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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
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92/92

記念の夢 C

(こちらでは話数がずれ込んでしまっていますが、こぼれ話の100話記念のお話でした)

「あらあら。そうね、切のいい数字ですもの。お祝いしましょう」

ユニはそう言って微笑んだ。誰に向けてかは不明である。

「色んな記録を混ぜましょう。ええふんだんに。そう、例えば語られなかった運動会の話。台詞なくダイジェストで流されたチーム戦の話もあったわね。そうね。ドタバタさせるには丁度いいわ」

これはよくある『眠鬼の遊び』。あらゆる時代と世界線からデータを引き寄せて、本来有り得ない、決して起こり得ないシチュエーションをシミュレートする。たったひとりの為の大演劇。本来彼女らはそれを他人に共有する事は無いのだが──

「ふふ、特別よ?還る時には、きちんと忘れてちょうだいね」

演目はチーム戦。攻防戦だ。攻勢チームと防衛チームに分かれて競う。但しそれぞれ二組ある。合計四チームでの競い合いだ。攻防それぞれ大チーム同士協力して敵対勢力を排してから優劣を決めても良いし、逆でもいい。

お祭り騒ぎの開幕である。


各チームはそれぞれ与えられた『作戦会議室』でメンバーを確認していた。


防衛Cチーム。メンバーはノルド、エリス、ユニ、エトラ、ルエイエ、ザイ、ルマリエ、ケイナ、スナフ、クドル、シンシア、アルバの十二名。

メンバーを確認すると、ルエイエは頷いた。

「いいね、指揮は宰相に頼もう」

「自分では向いているとは思わないけどね。とはいえ他の役割で戦力にはならないから、引き受けようかな」

才のあるメンバーばかりだと息を吐く。

「それじゃあ早速、結界を張って貰えるかな?盗み見されては恥ずかしいからね」

ザイは人差指を口に当てて、別の手で壁を指した。ルエイエは「おや」という顔をしてから頷きを返す。侵入防止と、視覚の阻害を主とした結界を防衛範囲内に張り巡らせる。ザイは空に指を走らせた。その軌跡は数秒の間残像を遺してから消えていく。書きながら、読みながら、それぞれに別の会話を続ける。

「先生が一緒ですか!頑張ります!」

ルマリエはナナプトナフトの手を取って握り締めた。

キラキラとやる気を振り撒く己の孫と知己を見比べ、エリスは疑惑を募らせる。

「本当におまえが父親じゃないんだろうな?」

「ち・が・う!」

ルマリエにナナプトナフトの影を見る者は少なくない。ルエイエの中身をナナプトナフトに換えたらそれがルマリエだ。そしてこの懐き様である。

「しかし先生は私の育て親のようなものですから、父親と言っても」

「ややこしくするな、違うと言っておけ!」

仲の良さそうなナナプトナフトとルマリエを僅かに羨ましく思いながらも、クドルは肩を落とした。

「先生と一緒か」

「…なんだ。残念そうだな?」

「少し」

そう答えたら殴られた。折角夢なら、戦ってみたいとも思ったが──折角夢なのだから、共闘できる方が良いのかも知れないと思い直した。

「戦闘向きじゃない人も多いけど、戦闘向きの人が強すぎるわね」

それでバランスは取れているだろう。エトラの言葉を聞いて、ノルドは改めて戦闘員を見渡した。

「うーん、武器の要らない面々だね。まあ防衛側だし、トラップでも作ろうかな」

「そっすね。凄いの仕掛けましょう。おっさんも居るし」

「トラップなら私もお役に立てるかも知れないわ」

「うーん、僕も戦場は向かないからなぁ」

ケイナ、シンシアに続きアルバも乗ろうとすると、

「いや先生はこっちじゃないでしょ」

「前線で撹乱して貰わないと」

「えぇ…」

切り捨てられた。

「そう言えば、他の皆は大丈夫だけど…」

ふとユニが口を開く。壁とザイに順に目を遣り、敢えてだと強調してから続けた。

「ケイナさんは死んだら死ぬから気を付けてね」

「はっ!?」

皆は大丈夫って何だ。何故私だけ??万感を込めた一音に返事はなかった。


「ん〜〜!」

外に出て、思い切り伸びをする。筆談は疲れる。先生たちは苦でもないかも知れないが、ケイナに並行作業は荷が重い。エトラも極端に口数が少なくなっていた。Cにはアルバがいるので視覚情報は幾らでも誤魔化せるが、盗聴はいただけない。今はルエイエが完全遮音の結界を別室に作っているだろう。全部隠すのではなく、盗聴に気付いていない態で適当な会話を敢えて洩らす。流石宰相さまは嫌らしい。

ケイナは指示された通り攻勢側の調査に出向く。今の処他チームのメンバー把握は完全ではないだろう。攻勢側の顔をして平然と要塞の外を歩いていた。

護る以上外観の確認も必要だ。この要塞は大凡左右対称に見える。自分たちの反対側にDがいるのだろう。

そのD側と予測される城壁の前で、ハトを見付けた。見知らぬ長身と話し込んでいる。

(ひょっとしてハトはデカい男が好きなんだろうか)

しかし普段獲物にしているのは細い男だ。ハトが小さいから長身と並んでいると目立ってしまうだけで、特に関係はなさそうだと結論付けた。

「あらケイナ …あなた、どうして…」

「え?」

声を掛ける前に気付かれたのはいいが、質問の意図は解せない。ハトはケイナの姿を視認するや、小首を傾げている。横にいた男もまたケイナを暫し観察し頷いた。

「なるほど。再現が難しかったのだろうよ。しかし危険なことをする」

「…そうね。けどまぁ、ケイナだし」

ハトとこの長身は親密そうだ。少し面白くない気分だが、特に何をされたわけでもない。

「ええと?そちらの方は?」

「泣き虫竜よ」

「………守護獣?マジで?」

とんでもない敵を知ってしまった。

「ディエルゴ」

何処からか呼ぶ声が聞こえ、竜は肩を竦めた。

「私の自由時間は終わりのようだ。ではな」

小さく手を振るハトを見ながら、ケイナは強いと思っていた自陣が意外と優位でもないと察した。

(今の声はディマス先生だ)

竜は要塞に戻っていった。つまり、オブシディマスとディエルゴはDだ。

「ハトは行かなくていいのか?」

「ええ。散歩の途中なの」


一方、エリスとノルド、シンシア、アルバの四名は遮音結界を張った部屋──『防音室』で、完成させた蓄音機を稼働させながら作業中だ。

「ぃよし!迎撃トラップはこんなもんか?」

「あとは量産が間に合うか、ですね」

「ジャミング用の術具はちょっとまだかかるね」

この会話を、数時間後の適当なタイミングで再生させる。相手は準備が出来ていない、と思わせられれば上々だ。

「しかしまあ…気に入られちまったみてぇだなぁ」

エリスは部屋の扉に目を遣った。偵察に駆り出されたままの弟子は戻って来ない。弟子を気にするエリスにアルバは眉尻を下げて答えた。

「幅広く学んでますからね、塔の人間にしては顔も広い」

粗方メンバーの能力を把握した後、ザイはケイナを「使い勝手が良い人材」と判断した。何かとお遣いを頼まれ、ケイナは結局トラップ作成に参加出来ずにいる。

「かわいそうに」

初対面だったが、シンシアは既にザイを苦手な人間としてカテゴライズしていた。故にケイナに同情的である。

ノルドは口には出さず、「彼なら割と歓んでるんじゃないかなぁ?」とぼんやり思った。文句はたくさん吐くだろうが、基本的に評価されることを怖がりながらも歓ぶタイプの人間だろう。


戦力組は、各自適当に防衛範囲内を彷徨いていた。この城塞は二階建てで、プラス地下と屋上がある。Cが拠点としている作戦会議室は二階に位置する。

「おや、スナフくん。見廻りですか?」

その二階の南北接続部付近にて。掛けられた声に構えることもなく振り向けば、トビオカとウイユが立っていた。

「ああ。おまえらは揃ってDか」

「敵と出会って警戒もしないとは余裕だな」

ナナプトナフトはウイユに呆れ顔を返す。

「おまえらがぼくの敵たり得ると?笑わせるな」

「まあそうです。トビオカくんからは仕掛けませんよ。そして君がトビオカくんを狙うとも思っていない」

フンと鼻を鳴らし通り過ぎようとするナナプトナフトに、トビオカは言葉を続けた。

「スナフくん。此方には、紫電竜がいます」

それを、どういう意図で告げたのか。

「おお、恐い恐い。トビオカくんは退散しますよ」

振り返ったナナプトナフトの視線を受け、トビオカは肩を竦めて立ち去った。

「………」

ナナプトナフトには、『終わりを迎えようとしていた世界』の記憶がある。紫電竜に背後から半身を焼かれた記憶が。師と弟子が揃ってバカをやらかしたのを、止められなかった記憶が。

一方、平和に続いた日常の記憶もある。だからそれがどうということもない。ただ。

(Dとの共闘だけはナシだ)


一階の見廻りをしていたルマリエは、やはり連絡路付近で見知った人陰を見付けた。

「おや!フェディット先生にカノトくんじゃないか。ふたりはDか。調子はどうだい?」

声を掛けると、ふたりは盛大に肩を揺らして身構えてしまった。

「おっと…まだ手は出さないとも。お互い準備期間は必要だ」

掌を向けて戦意がないことをアピールする。ふたりは顔を見合わせ、曖昧に笑顔を返した。

「そちらは良さそうですね、調子」

「メンバーがいいぞ!」

ルマリエは胸を張る。Cのメンバーは多くが親子や師弟で構成されている。指揮系統もスムーズだ。対して、フェディットとカノトは揃って疲れた表情を見せた。

「それは何より」

「ええとても」

Dはメンバーに不満があるのだろうか。だとすれば、そこは付け入る隙となる。


「もっどーりまっしたー」

作戦会議室に戻って来たケイナは、トラップ作成班に防音室の完成を筆談で尋ねた。

「おー。おかえりー」

師から親指で一室を示され、頷きを返す。

「あれ?宰相は居ないのか。んじゃ報告はあーとで」

そう口にしながらザイを連れて防音室へ直行した。


ケイナはザイに一頻り外の具合を報告した後、「それから」と切り出した。

「筆談たるいんで報告遅れましたけど、初手で各陣営に使い魔放ってたんスよね。なんで、はいコレ。私が知ってる顔はこんな感じでした」

「いいね。期待以上だ」

ケイナから渡されたリストを興味深く覗き込む。

『A:エミリ、マキ、オルクレア、マツリ、古臭いローブの男 (ディマス先生よりデカい!)、かわいい小さいの (目隠れ)、リーヴィー、ネレーナ、呪学とかで見た美人 (確かウイユんとこの研究生)、ハト、アカシャ、ココット 十二名

B:ダリ、ヨハネス、ユーク、ピノ、ソーマ、ユーリカ、クーシェ、ルカ、ファズ、色んな授業で見た赤い服の金髪褐色 (デカめ)、ユグシル、学長の弟子 十二名

D:紫電竜、ディマス、トビー、ウイユ、ノイチェ、フェディット、カノト、他不明』

「不明、というのは知らない顔だったということかな?」

「違いますね。D拠点には入れて貰えなかったんで、偵察時と併せて外から確認出来たのがそんだけってことです」

「なるほどね」

確認出来た中でケイナが知らなかった顔はAの二人だけだ。

「誰がいると思う?」

「さあ。まあ、ガイ先生とか」

「ガイ…ああ彼」

ザイも彼とは面識がある。学生時代のルームメイトだ。ザイは考える。自分がこの行事に参加させられている理由はサッパリ解らないが、自分やディエルゴがいるのならば師もいる筈だ。AからCは全て十二名で構成されている。となればDも同数だろう。確定が七名。あと五名いると仮定しておこう。

