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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
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眠鬼の卵の話

樹歴865年

鈍色の卵型をした金属塊がテーブルの中央に置かれている。表面には細かい溝が刻まれ、紋を為している。大きさは掌に収まるほど。

ファズはテーブルに両手を付き、集まった面々を見渡した。

「先生方におかれましてはそれぞれご多忙の中お集まり頂きありがとうございます。本日はこちらの件の連絡及び情報共有をお願いします」

その金属卵は、指し示される前から充分に皆の視線を集めていた。

「…あ〜…どうにもよくないものが出回ってますね…」

「『眠鬼の卵』、ですね」

「ええ」

術具のひとつで、用途は『使用者に望んだ夢を見せる』というものだ。製造は難しく非常に繊細な調整が必要なもので、現在協会では取締の対象とされている。調整を誤れば使用者の脳を壊す危険があり、『望む夢』には依存性が潜む。一度夢に溺れた者は、その内に粗悪な卵にも手を延ばす。比較的安全性の高い卵は驚く程の高額で取引される。何度も試せる者は多くない。

「こういうのは好奇心旺盛な学生たちにゃ抗い難いわなぁ。ガイちゃんどう?専門っしょ」

パーブルは手許に引き寄せて弄んでいた卵をガイへと転がした。暫く眺め回した後、ガイは嘆息した。

「…粗悪な。深刻な脳障害を引き起こす可能性があります」

それぞれに細く息を吐く。

「どの程度出回っているんでしょうか」

「既に何件か医務室来てるぜ」

「被害の程度は?」

「医務室来れてんのは軽症だ。人知れず部屋で壊れてたらヤベーな。魔術師なんて人付き合いない奴ザラだろ。見付かる時は腐った時だ」

「………」

一同は黙り込む。アルバのみ「えっ、そんなに?」とキョロキョロしたが、『そんなに』である。魔術師の四割は孤独死するタイプの人間なのだ。

「今の処被害報告が上がっているのは学業区のみです。他区域に拡がる前に終息させたい処ですが…」

奇しくも、協会長は現在塔を留守にしている。いや、そのタイミングを狙ったのだろうか。

「治安維持部隊への連絡は…」

「…終息させられる見込みがなければ手を借りなければなりません」

「出来れば協会員だけで片付けたい、と」

「ええ。差し当たり、取締を強化します。先生方も一層の注意をお願いします」


「ケイナ!聞いた?『眠鬼の卵』だって!」

メモ帳片手に駆け込んできたピノに、新聞部長は眉根を寄せた。ピノは調べてきた『眠鬼の卵』の特徴を並べ上げている。

「ピノ。それには手を出すなよ」

珍しく真面目な顔で忠告をくれる先輩に対して、ピノは何も気付かずいつも通りに笑って返した。

「高値いもん!苦学生には手が出せないよ」

「そういう問題でもないけど…。本当に止めとけよ。アレは悪質なドラッグみたいなもんだ。壊れるぞ」

「へえ?今結構塔にも出回って──」

「とんだ粗悪品よ」

「ハト っておまえ…!」

ハトの持つ籠の中には、件の卵が数個入っていた。

「興味があったので」

「いやハト要らないだろそんなもん!ムダに金持ってんな」

ハトはつまらなそうに息を吐いた。

「冗談よ。ユニ先生に頼まれて回収しているの」

恐らく盗み出しているのだろう。購入者が自ら手放すとは思えない。

「『ぱ』以外にもそのスキル活かせるんだ」

ピノが素直な感想を溢す。ハトはそれを拾うことなく目を伏せた。

「でも本当に、これは粗悪品。鍼治療に行ってアイアンメイデンに入っちゃったみたいなものね」

「よく解らんがなんか恐くてヤバいのは解った」

「ところでソレ、本当に好きな夢が見られるの?」

尋ねられたハトは不思議そうに首を傾げている。

「そんなんじゃないわ。コレが齎すのは、特定のシチュエーションでの擬似性体験よ」

どちらかというと裏ポルノだったわけである。


「イイ夢は精々一回まで。それでも危険度は四割超え。誘惑に負ける度に脳が壊されていく…」

卵を弄びながらパーブルが呟いた。

映像記録を娯楽として消費する文化はまだこの世に広まっていない。アルバが研究を進めている分野でもある。擬似体験が出来るという点で彼の目指すところとは異なるものの、今回広まりつつあるこの卵は敵視するに充分だった。映像娯楽に類するものに悪印象を植え付けられては堪らない。

「これだから電系幻術は」

うっかり口をついた言葉にアルバ自身が狼狽えた。

「…失礼。その、扱いが難しいのに未熟を弁えず手を伸ばす者も少なからず、という話で…」

思わず弁明する彼の視線は、控えめに呪術学講師に向けられていた。呪術士たるガイは電系幻術のプロフェッショナルである。決して個人的な口撃をしたわけではないというアルバの必死の弁明はしかし、鼻で嗤われるに留まった。

