は、ジーアが若い娘の服を選んでいたという連絡だった」

 あぁ、頑張って若い娘の多い店に行ったと言っていたのを思い出した。

 本当に監視されてるんだなっと思った。

 「マウリス殿も来たと聞いた。会ったかね?」

 「……」

 私は答えなかった。

 多分答えなくてもどうせわかることだろうけど、この場で言うことは躊躇(ためら)われた。

 「まぁ、いい。ここに隠されてる時点で、お嬢さんはシリウスにとって大事な存在だということは分かった。だが、わしはお嬢さんを疑ってかからねばならん」

 「……はい」

 「なぜかわかるかね」

 「……彼が”炎帝”だからです」

 搾り出すような小さな声で答えると、コーランさんは1度うなづいた。

 「議会としてはその理由が正しい。

 だが、わし個人としては、今まで様々な方法でアレに接触しようとしてきた人間を数多く知っておる。それゆえいくらシリウスが選んだとはいえ、素性のわからん者を近くに置いてはおけん」

 それは親心ってことかな、と私はどこかほっとする。

 「名は?」

 「エレン・カーチェスです」

 「ずいぶん若そうだが、家はどこだね」

 「年は18です。家はエラダーナのアルナバ山脈の(ふもと)の村の1つです」

 先程よりしっかりした声で答えれば、コーランさんは目を大きくして驚いていた。

 「どうやって来たのだ?どうやってシリウスと連絡を取った?」

 「連絡は取ってません。来たのは、その勘違いで、その転移魔法で…」

 どうにも誤魔化しきれず、ジーアさん達にも言ってたことだからと掻い摘んで話した。

 聞き終わると、コーランさんは体をぷるぷる震わせ、唸るような声を出した。

 「あ、あのたわけがっ!浚ってくるとは何事かっ」

 膝の上の拳がぎゅうっと握り締められる。

 「すぐに帰国の手続きをしてやろう。わしの関係者として調整すれば数日で帰れるはずじゃ。あの大馬鹿者には十分言って聞かせる」

 「で、でも私、帰ったらもう会えないんじゃないですか?」 

 「ではこのままおるかね?情報はわしが管理しておるから、そなたのことは隠せる。だが今のままでは軟禁生活だ。それでもいいなら、いつまでもおるがいい。わしもできる限りのことはしよう」