「よし。じゃあ皆の前でもう一度、偵察の報告を頼むよ。そのままでいい」

「了解っス」


防音室を出ると、内部偵察組も戻ってきていた。

「おや。皆戻ってたか。どうだった?」

「どうもこうも。ああ、Dにはウイユとトビオカがいたぞ」

「フェディット先生とカノトくんにもあったぞ!」

「へぇ」

クドルとルエイエにも目を向ける。クドルは「何もない」と首を振る。ルエイエも頷いた。

「侵入防止の結界は調子良好だよ。もう少し範囲を広げるかい?」

「いいや、今の程度でいいだろう。攻性側がDを攻める時の邪魔になってもいけないしね」

内外の偵察結果を報告し合いながら、皆でケイナの報告書…他チームのメンバーリストを覗き込んでいた。名前の不明な箇所に、判る者が名を書き込んでいく。アルバが『色んな授業で見た赤い服の金髪褐色 (デカめ)』→『ジユウ?』、ルマリエが『かわいい小さいの (目隠れ)』→『クノ』を書き足す。ケイナはジユウについた『?』を二重線で打ち消した。

次いでエリスが『呪学とかで見た美人 (確かウイユんとこの研究生)』→『カルタ』、ルエイエが『古臭いローブの男 (ディマス先生よりデカい!)』→『聖霊の写し?』と書き足した。数名が息を呑む。ケイナはその脇に他の特徴を書き足した。『デカい杖─2m±、変な髪型』。頷いたルエイエより先に、ナナプトナフトがその『?』に打消線を引いた。

「………」

ルマリエが口を尖らせた。結局入れなかった聖霊の隠し部屋。その部屋の主だという聖霊の写しを、母と師は知っているのだ。僅かばかりの悔しさが滲む。

ルマリエ、ルエイエ、ナナプトナフト以外は顔を見合わせる。聖霊の参戦など信じられない。というか、聖霊の存在自体が信じられない。だが、国家守護獣が実在し更に今回参戦している以上、あり得ない話でもないのかと思い直す。

「そうだ、Dと言えば──」

ナナプトナフトが言いかけた刹那、雷鳴が轟いた。多くの者が目を丸くして顔を上げた。

「ディエルゴがはしゃいでいるようだ」

ザイが無感情に述べる。ナナプトナフトは苛立たしげに目を細めた。

「…そのようだな。アイツはDだ」

「紫電竜此処に在り、かぁ。カッコいいなぁ」

暢気に零すノルドを一瞥し、ナナプトナフトは会議室を出て行った。

「え?今、何か怒らせる要因あった?」

シンシアは目を瞬かせた。ノルドは困ったように笑っている。ザイは手元の資料に目を通しながら、やはり興味なさそうに理由を明かした。

「スナフくんは、アレに殺されたことがあるからね」

「…?」

何かの隠喩かと頭を捻るが、解りそうにない。ケイナは三秒で諦めた。

「そういや姿が見えないけど、エと… ………。アイツは?」

誤魔化せただろうか。まあいいだろうと開き直る。エリスが呆れた顔をして『開発室』を指で示した。

「あー」

開発陣を大興奮させた工房である。きっとDにも、何ならABの拠点にもあるのだろうが、錬金術士や術具開発者には夢のような──まあ本当に夢なのだが──工房なのだ。必要な材料、望む機材が何でも手に入る。全員の能力が活かせるようにという配慮なのだろうが、あまりの素晴らしさに工房から出たくなくなるのが難点だ。薬師たるエトラも例外ではなかった。戦略そっちのけで『作ってみたかったもの』を作り込んでいる。

「あっちはー…その、どう?話し掛けても良いカンジ?」

開発室の遮音結界について尋ねると、エリスは両手の人差指で✕を作った。

「まああんま邪魔してやんな。楽しそうだからよ」

「あー、りょーかい」


「……ふふ…」

貴重な薬草たちと向かい合い、エトラは思わず息を漏らした。本当に、無限にここに居たいくらいだ。有用そうな薬の他に、無意味に化粧品まで作ってしまった。

(此処、本当に凄い)

エトラは夢中になって、思いつく限りの薬を作り続けた。


「さて、他に何かあるかい?」

「………」

黙ったまま、ケイナとノルドが手を挙げる。ザイは頷いて、防音室へ足を向けた。

「では解散だ。トラップが遅れているね。頑張って」

「おーう」

適当な返事をしながらエリスたちも後に続いた。


「さて。何かな」

「「オルクレア先生対策を…」」

キレイにハモって、提案者ふたりは顔を見合わせた。ケイナは続きをノルドに任せた。

「あ、うん。この城塞、見た限り土壁なんですよね。操られたらおしまいなので…」

「………」

ザイは額に指を当てて暫し黙り込んだ。

「壁を、操るのかい?その先生は」

「そっスよ。壁っつーか、土の塊なら凡そ」

「玄獣なのかな?」

「近いかも知れませんね。竜種ですけど」

「諦めろザイ。世の中不思議はいっぱいだ」

「そうだね。今は現実を見るとしよう。対策か…壁を操られないように…?」

三人は生暖かい目で揺らぐ宰相を見守った。

「オルクレア先生に細かい操作は出来ないだろうから、対策も大雑把で問題ないと思いますよ」

悪気なく失礼なノルドに苦笑しつつ、ケイナも考える。

「中庭にいるオルクレア先生はほぼ無敵だったけど、教室ではそこまでじゃない。てことは、レンガとかの加工品なら操れないのかも?」

「いや。レンガも吹き飛ばすよ、オルクレア先生は」

ルエイエが入って来ていた。

「だが板張りの教室ではそうはいかない。恐らく地面に直接触れる必要があるんじゃないかな。見てきた感じだと、地続きの面が広い程威力が増すのだろう。細かく区切ってしまえばいい」

「なるほどね。じゃあシンシア先生にお願いしよう」

サラリとシンシアの名を出され、ケイナは舌を巻いた。人材の能力把握と的確な運用に長けている。なるほどこれがコクマ国の実権を握る人間かと素直に感心してしまった。


シンシア、アルバ、エリスは範囲内にトラップを仕掛けて回ることになった。護衛としてクドルを連れている。壁に蔦を繁らせ、根を張らせる。木板を敷いたり、樹脂を流したりして露出した地面をなくしていく。同時に、アルバは幻術で通路を塞いだりあらぬ道を作っていった。そして所々に完成済みのジャミング装置などといったトラップを仕掛ける。それにも見つかり難いように幻術を掛けた。


一息吐いたケイナは飲用水を用意しに向かった。要塞内には水路が引かれている。最初にノルドが汲んできてくれた分は殆どをエトラが持っていってしまったので、追加補充をしてきたのだが。

「ん?………!!…!」

汲んできた水を濾そうとした所で異変に気付いた。勢い良く顔を上げ、辺りを見回し口をパクパクさせた後、目に付いたザイを防音室に引っ張り込んだ。

「水、やられてます」

「毒かい?」

そう問われると返事に困る。ケイナは曖昧に肯いた。仕込まれていたのは極小の使い魔だ。寄生虫の要領で人体に悪影響を為す。

「盗み聞きもソレかな?」

「それはたぶん違うかと…初めに汲んだ分は異常なかったんで」

それに、小さ過ぎて多過ぎる。制作者は恐らくハトだ。性格的に投入後は制御もしていないだろう。

「ふぅん」

「エトラに虫下し作って貰いましょう。万一飲んでる人がいれば、早く対処した方が良い」

「じゃあ対処を頼むよ。何人かは引っ掛かったということにしておこう。それ飲むとどうなるんだい?」

「どうなるんだろう…胃から喰い破られるとかじゃないですかね」

「最初は胃痛か。まあ症状は特定させない方向でいこうか」


情報を共有すると、一同は何とも言い難い表情で水を眺めた。幸い、誰もまだ口にしては居なかった。口にしたらどうなるのか。

使い魔の形になっている術式は、解析が難しい。特にハトが得意とするのは疑似生命の創造である。疑似とはいえ生命の形を持つ以上、魔術での干渉は困難だ。極小サイズであろうと、ルエイエをしてもこの複雑なアプリケーションの解析には時間が掛かってしまう。

飲んでみるのが手っ取り早い、とザイがグラスに手を延ばす。ルエイエとナナプトナフトがそれを止めた。なら、とノルドが手を挙げる。参戦不能になって一番損失が少ないのは自分だろうという判断だ。工房から引き摺り出されたエトラが水の観察を終え顔を上げる。薬包紙を取り出しヒラヒラと皆に掲げてみせた。いざとなれば下せるし今なら大概の症状に対処出来る。薬の在庫は充分だ。自信のある様子に、ノルドは水を飲み干した。


防音室で暫く様子を見た結果、胃痛や吐き気といった症状は出なかった。顕れたのは、若干の目眩と全身の疼痛、そして術式の構成不全である。

「えぇと、それこそジャミングに似てる」

感覚を端的に表すと『体内からジャミングを受ける感じ』らしい。要は、魔術が使えなくなるということだ。全く使えない訳では無いが、暴発の恐れが多い。

「あくどいというか、ギリ倫理守ってきたというべきか…」

疼痛は、恐らく身体が異物と戦っている証だろう。数時間で無力化出来ると予測される。

「魔術抵抗が高い人間が罹るには違和感があるね。ルエイエ親子とスナフくんはナシだな」

「開発班は罹ってもおかしくねーな。けど、向こうに旨味もねーよな」

というわけで、名前の知れているザイ&ケイナと、エリス、ノルド、エトラ、アルバ、そしてクドルが水を飲んでしまったことにした。


「偵察隊居なくなったなー」

使い魔で周辺を観察していたケイナが洩らす。

「そろそろ攻めてくるのかな」

「かも知れませんね」

ザイの提案で屋上の物見台まで登ることになった。護衛役はやはりクドルだ。

階段を登る最中、轟音と振動が見舞った。

「とんでもないなぁ。派手にやられた」

城塞の一部ごと結界が粉砕されたのを確認し、ザイはのんびりと呟いた。

「きたきたぁ…。ネレーナ&ピノでブーストされたオルクレティとか、天災じゃん…」

ザイと並んで物見台の覗き穴からそれを見下ろすケイナは戦慄した。屋外では大地の寵児(オルクレア)の独壇場ではなかろうか。

侵入者はオルクレア、ネレーナ、ピノ、マツリ、ファズ、ソーマ、ユーク。

「連合組まれたかぁ。メンバー的に、多分封術メインで来ますよアレ。どうすんです?」

「ファズとマツリか。師も封術はやり辛くて嫌だと言っていたね。であればこの三人に頼もうか」

ナナプトナフト、クドル、シンシアの名を書いた紙をクドルに渡した。目を通したクドルはピク、と背を正す。

(ワクワクしている…?)

