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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
92/92

記念の夢 C-1

(こちらでは話数がずれ込んでしまっていますが、こぼれ話の100話記念のお話でした)

「あらあら。そうね、切のいい数字ですもの。お祝いしましょう」

ユニはそう言って微笑んだ。誰に向けてかは不明である。

「色んな記録を混ぜましょう。ええふんだんに。そう、例えば語られなかった運動会の話。台詞なくダイジェストで流されたチーム戦の話もあったわね。そうね。ドタバタさせるには丁度いいわ」

これはよくある『眠鬼の遊び』。あらゆる時代と世界線からデータを引き寄せて、本来有り得ない、決して起こり得ないシチュエーションをシミュレートする。たったひとりの為の大演劇。本来彼女らはそれを他人に共有する事は無いのだが──

「ふふ、特別よ?還る時には、きちんと忘れてちょうだいね」

演目はチーム戦。攻防戦だ。攻勢チームと防衛チームに分かれて競う。但しそれぞれ二組ある。合計四チームでの競い合いだ。攻防それぞれ大チーム同士協力して敵対勢力を排してから優劣を決めても良いし、逆でもいい。

お祭り騒ぎの開幕である。


各チームはそれぞれ与えられた『作戦会議室』でメンバーを確認していた。

防衛Cチームのメンバーはノルド、エリス、ユニ、エトラ、ルエイエ、ザイ、ルマリエ、ケイナ、スナフ、クドル、シンシア、アルバの十二名だ。

メンバーを確認すると、ルエイエは頷いた。

「いいね、指揮は宰相に頼もう」

「僕が向いているとは思わないけどね。とはいえ他の役割で戦力にはならないから、引き受けようかな」

才のあるメンバーばかりだと息を吐く。

「それじゃあ早速、結界を張って貰えるかな?盗み見されては恥ずかしいからね」

ザイは人差指を口に当てて、別の手で壁を指した。ルエイエは「おや」という顔をしてから頷きを返す。侵入防止と、視覚の阻害を主とした結界を防衛範囲内に張り巡らせる。ザイは空に指を走らせた。その軌跡は数秒の間残像を遺してから消えていく。書きながら、読みながら、それぞれに別の会話を続ける。

「先生が一緒ですか!頑張ります!」

ルマリエはナナプトナフトの手を取って握り締めた。

キラキラとやる気を振り撒く己の孫と知己を見比べ、エリスは疑惑を募らせる。

「本当におまえが父親じゃないんだろうな?」

「ち・が・う!」

ルマリエにナナプトナフトの影を見る者は少なくない。ルエイエの中身をナナプトナフトに換えたらそれがルマリエだ。そしてこの懐き様である。

「しかし先生は私の育て親のようなものですから、父親と言っても」

「ややこしくするな、違うと言っておけ!」

仲の良さそうなナナプトナフトとルマリエを僅かに羨ましく思いながらも、クドルは肩を落とした。

「先生と一緒か」

「…なんだ。残念そうだな?」

「少し」

そう答えたら殴られた。折角夢なら、戦ってみたいとも思ったが──折角夢なのだから、共闘できる方が良いのかも知れないと思い直した。

「戦闘向きじゃない人も多いけど、戦闘向きの人が強すぎるわね」

それでバランスは取れているだろう。エトラの言葉を聞いて、ノルドは改めて戦闘員を見渡した。

「うーん、武器の要らない面々だね。まあ防衛側だし、トラップでも作ろうかな」

「そっすね。凄いの仕掛けましょう。おっさんも居るし」

「トラップなら私もお役に立てるかも知れないわ」

「うーん、僕も戦場は向かないからなぁ」

ケイナ、シンシアに続きアルバも乗ろうとすると、

「いや先生はこっちじゃないでしょ」

「前線で撹乱して貰わないと」

「えぇ…」

切り捨てられた。

「そう言えば、他の皆は大丈夫だけど…」

ふとユニが口を開く。壁とザイに順に目を遣り、敢えてだと強調してから続けた。

「ケイナさんは死んだら死ぬから気を付けてね」

「はっ!?」

皆は大丈夫って何だ。何故私だけ??万感を込めた一音に返事はなかった。


「ん〜〜!」

外に出て、思い切り伸びをする。筆談は疲れる。先生たちは苦でもないかも知れないが、ケイナに並行作業は荷が重い。エトラも極端に口数が少なくなっていた。Cにはアルバがいるので視覚情報は幾らでも誤魔化せるが、盗聴はいただけない。今はルエイエが完全遮音の結界を別室に作っているだろう。全部隠すのではなく、盗聴に気付いていない態で適当な会話を敢えて洩らす。流石宰相さまは嫌らしい。

