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かつて絶交した幼馴染と再会できたなら、その時はあなたを二度と離さないと決めていました。  作者: 白藍まこと
-恋人-

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75 私にとっての絶望なんて


 ……最低だ、私。


 私は思い上がっていたんだ。

 一緒にいる事で陽葵(ひなた)の力になれているんだと。

 そんなのは自己犠牲に酔っているだけだった。

 “私にはそれしか出来ない”と思えば、他の事は考えずに済む。

 本当は楽な方法を選んでいただけで、私は過去の罪悪感から逃げていただけだった。


 その結果、一緒にいる事で陽葵を苦しめてしまった。

 彼女が言うように、監視されているような圧迫感を与えてしまったんだと思う。

 陽葵の為を思えば、彼女との距離をとる事が最善の時だってあるのに。

 

 それなのに、私はそんな選択肢を考えもせずに自分勝手に動いてしまった。

 寂しさを“陽葵の為”と都合よく言い換えただけだった。

 それが陽葵に惨めな思いをさせ、その負の感情が耐えきれなくなるまで膨らませてしまったのだ。


 彼女の口からそんな言葉が出るまで気づかない私も終わっている。

 きっと予兆はあったはずなのに。

 盲目的に一緒にいる事を選び、尽くした気分に浸っていたんだ。

 本当に一番大事な陽葵の気持ちを知ろうともしないで、何が陽葵の為に、だ。

 うすら寒い。

 陽葵の為になら自分を変えられると信じていたのに、この有様だ。


 病院を後にして、目的もなく訪れた公園のベンチに座る。


「……はあ」


 うなだれて、足元にある砂地を見ても気分は晴れない。

 顔を上げても、青く澄んだ空の日差しは眩しすぎる。

 どっちにしても私が好む世界なんてなかった。


「んー? 白凪(しろな)……さん?」


「え……」


 落ち着いた声音に名前を呼ばれて顔を上げると、ショートカットの金髪が目を惹く少女が立っていた。

 

北川(きたがわ)……さん?」


「うわぁ、ほんとに白凪さん。久しぶり」


 目を丸くしながら北川さんは軽快に手を振る。

 温度差のないフラットな関わり方は以前の北川さんと全く変わらない。


「こんな所で何してんの?」


「あ、えっと……そういう北川さんこそ」


 陽葵の事を説明しようか悩んで、一旦話を誤魔化した。

 彼女の事を話していいのか、判断がつかなかったからだ。


「うちの大学は一足先に夏休みなんだよ、だから帰省しにきたの」


「あ……そうだったんだね」


「そういう白凪さんは物思いに耽っていたけど、何かあったの?」


「……えっと」


 そんなに悲壮感が出ていたのだろうか、でもどう説明したらいいのか困ってしまう。


「陽葵は何してるの?」


 だというのに、いきなり確信を突く言葉に私は息を呑む。


「……いない、けど」


「それは見たら分かるよ、仲良くやってんのって聞いてるの」


 仲良く……してません。


「絶交もあり得るくらいに関係性が壊れかけてる……」


 あまりにタイムリーな話題と、心の中にしまっておけない深い悩みに思わず吐露してしまった。


「え、冗談でしょ?」


「冗談で昼下がりの公園で一人で黄昏てないよ……」


「痴話喧嘩でもしたの?」


「ただの喧嘩、私が怒らせちゃった」


「……えっと、一応聞いときたいんだけど、陽葵と白凪さんの関係は?」


「友達」


「……」


 睨まれた。

 クールで感情の色が見えにくい北川さんの瞳に、明らかな敵意が滲んでいた。


「話が見えない、白凪さんはちゃんと説明する義務があると思うよ」


「そんな義務……あったんだ」


「わたしの恋敵だから、それくらいはしなよ」


 ……そ、そうだったね。

 今でも北川さんはあの頃の気持ちを忘れていないのかもしれない。


 でも、ここまで話しても北川さんが素知らぬ態度を見せるという事は、きっと陽葵は病気の事を北川さんに知らせていない。

 それを私が伝えていいのかどうかは、未だに判断に悩んでいる。


『水くさいよね。黙って姿を消されたんじゃ、わたしもどうしていいか分からないよ』


 その時、時間が巻き戻る前の同窓会で北川さんがこぼしていた言葉を思い出す。

 そうだった、北川さんは陽葵の身に何が起きたかを知らされなかった。

 その事実はずっと彼女の中で尾を引いているようだった。

 だから、これは北川さんにとってもやり直しの機会になるのかもしれない。

 