オブシディマスにも似た無表情の堅物が楽しみにソワソワしている様は、ケイナにはとてつもない違和感があった。

「じゃあクドルくん、皆に指示を伝えてきてくれ。暫くはケイナくんと此処から様子を見ることにするよ」

「えっ?」

「了解しました」

クドルは礼をとって走り去る。

「宰相、私攻撃も防御も出来ないっスよ」

「使い魔で皆と連絡をとってくれれば問題ないよ」

「そっスか…」

ケイナを守る者が居ないのを問題視して欲しかった。


指示を持ち帰ると、ルマリエが駄々を捏ねた。そんなわけでコイントスの結果、ナナプトナフトとの出撃はルマリエが勝ち取った。ガッツポーズで飛び跳ねている。クドルは僅かに肩を落とした。

ナナプトナフトとシンシアは既に現場に向かっている。アルバに幻術を施してもらい、ルマリエも急いで追い掛けた。

「あの幻術、僕からも全く見えなくなったけど…連携取れるのかな?」

ノルドが首を傾げる。

「大丈夫だろ、あのふたりなら相手の居場所は判る。残り一人が見えてなくても上手く避けるだろ」

シンシアに危険がなさそうならまあいいかと施術者《アルバ》は軽く考えた。


現場は思ったより盛大に壊されていた。

シンシアは崩れた二階部分から、気付かれないように蔦を這わせる。そうして延ばした蔦で侵入口を静かに塞いだ。

シンシアとルマリエにとって、侵入者の内で最も警戒する相手はオルクレアだ。ファズの封術は厄介だが、脅威ではない。だが、ナナプトナフトはオルクレアを良く知らない。

「ファズとマツリ。攻性術師はそれだけか」

言うなり、ピノ目掛けて踏み込んだ。が、ユークに引っ張られピノはそれを避けた。ナナプトナフトは僅かに目を瞠った。直後に展開されたマツリの雷撃を躱し距離を取る。思わず舌を打った。

展開された防壁の内側でマツリがこちらを睨んでいる。

「その声はナナプトナフトか?もうひとりは誰だ」

「先生、三人です」

ユークに訂正され、マツリの視界がナナプトナフト、シンシアへと動く。ルマリエは口角が上がるのを抑えきれないまま、マツリへ仕掛けた。

先ずはリフレクトされてもいい適当な術式を。間髪空けず本命の防壁破壊の術式を。そして防壁が壊れるであろうタイミングで拳を叩き込む。

(流石!)

一撃で沈める算段だったが、左腕を犠牲にいなされた。生体感知の魔術は乱せても、殺気までは抑えられない。

「これだけ多芸なのは、ルマリエ先生…かな」

リフレクトに対処した事で、ファズがルマリエに感付いた。

「ふふっ」

こっちも流石だ。よく見ている。

このタイミングで、ノルドが駆け付けた。改めてメンバーを確認したケイナから、三人に渡すよう託された物がある。ノルドは特製の熱源感知スコープを用い三人の位置を確認出来た。

ノルドがそれを三人に渡し終えると、ナナプトナフトは敵勢力へ挑発を仕掛けた。

「いつまで壁に張り付いている気だ。どっちが攻勢側か解らんな」

「では攻勢に出てみようか!」

ファズが石を投げつける。ネレーナが力任せに笛を吹き、不快な高音が耳を劈く。そして、音が暴れ出した。

「くっ…!」

響嵐。本来自軍も巻き込む諸刃の刃範囲攻撃だ。それを、AB連合は結界で防いでいる。音の対策に特化した防壁だ。単純に遮断するのではなく、音の通過を一方通行に制限している。防壁の内側でネレーナが演奏を続けているのがその証だ。

「っぁぁッ、」

「〜〜〜っ!!」

呻きながら、先程手渡されたソレを早速装着する。そう。耳栓だ。

Cには旧世代の魔術師が多い。研究者として最先端は学んではいても、根底がどうしても固まっている。対して、AB側には若い世代の魔術師が多い。個として突出していなくても、旧世代には思い付き難い魔術を使う。旧世代には極端に少なく、新世代に多い魔術。『音』の魔術である。

(ネレーナいるもんな、響嵐は使ってくるだろ)

使い魔で戦況を観察しながら、ケイナは耳栓が間に合ったことに安堵した。予備知識無しでは、旧世代魔術師にこれの対応は難しい。

「先生、距離を取られた」

ルマリエがナナプトナフトに呼び掛けるが、耳栓を使用中なので届かない。響嵐はどのくらい保つだろうか。ネレーナは未だ笛を構えている。オルクレアがリフトのように地を迫り上げて、彼らは二階部分に到達した。──蔦の張り巡らされた階層に。

シンシアが魔術で蔦の成長を早める。延びた蔦先は絡む場所を求め、ネレーナの足を掴んだ。演奏が止まる。ソーマも防壁を解いている。

ノルドは恐る恐る耳栓を外した。

「あ、大丈夫みたい」

腕で大きく丸を表す。熱感知なら凡その形は判る筈だ。

「来るぞ」

ナナプトナフトは耳栓を外しながら警告した。マツリが弓を構えている。狙いはシンシアだ。

「あ…」

ノルドの合図はナナプトナフトとルマリエには伝わったが、シンシアには伝わらない。つまり、今の警告もシンシアには聞こえていない。

ルマリエが走る。二階にはジャミングも仕掛けてはあるが、相手はマツリだ。どれ程の効果があるか──。矢が放たれる。雷のスピードに人間《ルマリエ》は敵わない。シンシアを貫く筈だった雷矢はしかし、あらぬ方向へ突き刺さった。

「え?」

「は?」

「  、」

シンシアはポカンと口を開けている。その顔を誰にも見られないのは幸いだった。

「なんだ…?」

外した?マツリが?何か狙いがあるのか?

それは混乱を招くに充分な結果だった。

「…ジャミングが効いた、とか?」

「いや、放たれた雷矢の軌道を変えるなんて、術者にも不可能だろ」

ジャミング装置に可能なのは術式の構成を遅らせることか、威力を弱めることくらいだ。

直後、轟音と振動が響いた。

「今度は何だ!」

「わわ、」

ピィ、という甲高い声に振り向けば、ケイナの使い魔だった。

『D側が半壊した。紫電竜が暴れてる』

「…ははぁ。雷精霊はご乱心か。チャンスだな」

それだけ告げて飛んで行った使い魔を見送り、ルマリエは上階の侵入者たちを見上げた。何があったかは解らないが、今ならマツリが弱体化しているということだ。

「ファズはどうする。あれは厄介だぞ」

「石には限りがありますよ」

ノルドに教えてもらい漸く耳栓を外したシンシアも作戦会議に参加する。

「手間だが、やはりそうなるか」

「ん…」

ノルドは少し考える。一度に持ち歩ける石の量には限りがある。だが。

「ソーマくんがいるからなぁ」

「そいつは何が出来る」

「鉱石生成」

「はっ、即席生成の屑石に、ぼくの術式が封じ切れるものか」

「うーん…」

それもそうだが、ノルドにはオルクレアとユークがいるのが無視できない。

「何れにせよ、間に合わせなければいいだろ」

「え、あ、はい」

気軽に言い放つルマリエに、ノルドは進言を取り止めた。

ルマリエとナナプトナフトは跳ね返されても対処可能な出力で間髪空けず魔術を仕掛け続ける。シンシアは感嘆した。ふたりの圧倒的な魔力《メモリ》量を見せ付けられる。ノルドは心の奥に薄っすらと掛かった靄を頭を振って振り払った。


「おいおい何があった?」

「雷精霊の乱れ…ディエルゴに何かあったかな?」

ルエイエは拠点の最終防衛を任せられている。今は非戦闘員たちと作戦会議室に籠もっていた。

「竜が壁ぶっ壊したから、Dのメンバーが割れた。魔女とパーブ先生、ガイ先生がいる」

言いながら、ケイナが戻って来た。ザイも一緒だ。

「ABはメンバー的に、静寂の檻を仕掛けるつもりっぽい」

Dに向かっていたのは、ヨハネス、ルカ、リーヴィー、カルタだった。

「はーん。ルルイエは無力化出来ても、守護獣は厳しいだろ」

現に暴れ出している。

「それよりこっちだ。クドル飛び出してったのは何だ?」

「ああ、ネズミを見付けてね。退治しに行ってもらった」


アルバが術式を刻んだ術具を装けて侵入者の対処にあたったクドルだが、まんまと取り逃がしてしまい肩を落とした。これまで向かってくる相手ばかりだったので、逃走しようとする相手への対処に不慣れだった。

「………」

大柄な金髪の猫。何を仕掛けても悉く避けられてしまい、立ち向かわれたとしても勝てたか解らない。あれはジユウだった。顔と名前こそ一致していなかったが、フィアからの話に聞いたことがある。授業が被ったことはない。天然の、単純な身体能力に負けたのだ。クドルは拳を握る。無自覚の悔しさを抱きながら、作戦会議室へと戻ることにした。


ジャラリ、と背後で鎖の音がした。視線を向け、

「なんだ?」

ナナプトナフトは攻撃の手を止めた。

そこには、いつの間にか誰か立っていた。全身に紋を刻んだ虚ろな人物。いや、これは人型ではあるが人ではあるまい。

塔の噂に語られる、『刻紋の亡者』。

ルマリエがクーシェの名を叫んだ。

「ふふ。君を倒していいだなんて、素敵だなぁ。眠鬼の遊びに付き合ってあげるのも、偶には悪くないのかもねぇ」

何処からか声が響くが、姿は見えない。音だけ届けているのだろう。ルマリエは忌々しげに虚空を睨んでいる。

「その幻術も中々だけど、ボクには無意味だし、剥ぎ取ってあげよう」

パチンと音がして幻術が解ける。布をめくるようにナナプトナフトやルマリエたちの姿が表れ、ノルドは慌てた。

「えっ、解けたの?うわぁ退散!」

「刻紋の、亡者…。それが何故…」

シンシアは呆然と呟いた。この流れから出来る予測を、信じることが出来ない。

「クーシェ、キミがやる気を出すとは思わなかったな」

「折角の機会だからねぇ」

ルマリエは自身を抱いて震えている。吐く息も白い。

「ルマリエ?」

異変が表れているのはルマリエだけだ。亡者は虚ろな眼をルマリエに向けている。

「!」

シンシアは蔦を誘導しその視界を遮ろうと試みるが、亡者の視界に入った途端、パタパタと蔦は地に落ちてしまう。見れば霜が降りている。

ならばとナナプトナフトが気温とルマリエの体温の上昇を試みたが、上げた側から冷やされてしまう。何度も試すと逆に身体に悪い。亡者を焼き払おうとしても、炎を意に介さずゆっくりと此方に近付いてくる。

「なんだコイツは!」

「『呪い』…クーシェの作り出した…有翼の血を呪う、亡者…」

蒼白な顔で震えながら、ルマリエはなんとか絞り出す。

「呪いだと?そんなもの…」

「呪術とは、違います…アレは…クーシェは……守護獣に比肩する、大玄獣…だか、ら…」

フラリとルマリエが膝を着く。ナナプトナフトはルマリエを支えながら舌打ちした。

「これの相手は無意味です。撤退しましょう」

シンシアが冷静に提案する。

「ファズ先生たちはノルドくんが追ってます。私たちは出直しましょう」



「ルエイエ!」

扉が勢いよく開け放たれる。ルマリエを抱えたナナプトナフトは緊迫した表情だ。

「ああ。こっちに」

ルエイエの招きに従い仮眠用のベッドにルマリエを寝かせる。

「どういう状態だ、それは」

「ただただ『寒い』んだと思うよ」

ここまで運ぶ間、ナナプトナフトは大して興味もなかった噂話を必死で思い出していた。『刻紋の亡者』。全身に紋を刻んだ半裸の亡霊。その虚ろな眼で見られれば、身体が芯から凍り付く。そして、二度見えれば死ぬという。

