第5話 訓練場の惨劇
王都へ到着して三日目。
俺は、王立魔術学院の訓練場に立っていた。
「本当にここでいいのか、グレイ殿? あの田舎者に魔術の素養が?」
「正式な測定がまだだ。試すだけだ。……それに、噂では“爆発させた”そうじゃないか?」
「はっ、そんなのは単なる偶然でしょう」
集まったのは、王都騎士団と魔術学院の合同訓練に参加している上級生や兵士たち。
おそらく、俺を見物に来たというのが本音だ。
中には俺の粗相を待ち構えるような目も多い。
「おい、レオンって奴。手合わせ、頼むぜ」
名乗りもせずに前に出たのは、魔術学院のエリート生徒、カイル=ディアス。
王族の分家に連なる家柄らしく、自信に満ちた目をしている。
「え、俺が……?」
「なに、手加減はするさ。お前みたいな田舎者を本気で叩きのめしても意味ないしな」
嫌味の効いた笑顔。周囲からはクスクスと笑いが漏れる。
俺は思わず苦笑して、木製の訓練剣を受け取った。
「魔法でも剣でも、好きなようにしていいぞ。すぐ終わる」
カイルは炎属性の中級魔法を準備しつつ、軽く構えた。
対する俺は……無防備に立っているだけだった。
「準備は――?」
「もう、いいよ」
「……っ!?」
開始の合図が出る前に、俺は“空間の歪み”を感知した。
カイルが魔法を放つよりも早く、俺の中に浮かんだ“理解”が、勝手に体を動かす。
右足を少しだけずらし、腰をひねる。
そのわずかな動きが、空気の流れと地面の振動を調整し、最適な間合いを生む。
《……理解完了》
気づけば、剣がカイルの首元に添えられていた。
「なっ……!? な、なんだ今の動きは……っ!」
カイルが目を見開き、尻餅をつく。
誰もが声を失っていた。
見ていた騎士団員たち、学院教官、そしてグレイ団長でさえも。
「おい……今、剣速が見えなかったぞ……」
「いや、それどころか、魔法を出す前に……予測して動いていた……?」
そう。
俺は、放たれる魔法の構造を“読んで”、起動前に対応しただけだ。
それだけの話なのに、皆は恐れるような目で俺を見る。
「……やっぱり、君は“理解してしまう”んだな」
グレイがぽつりと呟く。
「魔法も、剣術も、動きも、構造も。すべてが君の中で“言語”となり、“最適化”されていく」
「俺は……ただ、なんとなくわかっただけで……」
「それが“賢者の継承者”だ。理屈じゃない。“理解”が先に来る。それは力であると同時に――恐怖でもある」
静まり返る訓練場で、カイルは顔を真っ赤にして立ち上がる。
「ふ、ふざけるなッ……! まだ終わってない! 今度は本気だッ!」
カイルの手が魔法陣を描き出す。
「おい! やめ――」
《フレア・ランス!》
無詠唱で放たれた高位の炎魔法。
あきらかに訓練の域を越えた威力だ。演習場の結界がきしむ。
「……!」
俺は剣を逆手に構え、ただ一歩、踏み出す。
──斬った。
それだけで、炎の槍が霧のように霧散した。
観衆が息を呑む音だけが、風のように流れた。
「バ、バカな……俺の、魔法が……!?」
「分解したんだ」
「な、なに……?」
「魔法構成式の核となる“制御句”を読み取って、崩した。あとは、ただの熱と風さ」
「…………」
俺の声に、誰も何も言えなかった。
*
その日の訓練場では、二度と誰も俺に“手合わせ”を申し出なかった。
俺はまだ自分が強いのかどうか、わからない。
ただ、“勝ち方”だけは、自然と見えてしまう。
──これが、「理解してしまう」ということなのか。
力を得た代わりに、誰とも“同じ目線”で戦えない感覚が、胸に静かに残った。