表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/63

 ド変態の男エルフに襲われかけた保は部屋から逃げ出すことに成功した。ただ逃げるだけなら次の行動に躊躇していたかもしれない保だったが、逆転のきっかけとなる貴重なアイテムを入手したことからすぐに次の行動を実行できた。

 リーア達に連れて来られた方向へ戻る保の手の中には、牢屋の鍵が握られていた。

 男エルフに触りたくもなかったが、何か役に立つ物でもあるんじゃないかと探した結果、奴の懐から牢屋の鍵が出てきたのだった。試してみるまでは確信があるわけでは無いが、状況から考えてみても牢屋に使う鍵としか考えられないだろう。

 危うく通り過ぎてしまいそうになりながらウルフェス族の檻の前に辿り着いた。

 狭い牢屋だが、ざっと見ても保の入れられていた牢屋よりかは広い。ただウルフェス族一人一人の体が大きいので、どうしても牢屋は狭く見えてしまうのだ。エルフ族との戦いの後、まともに治療を受けてないウルフェス族達は弱々しい目で保の方を見ていた。それを見た保には、傷ついた野良犬を連想させた。

 人間だ、ニンゲンだ、と口々に呟いた。その瞳に好意的なものは感じさせない。それでも、保は意を決して声をかけた。


 「助けにきました」


 ウルフェス族達のどよめきが聞こえた。

 有無を言わさず牢屋を開きたいとも思ったが、保自身、今の攻撃的な彼らと対面するのは正直気が引けた。

 年長者と思わしきウルフェス族の男が保の前に立った。トオガより一回りほど大きく、右頬から鼻にかけて傷跡が目立つ顔をしていた。


 「どうして、人間が俺達を助ける。エルフ達の罠か」



 鉄格子を通しているはずなのに、目の前の男の威圧感を前に息が止まりそうになる。底の知れない深い海の奥底で、獣と向かい合っているような恐ろしさを与えられる。


 「ち、違います。俺は、貴方達と同じウルフェス族の……」


 「ウルフェス族の?」


 ウルフェス族と保の口から漏れた言葉に、その男は明らかな嫌悪感を表に出していた。先の言葉を腹の中に飲み込んで逃げ出したい気持ちを我慢して、保は喋ることを止めなかった。


 「……友達がいるんです。俺はその友達を助けたい。だから、貴方達の協力が必要なんです」


 男は少し驚いたように身を僅かに反らした。


 「……お前の言う友達の名前は」


 「トオガと言います。俺はトオガに助けられました。今度は俺が彼を救いたい」


 「トオガ……なるほど、アイツなら人間を集落に入れるぐらいのことはしそうだな。トオガの観察眼は確かなものだ。あの男は悪人は集落には入れない。お前が真実を言っているなら、信用できるかもしれないが……」


 保の爪先から頭まで訝しそうに見てくる男。トオガの名前を出しても、人間への差別意識は強いようだった。

 トオガ救いたいという気持ちも心の底から思っていることだが、それ以上に彼らの協力が無ければこの危機を脱出することはできない。何より、保が人間で嫌いだとしても、嘘の一つでもついて逃げ出せばいい話だ。しかし、嘘をついてまで逃げ出すようなことをしない誠実な種族が、もし味方になってくれるなら信用できるというものだ。


 「もう時間がないんです! 俺が変な動きをするなら、煮るなり焼くなり好きにしてください! 貴方達は人間が嫌いかもしれませんが、今ここで協力しないと互いにとって不幸な未来しか待っていない。俺の言葉なんて信頼しなくてもいいけど、こんなところで死ぬことこそ間違いってもんでしょう!?」


 しばらく男と保は視線を交錯させた。目の前のウルフェス族の男は今まで保の出会ったどんな男よりもそこにいるだけで上から体を押さえられるような気持ちになってくる。ふと、男から放たれていた重たい感覚が緩んだ。


 「……信用はしない。だが、ここで私達を逃がしてもエルフ族達に何の得も無ければ、このまま行動も起こさなければ犬死にだ。打算と実益を兼ねた関係でなら、お前の話に乗ることにしよう。……人間で言うところの、俺達は商売相手ということだ」


 「なんでもいい、俺の命を貴方達に預けます」


 まだ鍵を試していないことを直前になって気づくが、差し込んでしまえば、あっさりと軽い音を立てて開錠した。まず先頭に大柄の男が外に出れば、後ろに居たウルフェス族の戦士達も警戒しながら出てくる。