「対策は」

「忘却だ。それと、幻術は有効かも知れない」

クーシェは態々不可視の幻術を剥がした。であれば、亡者の『視認』は人間と同じメカニズムである可能性が高い。

「だが簡単に剥がされたぞ」

「そうだね。そこは対策が必要だ。取り敢えずルマリエの処置をする」

ナナプトナフトはひとつ頷いて距離を取った。

エリスとアルバは心配そうにその様を見ていた。何が起きたのか彼らは知らない。ルルイエも、クーシェの動きを感知して、ルマリエの様子を見て察しただけだ。

「スナっちは大丈夫なのか?」

「その呼び方をやめろ。亡者とやらはルマリエだけを見ていたからな」

それに、ルマリエはアレを『有翼の血を呪う亡者』と言っていた。察するに魔力を扱う者のみを狙うのだろう。とすれば。

「…クドルはどうした」

「クドルくんは見回りに出てますよ」

「ぼくも出る。宰相に伝えておけ」

早足で扉に向かうナナプトナフトにアルバが問いかける。

「幻術は?」

「要らん!」


ノルドとシンシアはマツリ一行を追っていた。殺気を放たないふたりはマツリたちに未だ気付かれていない。ノルドには一度きりの奇襲のチャンスがある。その為のアイテムはシンシアに預けてある。シンシアもそれを受け取った時は目を丸くした。しかしコレを準備させたケイナは知っていたのだろう。ノルドとしては話したいような内容でもない。だから彼がコレを扱えるのを知るのはケイナとトビオカくらいのものだ。

しかし相手は数が多い。此方にも数があれば挟撃などの手が使えるのだが、如何せん非力なふたりしかいない。幾ら隙を突いても、やれるのは精々一人か二人。まずは彼らを分断させねば始まらない。

様子から見るに、どうやら彼らは内部構造を把握しているようだ。仕掛けられた幻術に戸惑いながらも正しい道を進んでいく。

どうしたものかと悩んでいると、マツリたちは立ち止まった。臨戦態勢を取り始める。彼らの正面からやってきたのはクドルだ。ノルドの目には、クドルの登場にマツリとファズが僅かに動揺したように見えた。

(盗み聞きはAB連合の仕業か)

さて。図らずも挟撃の姿勢は整った。後は、参戦のタイミングを測るのみだ。


「…マツリ先生」

「やあクドル。一人か?」

雷の精霊は落ち着きを取り戻しているようだ。ユークの連れている精獣も大人しくしている。ただし、通路に仕掛けられたジャミング装置は働いている。生体感知にも過剰な集中力が必要だ。

「しっかりと対策してくれてるようだな」

対策が間に合っていないという情報を信じてくれていたらしい。が、クドルには然して興味がない話だ。

「隊長が貴方を評価していた。一度手合わせしてみたいと思っていた」

そうして、クドルは腰を落とした。手を掛けるのは杖ではなく剣。ソーマとオルクレアが杖を構える。そこへ、蔦が襲い掛かった。

「わ!?」

壁から、床から。元々生えていたたくさんの蔦がソーマとオルクレア、ネレーナに絡みつく。

後衛が混乱に陥る中、マツリはクドルを相手に余所見ができない。植物と剣相手には封術も使えず、ファズはまず生徒たちから蔦を引き剥がそうと決めたようだ。ピノとユークもそれを手伝う。

「生憎と万全でなくてな。君を楽しませてはあげられない!」

マツリはクドルの剣戟を躱し、雷を撃ち込む。精度は落ちているがそれでも強力な一撃だ。それを障壁で逃がしながら、クドルがまた迫る。近接戦もある程度はこなすが、マツリは遠距離を得意とする。片腕を痛めた状態で…更にはジャミングにより咄嗟の術式展開が巧く出来ない状態で、クドルの猛攻を凌ぎ切るには限界があった。

マツリが篭手のように展開した防壁術式は定義が甘く、クドルの刃は腕に届いた。

「…っ、」

「!」

同時に、触れた刃から伝ってきた電撃にクドルは剣を取り落とした。

「なるほど。情報はフェイクか。そんな面倒な手を、よく使う」

クドルは剣を拾おうとはせず、利き手を握ったり開いたりして具合を確かめている。防衛魔術は効いていて、軽い火傷で済んだようだ。すぐさま治癒もかけている。

「多芸だな。万能タイプは厄介だ」

雷の攻性術に特化したマツリに自らの腕を治す術はない。

クドルは剣を拾って構え直す。

「大体解った。ありがとう、先生」


ノルドが参戦のタイミングを計っていると、

「あら。ふたりはCだったかしら」

「うわっ」

飛び込んできた何かを躱す。

「ノルドさん!」

シンシアに投げ寄越された剣を思わず掴む。

「えっ。あー…。しょうがないか…」

本当はもっとイイカンジに明かしたかったのにな、と眉を下げつつ、ノルドはハトに向かって剣を構えた。挟み撃ちのつもりが挟まれた。生き延びるのに贅沢は言っていられない。

現れたのはハト。既に数体の使い魔を浮かべており、それらは臨戦態勢をとっている。

向かってくるハトの使い魔を切り捨て、構え直す。

「驚いた。作るだけじゃなく、扱えるのね」

「ヒミツだけどね」

ハトがふぅっと自らの指先に息を吹き掛ければ、ワラワラと使い魔が量産される。知ってはいたが、彼の使い魔創造術はとんでもない。

シンシアは前方の侵入者に向けて蔦を操っている。邪魔をされれば、本当に挟み撃ちにされてしまう。

「ハトくん。悪いけど…大人しくして貰うよ…!」

ノルドは一気に踏み込んだ。ハトの身軽さは知っている。

「!」

ハトはノルドが自分の方へ飛び込んでくると思ったことだろう。だが、ノルドが駆け寄ったのは壁だった。張り巡らされた蔦の中へと腕を突っ込み──

ガシャン!と硬質な音が響いた。

「  、やられた」

ハトは目を丸くして瞬いた。ノルドは蔦に覆い隠されたレバーを引いて『檻』を降ろした。魔術師を囚える為の、Cチームの技術者たちが考え作った特別仕様だ。

「南の砦はトラップハウスだ。簡単にはいかないよ」

(本当は、今蔦に絡まってる子たちを此処まで誘導して嵌めたかったんだけど…)

実戦は中々計算通りにはいかないな、とノルドはマツリたちの方に目を向けた。


「抵抗するなら相手をする」

マツリを下したクドルは、蔦と戦うファズたちにそう淡々と声を掛けた。

「…先生…」

「………」

ファズはジッとクドルを見詰めている。──いや、その背後を。

「!」

クドルは振り向きざまに身を捻る。肩を爪が掠った。分厚い軍服が裂けるに留まったが、驚きは隠せなかった。先程取り逃がした金色の猫が駆け付けたのだ。

「何やってんの?逃げよ。トラップだらけだよ此処〜!」

クドルを攻撃する片手間に拾い上げたマツリをファズに託し、あっという間に蔦を切り裂き、走り出した。

「撤退!わ!こっちにもなんかいる!」

ノルドが剣を向けるがジユウはヒョイと躱してしまう。

「ハト…!?」

走りながら、囚われた学友を見付けたソーマが声を上げるが、

「そっちは今ムリだろ!ほら逃げる!」

ジユウに急かされ、迷いながらも振り切った。

「クドルくん!オルクレア先生…黒髪のこどもだけでも!余裕があればネレーナくんの楽器も!」

追う身になれば、ノルドよりクドルの方が早い。彼らの名を知らないであろうクドルに考慮しつつも指示を出す。ネレーナの方は楽器というワードで解るだろう。

「了解」

小柄なオルクレアは最後尾だ。再びシンシアが蔦を伸ばす。

「きゃ!」

蔦を切り裂けるジユウは最先頭、間に合わない。

宙ぶらりんに吊り下げられたオルクレアは喧しく叫んでいるが、無効化出来たのならそれ以上構わない。クドルは次の獲物へ向かう。

追われて焦っている生徒たちは集中力が乱れている。

(よし、これなら)

彼らの戻る道はノルドとシンシアが後を歩いてきた道だ。

「わっ!っぶな!」

行きには黙していたトラップが起動している。

勘も良く跳躍力も凄まじいジユウには避けられても、

「うわぁあ!?」

「きゃあ!」

「っ、」

それ以外には難しかった。ザバン、ドシャン、と盛大に複数の水音が立つ。一見普通の通路。しかし幻術で床が見えるだけの、水の張られた落とし穴に落ちたのだ。ノルドとシンシアが、渡り終えた後、敷いてあった渡し板を外しておいた。一階までぶち抜きの大水槽だ。この大改装は中々大変だった。

バシャバシャともがく彼らを高みから覗き込む。

「安心して。ただの水だよ。…Cの水路から引かれているけどね?」

理解したソーマが青褪める。それを見て、ピノもハッと口を開き、慌てて閉じた。

もう遅い。突然水に落とされ、幾ばくが飲んでしまっただろう。自分たちで用意した水だ。その効果は解っているだろう。命に害はないのだから感謝して欲しい。ケイナなど、『溜めとくの硫酸とかでもよくね?』などと言っていた。一応ザイの方針で、敵であろうとなるべく殺さないようにと言い付けられている。博愛主義にも見えないから、何か考えがあるのだろう。

「…猫を逃がした」

「まあ仕方ないかな。たくさん捕れたし、一匹くらいは諦めよう」

振り返れば、シンシアはオルクレアを見張ってくれている。

「捕虜が多いね。戦力的に…僕が報告に戻るね。クドルくんは見張りとシンシア先生の護衛をお願い」

「解った」


「これは…」

報告に戻ったノルドは目を疑った。

「ノルドさん、おかえりなさい。ルマリエくんの様子が芳しくなくて、どうしてだかルエイエ(学長)もさっきから──」

アルバが説明をくれる。ルマリエの様子を見ていたルエイエにも、似たような症状が現れ始めたという。ルマリエのように急激にではないが、ジワジワと寒気に襲われているのだそうだ。

「僕たちは別室で待機する。感染の疑いがあるからね。防御結界だけは維持するが──」

震える身体でそう言うルエイエに、エリスは呆れた顔をした。

「解いとけ、それも。術具とトラップで何とか保たせる」

「父様──…わかりました。お願いします」

そうして、ルエイエとルマリエは隔離処置となった。

「最大戦力が使えなくなったとなれば、どうしたものかな」

ザイは顎に手を当てて目を細めている。ノルドはおずおずと報告の為挙手をした。

「あ、宰相、あの。襲撃者を大体捕らえました」

「おや大戦果じゃないか。それで?」

読み通りなのか意外なのか。他人の観察力に自信があるノルドにもザイの顔色は解り難い。

「今は水漬けにしてありますが…どうします?」

「そうだねぇ。たっぷり水を飲んで貰ってから、引き上げてあげたらどうだい。冷たいだろうし」

少し考えて、「それから」と付け足した。

「クドルくんは暫く拠点に近付けない方がいいね。捕虜の監視をお願いしよう。あと、スナフくんを見掛けたら戻るように伝えて欲しい。ルエイエ親子の延命には彼が効果的だろうから」


