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 「は――!?」


 保は肺いっぱいに空気を吸い込みながら目覚めた。

 ベタベタとした感覚の中で保は顔に触れてみれば手に嫌な脂汗が付着する。手の平や服の袖で拭い取り、二日酔いのような重たい頭で周囲に目をやると、保の目の前で仰向けに倒れ、白目を剥いたリーアに気づいた。それから、心配そうに「リーア様、リーア様」とリーアの体を揺らす二人のエルフの男達もいる。

 リーアの姿を目の当たりにすることで、保は消失していた間の記憶が蘇ってきた。

 眠っている間に忘れたい過去の出来事を夢で見ていたこと、最後の方にリーアがプールに落ちる姿を見たかと思えば、冷水でも浴びたような勢いで起きたのだ。

 こんな状況で眠って夢を見るほど神経は太くないし、あれはリーアが自分にかけた精神攻撃魔法とやらで、どういうわけかそれが強制的に解除されたのだと保は推測した。

 何とか危機を脱出したようだが、まだ例の激痛を伴うという拘束魔法が解除できていない。忌々しげに手首を見てみると、


 「あれ?」


 先ほどまで毒々しく主張していた青紫の痣が消えていた。精神攻撃魔法の解除と同時に、この拘束魔法は解けていたようだった。どうやら魔法というものは、使用者の意識が途切れてしまえば、継続して使用することが不可能なのだろう。

 これはチャンスではないのか、と自由になった手首を撫でつつリーアと二人のエルフ見た。腰の剣の輝きに次の行動を躊躇させる。


 「……ここではまずい、リーア様をどこかで休ませよう」


 一人が提案をすれば、もう一人のエルフは頷きはするものの、その視線はすぐに保へと向けられる。


 「しかし、この男はどうする。リーア様は意識を失っているというのに、コイツは平然としているぞ」


 「私達が思っている以上に危険な奴かもしれないな」


 二人は互いに頷くと、剣の柄に手を置いた。

 一瞬にして保の全身から汗が噴き出した。

 このままでは、まずい。チャンスどころか再び危機に逆戻りだ。必死に記憶を探る、この危機を脱出する為のヒントを模索する。

 二人に立ち向かっても一瞬で返り討ちだ。前の世界でも居酒屋の店長にすら勝てないのに、戦い慣れした二人に勝てるわけが無い。じゃあ、どうしたらいい。百回土下座しても分かってくれない種族だし、そもそも自分達のお姫様のような存在の意識を奪われたらそりゃ怒るってもんだ。どうする、戦うのも無理、逃げるのは危険、こんなことならリーアに操られた方がまだマシだったのか。

 だらだらと短い間にフルで動いていた保の頭が、あるもしかしたらというアイデアを捻り出した。二人のエルフの腕が動き、刃が光る。もう迷っている暇はないと、決死の作戦を実行することにした。


 「……おい」



 半分ほど膝を曲げた男エルフの動きが停止した。代わりに、保の方を凝視していた。


 「なんだと……」


 眉を顰めるのはもう一人の男エルフ。彼の視線の先にも保の姿。


 「これは、魔法にかかっているのか……?」


 二人の視線の先の保は――白目を剥き、涎を垂らしていた。

 保が雑巾から出る汚水のように脳内から搾り出したのは、『既に魔法に掛かっちゃってる作戦』だ。もう作戦名通りで、保からしてみれば、改めて説明するのも嫌になるぐらいの方法だった。

 リーアの魔法というのは内側から他者に干渉する魔法だ。だったら、その魔法に掛かっている状態なら、外見からでは判断できないかもしれない。さらに信用性を高める為に保の独断と偏見で、それっぽい顔をしてみたのだ。この二人のエルフが、リーアの魔法を見たことあるのなら、一巻の終わりだったが、どうやらまだまだ運は尽きては無かったらしい。


