第4話 万象の書庫
遺跡から戻ったあと、俺はしばらく村の自室に“監視付き”で滞在することになった。
名目上は「疲労回復のための休養」だが、実際には王都の騎士団による保護――いや、監視だろう。
グレイ団長の態度は柔らかいままだが、部下たちの視線には、明らかに“異物”を見るような警戒が混ざっていた。
それでも、俺自身は混乱の中にいながら、不思議と焦ってはいなかった。
なぜなら――
「……やっぱり、見える。ここにも書いてある」
村の井戸の壁に刻まれた、誰も気に留めたことのない模様。
今の俺には、それが“水流管理魔術陣”であると理解できる。
「あの遺跡以来、文字じゃないはずのものが……読めてしまう」
壁のひび割れから、魔力の流れ、気の流れ、さらには空気中の浮遊粒子までが“構造”として視える。
そしてそれを、「言語」として“解釈”できる。
──世界が、読める。
それが、あの“万象の書庫”が授けてきた異能――
《理解の目》だった。
*
翌日、村の広場で騎士団が魔術演習を行うことになった。
王都に報告書を送る前に、念のためレオンの“能力”をもう一度確認したい――という名目だったが、実際には試験的な「能力検査」だ。
「レオン殿、簡単な術を使ってみていただけますか?」
「魔法、使えたことないんですけど……」
「構いません。この魔導具に手をかざして、魔力を流してみてください」
騎士の一人が差し出したのは、魔力測定具。通常は魔法使いの素養を見るために使われるもので、反応がなければ“非適性”と見なされる。
俺は、言われた通りに右手をかざす。
──瞬間、測定具が“爆ぜた”。
「ッ……!?」「ば、馬鹿な……!」
バチン!という破裂音と共に、測定具が赤く焼け、地面に転がる。
俺自身は何もしたつもりはない。
だが、頭の中には自然と“こうすれば魔力が流れる”という理解が浮かんでいた。
「す、すまない! わざとじゃ――」
「……確認できました。完全な“高次魔力体質”です。しかも、魔力量は規格外」
ざわつく騎士たち。
その中で、グレイ団長はただ一人、目を伏せて深く息をついていた。
「やはり、“刻印”が現れたか……」
「刻印……?」
俺が首を傾げると、グレイは俺の左手を指差した。
そこには、遺跡で触れたときに現れた淡い光の紋章――「叡智の刻印」が、うっすらと浮かび上がっていた。
「君は、世界に十人もいない“刻印持ち”。その力は、王都でも管理下に置かれる存在だ」
「管理……?」
「すまない。だが、これは君の身のためでもある。力を持った者が、無知のまま世界に放たれるのは――危険なのだよ」
その言葉に、俺は答えられなかった。
確かに、俺はまだ何も知らない。
魔法の基本も、世界の仕組みも、他の“刻印持ち”がどう扱われるのかも。
けれど、あの遺跡で感じた感覚だけは、忘れられなかった。
『いずれ来るだろう。“世界の崩壊”が』
『その時、お前の叡智が必要となる』
──だったら、俺はもっと、知りたい。
この世界がどうできていて、どう壊れかけているのか。
そして――
自分が何のために、ここにいるのかを。
「……王都へ行きたいです」
俺の言葉に、グレイは一瞬だけ目を見開いたが、すぐにうなずいた。
「その意思があるならば、歓迎しよう。だが、そこには君が思うよりも多くの“思惑”が渦巻いていることを、忘れないように」
*
こうして俺は、王都へ向かう決意をした。
最果ての村の雑用係は、“万象の書庫の継承者”として、世界の中心へと足を踏み出す。
まだ自分が、どれほどの力を秘めているのかも知らないまま――