「クドル!」

「…先生?」

落とし穴から掛けられる声を全て無視して眺めていたクドルは、自分を呼ぶ声に顔を上げた。

「………」

ナナプトナフトは複雑な表情でクドルを見詰めている。

「?先生、何か?」

クドルは身に迫る危機を知らない。

「なんでもない! …いや、違う。おまえも知っておけ」

ルマリエを襲った一連の流れを説明する。クドルはひとつ頷いた。

「本当に解ったのか?まあいい。とにかく気を付けろ」

「うん」

『有翼の血』を呪うものなら自分は当て嵌まらない気もするが、『魔力を扱う者』が標的ならば当て嵌まる。詳細が解らない以上警戒するに越したことはない。

「あ、いたいた」

戻ってきたノルドは、シンシアと蔦でグルグル巻にされたオルクレアを連れていた。

「降ろして大丈夫?」

「水飲んで貰ったから。他も引き上げて捕虜にしよう。空き部屋をひとつ牢にしてあるでしょ、あそこに」

それから、ザイからの伝言を全て伝えた。

牢へ捕虜たちを運び入れ、クドルとシンシアが見張りとして残る。ノルドはナナプトナフトを連れて拠点に戻った。


ルマリエとルエイエは、どうやら呪いに熱を奪われ続けているらしい。有効な術が見付かるまで、ナナプトナフトがふたりに熱を送り続けることになった。

「流石のぼくでも、ふたり同時じゃ長時間は無理だぞ」

「出来る限り頼むよ。何か手を考える」

ケイナが横からそろっと手を挙げる。

「取り敢えず、捕虜に知ってることないか聞いてみます?」

「そうだねぇ。じゃあケイナくん頼むよ」

「えっ」

尋問は宰相の方が得意なのでは?と顔に書いてある。ナナプトナフトは溜息を吐いた。

「ファズがいるだろう。ザイが行ったら意固地にさせる」

「──ぁあ…」

思わず納得の声が出た。ファズをはじめ、塔には宰相を敵視する人間は多い。そう考えれば、このチーム割はそう悪くないものだった。

「ノルドさんは──」

振られて、ノルドは眉を下げた。

「僕はダメかな。面と向かって敵対してしまった直後だし」

皆を捕らえた張本人だ。ヘイトも溜まっているだろう。となると、シンシアも難しい。確かファズとは園芸仲間だった筈だが、蔦に苦労させられた面々には心象が悪い。まだ直接対面しておらず、かつ顔見知りで親交も深いケイナが適任だ。

「うぇ…」

胃が痛くなりそうだ、と思いながら。ケイナは断る理由を遂に見付け出せなかった。


「面会でーす。皆大丈夫かー?」

なるべく軽い調子で、ケイナは牢に顔を出した。

「ケイナ!」

「おうおうおう…」

ファズ、オルクレア、ハト、ピノ、ソーマ、ユーク、ネレーナ、そしてマツリ。どれも勿論知った顔だ。やり辛いったらない。

「取り敢えず命に支障はなさそうで何より。いや、マツリ先生大丈夫か?」

思ったより酷い傷だ。それで溜水に浸かったのだから、流石にちゃんとした手当が必要だろう。

「さっき、シンシア先生に薬を貰いはしたけどね」

包帯や布の類も見て取れる。とはいえ、熱が出ているのだろう。浅い呼吸を繰り返している。

「………」

ケイナは厳しい顔をした。牢の中は魔術が使えなくしてある。治癒術も掛けられない。

「クーシェ先生の置いてった、刻紋の亡者について誰か知らないか。主に呪いの祓い方とか」

捕虜たちは顔を見合わせる。

「その情報を教えてくれ。そしたらマツリ先生を治療出来る」

「…ケイナ…」

眉尻を下げて自分を見上げるピノに、ケイナは苦い顔を返す。

「こっちだってアレのお陰で今ふたり死にかけてんだ。放っておいたら三人になるらしいしな。頼むよ」

「ケイナくん」

ファズが檻越しに一歩ケイナに近付いた。

「教えたいのは山々なんだが、我々もアレを知らなかった。クーシェ先生の独断行動だ。だから、その取引に応える情報を持たないんだ」

「………」

ケイナは慎重にその言葉を吟味する。ファズは誠実な人間だ。しかし、今は特殊な状況下である。常に彼の庇護下にあったケイナには、敵対時の彼の人となりは掴めない。

数秒だけ思案した後、ケイナは一度牢を出た。判断に悩む時は、上司に相談だ。

使い魔を介してお伺いを立てると、返答は簡単なものだった。

「ああ、ケイナくんの判断に任せるよ」と。

とても困る。困ったケイナはシンシアにも聞いてみた。

「どっスか先生から見て。アレ本当だと思います?」

「どうかしら。でも、司令が判断を投げたんだもの。どちらに転んでもあなたに責はないでしょう?好きにやっちゃいましょう」

それもそうだ、と腹を括って牢に戻る。

「こっちの件は一任された。知ってると思うが、私は腹の探り合いは得意じゃない」

ファズが相手じゃ解らない。ケイナはこの中で最も付き合いの長いピノに問い掛けた。

「もう一度だけ訊く。亡者の呪いの祓い方は?」

「知らない」

睨み合うように目を合わせる。隠し事のある眼には見えない。少なくともケイナには。

はあ、と大きく息を吐く。

「クドルさん。マツリ先生とピノを出して貰えますか」

「──!」

捕虜たちが目を開く。

「………」

クドルは少し考える風だったが、従った。

「なんでピノまで?」

「人手まで貸し出さないぞ。ピノに施術させる」

本当はCには今治癒術の使い手がいないからだが、そこまで教える義理はない。

「治療が終わったらふたりとも牢に戻すかんな」

「ケイナくん!」

出て行くケイナをファズが呼び止める。

「…ありがとう」

「何がっスか。礼を言う立場じゃないでしょうに」

続きは聞かず、扉を閉めた。


牢に使っている部屋の向かいの部屋にマツリを寝かせた。ピノに虫下しを投げ渡す。

「水なしで飲めるか?」

「粉じゃなければ何とか」

「じゃ頑張れ」

ピノが魔術を使えるようになってマツリの処置を終えるのを待つ間に、ケイナはザイへの報告を済ませた。後で代わりに何か情報を引き出しておけと指示を受けたが、それはシンシアに任せることにした。

「ルガッガでも飲みてぇなぁ…」

何故こんなことをやっているのか。それが本当に解らない。

「なあピノ。おまえ勝ちたいか?」

「え?うん。そりゃそうでしょ?」

「なんでだ?」

「えっ?なんで…?なんで、って…そりゃ…勝負だから?」

「…ふ〜ん」

ボードゲームならいざ知らず。顔見知りに剣を向けてまで勝ちたいものだろうか。ケイナには何処となく納得がいかなかった。


「ほいお疲れさん」

「…。え〜…」

マツリの処置を終えたピノに労いを込めて水を渡す。有難がり掛けたピノはすぐに嫌な顔をしたが、大人しく飲み込んだ。

「やー便利な水だわ。助かる」

「うう〜」

ピノにマツリを担がせ牢に戻ると──

「ケイナ!!」

待ち切れなかった様子の生徒たちに歓迎された。マツリはそんなに好かれていたのか、と思ったがそういうことではないらしい。ふたりを檻に戻すと、ソーマが興奮した様子で話し掛けてきた。

「思い付いたんだよ、ユークが!」

「思い付いた?何を」

ユークに視線を向ける。彼はコクリとひとつ肯いて、真っ直ぐにケイナを見返した。

「呪いの、祓い方」

「んえぇ?」


ケイナとピノがマツリを処置している間。クドルは牢と処置室の間の通路を見張り、シンシアが牢内を見ていた。

そこで刻紋の亡者とその呪い症状についてを捕虜たちに聞かせたらしい。

『呪術』ではない、『呪い』。それを、「『魔』のようなものか」と誰かが言って。

「じゃあ、いつかの『魔』みたく祓えるんじゃないか、と」

「…あー!いや、そりゃイケるかも…だが…」

ケイナは盛り上がり掛けたテンションを急激に下降させた。

「蕾石が必要ね」

ハトの発言に肯く。ユークの大切な杖を敵の治療に使わせるのは忍びない。

「…ソーマ、ファズ先生、オルクレア先生。そしてユークがいる。…造れないか?蕾石」

「………」

ケイナの提案にそれぞれが顔を見合わせる。

「難しいとは思うが…挑戦はしてみたい」

ファズの返答にケイナは頷き、ユークを見た。

「ダメならユークの杖を貰うことになる。それでも良ければ交渉してみる」

「…それでいいけど…生成なら、先生たちとソーマだけで良さそう…?」

「バカ言うな。幸運が鍵だろ、そんなもん」


宰相に報告・相談・交渉したケイナは、捕虜の一部=鉱石生成チームを連れてCチームの工房へ向かった。エトラは退避していたが、工房の薬剤工房へと特化した変わり様にケイナは呆れ返ってしまった。

エトラの代わりに待機していたのはノルドだった。ルエイエとルマリエが倒れ、ナナプトナフトがそれに付きっきりになっている今、Cの戦力はクドルとノルドしかいないのだ。

鉱石生成には魔術を解禁するしかない。ここで下手な気を起こされたら、クドルとノルドだけで対処してもらうことになる。

襲撃後から、Cは盗み聞き対策を止めている。状況はAB本部にも伝わっているだろう。応援が駆け付けたら対処不能だ。

(本当、頼むぞ…)

