54 私のアイディア
「それで、どこに連れて行ってくれるの?」
「え……?」
陽葵が悪戯っぽく笑いながら尋ねてくる。
だけど、私は何の事を言っているのか今ひとつ理解できないでいる。
大学の男子から陽葵をここまで連れ出すのが目的で、他に理由はなかったからだ。
「さっきの雪“私たちは用事がありますので”って言いながら大学を出てったよねー? 用事ってなにかな?」
いや、それは噓も方便と言うか……。
その場しのぎの理由を作って逃げ出しただけ。
そんなの陽葵も分かっているはずなんだけど。
「嘘は良くないよねー。嘘がバレたらあの先輩にまた余計なちょっかい掛けられちゃうかも」
「……バレようがないと思うんだけど」
「あたしは罪の意識を持っちゃうけどね。それに雪は自分で言い出した事なのに無かったことにするんだ?」
いや、いいんだけど。
どこかに出掛けるなり用事を作るなりをしても私は一向に構わないんだけど。
そこまで強引に話を進めなくてもいいように思っているだけだ。
「隣にいて欲しいんでしょ? すぐバイバイしてたら一緒にはいれないよね」
「……」
私の放った言葉をすぐに反芻しないで欲しい。
真面目な気持ちで伝えはしたけれど、それだけに恥ずかしさも倍増する。
前言撤回したい気持ちに苛まれ始めようとしていた。
「陽葵はなにかやりたい事でもあるの?」
「洋服、見に行こうよ」
「服? いいけど、今なの?」
陽葵ならいくらでも洋服を持っているように思っていたのだけど。
「雪の洋服選びね」
指を差される。
私の服かぁ……うーん、別に求めてないな。
「あ、こら面倒くさがらないでよ」
すぐに見破られる。
陽葵に隠し事は出来ないのだろうか。
「自分の事だと思うと、ちょっと気は重くなるよね」
「何でよ、自分の事が一番気が進むでしょ」
いやー……陽葵の洋服を選びなら全然付き合えるけど、自分の事になるとちょっと必要性を感じなくなってしまう。
興味がない事に時間を費やすのは難しい。
「さすがにジャージはまずいって」
「……はぁ」
でもまぁ、陽葵がそうしろと言うのなら従おう。
私の私服について興味を持ってくれる人も彼女くらいしかいないのだから。
とあるファッションビルの中に入り、色々なブランドを見て回る。
正直、私には服の細かい差異が分からないのだけれど、陽葵は楽しそうに服について語り、私に意見を求めてくる。
この色はどう?とか、このサイズはどう?とか、同じ服にしても複数の選択肢があり、混乱を極める。
「陽葵の好みでいいよ」
「それじゃ意味ないでしょ」
そんな中で、最終的な決定権は私に委ねられる。
自分が着る洋服に興味を持てない私には、決める判断基準が定まらない。
「陽葵みたいに肌の露出が多くなければ、何でもいいよ」
「あたしを露出狂みたいに言わないでよ。それに最近はそんな露出してないし」
……言われて、考え直してみると確かに。
以前は肌の露出が多かった彼女だが、大学に入ってからは長袖、長ズボンな割合がかなり増えていた。
「何か考えが変わったの?」
「んー、変わったのかもねぇ。なんかジロジロ見られるの面倒だし、なるべく目立たないようにしたくてさ」
それでも未だに声が掛かっているのだから、効果があったかどうかは怪しいけど。
その変化の由来は気になった。
「目立つの嫌になったの?」
「まぁ、元々好きなわけじゃないんだけど。個性を出す必要はないかなって」
「へぇ……それは大人になったって事?」
自己表現をする事をやめて、その他大勢の枠組みに迎合しようとする変化は大人の兆しを感じさせる。
それは陽葵にとって年齢的な精神性の変化なのか、それともそうなったきっかけがあったのか。
「まぁ……落ち着きと言ったら、落ち着いたのかもねぇ」
こちらをじっと見る陽葵。
私を見ての“落ち着き”という形容に、思い当たる節があってドキリとする。
実は精神年齢的には少し大人になってしまっている私。
その変化に気付き、影響を受けたという意味だろうか?