ケイナは指示された通り攻勢側の調査に出向く。今の処他チームのメンバー把握は完全ではないだろう。攻勢側の顔をして平然と要塞の外を歩いていた。

護る以上外観の確認も必要だ。この要塞は大凡左右対称に見える。自分たちの反対側にDがいるのだろう。

そのD側と予測される城壁の前で、ハトを見付けた。見知らぬ長身と話し込んでいる。

(ひょっとしてハトはデカい男が好きなんだろうか)

しかし普段獲物にしているのは細い男だ。ハトが小さいから長身と並んでいると目立ってしまうだけで、特に関係はなさそうだと結論付けた。

「あらケイナ …あなた、どうして…」

「え?」

声を掛ける前に気付かれたのはいいが、質問の意図は解せない。ハトはケイナの姿を視認するや、小首を傾げている。横にいた男もまたケイナを暫し観察し頷いた。

「なるほど。再現が難しかったのだろうよ。しかし危険なことをする」

「…そうね。けどまぁ、ケイナだし」

ハトとこの長身は親密そうだ。少し面白くない気分だが、特に何をされたわけでもない。

「ええと?そちらの方は?」

「泣き虫竜よ」

「………守護獣?マジで?」

とんでもない敵を知ってしまった。

「ディエルゴ」

何処からか呼ぶ声が聞こえ、竜は肩を竦めた。

「私の自由時間は終わりのようだ。ではな」

小さく手を振るハトを見ながら、ケイナは強いと思っていた自陣が意外と優位でもないと察した。

(今の声はディマス先生だ)

竜は要塞に戻っていった。つまり、オブシディマスとディエルゴはDだ。

「ハトは行かなくていいのか?」

「ええ。散歩の途中なの」


一方、エリスとノルド、シンシア、アルバの四名は遮音結界を張った部屋──『防音室』で、完成させた蓄音機を稼働させながら作業中た。

「ぃよし!迎撃トラップはこんなもんか?」

「あとは量産が間に合うか、ですね」

「ジャミング用の術具はちょっとまだかかるね」

この会話を、数時間後の適当なタイミングで再生させる。相手は準備が出来ていない、と思わせられれば上々だ。

「しかしまあ…気に入られちまったみてぇだなぁ」

エリスは部屋の扉に目を遣った。偵察に駆り出されたままの弟子は戻って来ない。弟子を気にするエリスにアルバは眉尻を下げて答えた。

「幅広く学んでますからね、塔の人間にしては顔も広い」

粗方メンバーの能力を把握した後、ザイはケイナを「使い勝手が良い人材」と判断した。何かとお遣いを頼まれ、ケイナは結局トラップ作成に参加出来ずにいる。

「かわいそうに」

初対面だったが、シンシアは既にザイを苦手な人間としてカテゴライズしていた。故にケイナに同情的である。

ノルドは口には出さず、「彼なら割と歓んでるんじゃないかなぁ?」とぼんやり思った。文句はたくさん吐くだろうが、基本的に評価されることを怖がりながらも歓ぶタイプの人間だろう。


戦力組は、各自適当に防衛範囲内を彷徨いていた。この城塞は二階建てで、プラス地下と屋上がある。Cが拠点としている作戦会議室は二階に位置する。

「おや、スナフくん。見廻りですか?」

その二階の南北接続部付近にて。掛けられた声に構えることもなく振り向けば、トビオカとウイユが立っていた。

「ああ。おまえらは揃ってDか」

「敵と出会って警戒もしないとは余裕だな」

ナナプトナフトはウイユに呆れ顔を返す。

「おまえらがぼくの敵たり得ると?笑わせるな」

「まあそうです。トビオカくんからは仕掛けませんよ。そして君がトビオカくんを狙うとも思っていない」

フンと鼻を鳴らし通り過ぎようとするナナプトナフトに、トビオカは言葉を続けた。

「スナフくん。此方には、紫電竜がいます」

それを、どういう意図で告げたのか。

「おお、恐い恐い。トビオカくんは退散しますよ」

振り返ったナナプトナフトの視線を受け、トビオカは肩を竦めて立ち去った。

「………」

ナナプトナフトには、『終わりを迎えようとしていた世界』の記憶がある。紫電竜に背後から半身を焼かれた記憶が。師と弟子が揃ってバカをやらかしたのを、止められなかった記憶が。