恐る恐る、ケイナは鉱石生成チームに虫下しを手渡した。

「…ケイナ、大丈夫」

「えっ…」

ユークは自らの杖をケイナに手渡した。ケイナは呆然と杖《それ》を見詰めた。

「成功したら、交換」

「お、おう」

質、ということらしい。

「人質も取っているでしょう」

「こっちは二人助けるんだから!そっちの二人の解呪に成功したら、皆解放して貰うわよ!」

「皆、がイケるかは、事後に宰相と交渉してくれ」

笑ってしまった。なんだ、皆そんなに変わっていない。油断するわけにはいかないが、少し気を張りすぎてはいたのだなと気付かされた。


ファズの鉱石知識、オルクレアの大地の加護、ユークの幸運を注ぎ込んで、ソーマは蕾石を生成した。いや、正確には、恐らく蕾石と同等の機能を果たすであろう石を、だ。

「はー、えらいもんだ。無属性《透明》な蕾石は初めて見んなぁ」

生成石を鑑定しているのはエリスだ。

「偽蕾石だけどな。いけそうか?おっさん」

「まー試してみりゃいいんじゃねぇの」

エリスは鑑定用の眼鏡《レンズ》を外して、その三連偽蕾石をケイナの手に戻した。

「こんなもん出回ったら、市場が荒れるぞ〜」

何処か楽しそうなエリスにケイナは目を細めた。

「出回らねーよ。奇跡的な生成だっつの」

「そうかい。んで、誰がやんの?封呪」

封術のファズか、杖主《カラブ》のユークの手が借りられれば手っ取り早いが、そこまですると借りが大きくなり過ぎる。いや、今更か。Cには呪術士も医療士も居ない。

チラと視線をやると、オルクレアが胸を張っていた。それを受けて、ファズが進み出る。

「オルクレア先生も言ったでしょう。我々はそちらの二人を助け、その対価に捕虜の解放を望むと」

なるほど言っていた。つまり端から施術までやってくれるつもりがあったということだ。

「オーケー、飲むしかねぇ」

Cの主戦力復活の為には、選択肢は他になかった。


「大したものだね。魔祓いの真似事まで出来るとは」

「最悪、蕾石がなくても封術で出来たかも知んないスけど」

偽蕾石を使った封呪は成功した。Cはその後AB連合の捕虜全てを解放し、砦の外に追い出した。仕切り直しだ。

「刻紋の亡者をまた出してこられたら厄介だけどねぇ」

今回の件でAB側が有利になってしまった。主戦力がバレ、その無効化の方法も治療の手段も向こうが持っている。

「なに。亡者の呪いがどういうものかはこれで解った」

まだ具合は悪そうなままだが、ルエイエは皆を安心させるように言った。あの呪いは有翼の血のみに感染する『疫』のようなものだ。解っていれば感染拡大は防げる。

「お陰で『忘れる』わけにはいかなくなったが、有効な対策は言った通り、幻術だよ」

皆の視線がアルバに集まる。

「うん。プロに掛けて貰えれば尚安心だ。まあそれに──」

ルエイエは北の砦へ視線をやった。

「恐らく、クーシェ先生はもう仕掛けてはこないだろう」

竜は目覚めたようだから。


「母上──楽しそう…いや、嬉しそう、ですね?」

ルマリエは机に顎を置いて、機嫌の良さそうな母を見上げた。

「ああ!嬉しいとも。教え子たちが、塔の関係者たちがこぞって知を武をぶつけ合い、競っているんだ。その成長を努力を見せ付けられて、喜ばないことが出来るかい?」

「私はクーシェにお礼参りに行きたいです」

直接呪われたルマリエはルエイエよりも症状が重かった。未だ暫く要安静である。

「ああ、そろそろ僕も動きたいなぁ。最終防衛線はルマリエに任せようかな?」

「ズルいです!でも、私は暫く安静だそうですから。その間なら良いですよ」

ルマリエは口を尖らせながらも母の要望を受け入れた。

「本当かい?それはありがたい!」

こうして、Cの最高戦力は解き放たれた。


「お?ルエイエ何処行った?」

「彼ならAに遊びに行ったよ」

「あ?」

ザイからの返答を受けエリスは呆気にとられた。

「ついさっき。ウッキウキで出て行きましたよ」

アルバからの追加情報にこめかみを押さえる。

「まさか、ひとりで?」

「おひとりでしたねぇ」

シンシアもまた何でもないことのようにのんびりと答えた。

「誰か、止めるとかついてくとか、なかった?」

引き攣ったエリスの問いに、ザイ以外は目を丸くした。本当に思い付かなかったらしい。


「やあ、此処がAの拠点かな?入ってもいいかい?」

「…学長!!?」

唐突に訪ねてきた敵の首魁に、Aの面々は暫し言葉を失った。ともだちの家に遊びに来たくらいの顔をして、平然と拠点の入口で招き入れられるのを待っている。

「おー。ルエイエだったか?図太ぇなぁ。おいマツリ、どーする」

迎え撃てと言うなら迎え撃つ。そんな姿勢で奥に声を掛けたのは知った顔だ。聖霊──つまりルエイエの先祖の写しを名乗る者。嘗てルエイエに助言を授けてくれた恩人でもある。

「学長…?………?…入って貰え」

マツリは目一杯怪訝な顔をして、最後は諦めたようにテーブルへ案内した。

「失礼するよ」

「いいんですか?」

「仮に攻撃の意図を持っていたとしても、我々には対抗出来ないからな。なるべく大人しくして貰わねば」

マキとマツリの会話は隠されてもおらず、ルエイエはそれを聞いて笑った。

「そんなことはない!マキくんの『聞き耳』、ハトくんの使い魔の使い方、オルクレア先生の地操術、ネレーナくんの音術、どれも素晴らしかった。マツリ先生をそこまで回復させたのはエミリくんだろうし、砦内の構造を把握していたのはアカシャくんの力だろう?皆、僕(・)と(・)競(・)い(・)合(・)え(・)る(・)筈(・)だ(・)」

向けられたルエイエの無邪気な笑みに、Aの面々は固唾を飲んだ。頬が引き攣る。並べられた賛辞を欠片も喜べない。今、彼らの学長は、彼らを教え子としてではなく対等な敵と認める──と言ったに等しい。

「ハハハッ!それで、抑えが効かなくなったのか!」

場を裂くように笑い声を上げたのは写しだった。

「恥ずかしながら」

「クノ、フィア呼んで。学長がご乱心だ」

「マキくんは手厳しいな!」

「まー解る。おれさまもアレ見た時はアガったしな」

「ほう?」

写しが興奮する程の術を披露した者がいるらしい。とても興味深いのだが、勿論向こうは説明してくれる気はなさそうだ。

「それで…宣戦布告をしに態々?どうしてAに?」

「Bとの対戦は、ルマリエが希望しているんだ」

「 ッハ、」

マツリが失笑した。つまり、やはり、ルエイエはAと戦いに来たのだ。

「お忘れか?学長殿。我らは同盟を組んでいる」

単身敵地に乗り込んで、選んだ相手とだけ戦おうとは虫が良い。

「知っているとも。だからほら」

ルエイエは手を広げた。見たところ、気が付いていたのは写しとマキだけのようだ。だが彼らは止めなかった。

「結界を張らせて貰った」

いつも、塔には結界が張られている。雷、氷塊、突風、低温、低気圧、低酸素。そんな自然から塔を護るのが主な目的だが、何にせよ塔で暮らす人間はルエイエの結界内で過ごすことに慣れすぎている。異常として検知し難いのだ。

ルエイエは、屈託のない満面の笑顔で言い放った。

「さあ!掛かってくるといい」


Bとの対戦は、ルマリエが希望している。そして、Dとの対戦を希望する者もいた。だからルエイエは迷わずAに向かったのだ。

会議室に戻ってこないもう一人の所在を問われ、ザイはエリスにこう答えた。

「スナフくんはクドルくんを連れてDに向かったよ」

「だから、止めなかったのかよ」

「まぁねぇ」

Cには直接的な戦闘が出来る人間が四人しかいないが、その四人は戦力として破格である。拠点防衛はそれこそ後衛メンバーだけでも善処出来る。

「行きたいと言うのなら、止めるほどではないかな、とね」

(師は動かないようだし、それならまぁ、勝ってしまってもいいだろう。…何を考えているのやら)