 早く帰るなら、コーランさんに頼ったほうがいいというのは分かった。

 この人は私の体質のことを知らないから、数日で帰国させてくれると言っている。

 でもすでに公爵家の監視がついている私が、果たして本当にすぐ帰れるだろうか。下手に動いてはいけないとマウリスさんにも言われた。

 「あの、今シリウスも考えてくれてるんです」

 「アレがか?あいつが動けば益々厄介なことになる気がするんだが…」

 うーんと、顎に手を当て目を伏せる。

 「確か隣国の式典に、シャーリーンが同行できないとかの話が出ていたな。それを使うつもりか。それでマウリス殿に会ったか」

 ぶつぶつと何事かつぶやいて考え込んでいる。

 「まぁ、考えても始まらんな。シリウスに直接話をするしかあるまい」

 はぁっとため息をついて立ち上がる。

 「では戻るとする。お嬢さんのことはシリウスから聞こう」

 「あのっ」

 あわてて私も立ち上がり、お腹に力を入れて声を出した。

 「私、こうなったことに怒ったりしてません。母の事は気がかりですが、でもシリウスの側にいたいんです!」

 コーランさんは気難しそうな目を少し細めて、少し笑ったように言った。

 「その気持ちをできることなら、ずっと持っていて欲しいものだ」

 私はコーランさんから目線をそらさず、ゆっくりとうなづいた。

 「さて、わしも床に伏して謝り倒す覚悟をしておくかな」

 そう言ってくるりと踵を返して部屋から出て行く。赤い猫もその後に続いた。

 やや送れて追うと、部屋の外にはジーアさんとアトスさんがいて、すでに玄関のほうへと歩いている背中が見えた。

 「心配するな、悪いようにはせんし、お前達もこれまで通りに生活してくれ。知りたい情報があればまた聞きに来る」

 「はい」

 いつもの元気がない、弱弱しい声でジーアさんはうな垂れた。

 「見送りはいらん、では」

 右手を上げると、すぅっとオレンジ色の光りが足元から全身を覆い、そのままふっと消え失せた。

 その後、元気のないジーアさんと食堂でお茶を飲んだ。

 「コーラン様は何て言ってました?エレンさんをどうするって?」

 「ジーアさん達のせいじゃないって。それに私のことはシリウスと話して考えてくれるって。だから大丈夫よ」

 ジーアさんは飲みもしないカップを手にしたまま、はぁっと悲しそうにため息をついた。

 「あたしったらここ何年も何も言われたことなかったもんで、監視っていうのをすっかり忘れてしまってたんだね」

 「情報はコーランさんが握ってるみたいね。私のこともできる限りしてくれるって。だから大丈夫よ、そんなに気にしないで」

 「でも…」

 「私がここにいるからいけないのよ」

 そう言えば、ジーアさんはぱっと顔を上げて、ふるふると首を横に振った。

 「違いますよ!エレンさんは何も悪くないよ。だってシリウス様が浚って来てしまったんだからね」

 そしてお茶をぐいっと飲むと、小さくうんうんとうなづいた。

 「オロオロしてなんて情けないんだ、あたしは。今回は足引っ張ってしまったけど、もしエレンさんに害する奴らが来たら鍋で殴ってやろうかね。

 今回のことだって言い方向に考えれば、コーラン様が味方についたってことだからね」

 「そうよ、ジーアさん。やっぱり早めに相談すべきだったんだわ」

 ようやく元気を取り戻したジーアさんに賛同し、盛り上げる。

 少ししてアトスさんがひょいっとのドアから顔を(のぞ)かせたが、元気になったジーアさんを見て苦笑してそのまま引っ込んだ。

 そのまま夕食の仕度を手伝い、時が過ぎていつも帰ってくる時間になった。でも帰って来たのはリーンだけだった。

 「おかえり、リーン」

 私が声をかけると、リーンは困ったように眉を下げて言った。

 「コーランが来たのね」

 「うん。午後に少しだけ」

 「外出先から帰ってきたら、コーランが待ち伏せしててね。エレンの話だって言われて、シリウスと2人で話してるわ。多分遅くなるから」

 「そうなのね、わかったわ」

 どんな話になるんだろうかと、やや不安が募る。

 無意識に下を向いていた私を、リーンがじっと覗き込んだ。

 「あ、何?」

 「シリウスが教えていいって言ったから、言うわね」

 お互い顔を上げて向き合う。

 リーンは少し笑って言った。

 「エレンのお母さんは元気よ。まだあの町にいるみたい」

 「え?村に帰ってないの?」

 「妹達は情報を多く持ってくると誤解が多いから、今どこで、元気にしてるかってことだけを見てきてもらったの。詳しいことはマウリスのほうで集まってると思うけど」

 確かにマウリスさんは近いうちにとは言ってくれたが、2日程度では無理ではないだろうか。

 母は元気だというのは嬉しい。

 でもまだ町にいるっていうのはどういうことだろう。村の食堂の仕事もあるだろうし。

 「消えたところに戻ってくるって思ってるのかもよ」

 「え?」

 「人間ってそんなもんなんでしょ?」

 違うの?と首を傾げるリーンに、私は笑みを浮かべて首を振った。

 「そうね、ありがとうリーン。母が元気ってことだけで嬉しいわ」

 「そう、良かった。

 そういえば、コーランには体質のことばれなかった?」

 「大丈夫だと思うわ。何も聞かれなかったし、ただここに来た経緯については驚かれたけど」

 「でしょうね。まずはお説教受けてると思うわ」

 勝手なイメージで、その説教とやらは長いんだろうなと、シリウスの参った顔が想像できた。

 「じゃあ、お先に、エレン」

 「おやすみなさい」

 テラスの入り口まで精霊達が集まってきて、リーンは取り囲まれるように中に入っていった。

 