一方、平和に続いた日常の記憶もある。だからそれがどうということもない。ただ。

(Dとの共闘だけはナシだ)


一階の見廻りをしていたルマリエは、やはり連絡路付近で見知った人陰を見付けた。

「おや!フェディット先生にカノトくんじゃないか。ふたりはDか。調子はどうだい?」

声を掛けると、ふたりは盛大に肩を揺らして身構えてしまった。

「おっと…まだ手は出さないとも。お互い準備期間は必要だ」

掌を向けて戦意がないことをアピールする。ふたりは顔を見合わせ、曖昧に笑顔を返した。

「そちらは良さそうですね、調子」

「メンバーがいいぞ!」

ルマリエは胸を張る。Cのメンバーは多くが親子や師弟で構成されている。指揮系統もスムーズだ。対して、フェディットとカノトは揃って疲れた表情を見せた。

「それは何より」

「ええとても」

Dはメンバーに不満があるのだろうか。だとすれば、そこは付け入る隙となる。


「もっどーりまっしたー」

作戦会議室に戻って来たケイナは、トラップ作成班に防音室の完成を筆談で尋ねた。

「おー。おかえりー」

師から親指で一室を示され、頷きを返す。

「あれ?宰相は居ないのか。んじゃ報告はあーとで」

そう口にしながらザイを連れて防音室へ直行した。


ケイナはザイに一頻り外の具合を報告した後、「それから」と切り出した。

「筆談たるいんで報告遅れましたけど、初手で各陣営に使い魔放ってたんスよね。なんで、はいコレ。私が知ってる顔はこんな感じでした」

「いいね。期待以上だ」

ケイナから渡されたリストを興味深く覗き込む。

『A:エミリ、マキ、オルクレア、マツリ、古臭いローブの男(ディマス先生よりデカい!)、かわいい小さいの(目隠れ)、リーヴィー、ネレーナ、呪学とかで見た美人(確かウイユんとこの研究生)、ハト、アカシャ、ココット 十二名

B:ダリ、ヨハネス、ユーク、ピノ、ソーマ、ユーリカ、クーシェ、ルカ、ファズ、色んな授業で見た赤い服の金髪褐色(デカめ)、ユグシル、学長の弟子 十二名

D:紫電竜、ディマス、トビー、ウイユ、ノイチェ、フェディット、カノト、他不明』

「不明、というのは知らない顔だったということかな?」

「違いますね。D拠点には入れて貰えなかったんで、偵察時と併せて外から確認出来たのがそんだけってことです」

「なるほどね」

確認出来た中でケイナが知らなかった顔はAの二人だけだ。

「誰がいると思う?」

「さあ。まあ、ガイ先生とか」

「ガイ…ああ彼」

ザイも彼とは面識がある。学生時代のルームメイトだ。ザイは考える。自分がこの行事に参加させられている理由はサッパリ解らないが、自分やディエルゴがいるのならば師もいる筈だ。AからCは全て十二名で構成されている。となればDも同数だろう。確定が七名。あと五名いると仮定しておこう。

「よし。じゃあ皆の前でもう一度、偵察の報告を頼むよ。そのままでいい」

「了解っス」


防音室を出ると、内部偵察組も戻ってきていた。

「おや。皆戻ってたか。どうだった?」

「どうもこうも。ああ、Dにはウイユとトビオカがいたぞ」

「フェディット先生とカノトくんにもあったぞ!」

「へぇ」

クドルとルエイエにも目を向ける。クドルは「何もない」と首を振る。ルエイエも頷いた。

「侵入防止の結界は調子良好だよ。もう少し範囲を広げるかい?」

「いいや、今の程度でいいだろう。攻性側がDを攻める時の邪魔になってもいけないしね」

内外の偵察結果を報告し合いながら、皆でケイナの報告書…他チームのメンバーリストを覗き込んでいた。名前の不明な箇所に、判る者が名を書き込んでいく。アルバが『色んな授業で見た赤い服の金髪褐色(デカめ)』→『ジユウ?』、ルマリエが『かわいい小さいの(目隠れ)』→『クノ』を書き足す。ケイナはジユウについた『?』を二重線で打ち消した。