「………」

「ボロボロだ」

ナナプトナフトとクドルは南北の連絡通路を越えて北側に入った。どういうわけか、侵入者対策の結界すら張られていなかった。そして、全体的に崩れかけていた。

「静寂の精霊(ナハオトム)で無理矢理繋ぎ止めてある感じ…」

魔術ですらない。ただ大量に精霊を集め、少しばかりの方向性を持たせているだけのようだ。

「フン。出迎えも無いとは思わなかったな」

どうやら、Dも手荒い襲撃を受けた後ということらしい。

「AB連合も中々やるじゃないか」

「Bにはフィアもいる」

「アイツはアレで、攻性術にかけては魔女と張るくらいの使い手だからな」

勉強の出来こそ良くはないが、強力な攻性術士だ。

「まあ、ぼくが教えたんだから当然だ」

クドルはうん、と短く肯く。

人の気配を感じる部屋を見付けて、ナナプトナフトは躊躇いなく扉を開いた。瞬間、風の攻性術が襲うが、初撃を避けた後は続かなかった。

「抵抗は終わりか?」

「ああ。ここは敗者の集いだ。攻めに来たんなら他行きな」

中にいたのはパーブル、カノト、リーヴィーにカルタ。室内に争いの形跡はない。

敗者の集いだとパーブルは言った。捕虜収容所とは違うのだろうか。

「敗退者を名乗るならおまえらは砦を出るべきだな。砦内にいる限り排除対象だ」

「そりゃそーだ。外まで運んでる余裕はなかったんだよ」

Dに一体何が起きたのか。僅かに気になりつつも、クドルは目的を優先させた。

「竜と隊長──ルルイエは何処に?」

「知らね。会議室でドンパチやった後はバラバラになったかんな」

「なら用はない。行くぞクドル」

頷いて、クドルはナナプトナフトの後を追う。しかし部屋を出たところで、扉を締める前に一度振り返った。

「早く出て行った方が良い。多分、すぐ崩れる」


酷く崩れて、空が見える部屋に出た。恐らく此処が戦場となったという会議室なのだろう。

見れば床にも穴が空いており、歪んだ氷柱《つらら》が伸びていた。

「…脱出口?」

多少は角度がついているので、これを滑るように降りれば落ちるよりはマシだっただろう。

「少なくとも一部は階下に向かったんだろうな」

今はもう溶けかけて一部が崩れているので使えない。バラバラになったと言っていたので、お目当てのふたりが使ったとも限らない。

「都合良く天井が無いな。竜を真似るのは癪だが」

空を見上げるナナプトナフトに、クドルは肯きを返した。探すのは手間だ。出て来てもらった方が手っ取り早い。

直後、豪快な火柱が上がった。上空で暴発し、爆風で砦の一部が剥がれ飛ぶ。

高位炎術士此処に在り。

この挑発に乗らないような竜と魔女ではない。


「やべ。防衛準備!」

ケイナの大声の直後、その爆音はCにも届いた。遠見に使っていた使い魔は爆風の煽りを喰らって消し飛んでしまった。

「うん。スナフくんは炎術士だからね。恐らくナハオトムの力で保たれてる北の砦は直に崩れる」

炎術は熱の精霊を呼ぶ。静寂の精霊とは真逆の性質を持つ熱の精霊が増えてくれば静寂の精霊の影響は弱まる。つまり、砦の崩壊を留められない。

「知ってたんスか!Dの惨状!」

「君が逐一教えてくれてたじゃないか。後は予想だよ」

D側の砦が崩れるならば、そこに居る人間は勿論退避するだろう。何処へか?決まっている。このゲームの勝利条件は『砦の占有』だ。外には逃げない。つまり。

「境界監視装置に反応あり。人数は…六!」

「半数かよ」

「自動トラップだけじゃ心許ないですね。出ます」

「そうだなぁ、行ってくるわ」

「宜しく頼むよ。おっと。ケイナくんは待機」

「ぐぬ…」

ノルド、エリス、アルバ、シンシアが迎撃に出た。ルマリエはこの会議室の防衛、ケイナとエトラはお留守番だ。

「てゆーか。ユニ先生何処行った?」

「さあ。暫くは私と工房に籠もってたけど。その後は知らないわ」

「彼は、まぁ。居ても何にもならないが、居なくても何もないだろう。いや、本当に彼らのことは読めないんだけどね。そう信じるよ」

それでケイナは何となく、ザイもまた魔術士なんだなと思った。過度な神秘は受け入れ難い。

「だからそれより、Bの動向が気になるね」

「そっスねぇ」

この機に乗じて攻めてくるかどうか。それが問題だ。


「うん、いいね!オルクレア先生は流石の火力だ。だいぶ制御が出来るようになっているね。マツリ先生の雷矢も素晴らしい精度だ!」

ルエイエは三人掛かりの攻勢を避け、打ち消し、褒めちぎっている。

「完全に『授業』だなコレは」

アカシャは既に諦めムードだ。

「混戦になっちゃうと、お役に立てず…」

ネレーナは肩を落としている。バフも攻撃も、ネレーナは範囲効果の術しか持たない。敵味方入り混じる中で敵だけ又は味方だけを狙うことは出来ないのだ。

「あなたは参戦しないの?」

「教え子の成長を楽しんでんのに、おれさまが入ってくのは無粋だろ」

ハトの問い掛けに当然のようにそう答えた写しは、身を屈めてハトに頭を近付けた。

「テメーが咄嗟に放った使い魔はどうなった」

「気付いてたのね。どうなったかは知らないわ。完全自律型だから、お任せね」

でも、とハトはクノを見た。

「一人はこっちに来てしまいそうよ」

「あー、ちゃんと呼んでくれてたんだ」

マキの言葉に、クノは肯いた。そして、彼はやって来た。

「先生…!」

「! 驚いた。…どうやって?」

Bからの助っ人──フィアは、結界を壊さず、しかしその内に現れた。

「聞いたらもっと驚く」

にやにやと写しが言う。

これこそ、写しも驚いた神秘スレスレの大術。ヨハネスの術式にクノ、ダリ、ユーリカ、そして写しが改良を加えた共同製作術式。『空間転移《ショートカット》』である。

「なんと…!」

元々、ヨハネスが空間魔術を使用出来ることは知っている。扉の先の空間《へや》を挿げ替えるという術式だった。

「なんかわかんないですけど、凄いですよね!ワープです!」

「なるほどね。遺憾だが、それなら結界を少しずらそう」

フィアはAの拠点の建物内から現れた。これほどの大術であるのなら、恐らく転移には装置が必要で、それは建物内にあるのだろう。

ルエイエは器用にも結界を維持したままその範囲を移動させた。

「あぁっ。無意味だと思って解いて貰えれば儲け物だったんだけどね…」

ココットは残念そうにそう零した。

「呼ばれたのがフィアだけでも、ハトくんの使い魔が到着すれば他の人も来てしまうかも知れないからね」

「おー。バレてたな」

「驚かないわ」

ファズが来てしまうと少々厄介だ。ルエイエとしてはなるべく避けたかった。

「先程の火柱と爆発。Bも見ているだろうからな。こちらにはフィア以上には人手を割かないかも知れないな」

マツリの予想にフィアも躊躇いがちに頷いた。

「私だけでも、対処出来る…かも知れません!」

「おや。それは楽しみだ!」

「う!…い、いえ!『今の私』は、強いですよ先生…!」

ルエイエの笑顔に気圧されかけたものの、フィアは踏み止まって威勢を返した。


「お呼びに預かり参上したわよ〜、スナフくん。ちゃんと愚竜連れてきてあげたから感謝して頂戴」

「フン。遅いぞ魔女め」

「やだわ。ティフェレトではひとつ屋根の下、仲良く暮らしていたというのに。酷いわね?」

「何が仲良くだ!」

それこそ仲良く口喧嘩を始めたふたりを、クドルは首を傾げて見ていた。クドルの記憶上では、ふたりはもっと険悪だ。

「炎術士。属性特化型の攻性術士か。知らぬ顔だが、望まれたのなら相手をしてやろう」

「知らぬ顔、ね」

魔女は呆れを通り越した顔で竜を見た。

「まあ仕方ないわね。あの後記憶全部虫に食べさせちゃってるもの」

「だろうよ。構わん。今度は後ろから灼かれる心配はないからな!」

ナナプトナフトが竜と戦い始め、クドルは少し戸惑った。手を出しても良いものか測りかねたのだ。

「じゃあ、クドルくんは私と遊びましょうか」

魔女がクイクイと人差し指でクドルを招いた。

「隊長…じゃあ、遠慮なく」


感知した侵入者は六名。今エリスが遭遇した侵入者は二名だ。ガイとトビオカである。

「トラップが多いですね。これは…ノルドさんとケイナくんでしょうか」

「似てますか?多分、エリスくんですね」

弟子《ケイナ》に自分と似たような傾向があるという評価にエリスは僅かに頬を緩ませるが、何故かトビオカもやや嬉しそうにしている。

「ノールくんもエリスくんに憧れてましたから、何れにせよ同系統で読み易いですよ」

(あーまぁ、そうだけどよ…)

どうやらこのふたりはトラップを解除して回る先行隊のようだ。

(ノールがいた方が良かったなこりゃ)

防衛組の中ではノルドが唯一の武力だ。トラップの発見と解除が得意なこのふたりは今のCには天敵だ。早めに無力化しておきたい。とはいえ、エリスに戦う力はない。どうにかしてトラップで捕らえるしかないのだ。

(…しゃあねぇ。身を張るか)

幸い、相手はトビオカとガイだ。身体能力的には似たり寄ったり。ガイの魔術にさえ気を付ければ何とかならなくもないだろう。

エリスは透過の術具をオフにした。

「おぉーいおふたりさ…ってうぉッ!容赦ねぇ!!」

声を掛けた瞬間に雷術が飛んできた。ジャミングは効いているようで、ガイが杖を構えてから術の発動迄に一瞬のラグが生まれたお陰でなんとか避けられた。チ、と舌打ちが聞こえた気がした。

「ガイくん。スルーが一番ですよ。エリスくんには何も出来ません。トラップ解除を邪魔しに来ただけですからね」

「言ってくれんじゃねーかトビーてめぇ。初代特許王舐めんなよ!?」

「…なるほど。技だけでなく人間性も似ているようですね。親子よりも師弟の方が似るとは」

「そんなもんですよ。子どもほっぽりだして出て行った男ですからね」

「ぐぬぬ」

本当に好き放題言ってくれる。だが、相手の集中を乱す為に姿を現したのに自分が乱されていては本末転倒。

エリスは幾つかのトラップを起動させた。そして、相手の言葉に乗せられて激昂したフリをして手持ちの術具を振りかざす。インストールされているのは圧縮した空気を撃ち出す類の、殺傷力の低い術式だ。当たっても精々打身が出来る程度だろう。だが、打身が出来る程度には痛いのだ。

エリスは考えなしに撃っているように見えて、ふたりの上半身を狙っている。これを避けようとすると自然と屈む姿勢になるのだが──。

「ガイくん。しゃがむのは止めた方が良いです」

「ガスですか」

「彼が現れてから、空気の流れが変わりましたからね」

トビオカならば成分分析も有害成分の分解も得意分野ではあるが、流入しているとなれば流石に分解は追いつかない。空気の流れから見て同じ条件に居るエリスが無事なのだから、恐らく吸い込まなければ害はない筈だ。

「鬱陶しいですね…」

パリ、とガイの杖が紫電を帯びた時。

──プシュァァァ…ッ

「 ッ!!」

「泡!?」

壁から勢い良く吹き出した泡がふたりを包んだ。腰よりも少し高い位置から吹き出した泡は、ふたりの腕や胴から脚部分に纏わりついている。

「おーっしゃ、ベスト!…あ〜、火傷くらいは…って、大丈夫だなおまえらは」

露出の少な過ぎるふたりは泡に触れている素肌部分はなさそうだ。

「特別仕様の速乾性だ!そろそろ動けねぇだろ。乾いちまえば硬〜くて断熱に優れる絶縁体だ。現在主流の工業用術式は殆ど俺が考えてんだからな。言ったろ、特許王舐めんなって」


エリスが魔改造発泡ウレタンで敵を無力化していた頃。ノルドはオブシディマスとウイユを発見していた。

(ああ、いいルート取りだ。来い来い…)

彼らの進む先には踏んだら沈む床がある。一見砂だが、力を与えるほどに液状化する。中には絡みつきやすいものを色々と仕込んである。

「む…?」

一歩踏み出したウイユが、静かに沈んでいく。

(は?)

しかし、全く暴れないウイユの沈下は途中でなだらかになり、止まった。

(嘘でしょ)

「引き上げて貰えるか」

「解った」

簡単に引き上げられてしまった。

オブシディマスは圧力操作に長けている。難なく対応され、ふたりは先に進んでしまう。

(いや、まだ…他にもあるから)

相性が悪かった。そう思い、ノルドは次のトラップに期待をかける。

しかし、ふたりを止められない。物理的なトラップは食らいながらも正面突破。精神的な揺さぶりには一切引っ掛からない。心と身体が頑丈過ぎる。

(相性…根本的に、トラップ自体が相性が悪い…!)


一方、シンシアはノイチェとフェディットを見つけ出した。ふたりは侵攻する気はあまりないようで、空き部屋を見つけ出してゆっくりしていた。

(だけどその部屋、トラップルームなんだよね)

シンシアとしては、このトラップは仕掛けられたものの内でも性質《たち》が悪い方だと思う。

吸音の部屋。音魔術対策として冗談交じりに提案された。音魔術対策としては確かに有効だが、そうでなければただの嫌がらせに過ぎない。

(まあ、侵攻する気がないなら暫くは様子見ててもいっか)

扉を蔦でガチガチに固めて、シンシアはその場を離れた。


Aチーム拠点前。

フィアと撃ち合いながら、ルエイエは口を歪ませた。

(本当に強い。これは驚いた。きっとまたいつかのように、僕の知らない時間を過ごしたフィアが居たのだろう)

哀しさ、悔しさも感じれば。歓び、愉しさも感じる。

(実に複雑だ)

それでも拮抗する──ともすればあちらに傾きかけるこの撃ち合いは心躍る。

「あぁフィア、君はいつも僕を驚かせてくれる!楽しませてくれる!」

「先生!こんなのっ、知ってますか!?」

「──!?」

フィアがルエイエに向けた杖をクイ、と動かす。それはルエイエが撃ち出したタイミングで、途端、魔力を大量に奪われた感覚に襲われた。フィアは間髪入れず、その奪った魔力をルエイエに叩き付ける──!

刹那、ルエイエは笑んだ。

「うそ──」

力を奪われた際に傾けた上半身を更に低くして、フィアの腹に飛び込むように地を蹴る。フィアの攻撃を避けると同時に、拳(・)を(・)叩(・)き(・)込(・)ん(・)だ(・)。

吹き飛んだフィアは、何度も咳き込みながらヨロヨロと身を起こした。

「先生が、体術なんて…」

実際には、拳から魔力を放ったのだ。細身のルエイエには人を殴り飛ばせる程の腕力はない。

「ふふ。僕だって成長する。新しいことを学んでいるよ。ルマリエやフィアに負けていられないからね」



完全に遊ばれている。何とか一度だけでも驚かせてやりたい、とクドルはルルイエの攻撃を捌きながら考えていた。

「いいわね、闘志があって」

治安維持部隊に所属してから様々な任務をこなしてきた。経験も増え、実力は増している。だが届かない。天賦の才に努力を足して出来上がったのが隊長《ルルイエ》だ。そうクドルは認識している。幸運を引いただけの自分が上回れるとは思っていない。しかし、一矢くらいは報いたい。自分だって、努力していないわけではないのだ。その為には。

まず、隊長相手に魔術戦を挑んではいけない。なるべく物理の届く距離を確保する。近くでは師と竜が戦っている。半壊しているとは言え屋内だ。隊長も何処までも後退出来るわけではない。

剣の届く距離に。蹴りの届く距離に。

単純に押せば、距離を取るための範囲攻撃が来る。隙を突いて一気に詰めなければならない。だが隊長に隙はない。だから、作らなければ。

『格上相手には、相手の力を利用する戦い方を──』

まずは単純に押す。来た。距離を稼ぐための範囲氷結。水蒸気が起きない程度の熱を足に纏わせ、薄く溶かしながら滑り込む。

重ねて氷刃が降り注ぐ。ある程度は気合でカバーしつつ、出来る限りは風で散らす。

最後に分厚い氷の壁は、この距離ならもう水蒸気が発生してもなんとかなる。一気に溶かして剣を振る。

「 惜しかったわ」

「っ」

脇腹を氷刃が貫いた。

「スケートには吃驚したけれど」

氷の上を滑る遊びはケテルにはあるらしいがコクマには普及していない。

クドルは氷柱を抜き捨て、傷口に手を押し当てた。

「強引な治癒術は感心しないわよ。…まだやる気?」

冷や汗を流しながらも、クドルは肯いた。


ディエルゴの放った雷撃は、ナナプトナフトに届かず地へと流れた。

「む…」

「フン。そんなものか」

ディエルゴは玄獣だ。魔術士ではない。扱う業《わざ》は術ではなく。甚だハイパワーではあるが、自然現象に近いのだ。

「落雷程度、ルエイエの結界でも容易に防げる!」

竜の本性を現さないのならば、正面から対峙した今、ナナプトナフトにとって敵ではない。

「むむう。しかしこのゲームには人型《このカタチ》で応じると決めているのでな」

「一度曝しているだろう」

「あれは私の所為ではない!」

立て続けに襲う雷撃を逸らし落とすナナプトナフトはほぼ動いていない。ディエルゴは慣れない身体で肉弾戦を仕掛ける気はないようだ。お陰で熱は溜まってきている。更に二、三の雷撃を落とし──仕掛ける準備は整った。