 それから完全に夜の(とばり)が下りても、シリウスは帰ってこなかった。

 もしかしたらまっすぐに寝室に帰ってきてるかも、と何度か左の寝室のドアや書斎のドアをノックして中を確かめたが、暗い室内に人影はなかった。

 柔らかいベットに横になり、シーツに包まってぼーっと天井を見ていた。

 そしていつの間にか眠っていた。

 自分の中ではついさっきまで天井を見ていたはずだったのに、暗いのは(まぶた)が綴じているせいだ。

 体が動かないのは寝ていたせいか。

 じゃあ、この固いけど温かい感触はなんだろうか。

 「んっ…」

 もぞっと体を動かして見ると、背中や首の後ろに何か触っているのがわかった。

 ぼんやりしたまま、ゆっくり目を開けると、浅く上下する肌とシャツが見えた。

 「ひっ、や?」

 一気に覚醒してあわてて身じろぐが、首の後ろと背中に回された腕はびくともしない。

 「シリウス、なの?」

 首の後ろを固定されているので、顔を上げて確認することはできないが、首筋にかかる金髪とやや強くなった腕の力が肯定を表している。

 「お、遅かったね」

 返事はない。

 「今日のこと、聞いたよね」

 やっぱり返事はない。

 「話してるってリーンが教えてくれたの。母も元気だって」

 寝てるわけではなさそうだが、一向に返事はない。

 「シリウス」

 「……」

 呼んでも返事はない。

 腕の力も弱まらず、このまま寝ろということなのだろうか。

 どうしようかと考えていると、ふとメリーの話を思い出した。

 確かダンが話しかけても上の空で、たまに返す返事も軽くて、怒って引っ叩こうと思ったけどそれじゃあおもしろくないからと頬にキスしたと言っていた。ダンはものすごい顔で振り返って怒ったけど、その真っ赤な顔がおもしろくて今でも笑えるの、と。もし相手が話を聞いてくれなかったら、ちょっとびっくりさせてやるほうが、叩くより効果的よと胸を張っていたっけ。

 残念ながら頬にキスするのは無理そうだ。

 できる場所は目の前のシャツか、そのはだけたところだけ。

 そもそもこんなところにキスしてわかるのかしら。シャツの上からじゃわかりそうにないな、とすれば直接肌に唇を押し付けるしかなさそうだ。

 キスって顔にするからわかるんだろうし、とただ押し付けるのではなく、軽くついばむようにやってみた。


 がばっ!

 

 シーツが跳ね除けられ、文字通りシリウスは横に飛びのいた。

 私はシーツの中に取り残され、ゆっくり手をついて上半身を起こした。

 すぐ側に、足を曲げ、腰を抜かしたようにベットに手をついて体を支えて、目を丸くしてるシリウスを見つけた。

 (本当に効果抜群だわ)

 メリーの言った通りおもしろい顔も見れた。

 「え、エレン、何するんだ!」

 あら、本当に怒られたわ、と私は笑いがこみ上げてきた。残念ながら顔色は薄暗くてわからないけど。

 「何で笑ってるんだ」

 「だって、友達が言った通りなんだもん。話を聞かない人にはこうするのが1番っだって」

 シリウスの眉間に皺がよる。

 「……いつもこうしてたの?」

 「まさかっ!初めてよ。それに本当は頬にするらしいんだけど、さっきは出来なかったから、効果ないかなって思ってたけど」

 「……あり過ぎ」

 「でも話を聞いてくれないんだもの。ちゃんと聞こえてたんでしょ?」

 少し詰め寄ってみれば、ふいっと顔をそらした。

 「何て言われたの?」

 「……エレンを諦めろって言われて試された。とにかくエレンのお母さんに謝って、許しをもらえって言われた。それができないなら、数年かけても権力をつけろって」

 「どういうこと?」

 「今度の式典にエレンを自分の侍女として連れて行くから、滞在する5日で何とかできなかったら、一旦帰国後、正規のルートでエレンを帰すって。そして数年かけて俺が議会の信頼を得ていけば、兄の後押しをもらってエレンを迎えればいいって。それまではもちろん連絡はできない」

 「待てばいいの?」

 なぜか首を横に振って、膝を立て前かがみな体制になったと思ったら、倒れるように抱きついてきた。

 シーツに押し付けられた私は、ただびっくりしてシリウスの言葉を待った。

 「迎えるにはどうしても条件がある。俺はその条件はのみたくない」

 「条件?」

 首筋に顔がこすり付けられ、小さく言った。

 「……どこかの貴族の娘を妻にして、体制だけでも整えろって。つまりエレンは愛人扱いなのさ。たとえ兄上が後ろ盾についても、現状ではどう転んでも妻にはできない。そう言われた」

 ひどく傷ついたようなシリウスの背に手をまわして、数回背中を撫でた。

 「私の為なら何でもしてくれるんじゃなかったの?」

 ぴくっと体が震えて、ゆっくりと顔を上げて私を見下ろす。

 その顔はどういうことだと聞いていた。

 「私ね、あなたの側にいるって決めた時、いろんなことを覚悟したわ。例え愛人扱いされても、シリウスさえ私を1番に想ってくれるならそれでいいって」

 「それはっ」

 「聞いてっ」

 強引に言葉を遮って、私は自分でも不思議なくらい穏やかだった。

 「扱いってそんなに大事?私は好きな人と一緒なら、その人の1番なら肩書きなんてどうでもいいの。母さえ許してくれるなら、私はずっとこのままここにいるわ」

 妻や愛人なんて肩書きはいらないし、私にとって意味がない。

 シリウスが生きていく支えになれればそれでいい。

 「守ってくれるんでしょ?」

 「あぁ、約束する。必ず守る」

 手を伸ばしてシリウスの髪を()くようにすれば、ゆっくりと優しいキスが降ってきた。

読んでいただいてありがとうございます。

滞在期間を5日にしました。


 えぇ、ご期待には添えないかも。だって私だし…。

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