次いでエリスが『呪学とかで見た美人(確かウイユんとこの研究生)』→『カルタ』、ルエイエが『古臭いローブの男(ディマス先生よりデカい!)』→『聖霊の写し?』と書き足した。数名が息を呑む。ケイナはその脇に他の特徴を書き足した。『デカい杖─2m±、変な髪型』。頷いたルエイエより先に、ナナプトナフトがその『?』に打消線を引いた。

「………」

ルマリエが口を尖らせた。結局入れなかった聖霊の隠し部屋。その部屋の主だという聖霊の写しを、母と師は知っているのだ。僅かばかりの悔しさが滲む。

ルマリエ、ルエイエ、ナナプトナフト以外は顔を見合わせる。聖霊の参戦など信じられない。というか、聖霊の存在自体が信じられない。だが、国家守護獣が実在し更に今回参戦している以上、あり得ない話でもないのかと思い直す。

「そうだ、Dと言えば──」

ナナプトナフトが言いかけた刹那、雷鳴が轟いた。多くの者が目を丸くして顔を上げた。

「ディエルゴがはしゃいでいるようだ」

ザイが無感情に述べる。ナナプトナフトは苛立たしげに目を細めた。

「…そのようだな。アイツはDだ」

「紫電竜此処に在り、かぁ。カッコいいなぁ」

暢気に零すノルドを一瞥し、ナナプトナフトは会議室を出て行った。

「え?今、何か怒らせる要因あった?」

シンシアは目を瞬かせた。ノルドは困ったように笑っている。ザイは手元の資料に目を通しながら、やはり興味なさそうに理由を明かした。

「スナフくんは、アレに殺されたことがあるからね」

「…?」

何かの隠喩かと頭を捻るが、解りそうにない。ケイナは三秒で諦めた。

「そういや姿が見えないけど、エと… ………。アイツは?」

誤魔化せただろうか。まあいいだろうと開き直る。エリスが呆れた顔をして『開発室』を指で示した。

「あー」

開発陣を大興奮させた工房である。きっとDにも、何ならABの拠点にもあるのだろうが、錬金術士や術具開発者には夢のような──まあ本当に夢なのだが──工房なのだ。必要な材料、望む機材が何でも手に入る。全員の能力が活かせるようにという配慮なのだろうが、あまりの素晴らしさに工房から出たくなくなるのが難点だ。薬師たるエトラも例外ではなかった。戦略そっちのけで『作ってみたかったもの』を作り込んでいる。

「あっちはー…その、どう?話し掛けても良いカンジ?」

開発室の遮音結界について尋ねると、エリスは両手の人差指で✕を作った。

「まああんま邪魔してやんな。楽しそうだからよ」

「あー、りょーかい」


「……ふふ…」

貴重な薬草たちと向かい合い、エトラは思わず息を漏らした。本当に、無限にここに居たいくらいだ。有用そうな薬の他に、無意味に化粧品まで作ってしまった。

(此処、本当に凄い)

エトラは夢中になって、思いつく限りの薬を作り続けた。


「さて、他に何かあるかい?」

「………」

黙ったまま、ケイナとノルドが手を挙げる。ザイは頷いて、防音室へ足を向けた。

「では解散だ。トラップが遅れているね。頑張って」

「おーう」

適当な返事をしながらエリスたちも後に続いた。


「さて。何かな」

「「オルクレア先生対策を…」」

キレイにハモって、提案者ふたりは顔を見合わせた。ケイナは続きをノルドに任せた。

「あ、うん。この城塞、見た限り土壁なんですよね。操られたらおしまいなので…」

「………」

ザイは額に指を当てて暫し黙り込んだ。

「壁を、操るのかい?その先生は」

「そっスよ。壁っつーか、土の塊なら凡そ」

「玄獣なのかな?」

「近いかも知れませんね。竜種ですけど」

「諦めろザイ。世の中不思議はいっぱいだ」

「そうだね。今は現実を見るとしよう。対策か…壁を操られないように…?」

三人は生暖かい目で揺らぐ宰相を見守った。

「オルクレア先生に細かい操作は出来ないだろうから、対策も大雑把で問題ないと思いますよ」

悪気なく失礼なノルドに苦笑しつつ、ケイナも考える。

「中庭にいるオルクレア先生はほぼ無敵だったけど、教室ではそこまでじゃない。てことは、レンガとかの加工品なら操れないのかも?」

「いや。レンガも吹き飛ばすよ、オルクレア先生は」

ルエイエが入って来ていた。

「だが板張りの教室ではそうはいかない。恐らく地面に直接触れる必要があるんじゃないかな。見てきた感じだと、地続きの面が広い程威力が増すのだろう。細かく区切ってしまえばいい」