「守護獣ディエルゴ。戦い慣れてないおまえの負けだ」


「あらやだ。ディエルゴ、死んだわね」

そうかも、とクドルは思った。

「巻き込まれるわ。私たちもお開きにしましょうか」

一撃でも見舞いたかったが、仕方がない。砦も自分ももう保たない。

「……悔しい」

「ふふ。いい感情ね、クドル。精進なさい」

クドルは渋々ながらにルルイエの肩を借り、ナナプトナフトの後方へと退避した。


ディエルゴの雷撃に合わせて、ナナプトナフトは術式を解放する。散々頂いた雷撃《エネルギー》を、圧縮して撃ち返す。ナナプトナフトの指先から空に引かれた線のカタチに、世界は一度切断された。そんな錯覚。その内に何処からか、ズズ、ズズズ…と音がなる。

「…ぐぅ…ッ キサマ…」

壁も柱も、斜めに切り裂かれ崩れ落ちていく。ディエルゴは落ちた左腕を拾い上げた。灼き切れた断面は出血を防いでいる。

「『ゲーム』だからな。腕の一本で勘弁してやる。──撤退だ!」


轟音と振動。ケイナがビクッと音の方向へ頭を向けると、ザイは淡々と状況を言葉にした。

「崩れたね」

「…そっスね」

ケイナは先程消されて以来D側に偵察を送っていない。使い魔は事故死だった可能性が高いが、『嫌がられた』可能性もあるからだ。代わりに見ていたのは。

「B、こっち来てるみたいッスよ」

「そうだよね。良かったねルマリエくん」

「全員で、ってこともないだろう?クーシェをやりたいんだ、私は!」

ルマリエはぶぅと頬を膨らませる。

「まぁまぁ。そうだねぇ…スナフくんたちが戻ったら、君が動いても構わないんじゃないかな」

「よし!では行ってくるぞ!」

ルマリエは即飛び出して行った。

「気が早い…まだ先生たち戻ってないじゃない」

エトラが呆れていると、入れ替わりで入ってきたのは──

「ハァイ、お届け物よ」

魔女とクドルだった。


ケイナとエトラは蒼白だ。クドルは重症に見える。敵の最大戦力が司令室に入り込んでしまった。そして此処に戦力はいない。

「おや。酷くやられたねクドルくん」

「すみません」

「エトラくん。出来る限りでいいから診てあげて」

魔女に警戒しつつも、エトラは指示通りクドルに寄り添う。どうやらザイは魔女を警戒していないように見える。

「スナフくんは捕虜回収中よ。すぐに来るでしょう」

魔女は当然のように椅子に腰掛け、寛いでいる。

「ルルイエ師。お茶でも飲むかい?」

「遠慮しておくわ」

ザイは自ら茶を淹れ、ゆっくりと飲み干した。

(…どういう状況だ?)

ケイナはまずは状況を理解しようと、場を観察することにした。相手は魔女だ。自分が目立つのは得策ではない。目を付けられたくない。空気になりたい。

しかし。

「あら。あなたがケイナくんね」

「あ、ハイ…」

声を掛けられてしまった。胃の腑を引き攣らせながら小さく会釈を返す。

「あの人の弟子。ザイにも気に入られているのねぇ」

見定めるような視線が痛い。

「あー、ハハ…お世話になってます…」

「ふぅん」

どう判断されたのか。取り敢えず、見定めは終わったらしい。魔女はケイナから意識を逸らした。

「ルルイエ師。このままだとCが勝ってしまうけど、いいのかい?」

「あら強気ね。まあでもそうね。フィアちゃんとルエイエがどうなるかは解らないけど、Dはスナフくん相手に全滅でしょうし。Bもルマリエ相手に望み薄よねぇ」

言われて、ケイナは使い魔を確認する。確かに此方に向かうBの群にフィアの姿はない。Aに居たのか、向かったのか。何故ルルイエはそれを知るのか。

「でも、此処に来たってことは勝敗を引き延ばしたいんでしょ」

クドルを処置しながらエトラはボソッと零した。ルルイエさえ居なければ、ナナプトナフトが捕虜を追い出して終わりだった。Bが来る前に勝利条件を満たすことが出来たのである。砦に入らせなければいいのだから、ABに打って出たのは良策だったとエトラは思う。だが此処にルルイエが一人居座るだけでそれは叶わない。

「折角の舞台ですもの。皆でやり合わないと勿体ないじゃない」

「なるほどねぇ」

溜息を吐いたザイが自分に指で小さく合図を出したのを、エトラは見逃さなかった。



ルマリエは一蹴り一蹴りに魔力を乗せて、跳ぶように駆けた。程なく敵影を視認し、今度は前方ではなく上方へと大きく跳躍する。大気に圧を掛け、降下と共に振り下ろす。

「きゃ!?」「ぁぶなッ!!」

先行して走っていた二人が跳び退く。

「残念!仕留め損なったか!」

ルマリエはビシッと指を向け、Bの面々に胸を張る。

「光栄に思い給え、ルマリエ先生が相手だぞ!だから砦への侵入は叶わない。そこは残念だったな!」

ジユウとルカは目を丸めた。

「何この…」

「見た目チビ先生なのに…」

「「凄く尊大な…!?」」

「はっはっ!私は何事も正当に評価する。自分とて例外でないとも!」

ふたりが呆れ返っている内に追い付いたファズが叫ぶ。

「真っ向から相手する必要はない!隙を突いて砦へ!」

「フフン!隙などないとも!」

脇を抜けようとしたジユウは風に巻き上げられ、その間にと走り出したルカも砂に流された。

「ううむ、沙漠というのも新鮮なフィールドだな。そこそこ扱いやすい」

ルマリエは敵を把握する。身体能力に優れたルカとジユウ。そうでもなさそうなファズとソーマ。ユーク、ユグシル、ピノ辺りは平均的だろうか。攻性術に優れた者はいなさそうだ。ほぼほぼ初戦のメンバーと変化ない。

「お祖父様ならここから二拠点同時に攻撃──なんてことも出来るんだろうが、私は出来て一つだな」

遠目に見えるBの拠点。今此処にクーシェの姿がない以上、奴は拠点にいるのだろう。

ルマリエは視線を近場に戻した。厄介な封術師は此処にいる。

遠くを狙うなら電磁系がいいだろうか。しかし、ルマリエはナナプトナフトを師と仰いでいる。誇りある炎熱系でいこう。

そうこう考えている間にも、敵の足止めは欠かしていない。反射《リフレクト》され難い範囲攻撃で相手をしつつ、拠点に狙いを定めた術式を組み上げる。

Bの拠点から火柱が上がった。そして、ルマリエは気が付くのが一拍遅かったことに気付いた。

「君、何をした?」

ピノがユグシルの肩に手を置いていた。能力強化の補助を受けて、ユグシルが何某かの術式を発動したことになる。だがそれはルマリエに向けられたものではない。

問われたユグシルは答えない。ルマリエは術式の痕跡を探る。粒子、振動、磁圧…

「『音』…、連絡か!」

ルマリエは安心した。知らせた所で、精々逃げることしか出来まい。師には及ばずとも、ルマリエもまた高火力を誇る。気付いて飛び出したとて、爆発には巻き込まれただろう。

「さあ、君たちを捕らえておしまいといこう!」



「おや。観客が増えているね?」

ゼェハァと肩で息をするフィアにそれに気付く余裕はなかった。結界の外には、ルエイエの見知った顔が並んでいた。

ユーリカ、ダリ、ヨハネス、そしてクーシェ。

少し考えて、ルエイエはルマリエが待ち切れずに飛び出したのだと察した。

「仕方がないな…」

最終防衛ラインを任せていたのに、と息を吐く。こうなったなら、仕向けたのは宰相だろう。そして今頃司令室には母がいる筈だ。あのふたりは『通じ合っている』。言葉も瞳も交わさずに連携が取れる。だがしかし。それは「相手に合わせよう」という合意の下に成り立つ。どちらかがそれを拒否すれば──簡単に裏をかける、ということだ。

「さあ。楽しい時間だったがそろそろ終わりみたいだ」



「ケイナくん、これ片付けて来てくれるかい」

「え?ああ、はい…」

ザイに指示され、ケイナは彼が一杯飲んだだけの茶器を下げる。

「スナフくんたち遅いわねぇ」

ケイナが部屋を出た所で、

「ルルイエ師」

「 ──、」

なぁに、と口にし掛けた言葉は出なかった。真っ白になって固まっている。エトラはその様を呆れ顔で…若しくは引き攣った半笑いで見ていた。

魔女の喉がコクリと小さく動く。漸く脳が動き出したのか、しかしその時には既に遅かった。突き飛ばそうとする腕の動きは弱々しく、すぐにクタリと力を失った。

「───はぁ。うまくいって良かった。すまないね。もしリル・ラーレが此処にいたら、この役は彼に任せたんだけど」

ザイは口元を拭って、ルエイエをソファに横たえた。

「さあ、ゲームを終わらせてしまおう。流石に目を覚まされたら合わせる顔がないからね」

目が覚めた瞬間に殺されるだろう。


「捕虜は全て摘み出したぞ。…どうした、それは」

「おーう、何とか戻っ…ルルイエ!?」

続々と司令室に集まってきたメンバーに、ザイは平然とルルイエを預けた。

「リル・ラーレに任せよう。師を砦の外に出せば、我々の勝利だ」

「お、おう……え?」

助けを求める視線を向けられても、ケイナにもワケが解らない。茶器を片付けて戻ってきたら、既に魔女が倒れていたのだ。エトラもクドルも何も語らない。

多くが現状に戸惑う中、シンシアは机の上の薬包紙に気が付いた。一枚だけ開封されている。

(これは…)

チラとエトラに視線をやる。視線に気付いたエトラは、気不味そうに顔を逸らした。

エトラは何でもかんでも作っただけだ。その中から、ザイが見付け出したのだろう。

舌下吸収の即効性睡眠薬。軽度の筋弛緩効果もある。

(………)

何となく、嫌な予感程度だが、どう盛ったのか察してしまった。シンシアはザイを盗み見る。彼の心証は、『苦手な相手』から『軽蔑対象』に変化した。



そして、ゲーム終了の合図が響いた。

見事、Cの勝利である。





「あら。こんな結末?Cの勝因は、宰相さまがゲームに飽きてしまったことね」

「飽きてしまった、というより。彼が期待した流れにならなかったことでしょうか」

二人の眠鬼は話し合う。この物語の感想を。

「魔女の狙い通り、総当たりで最後まで楽しみたかったわ」

「きっと、故にこそ反旗を翻したのでしょうね」

「そういうものかしら」

まあいいわ、とユニは明後日の方向へ目を向ける。

「あなたはどうだったかしら。約束通り、これは忘れて貰わなくてはならないけれど。また別の可能性を望むのなら、また別の、何処かの私たちに…是非付き合ってちょうだいね」

「それでは、またいずれ」

何処かで会うこともあるかも知れない。彼らの物語は続いているのだから。

(同物語のAB視点はカクヨム、D視点はノベルアップ+にて)

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