「しかし何処から流入したのかねぇ」

そんな機微には我関せず、パーブルはそう零した。

「或いは、学生が作り出したか」

学生に限らず魔術師の好奇心と探究心は時に禁忌に触れる。研究室には倫理監査が入るが、学生の個人活動までは手が回らない。

「なんであれこりゃあマズいんじゃねーの?」

被害区域は幸いまだ学業区の一部に留まっているが、被害者数は着実に増えている。出処はまだ掴めていない。ハトの尽力でそれなりの数の卵が回収されてはいるが、焼け石に水だろう。

「オブシディマス先生は恐らくもう報告を上げているでしょうね」

仕事熱心な彼のことだ。見逃してはくれないだろう。

「治安維持部隊の介入はこれ以上御免です」

「先日盛大な親子喧嘩に巻き込まれたばっかだしなぁ」

思い出しては苦い顔になる。あの『緊急時対応訓練』とこじつけられた襲撃は後始末も大変だった。

「医務室繁盛するのも嫌だしなぁ。しゃあねぇ、本腰入れるかぁ」

調査に手を抜いていたわけではないが、改めてやる気を入れ直した。


「卵。…ああ卵か」

「あらあらご禁制じゃない。しかもまあ、ニッチな趣味ねぇ」

オブシディマスからの報告と共に提出されたサンプルを解析する。不出来な術具は逆に解析が難しいものだが、魔女に掛かれば一瞬であった。

「ちょっと留守にしただけでこんなのが出回るなんて、管理が甘いわねぇ」

「誰が何の目的でやってるのか知らないが、中々上出来じゃないか。ああいや、卵自体は不出来だけどね」

被害が広まるのは困るが、付け入る隙が増えるのは歓迎だ。

「さて部隊を派遣しよう。任務は正に『治安維持』だ。選出は任せるよ部隊長」

「つまんない仕事ねぇ。まあ調査が得意そうな子見繕っておくわ。ああそうだ」

退室の動きを見せていた魔女は、扉の手前で振り返った。

「これって、倫理監査官の管轄しごとでもあるわねえ?」

「…まあ。監査局も城側の組織ではある。任せるよ」

「ふふ。りょうかぁい」

ヒラヒラと手を振って、今度こそ魔女は出て行った。余程働きたくないらしい。

「…いいけどね」

なんだかんだ、あの魔女は息子には甘いのだ。


規制品の流通に関する調査及び取締。その名目で介入してきたのは、塔側の予想に反して監査局であった。ノイチェ率いる監査員及び治安維持部隊員数名は、ファズに現状の報告をさせた後、迅速に調査を開始した。

「失態だぞ、ファズ」

「面目ない」

師の留守中に燥いだ輩には鉄槌を。ノイチェの稀に見る本気具合に、監査員たちも背筋を伸ばして働いた。その甲斐あって、数日待たずに報告が上がってきた。

「巣が割れたぞ」

販売元は学生だった。部活動の一環として製作していたらしい。塔からの再三の警告にも名乗り出ず販売を止めなかった彼らは『国』に捕まってしまった。協会内で裁かれるよりも重く罰せられるだろう。

「バカなことしたなぁ」

「除名は免れませんね」

「他人事じゃありませんよ」

学生から倫理違反者が出たとなれば、教育機関として塔も幾らか監督責任を問われる。だから出来れば塔内で片付けたかったのだ。

「今回は『厳重注意』だそうです」

イエローカードが出されたわけだ。


「大捕物だったらしいな」

「凄かったよ。捜査官たちがばーって。んでわーって!」

例の学生たちが部室にしていた場所には未だキープアウトの結界が張られている。それを野次馬たちが興味深く覗き込んでいる。

一部始終を見ていたピノはすぐにケイナに報告を上げた。ピノの言語能はオルクレア化しており、興奮具合が窺えた。

「いや〜でも本当に、危なかったね…」

被害者…というのもどうかとケイナは思うが、とにかくこの件では多数の死傷者が出ている。死ねたならまだマシだとすら思う。脳に障害の残った者も少なくない。規制品は買った方も犯罪者だ。罰金は取られても補償は下りない。

「眠鬼ってメンタル強いんだね」

望んで好きな夢を見られるのに、依存はしない。

「いつでも見られるからだろ。偶にしか見れないからハマるんだ」

そんな話をしていたら、丁度ハトとユニが側まで来ていた。

「見えているモノと世界が違うから、感じ方も違うんじゃないかしら」

黙り込んだケイナと目を瞬かせるピノに、ユニは優雅に微笑んだ。

「私たちは『そちら側』に自身を置くことはないの。──引き摺り込む側だから」

イマイチ何を言っているのか解らないのに、猛烈な寒気がふたりを襲った。

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