「なるほどね。じゃあシンシア先生にお願いしよう」

サラリとシンシアの名を出され、ケイナは舌を巻いた。人材の能力把握と的確な運用に長けている。なるほどこれがコクマ国の実権を握る人間かと素直に感心してしまった。


シンシア、アルバ、エリスは範囲内にトラップを仕掛けて回ることになった。護衛としてクドルを連れている。壁に蔦を繁らせ、根を張らせる。木板を敷いたり、樹脂を流したりして露出した地面をなくしていく。同時に、アルバは幻術で通路を塞いだりあらぬ道を作っていった。そして所々に完成済みのジャミング装置などといったトラップを仕掛ける。それにも見つかり難いように幻術を掛けた。


一息吐いたケイナは飲用水を用意しに向かった。要塞内には水路が引かれている。最初にノルドが汲んできてくれた分は殆どをエトラが持っていってしまったので、追加補充をしてきたのだが。

「ん?………!!…!」

汲んできた水を濾そうとした所で異変に気付いた。勢い良く顔を上げ、辺りを見回し口をパクパクさせた後、目に付いたザイを防音室に引っ張り込んだ。

「水、やられてます」

「毒かい?」

そう問われると返事に困る。ケイナは曖昧に肯いた。仕込まれていたのは極小の使い魔だ。寄生虫の要領で人体に悪影響を為す。

「盗み聞きもソレかな?」

「それはたぶん違うかと…初めに汲んだ分は異常なかったんで」

それに、小さ過ぎて多過ぎる。制作者は恐らくハトだ。性格的に投入後は制御もしていないだろう。

「ふぅん」

「エトラに虫下し作って貰いましょう。万一飲んでる人がいれば、早く対処した方が良い」

「じゃあ対処を頼むよ。何人かは引っ掛かったということにしておこう。それ飲むとどうなるんだい?」

「どうなるんだろう…胃から喰い破られるとかじゃないですかね」

「最初は胃痛か。まあ症状は特定させない方向でいこうか」


情報を共有すると、一同は何とも言い難い表情で水を眺めた。幸い、誰もまだ口にしては居なかった。口にしたらどうなるのか。

使い魔の形になっている術式は、解析が難しい。特にハトが得意とするのは疑似生命の創造である。疑似とはいえ生命の形を持つ以上、魔術での干渉は困難だ。極小サイズであろうと、ルエイエをしてもこの複雑なアプリケーションの解析には時間が掛かってしまう。

飲んでみるのが手っ取り早い、とザイがグラスに手を延ばす。ルエイエとナナプトナフトがそれを止めた。なら、とノルドが手を挙げる。参戦不能になって一番損失が少ないのは自分だろうという判断だ。工房から引き摺り出されたエトラが、水の観察を終え顔を上げる。薬包紙を取り出し、ヒラヒラと皆に掲げてみせた。いざとなれば下せるし、今なら大概の症状に対処出来る。薬の在庫は充分だ。自信のある様子に、ノルドは水を飲み干した。