 「名前は何だ?」


 仲間達に道を譲り、保と横に並ぶように立っていた大柄の男が保に問いかけた。


 「……タモツです。一応は、トオガの友達のつもりです」


 右頬が傷と共にぴくりと動いた。


 「私は、カレブ。ウルフェス族の戦士長をやっている」


 にこりともせず、強面の戦士が自己紹介をした。保にとっては、精神的に突き放されるような挨拶だったが、ウルフェス族が人間に自分の名前を名乗るというのは滅多に無いことだった。




                              ※



 牢屋から逃げ出した保とカレブ達は、トオガを求めてしらみつぶしに牢屋を探す。遅かれ早かれエルフ族に発見されるだろうが、それを一秒でも長く遅らせる為にもなるべく音を立てず、さらには警戒を緩めずに探索を繰り返す。

 何とか残りの囚われていたウルフェス族の戦士は見つけることに成功したが、肝心のトオガだけは見つからない。

 トオガを救い出したい気持ちはウルフェス族も同じで、脱出できるかどうかの不安と仲間の安否を考えて逼迫した空気の中で探すが、なかなかトオガの足取りをつかむことができない。

 ほぼ全ての牢屋に踏み込んだ後、カレブは低い声で言った。


 「……トオガはここにはいない。別の場所に連れて行かれたか、もう手遅れになっているかもしれない」


 カレブの言葉に反論する者は誰も居ない。トオガを救いたい気持ちと自分が助かりたい気持ちはほぼ同等なのだ。

 正義感と葛藤の中で、保一人がカレブに詰め寄った。


 「アイツが……こんなところで死んでいいはずないだろ。見ず知らずの俺を助けて、悪いことをしていたはずの人間なのに……そんな奴はもっと生きていてもらわないと困るんだよ」


 彫刻のように彫りの深い顔を変えることがなかったカレブは、その時、初めて小さく息を呑んだ。表情の変化なんて一瞬のことで、じっくりと保を見た後に背中を向ける。


 「どちらにしても、奴はここには居ない。俺には戦士長という立場がある。仲間達も集落の女子供達も心配だ。今はここから離れるしかない」


 行くぞ、とウルフェス族の戦士達に顎でしゃくりながら言うとカレブは仲間達を引き連れて歩き出す。

 正論の一つも思い浮かばないのに、勢いのままでカレブに食い下がろうとする保の行動を読んでいたかのようにカレブはぼそっと口にした。


 「外に出てトオガ生きている痕跡を見つければ、全力で救い出す。もしも最悪な事態になっているようなら、憎きエルフ族達を肉塊に変えるまでよ」


 「カレブさん……」


 マグマのように滾るカレブの感情を感じた保は、肩に伸ばしかけた手を引いて、おとなしくウルフェス族達の最後尾を歩くことにした。



                       ※



 最初は迷路のように思えた牢屋も、一度脱出を考えてしまえば、一本道だということに気づく。

 一本の道でもいくつも扉があり、それを開けては探し、開けては探しを繰り返していると、無意識に迷宮のように思い込んでしまうようだった

 駆け抜けた先には外へと続く光が見えた。小さな鉄格子の窓からしか見ることのできなかった光を求めるように、澄み渡る青空を目指して保とウルフェス族の戦士達は飛び出した。


 「――残念だが、行き止まりだ」


 牢屋を出ると、保達を囲むように十数名のエルフ族、それからリーアが居た。全員が銀の鎧を装着し剣を腰に下げ、臨戦態勢はできた様子で弓矢を構えて、既に狙いを保とウルフェス族の戦士達へ向けている。エルフ族の数とこちらの数はほぼ同数、統率の取れた彼らなら一本の矢で全員を一気に仕留めることだろう。

 混乱しながらも保は大きな失敗に気づいていた。

 推測だが、襲い掛かってきた男エルフが目覚めた時に騒ぎを起こすことなく、リーアや仲間達に相談をしたのだ。そして、どうせ出入り口も一つしかない場所で待ち構えておけばいい話だ。

