52 私との繋がり
「君が、白凪さん?」
「……はい?」
大学の講義室で、知らない人に声を掛けられる。
顔を上げると、明るい茶髪に露出多めな格好のいかにも大学生活エンジョイ勢の人だった。
私には縁遠いタイプだ、陽葵は除く。
いつも目立たないように後ろの奥に座っているのに、わざわざ私に声を掛けるなんて何の用だろう。
「初めまして、私は夏川璃那。ちょっと聞きたい所あるんだけど、いい?」
そう言って隣に座る。
いや、許可をする前に座らないで欲しい。
「あ、ちなみに私は三年だから、一応先輩ね?」
「……はぁ」
なんだろう、先輩だから断れない前提で話を進められている気がする。
“中身はこっちの方が大人なんだぞ”、とでも言ってあげようか。
どうせ言っても信じてくれないし、頭おかしいと思われるだけだけど。
それはそれで退散してくれるかもしれないし、手段としてはアリだろうか。
「ちょっと羽澄さんについて聞きたい事があるの」
「陽葵……? 今は席外してますけど、もうすぐ戻って来ると思いますから、待ってくれてたら話せますよ?」
しかも用件は私じゃないらしい。
余計に意味が分からない。
「いや、いいのいいの。白凪さんの口から羽澄さんについて聞きたい事があるだけだから」
「……はぁ」
これまた遠回しな事をする。
「単刀直入に聞きたいんだけど、羽澄さんとはどういう関係?」
……なんだって今日初めましての人にそんなプライベートな事を言わないといけないのだろう。
かと言って無視するのもおかしいし、大学の人間関係も独特だからなぁ。
「友達ですよ、他に何か?」
「いや、いつも一緒にいて仲良さそうだから」
「……だから、そうじゃないですか」
同じことを二度繰り返された気分だった。
「あまりに二人がべったりだから、特別な関係なのかなって」
色々と思う所はあったとしても、私と陽葵の関係性を形容するなら友達以外にないだろう。
「悪意はないよ。あくまで友達という事でいいのね?」
「そうです。話は終わりですか?」
「ううん、それなら君からも羽澄さんにお願いして欲しいんだけど」
「……えっと」
何で勝手に話を進められていくのだろう。
このグイグイと来る感じはあまり得意ではないし、私の意志を確かめている様で、彼女の意志を押し付けられているだけだから気分は良くない。
「四方八方に愛想を振りまくのはいいけど、節度は守った方がいいよって。人のものに勝手に触られたら、誰だって気分良くないよね?」
……ああ。
察するにきっと、夏川さんの想い人、もしかしたら恋人だろうか。
その人が陽葵に目移りしてしまって、それを軽くあしらわれて彼女の立場がなくなったのだろう。
高校でもその手のトラブルはあったけど、大学は規模も違うし人間関係の密度も濃い。
何より北川さんがいないから、リスクヘッジをしてくれる人がいないんだ……。
「その話、本人には言ったんですか?」
「勿論、愛想笑いされて終わったけどね」
きっと陽葵も日常茶飯事すぎて、どうしても流してしまうのだろう。
どうしよう、どちらの気持ちも分からなくはない。
夏川さんの味方になる気はないけども。
「羽澄さんはどこのサークルにも入らず、遊びの誘いも断り続けてるらしいね」
「……はぁ」
「別に彼女の自由だからどうでもいいけど、それでもお友達一人とずっと一緒にいるのは健全じゃないと思うけどね」
じゃあ大学時代ずっと一人でいた私はもっと不健全だと言うのか。
……不健全か。
「そうかもしれないですね」
「あんなに断ってたら逆に大学生活が窮屈になっちゃうよ、人間関係に支障をきたすからね。それなら名前だけでもサークルに入るなり、どこかの輪の中に入るなりすれば周りからの見え方は変わると思うな。勝手な事を言っているように聞こえるかもだけど、目立つなら目立つなりの人間の立ち回りがあるって分かるよね?」
彼女の言っている事のおよそ半分以上は妬み嫉みが混じっているように聞こえるけど、内容そのものは間違っていない。
私も客観的にはその方が円滑な大学生活を送れるとは思う。
ただ、一つ思う事は。
「改めて聞きますけど、それをどうして私に話すんですか?」
「君が羽澄さんを留めているように見えたから。そうじゃないなら手伝ってくれてもいいんじゃない? 友達、なんでしょ?」
「……」
「別に君達がそーいう関係でもどっちでもいいんだよ、はっきりして欲しいだけ」
「そーいう関係って、なんですか?」
「それが分からなくて今の状態になっているなら、君にも原因がありそうだね」
夏川さんは呆れたように溜め息を吐きながら席を立つ。
“後は分かるよね?”