「いや、私全然若いから。ふ、ふふっ、その証拠にこのミニスカートでも履いちゃおうかな」
「いや、絶対それ趣味じゃないでしょ」
何となく手に取ったらスパンコールが散りばめられたスカートだった。
確かにこれは趣味ではない。
何かの衣装でも私は着たくはない。
「ていうかいきなり若さって何の話?」
「……えっと」
陽葵に懐疑的な視線を送られる。
どうやら私の早とちりだったらしい。
そうだよね、さすがに分からないよね。
「単純にさ、雪がいい顔しないんじゃないかと思ってさ」
それでもやはり私から由来している変化ではあるみたいだ。
「あたしが注目集めて人が集まるのは嫌なんでしょ?」
「……嫌と言えば嫌だけど」
「だから、ほら。少しでも目立つ要素をなくそうと思ってさ」
シャツの袖と、地面ギリギリに引きずりそうなデニムの裾を見せつけてくる。
その肌を隠しているのは私の為なのだと言う。
「なら、もっとダサくなってもくれてもいいんじゃない?」
「なんでそうなる?」
そうして私の事を気遣ってくれるのは嬉しい。
でも、本当に意識してくれるのならもっと徹底してくれてもいいんじゃないかとも思う。
「いや、肌の面積少なくてもさ、結局オシャレで目立ってるんだよ」
「……ええ、そういう話になんの?」
そういう話になる。
陽葵の華美な容姿に、その程よいオシャレさは彼女に成熟した魅力をもたらしている。
言ってしまえば年相応の雰囲気を身に着けているだけで、結局その魅力を磨いてしまっているのだ。
「分かった、こんな所に来るのが間違いなんだ。近くのスポーツショップに行こう」
「だからなんでそうなる?」
やるなら徹底的に。
オシャレが問題なら、そのオシャレさを掻き消す作業が必要だ。
「私を見習って上下ジャージにしよう」
陽葵の手首を掴む。
「いやいやいや、ムリムリムリ……! オシャレジャージならともかく、雪の言ってるやつは絶対違う……!」
「まだオシャレなんて言ってるの? その魅力を打ち消す努力が必要なんだよ、私くらいに地味に、ね?」
「いや、何でも限度っていうのがあってさ……!」
引っ張るが全然進まない。
陽葵がこんなにも明確な抵抗を見せるのも初めてかもしれない。
私に協力的なのか非協力的なのか、よく分からなくなった。
「ていうか、いいの? だらけてダサくなったあたしが隣にいてもいいの?」
「……それは」
確かにそう言われるとちょっと困るかもしれない。
陽葵の可愛らしい容姿をわざわざ損ねる必要はない。
その魅力も彼女らしさの一つなのだから。
……でも。
「大丈夫、私は陽葵が可愛いから隣にいて欲しいわけじゃないから。後ちょっとくらいオシャレじゃなくても陽葵の可愛らしさを完全に取り除けるわけないんだから安心しなよ」
「……は、反応に困るっ!」
結局、陽葵は最後まで抵抗を続けて、私のジャージ案は却下された。
私にはいくつかのコーデを組んでもらって、それを買う事になったのだけど。
「仮にだけど、これ着て私が声掛けられるようになったらどうする?」
そんな訳ないのは百も承知だけど。
少しでも陽葵に私の気持ちを理解してもらう為の思考実験。
「うん、返品しよっか?」
すっごい満面な笑顔が張り付けられていた。
「……いや、大丈夫。そんな展開は絶対有り得ないから。だから、このまま持って帰るから」
これでどうして私の意見は通らなかったのだろう。
「まぁ、雪の言ってる事も分かるんだけどさ。ここはお互いに高め合うって事で良しとしてよ」
「……それ上手くいくかなぁ」
陽葵の隣にいるのが自然なくらいの魅力を身に着けて、周りが遠慮するようにすればいいのだろうか?
出来ればいいとは思うけど、自信はあまりない。
それでもこの胸に抱えた服がその始まりなら、頑張ってみようとは思った。