防音室で暫く様子を見た結果、胃痛や吐き気といった症状は出なかった。顕れたのは、若干の目眩と全身の疼痛、そして術式の構成不全である。

「えぇと、それこそジャミングに似てる」

感覚を端的に表すと『体内からジャミングを受ける感じ』らしい。要は、魔術が使えなくなるということだ。全く使えない訳では無いが、暴発の恐れが多い。

「あくどいというか、ギリ倫理守ってきたというべきか…」

疼痛は、恐らく身体が異物と戦っている証だろう。数時間で無力化出来ると予測される。

「魔術抵抗が高い人間が罹るには違和感があるね。ルエイエ親子とスナフくんはナシだな」

「開発班は罹ってもおかしくねーな。けど、向こうに旨味もねーよな」

というわけで、名前の知れているザイ&ケイナと、エリス、ノルド、エトラ、アルバ、そしてクドルが水を飲んでしまったことにした。


「偵察隊居なくなったなー」

使い魔で周辺を観察していたケイナが洩らす。

「そろそろ攻めてくるのかな」

「かも知れませんね」

ザイの提案で屋上の物見台まで登ることになった。護衛役はやはりクドルだ。

階段を登る最中、轟音と振動が見舞った。

「とんでもないなぁ。派手にやられた」

城塞の一部ごと結界が粉砕されたのを確認し、ザイはのんびりと呟いた。

「きたきたぁ…。ネレーナ&ピノでブーストされたオルクレティとか、天災じゃん…」

ザイと並んで物見台の覗き穴からそれを見下ろすケイナは戦慄した。屋外では大地の寵児(オルクレア)の独壇場ではなかろうか。

侵入者はオルクレア、ネレーナ、ピノ、マツリ、ファズ、ソーマ、ユーク。

「連合組まれたかぁ。メンバー的に、多分封術メインで来ますよアレ。どうすんです?」

「ファズとマツリか。師も封術はやり辛くて嫌だと言っていたね。であればこの三人に頼もうか」

ナナプトナフト、クドル、シンシアの名を書いた紙をクドルに渡した。目を通したクドルはピク、と背を正す。

(ワクワクしている…?)

オブシディマスにも似た無表情の堅物が楽しみにソワソワしている様は、ケイナにはとてつもない違和感があった。

「じゃあクドルくん、皆に指示を伝えてきてくれ。暫くはケイナくんと此処から様子を見ることにするよ」

「えっ?」

「了解しました」

クドルは礼をとって走り去る。

「宰相、私攻撃も防御も出来ないっスよ」

「使い魔で皆と連絡をとってくれれば問題ないよ」

「そっスか…」

ケイナを守る者が居ないのを問題視して欲しかった。


指示を持ち帰ると、ルマリエが駄々を捏ねた。そんなわけでコイントスの結果、ナナプトナフトとの出撃はルマリエが勝ち取った。ガッツポーズで飛び跳ねている。クドルは僅かに肩を落とした。

ナナプトナフトとシンシアは既に現場に向かっている。アルバに幻術を施してもらい、ルマリエも急いで追い掛けた。

「あの幻術、僕からも全く見えなくなったけど…連携取れるのかな?」

ノルドが首を傾げる。

「大丈夫だろ、あのふたりなら相手の居場所は判る。残り一人が見えてなくても上手く避けるだろ」

シンシアに危険がなさそうならまあいいかと施術者アルバは軽く考えていた。


現場は思ったより盛大に壊されていた。

シンシアは崩れた二階部分から、気付かれないように蔦を這わせる。そうして延ばした蔦で侵入口を静かに塞いだ。

シンシアとルマリエにとって、侵入者の内で最も警戒する相手はオルクレアだ。ファズの封術は厄介だが、脅威ではない。だが、ナナプトナフトはオルクレアを良く知らない。

「ファズとマツリ。攻性術師はそれだけか」

言うなり、ピノ目掛けて踏み込んだ。が、ユークに引っ張られピノはそれを避けた。ナナプトナフトは僅かに目を瞠った。直後に展開されたマツリの雷撃を躱し距離を取る。思わず舌を打った。

展開された防壁の内側でマツリがこちらを睨んでいる。

「その声はナナプトナフトか?もうひとりは誰だ」

「先生、三人です」

ユークに訂正され、マツリの視界がナナプトナフト、シンシアへと動く。ルマリエは口角が上がるのを抑えきれないまま、マツリへ仕掛けた。

先ずはリフレクトされてもいい適当な術式を。間髪空けず本命の防壁破壊の術式を。そして防壁が壊れるであろうタイミングで拳を叩き込む。

(流石!)