 「いや、もともとこういう顔じゃなかったか。鼻から汁なんて、さっきから出してたぞ」


 鼻炎なんだよ、と保は言い返したい気持ちをぐっと堪えて、ひたすらに放心状態のフリを続ける。少々やりすぎている気もしなくはないが、今のこのアホ面が基準になっている以上は崩すわけにもいかない。

 二人から戦意を失ってくのを感じるが、まだ疑いの目を払拭できたわけではなさそうだ。魔障というもので判断されるのではないかとひやひやしていたが、今のところそういった心配はなさそうだった。


 「リーア様がおっしゃっていたが、この魔法の影響下にある者はエルフ族の命令は何でも聞くらしい」


 良からぬことを試そうとしていることが手に取るのように分かり、必死に剥いたままにしている保の白目が危うく元に戻りそうになった。


 「よし、じゃあ試してみるか。おい、お前は先にリーア様を運んでおいてくれ」


 「分かった。どんな利用価値があるか分からん、手荒な真似はしないようにな」


 一人が鼻を鳴らして笑いながらそんなことを言うと、エルフを一人残してリーアを抱えてどこか部屋の外へと去っていった。

 先程よりもずっと状況は良くなったが、まだまだ危機の綱渡りは終わっていない。

 どんな言葉が出るのかと保はある種の死刑執行を待つような気持ちで次の言葉を待った。


 「そうだな、まずは俺の靴に接吻してもらおうか」


 どんなゲス顔で命令をしているのか気になるが、白目の保には相手の表情は分からない。それでも、声に愉悦の感情が乗っていることだけは手に取るのように気づけた。

 目の前にエルフの右足が伸ばされる。やはり腐ってもエルフ族というべきか、麻袋のようなズボンの隙間から見える白い肌は赤ん坊のような決め細やかな肌をしていた。

 せめて異性のエルフなら、まだ気が楽だったのだが、自分が生き残るためだと言い聞かせて軽く皮の靴に保は唇を付けてすぐに離した。今すぐに雨水でいいから、口を洗い流したい気分だった。


 「ひひひ、そうかそうか。やはり魔法の干渉を受けているようだな。……なら次は逆立ちをしてみろ」


 保は靴にキスをする際に、白目を戻しているのだが、気色の悪い笑い方をする男エルフはあまり気にしてなさそうだ。目的は遊びに変わりつつあることに嫌な予感を感じつつ、保は逆立ちに挑戦してみる。


 「――ぐへえ!」


 まともに運動なんてしていない保は逆立ちすらできるわけもなく、地面に顔面からキスをした。今日二度目の接吻だが、まだ地面の泥でも舐めた方が幾分かマシに思えた。

 男エルフの溜め息が聞こえてくる。


 「なんだ、逆立ちもできないのか……。人間達は身体能力に劣ると聞いていたが、まさかここまでとはな。まあこの男が、騎士や戦士の類からは程遠い存在で間違いは無さそうだ」


 もう睨みつける余力もない保はうつぶせで倒れこんだままで顔を上げることはない。むしろ、このままこの災害のような状況が一刻も早く終わることを祈っていると、まだ災難が続くようで、男エルフは次に保に「立て」と命じた。

 顔は無表情、内心渋々といった様子で保は立ち上がる。


 「服を脱げ、武器を持っていないか気になる」


 男二人っきりの空間で衣服を脱ぐというのは抵抗があるが、今は心を殺すしかない。

 保は言われるがままに服を脱ぎ、下着一枚となる。外気に晒され肌寒さに出そうになるくしゃみを我慢する。

 何故か男エルフは。不気味にフヒヒと発情期の猫のような高い声で笑う。


 「……中肉中背か、それぐらいがいいんだよなぁ。下着が邪魔だ、裸になれ」


 保は危うく声が漏れそうになる。どんどん不穏な空気になっていく。確かに保がプロの暗殺者ならパンツの中に折り畳みナイフの一本でも隠し持っているかもしれない。そんな便利な物があるなら、とっくにどこかで使っている。もしかしたら、エルフ族というのはパンツの中から出てきた武器で殺害された歴史でもあるのだろうか。

