8.皿に残るもの
目の前でパスタを食べる颯を見つめながら、
彼と初めて会った日の事を思い出していた。
私は特集を組むモデルを探していた。
候補は数人上がっていて、その中の一人が
颯だった。
まだそれほど知名度がなく、
この雑誌から注目される、そんな存在を探していた。
そのため、ほぼ無名な新人がリスト化され、
まずは書類選考を行なった。
颯の写真素材を見た時の印象は申し訳ないが、
「それほど……」と言った感じだった。
ただ、会ってみようと思ったのは、
彼と一度仕事をしたというカメラマンの一言だった。
「この子、ミステリアスだよ。
なんだろう……なんかね、掴みどころがなくて
ちょっと魅力的なんだ」
ミステリアス。
それってこの世界でとても大事なワードな気がして、
彼と会ってみることにした。
そして私はそのミステリアスにまんまと
はまってしまった訳だ。
「どうかしました?」
パスタをぺろりと食べた颯は、
私のサラダに残るトマトを見つめて言った。
「光里さん、それもらっていいですか?」
私は驚き颯を見つめた。
「いいけど、なんで……」
「なんでトマトソースパスタ好きなのに、
トマトの固形が苦手なの知ってるか?ですか?
見てればわかりますよ。
それに結構いますよ。そういう人。
僕、トマト大好きなんでもらっていいですか?」
「うん、どうぞ」
彼は私のサラダ皿からトマトを取り上げ、
美味しそうに頬張った。
そう、私のトマトはいつもお皿に残る運命だった。
ある日を境に。
蓮。私の恋人もトマトが好きだった。
だから私のトマトはいつも蓮が食べる役だった。
目の前でトマトを頬張る彼は、
決してミステリアスではなかったが、
美味しそうに食べる顔を見ていると、
なぜか救われるような気持ちになる。
「ありがとね」
「何がです? よくわからないけど、お礼なら
言葉じゃなくて現物でください」
「現物って何?」
颯はすこし考える様子を見せ、
「デートとか?」
と答えた。
私は思わず飲みかけのコーヒーを吹きそうになる。
「本当にね、大人を揶揄わない!
もうすぐ売れるダイヤモンドに傷つけたって
事務所に怒られる。
それより次もまたうちで特集組ませてね。
とても評判良かったから」
颯は急に仕事モードになった私に
何か言いたげな様子だったが、
「はーい」
と返事をした。
何故だろう。
蓮を失ってから、誰かとまた会いたい、
話したいと思ってしまうのは彼だけだ。
本当はあまり会わないほうがいいのかもしれない。
ごめんなさい。蓮。
私は少し、颯をいると楽しいと思ってしまった自分を
責めている。
もう蓮は楽しいと思うことさえ出来ないのだから。