「あの、実は――」







 そうして、陽葵の身に起きた事を包み隠さず伝えた。

 話し終えると、北川さんは神妙な面持ちのまま何かを噛みしめているようだった。


「そっか……そんな事になってたんだ」


「私もどうしていいか分からなくて」


「……白凪さんは、いいよね」


 だけど、北川さんの反応は予想外のものだった。

 全てを知った上で、私の現状が良いと言ってのけたのだ。


「いい、かな……?」


「だってわたしは何も知らされなかったんだよ、でも白凪さんは知ってる」


「たまたま、そこにいただけだよ」


「心を許してるから、そんな状態になるまで陽葵と一緒にいれたんだよ。だからわたしとは違う」


 そう……なのかもしれない。

 だけど心を許した分だけ、傷つけるのも簡単になってしまう。


「でも、今は傷つけて拒絶されちゃった」


「わたしにはそれすらも陽葵が白凪さんに甘えてるように見えるよ。来るな、触るなって叫べる相手ってさ、信用出来る人にしか出来なくない?」


「……それは」


「少なくともわたしは陽葵と一緒にいれなかったし、何も教えてくれなかった。そんな叫びすら聞かせてくれなかったんだよ」


「……」


「わたしはやっぱり白凪さんが羨ましいよ」


 そうして北川さんは立ち上がり、私の肩を叩いた。


「それに“嫌よ嫌よも好きのうち”って昔から言うじゃん」


 しかし、その掴んでいた指先が肩にめり込んでいく。


「い、いだだだっ」


「ほんとさ、そこまで行ってんのに何でまだ進展してないかな。いい加減にしてよほんと、怒るよ?」


「お、怒ってるよね? この手は明らかに怒りをぶつけてるよね?」


 なのに北川さんは溜め息交じりに肩をすくめる。

 どういう事だ、痛い思いをしているのは私の方なのに。


「わたしは身を引いた人間なんだから、もうどうする事も出来ない。白凪さんにしか陽葵は救えないんだよ」


「……」


 そう言い切ると、北川さんの手が離れる。

 自然と頭が下がった。


「あ、ありがとう……北川さん」

 

「次会う時は結婚報告でよろしく」


「え……」


 そう言って、北川さんは軽く舌を出した。

 けれどそれは嫌味ではなく、不思議と背中を押すように感じられた。







「……そうだ、昔からそうだったんだ」


 こんな自分に落胆するなんて、何度繰り返してきただろう。

 それでも唯一、私は陽葵だけは取り戻そうと足掻いてきた。

 だったのなら、こんな最低な私でもやるべき事を考えなきゃいけないんじゃないの……?


 陽葵の言う通りに離れたら、何か解決するのだろうか。

 既に無気力になってしまっている陽葵を放っておいて、事態は解決するのだろうか。


 時間が解決するという事は確かにある。

 でも、それが全てに当てはまるとは思うのは大間違いだ。

 そうして全てを後回しにしてきた結果、かつての私は陽葵との再会の機会を失ってしまったのだから。


 今やらなければ、陽葵の体だって良くならずに終わってしまう。

 だからきっと、今の私にしか出来ない事があるはずなんだ。


 でも、こんなに拗れてしまった関係で、何が出来ると言うのだろう……。

 前向きに考えようとしても、簡単に答えが出るなら苦労はしない。


「あの時とは、逆……か」


 高校時代は、私から距離を取ろうして疎遠になった。

 今は、陽葵から距離を取られて疎遠になろうとしている。

 私から取り戻そうとした関係を、今度は陽葵から引き剥がされてしまった。


 原因に違いはあれど、関係性は逆転してしまった。


 そんな時、陽葵は私に何をしてくれただろう。

 あの頃は剥き出しの自分達をぶつけ合っていたような気がする。


「それでも、いいのかな……」


 陽葵の為になるのなら、私はもっと傷ついてもいい、傷つくべきなんだ。

 それだけの事を、かつての私はしてきたんだから。

 

 だから、私はここにいる。




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