一撃で沈める算段だったが、左腕を犠牲にいなされた。生体感知の魔術は乱せても、殺気までは抑えられない。

「これだけ多芸なのは、ルマリエ先生…かな」

リフレクトに対処した事で、ファズがルマリエに感付いた。

「ふふっ」

こっちも流石だ。よく見ている。

このタイミングで、ノルドが駆け付けた。改めてメンバーを確認したケイナから、三人に渡すよう託された物がある。特製の熱源感知スコープで、三人の位置も確認出来る。

ノルドがそれを三人に渡し終えると、ナナプトナフトは敵勢力へ挑発を仕掛けた。

「いつまで壁に張り付いている気だ。どっちが攻勢側か解らんな」

「では攻勢に出てみようか!」

ファズが石を投げつける。ネレーナが力任せに笛を吹き、不快な高音が耳を劈く。そして、音が暴れ出した。

「くっ…!」

響嵐。本来自軍も巻き込む諸刃の刃範囲攻撃だ。それを、AB連合は結界で防いでいる。音の対策に特化した防壁だ。単純に遮断するのではなく、音の通過を一方通行に制限している。防壁の内側でネレーナが演奏を続けているのがその証だ。

「っぁぁッ、」

「〜〜〜っ!!」

呻きながら、先程手渡されたソレを早速装着する。そう。耳栓だ。

Cには旧世代の魔術師が多い。研究者として最先端は学んではいても、根底がどうしても固まっている。対して、AB側には若い世代の魔術師が多い。個として突出していなくても、旧世代には思い付き難い魔術を使う。旧世代には極端に少なく、新世代に多い魔術。『音』の魔術である。

(ネレーナいるもんな、響嵐は使ってくるだろ)

使い魔で戦況を観察しながら、ケイナは耳栓が間に合ったことに安堵した。予備知識無しでは、旧世代魔術師にこれの対応は難しい。

「先生、距離を取られた」

ルマリエがナナプトナフトに呼び掛けるが、耳栓を使用中なので届かない。響嵐はどのくらい保つだろうか。ネレーナは未だ笛を構えている。オルクレアがリフトのように地を迫り上げて、彼らは二階部分に到達した。──蔦の張り巡らされた階層に。

シンシアが魔術で蔦の成長を早める。延びた蔦先は絡む場所を求め、ネレーナの足を掴んだ。演奏が止まる。ソーマも防壁を解いている。

ノルドは恐る恐る耳栓を外した。

「あ、大丈夫みたい」

腕で大きく丸を表す。熱感知なら凡その形は判る筈だ。

「来るぞ」

ナナプトナフトは耳栓を外しながら警告した。マツリが弓を構えている。狙いはシンシアだ。

「あ…」

ノルドの合図はナナプトナフトとルマリエには伝わったが、シンシアには伝わらない。つまり、今の警告もシンシアには聞こえていない。

ルマリエが走る。二階にはジャミングも仕掛けてはあるが、相手はマツリだ。どれ程の効果があるか──。矢が放たれる。雷のスピードに人間ルマリエは敵わない。シンシアを貫く筈だった雷矢はしかし、あらぬ方向へ突き刺さった。

「え?」

「は?」

「  、」

シンシアはポカンと口を開けている。その顔を誰にも見られないのは幸いだった。

「なんだ…?」

外した?マツリが?何か狙いがあるのか?

それは混乱を招くに充分な結果だった。

「…ジャミングが効いた、とか?」

「いや、放たれた雷矢の軌道を変えるなんて、術者にも不可能だろ」

ジャミング装置に可能なのは術式の構成を遅らせることか、威力を弱めることくらいだ。

直後、轟音と振動が響いた。

「今度は何だ!」

「わわ、」

ピィ、という甲高い声に振り向けば、ケイナの使い魔だった。

『D側が半壊した。紫電竜が暴れてる』

「…ははぁ。雷精霊はご乱心か。チャンスだな」

それだけ告げて飛んで行った使い魔を見送り、ルマリエは上階の侵入者たちを見上げた。何があったかは解らないが、今ならマツリが弱体化しているということだ。

「ファズはどうする。あれは厄介だぞ」

「石には限りがありますよ」

ノルドに教えてもらい漸く耳栓を外したシンシアも作戦会議に参加する。

「手間だが、やはりそうなるか」

「ん…」

ノルドは少し考える。一度に持ち歩ける石の量には限りがある。だが。

「ソーマくんがいるからなぁ」

「そいつは何が出来る」

「鉱石生成」

「はっ、即席生成の屑石に、ぼくの術式が封じ切れるものか」

「うーん…」

それもそうだが、ノルドにはオルクレアとユークがいるのが無視できない。

「何れにせよ、間に合わせなければいいだろ」

「え、あ、はい」

気軽に言い放つルマリエに、ノルドは進言を取り止めた。

ルマリエとナナプトナフトは跳ね返されても対処可能な出力で間髪空けず魔術を仕掛け続ける。シンシアは感嘆した。ふたりの圧倒的な魔力メモリ量を見せ付けられる。ノルドは心の奥に薄っすらと掛かった靄を頭を振って振り払った。