と言わんばかりに視線を落とされ、早足で講義室を後にされた。
「……どうしたもんかなぁ」
何と言うか、色んな人に言われてる事を少しずつ統合していくと。
やっぱり私達の関係性は、どこかおかしいのだろうか。
それを抜きにしても、陽葵の人間関係は確かに心配だった。
「あー、夏川ね。元カレがあたしになびいてきたのが気に入らなかったらしいよ」
「……あ、そうですか」
戻って来た陽葵にさっき起きた出来事を伝えると(私と陽葵の関係性は抜きにして)、あっけらかんとした答えが返って来た。
さすが手慣れてますね。
「元カレはずっと夏川によりを戻そうとしてたらしいんだけど、あたしに目移りしたのがプライドに触ったらしいね。自分から振っといて他の女に行くのは許さないとか、承認欲求強すぎて引くわー」
生々しすぎる……これだから大学生活は嫌なんだ。
何でちょっと年取っただけで急にこんな色恋沙汰が増えるのだろう。
やっぱり一人で孤独でいた私の方がよっぽど健全だわ、前言を撤回する。
「そんな事より、陽葵は大丈夫なの?」
「え、あたし?」
「うん、そんな声掛けてくる人もいるし、夏川さんみたいに良く思わない人もいるし」
「……それって今に始まった話じゃなくない?」
それはそう。
確かにそうなんだけど。
なんだろう、このむずがゆい感情。
今までのように“陽葵だから”では済まされなくなっている。
「いや、今に始まった話じゃなくても、良くないものは良くないでしょ」
「でも、どーしようもないじゃん。向こうが勝手に来て、その周りに勝手にウザがられるんだから」
「いや、だから……それなら……」
それなら、どうすればいいのだろう。
夏川さんは“そーいう関係”とか“はっきりした方がいい”と言っていた。
そして卒業式の時に北川さんは”いつ付き合うの?”と聞いてきた。
少なくとも二人にはそう見えるという事で、確かに陽葵に相手がいればこんな目に遭う事もなくなるわけで……。
「なに、いつになく心配してくれてるじゃん? ……あ、もしかしてー? あたしが誘われまくってるから、雪が一人になったらどーしようって不安で焦ってる感じ?」
「……いや、そういうワケじゃなくて」
何を勘違いしているのか、陽葵は口元に手を添えながらニヤニヤとした笑みを浮かべている。
全く面白いポイントはなかったはずなのに。
「うんうん、そうだねぇ。そんなの恥ずかしくって言えないもんねー? 大丈夫だよ、あたしが一緒にいてあげるから、安心してねー雪ちゃん?」
「……」
今度は肩がぶつかるくらい体を寄せてきたと思ったら、頭まで撫でてきた。
気に入らない。
こっちは本気で心配しているのに、陽葵は私を子供扱いしている。
全然気に入らない。
「別に大学生活なんて一人でいても平気だし」
ていうか実際そうしていた。
全く問題はない。
「そうだよねー。雪ちゃんは一人でも平気だもんねー」
「そうだよ、あとその子供扱いやめて」
「でも不思議だなぁ。それならどうしてあたしは他の大学志望してたのに、雪ちゃんに誘われたのかなー? 雪ちゃんなら一人でも大学に行けるのにねぇ?」
「いや、それは……」
それは……なんだ?
陽葵の未来を変えるためであって、私に対する気持ちを知ろうとしたからであって。
じゃあ、その意志は誰のもの?
彼女との再会を望んだのは、誰の心?
「はーい、答えに詰まりましたー。雪の負けー」
「ちょっとこっちは真剣に考えてるのに……」
決して一人でいるのが怖くて、陽葵を誘ったわけじゃない。
心の奥に彼女との繋がりを求めていた自分に気付いただけ。