 目覚めれば騒ぎになるだろうと考えていたが、奴等の方が保達が考えているよりも一枚も二枚も上手だった。

 ふと保とリーアの目が合う。


 「ぐぬぬ……お前はこの私が直々に手を下すと決めている。あのような辱め――絶対に許さん」


 耳まで真っ赤にしながら凄むリーア。

 なんということだ、やはり自分のイチモツがまた不幸を呼んでしまったと悲嘆に暮れていると、保達の先頭にカレブが出た。


 「すまぬな人間、お前の願いは聞き届けられそうにない。だが、我らウルフェス族は誇り高き血筋だ。お前の命を救うぐらいの抵抗ぐらいはしてみせよう。……何より、あの女の吠え面が楽しみだ」


 ウルフェス族の戦士達は保の盾になると言わんばかりに、大きく前に一歩を踏み出した。

 彼らにとっては、生き恥を晒すぐらいなら憎き敵隊長の面子を潰したいぐらいの考えなのだろうが、それでも忌み嫌っていた人間である自分を救う行為に保は胸が熱くなった。


 「武器も持たずに何をやっている。……なるほど、死ぬ準備ができたということか」


 ヒリヒリと肌を焼くような緊張感の中で、エルフ達は弓を強く引く。

 絶体絶命の状況で、必死に繋ごうとしている自分の命の意味を考えていた。

 せっかくあの男エルフを倒した時から、自分を変えようと思えたのだ。覚悟をしたのが死亡フラグだというなら、最悪な物語だ、この世界で自分を変えようと決めたばかりなのに。

 吐き出せばきりが無い恨み辛み。忌々しくリーアを見た時に、ある突拍子も無いアイデアが飛来した。ただし、そのアイデアは今は使えない。ここぞという瞬間でしか効果を発揮できないし、そもそも発揮できるかどうかすら怪しい。

 ウルフェス族の戦士達は無謀とも呼べる戦いに戦闘態勢をとり、保はもう祈るしかないのかと目を瞑った時だった――。


 「――みんな、待たせたな!」


 聞き覚えのある声と共に、いきなり後方に居たエルフ族の戦士数人の体が浮き上がった。続いて他の馬が崩れたかと思えば、突然の襲撃者に矢を構えたエルフの戦士が蹴り飛ばされた。――トオガによって。

 戸惑う保と違い、それからのウルフェス俗の戦士達の動きは早かった。

 トオガの巻き起こした土煙が上がると同時に、ほんの一瞬だけエルフ達の視線がそこに集中した時を狙い、一斉に駆け出していた。

 反応の遅れたエルフ達の手から剣や弓矢をもぎ取り、油断と隙を同時に突かれたように狼狽するエルフ達の数を減らしていく、瞬く間に保の前には混戦の様相が広がっていく。

 何かが保の方向へ飛んできた。


 「うおっ!?」

  

 すぐさま飛び退いた保の前の地面を滑り転げるのはエルフの戦士。その顔には見覚えがある。忘れもしない、あのホモエルフだった。


 「おーい、タモツー!」


 どうやら投げ飛ばしたのはトオガのようで、高く跳躍したトオガが保の前で着地した。


 「トオガ! 無事だったのか!」


 「おう、それがな、前回のウルフェス族での戦いを治療するって理由で、忍び込んでくれていたアキホ先生に助けられたんだ。もし来てくれなかったら、危なかったぜ」


 「なんだ……俺の手助けなんていらなかったな……」


 気の抜けた笑い声を止めるようにトオガが保の肩を叩いた。


 「そんなことねえよ! 保達が頑張ってエルフ達を引き付けてくれたおかげで、俺は簡単に逃げられたんだぜ。あの女におかしな魔法を掛けられる予定だったけど、魔法を受けずに済んだしな」


 トオガはあの真夏の太陽のような明るさで笑うと、足元に転がっていた石を掴んで、保の後方を矢を構えていたエルフの戦士に直撃させた。

 ただ何かを救いたいと動いた結果が、全てを救う方向に動こうとしている。今まで行動を起こすことなく全てを受け止めていた保は、行動の結果に嬉しき泣きしそうになる。だが、喜ぶのは全てが終わってからだ。