 モヤモヤとした気持ちだが、極力他人の前では脱ぐことを避けてきたパンツを脱いだ。

 ボロロロン、と保の保が白日の下に晒された。


 「おお……! ほほお、これはこれは……コイツは危険な人間だ……」


 そう言う割には、声には喜色が滲んでいる。

 何度も股間のせいで危険な目に合ってきた保の心がエマージェンシーを告げていた。頭の中でけたたましいアラームが鳴り響く。

 昔、市民プールで遊んでいた時に、水着のパンツが脱げたことがあった。あの後、更衣室に入った保は後ろからついてきていた変質者に悪戯されそうになったことがあるが、幸いにも優秀なプールの監視員が、その変質者のおっさんを捕まえてくれたから良かったものの、危うく永遠に外出出来ない精神状態になっていたところだ。

 考えたくはないが、この状況はその時と似ていた。

 男エルフの声が、幼き日の不審者の声と重なって聞こえてくる。


 「ニンゲン、壁に手を突き、こっちに尻を突き出せ」


 終わった、と保は思った。今まで必死に積み重ねてきたものがガラガラと音を立てて崩れるのが分かった。

 何とか危険を乗り越えて、嫌な思い出にも耐えて、それで手に入れた積み木を一つ、また一つと重ねてきた。そんな人生が突然現れたこの男エルフのせいで蹴り倒される。最低で最悪な、吐き気と嫌悪と憎悪の果てで、保の人生は全てダメになるのだ。生きていても、この男エルフのペットにされ弄ばれる。いいや、次の瞬間には、死ぬほど嫌な苦しみを味わうに違いない。


 「ニンゲン、喜べよ。俺に見初められる別種族はなかなかいないぞ。顔は平凡、肉体もそれほど美しいわけではないが、お前の股のそれだけは、俺を高揚させる。洗脳されているので、お前の声は聞けないのは残念だが、騒がれても面倒だからな。……最初は俺がお前に、次はお前が俺にだ。……ひひ、楽しみ過ぎてもうここがおかしくなってしまいそうだよなぁ、二、ン、ゲ、ン」


 男エルフは舌なめずりをして、保の腰に手を置いた。

 その時、保は覚悟を決めた。どうせ受け身で居続けても苦しみばかりの人生なら、今度は戦う側に回ろう。奪われて傷つけられる前に、今度は自分が奪い傷つけてやろう。己の異世界転生に世界を救う意味も、美少女に囲まれる平穏も無いというのなら、精一杯に今までとは違う生き方を貫いてやろう。もう傷つけられた後に、後悔して引きこもるのはこりごりだ。

 保は拳を握りしめて、体を反転すると同時に男エルフに拳を振り下ろした。


 「――離れろっ! 気色悪いんだよ!」


 男エルフの半開きの口に、保渾身のパンチが飲み込まれる。思ったよりも浅い手応えを感じた保は反転していたままで、さらに男エルフの顎でも砕く勢いでさらに拳を前に突き出した。

 前のめりに男エルフが倒れこんでくれば、


 「――ふぐふぉ!?」


 最後は保の股の下の保に顔面を強打して、白目を剥けば意識を失った。

 どさっと保の足の間に頭を置く形で倒れこんだ男エルフを見れば、口からだらだらと赤黒い血が流れている。気を失っているようだし、しばらくは目覚める様子もなさそうだ。それでも、自分の股の下にこの男がいるだけで寒気を感じて、慌ててそこから飛び退いた。


 「……それにしても、俺のコイツもたまには役に立つな」


 ぶらんぶららんとする股間のモノを褒めるようにぽんぽんと撫でた保は、大急ぎで脱ぎ捨てばかりの衣服に再び袖を通すのだった。 

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