もう騎士団には居られない
翌日。結局何も決まらぬまま昼を迎え、話は切り上げられた。何よりも優先されるべき重要な予定があったからだ。
「それでは、定例会を始めましょう」
凛として、それでいて、まだあどけなさの残る声が会議室に響く。いや、正確には響くのが扉越しに聞こえてきた。おいどんは入室が許されず、扉の前で片膝をついている。腰布一枚で。
「モーガン、報告を」
「はっ!」
扉の奥には、おいどん以外のノクトゥス騎士団員が参集している。あとは、尊い身分の方がひとり。我らが王女殿下だ。
「ダンジョン、【ノクトゥス・ラビリントゥス】の攻略状況ですが、我等ノクトゥス騎士団が首位を保っております」
「素晴らしい働きです」
モーガンの報告が聞こえてくる。5年前、突如発生したダンジョンが、おいどん達の故郷たるノクトゥス王国の首都を飲み込んだのだ。生き残った者はダンジョン周辺に街を築き、様々な理由でダンジョンに潜っている。
「今年中のダンジョンアタックで、貴族街を突破予定です」
「それは重畳なことです。けど、あまり無理はなさらないでください。貴方がたは、かけがえのない存在です」
「もったいなき御言葉です」
我々ノクトゥス騎士団の目的は、王族が保有していた財宝の確保だ。特に、玉璽をはじめとする王家由来の品々は、生き残られた殿下を旗印として王国を再興するのに必要な物。間違っても、他国のパーティーに確保されるわけにはいかない。
「他国のパーティーも頭角を現していると聞きますが、そちらはどうなっていますか?」
「はっ。ギルドからの報告では、西の帝国からのパーティーが名を上げているとのこと。更に、東の果てからも有力なパーティーが来ているとのことです」
国際協定に基づき、ダンジョンは発生位置に関係なく冒険者ギルドの管轄となる。例えそれが、主権国家の街を飲み込んだとしてもだ。そして、発見された物品は発見者に帰属する。つまり、他国のパーティーが玉璽を見つけてしまえば、それは彼等のものとなってしまう。そのような事態を防ぐため、我々は急いでダンジョン攻略をしているのだ。
「西の帝国ですか。国境に不穏な動きがあると聞きます。今は辺境伯が抑え込んでいますが、いずれは……」
そう、国の混乱につけ込み、領土を狙う者がいる。国の再興を示すことは民の希望になるのと同時に、よからぬことを企てる他国への牽制となるのだ。
「心得ております。必ずや玉璽を取り戻し、国体を安定させましょうぞ」
「頼みますね、ノクトゥス騎士団」
「「冥夜の平穏のために!!」」
鎧を打ち鳴らす音が聞こえてくる。ノクトゥスの誓いだ。本来ならおいどんもそこに立ち、誓いを立てるはずだった。だが、今のこの体は鎧を着れぬ。なんと不甲斐ないことか……
「そういえば、ジョナサンが見えませんね。今まで欠席など無かったのに」
しかし、王女殿下が、おいどんを心配してくれている。その事実に目頭が熱くなるのが分かった。
「彼は……不幸があり、ダンジョンに潜れなくなりました」
「まぁ……」
モーガンめ、まるでおいどんが死んだかのような口ぶりではないか。今すぐにでも会議室に飛び込み、身の無事を伝えたいが、ぐっと気持ちを抑える。今の姿は腰布一枚。王女殿下の前に出るには不敬が過ぎるのだ。
「フォーメーションは他の者にカバーさせますのでご安心を」
「……委細はお任せします。現場の良いように」
「はっ!」
こうして、おいどん抜きで定例会は過ぎて行く。おいどんは無力感に苛まれ、心にざわつきを覚えた。ここから離れ、気分転換をしなければ正気を保てないだろう。
「どすこい、どすこい」
おいどんはすり足で臨時庁舎の外へと向かった。
◇◇◇
「どすこい、どすこい」
臨時庁舎を出て、宿屋の前を通り過ぎる。まだ先へ、まだ先へ。気晴らしにダンジョンの入り口まで行こうか。
「どすこい、どすこい」
皆と通った並木道、騎士団として最初のダンジョンアタックに向かった時のことを思い出す。あの時は人々から純白の花を送られ、無事の帰還祈ってもらったものだ。それが今では……
「あ! あの人半裸だよ!」
「しっ! 変なこと言わないの!」
道行く親子の会話が聞こえる。それは、変質者手前の扱いだ。それも仕方のないことではあるのだが。おいどんは、振り返ることができなかった。
「そこの不審者、何をしているのか」
遂に衛兵達に呼び止められてしまった。今まではおいどんの方が立場が上だったはずなのに……騎士団のタンク筆頭が、この有様とは笑えない。
「おい、コイツ『呪いの聖別』じゃないか?」
「なんだそりゃ?」
衛兵同士が勝手に話を始めた。どうやらおいどんに付けられたあだ名らしい。
「けっこうな噂だぜ、聖属性持ちだけど、剣も盾も鎧も装備できない呪われた職業にジョブチェンジしちまった騎士だってな」
「本当かよ、こりゃもう騎士とは呼べないなぁ」
衛兵達の、蔑みと同情を練り合わせたような目線がおいどんにぶちまけられる。なぜそんな情報が出回っているのかは分からない。だが事実だ。おいどんは何も否定出来なかった。恥ずかしさと、悔しさ、情けなさに拳を握る。
「呪われた仲間をおっぽり出して玉璽探したぁ、騎士団の誇りも地に堕ちたもんだ!」
衛兵はわざと市民に聞こえるように声をあげた。まるでおいどん達を貶めるかのように。
「風邪だけひかねぇようになぁ、でひゃひゃっ!」
立ち去る衛兵達の足音が、まるで剃刀のようにおいどんの心に傷を作る。仲間からも外され、市民からも笑われ、衛兵からは蔑まれる。騎士団の名誉すらも……全ては、おいどんが引き起こしたことだ。
「もう、ここには居られないでごわす」
おいどんの居場所は、どこにもない。おいどんに何ができるか。いや、冷静にならねば。仄かにそう思った時には既に遅く、おいどんはすり足でダンジョンの扉を突破してしまっていた。
「なっ!? おい!! 戻れ!!」
「なんだあの桁はずれの力は!?」
門番の制止すら置き去りにして、おいどんは突き進む。
「おいどんがダンジョンで結果を出せば……!」
門番達の声を振り切って、おいどんはすり足を続けた。無鉄砲にも程がある。けど、おいどんにはそれしか道が無いように思えていたのだ。