 「下がってろ、タモツ!」


 互いに反発するようにトオガに突き飛ばされた保。次に顔を上げる時には、地面に転がっていた剣を握ったトオガとリーアが剣を交錯させていた。


 「やってくれたな、ウルフェス族の戦士! 名前を聞いておこうか!」


 「トオガだ。でも、覚えておかなくてもいいぜ」


 トオガが押し負けた。いや、あえてトオガはその剣と体を引いて、リーアの体勢を崩させたのだ。その隙をついて、トオガ飛び上がり宙で反転してリーアに剣を走らせる。


 「――どうせ、お前はここで死ぬからな」


 リーアの銀の鎧を弾けば、不安定な姿勢だったリーアは地面に叩きつけられた。これで決着かと思いきや、リーアの纏っていた鎧が身体への直接的なダメージを緩和してくれたようで、すぐさま立ち上がるリーアの顔を見ているとほんのかすり傷程度という感じだ。

 邪魔そうに半分砕けた鎧を強引に剥ぎ取ったリーアは剣を構えなおした。


 「選択肢を二つやろう。ここで死ぬか生きてエルフの下僕として生きるかだ」


 「下僕として生きるのは嫌だ。死ぬのは、もっとごめんだな」


 トオガの戦闘能力の高さを見たばかりだというのに、リーアの口元には薄い笑みが浮かんでいた。

 保はリーアのおかしな様子に違和感を抱くが、保の気持ちなんてお構いなしにトオガはリーアへと走り出した。


 「なら、私の名前は覚えておけ。エルフ族長の娘、リーアだ。……お前は今日から私の下僕になるのだからな」


 まずい、とすぐに感じた時には保は走り出していた。

 リーアの二つの瞳が輝けば、魔障が弾ける。


 「――バース・ゲート」


 トオガは足を止め、頭の上に構えていた剣をゆっくりと下ろした。二つの瞳はビー玉のように輝きを失い、力なくリーアを映すのみ。

 魔障の輝きをその二つの目に宿らせたリーアは一歩ずつトオガに近づいていく。それは、バース・ゲートの精神干渉をより確かなものにするためだ。


 「家畜程度の知識しかないウルフェス族らしい敗北だな」


 剣を振れば、首が飛ぶ距離までリーアが近づいた時だった。


 「やらせるかっ――!」


 バタバタと地面に躓きながらも、保がリーアとトオガの前に割り込んできた。



 「何っ……!?」


 まさかこのタイミングで保のアイデアを実現できるとは思わなかった。

 魔法というのはかなり集中力が必要になるらしい。それはエルフ族といえどもだ。だったら、リーアにショッキングな思いを与えれば、魔法は暴走もしくは崩壊してしまうのではないのだろうか。あの精神世界でのぼんやりとした記憶を頼りに保が導いた方法だった。

 そこからの保は迷いはなかった。ベルトを緩めて、ズボンを下ろす。


 「な、なななな、な、なにうをぉ……!?」


 魔法に疎い保でもはっきりと分かるぐらい魔障というものが暴走して、実体化している。


 「最初に言っておくが、俺には股間を露出して異性の歪んだ顔を見て、悦に浸るような変態ではない! 断じて違う! これは、友達を守る為の変態行為だっ!!!」


 コンプレックス、悩みの種、いじめの対象、異性からのあのドン引きされる目、ソロプレイ専用になってしまっているこんな物が何の役に立つのかと何度も葛藤した。もしもこれが役に立つことがあるとしたら、もうこの日の為にあったとしか言えない。

 パンツを一気に下ろせば、ぼろろおおんと保の保が伝説の大蛇のように下腹部から現れた。


 「見やがれ、俺の性剣エクスカリバーを!」


 ――折れたスプリンクラーのように、リーアの目から魔障が噴出した。


 「いやぁ……あぁ、あ、あああ、なんで、それが、げげ、現実にぃ……。――あああああああぁぁぁぁぁ!!!」


 夜空を照らすサーチライトが如く、その魔法の輝きは太陽が高く昇る青空も照らす。いうなれば、これはまさしく魔法の暴走だ。

 股間のブツをぶら下げたままで、大股一歩でリーアへと距離を詰める。


 「分かっているさ、エクスカリバーの使いどころも抜きどころも間違っていることもな。だが、お前を倒すにはこれしかないんだ! リーア、俺はお前の為に男になる! リーア、どうか俺を男にしてくれぇ!」


 「いやああぁぁぁ――!」


 保の絶叫が響き渡り、リーアの悲鳴が雷鳴のように森を揺らす。そして、リーア両目から溢れて止まらない魔障の輝きが保を吸い込んだのだったーー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