「おいおい何があった?」

「雷精霊の乱れ…ディエルゴに何かあったかな?」

ルエイエは拠点の最終防衛を任せられている。今は非戦闘員たちと作戦会議室に籠もっていた。

「竜が壁ぶっ壊したから、Dのメンバーが割れた。魔女とパーブ先生、ガイ先生がいる」

言いながらケイナが戻って来た。ザイも一緒だ。

「ABはメンバー的に、静寂の檻を仕掛けるつもりっぽい」

Dに向かっていたのは、ヨハネス、ルカ、リーヴィー、カルタだった。

「はーん。ルルイエは無力化出来ても、守護獣は厳しいだろ」

現に暴れ出している。

「それよりこっちだ。クドル飛び出してったのは何だ?」

「ああ、ネズミを見付けてね。退治しに行ってもらった」


アルバが術式を刻んだ術具を装けて侵入者の対処にあたったクドルだが、まんまと取り逃がしてしまい肩を落とした。これまで向かってくる相手ばかりだったので、逃走しようとする相手への対処に不慣れだった。

「………」

大柄な金髪の猫。何を仕掛けても悉く避けられてしまい、立ち向かわれたとしても勝てたか解らない。あれはジユウだった。顔と名前こそ一致していなかったが、フィアからの話に聞いたことがある。授業が被ったことはない。天然の、単純な身体能力に負けたのだ。クドルは拳を握る。無自覚の悔しさを抱きながら、作戦会議室へと戻ることにした。


ジャラリ、と背後で鎖の音がした。視線を向け、

「なんだ?」

ナナプトナフトは攻撃の手を止めた。

いつの間にか誰か立っていた。全身に紋を刻んだ虚ろな人物。いや、これは人型ではあるが人ではあるまい。

塔の噂に語られる、『刻紋の亡者』。

ルマリエがクーシェの名を叫んだ。

「ふふ。君を倒していいだなんて、素敵だなぁ。眠鬼の遊びに付き合ってあげるのも、偶には悪くないのかもねぇ」

何処からか声が響くが、姿は見えない。音だけ届けているのだろう。ルマリエは忌々しげに虚空を睨んでいる。

「その幻術も中々だけど、ボクには無意味だし、剥ぎ取ってあげよう」

パチンと音がして幻術が解ける。布をめくるようにナナプトナフトやルマリエたちの姿が表れ、ノルドは慌てた。

「えっ、解けたの?うわぁ退散!」

「刻紋の、亡者…。それが何故…」

シンシアは呆然と呟いた。この流れから出来る予測を、信じることが出来ない。

「クーシェ、キミがやる気を出すとは思わなかったな」

「折角の機会だからねぇ」

ルマリエは自身を抱いて震えている。吐く息も白い。

「ルマリエ?」

異変が表れているのはルマリエだけだ。亡者は虚ろな眼をルマリエに向けている。

「!」

シンシアは蔦を誘導しその視界を遮ろうと試みるが、亡者の視界に入った途端、パタパタと蔦は地に落ちてしまう。見れば霜が降りている。

ならばとナナプトナフトが気温とルマリエの体温の上昇を試みたが、上げた側から冷やされてしまう。何度も試すと逆に身体に悪い。亡者を焼き払おうとしても、炎を意に介さずゆっくりと此方に近付いてくる。

「なんだコイツは!」

「『呪い』…クーシェの作り出した…有翼の血を呪う、亡者…」

蒼白な顔で震えながら、ルマリエはなんとか絞り出す。

「呪いだと?そんなもの…」

「呪術とは、違います…アレは…クーシェは……守護獣に比肩する、大玄獣…だか、ら…」

フラリとルマリエが膝を着く。ナナプトナフトはルマリエを支えながら舌打ちした。

「これの相手は無意味です。撤退しましょう」

シンシアが冷静に提案する。

「ファズ先生たちはノルドくんが追ってます。私たちは、出直しましょう」

(同物語のAB視点はカクヨムにて)

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