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アレしか自慢のない俺、風俗にイったはずが異世界に行くことになった  作者: きし
第十章『堕ちた英雄 消えたヒーロー 反抗のヒロイン』
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 ザブリウスは今まで感じたことのない悪寒に死の前兆を感じながら、腐ったレバーのような血を吐血した。


 「薬師……。薬か……薬を使っていたか……!?」


 涼しい顔をしながらアキホは、崩れた瓦礫の一角に背中を持たれた。勝利を確信したような素振りをするアキホに、ザブリウスは神経を逆撫でられたような思いになる。


 「どこで勘違いしていた、ザブリウス。思い違いをしていたのよ。昨日、今日、どうにかしたわけじゃない。ずっと前から、貴方に会っていた時から、玉座の間に、いや、城中に、いえいえ、街中に……毒の粉を撒き続けた」


 「街中の人間を殺すつもりか!?」


 「いいえ、この毒の粉は特殊でね。ある特定の魔障にのみ反応するようにできている。その魔障を体内に持たない限りは、よほどのことでもない限りは発症することはない」


 忌々しげに腕に刺さった注射器に気づいたザブリウスは、それを引っこ抜けば地面に叩き割った。


 「私を殺す為だけの毒薬ということか! いつからだ……。いつから準備は進められていた!?」


 「さあ? 少なくとも、領主になるより前からかしら」


 おどけたように言うアキホに、ザブリウスは頭を抱えたくなるような気持ちでいっぱいになった。

 人間の上位にいたはずのザブリウスが、殺意を持った人間一人見抜けなかった。少なくともこの大陸を導く舵取りとして機能していたはずの誇りを傷つけられた。その現実が、どんどんとザブリウスの冷静さを奪っていく。


 「嘲るなよ、アキホッ――!」


 ザブリウスは前方に全身を覆う程の治癒回復の魔法陣を出現させると、魔法陣へと突進をした。そして、魔法陣を潜ると同時に傷口は癒えていく――しかし。


 「花妖精族の浄化の泉でも行かないと、私の魔障はそう簡単に体から抜けないわよ?」


 「ぐっ――! お前は殺さなければいけない! この世のためにはならない女だ!」


 魔法陣を抜けたザブリウスは外傷は回復した様子だが、再度アキホから受けた魔障に蝕まれた体の影響から吐血し、それでもなおアキホへと突撃した。ザブリウスは手の先から鋭い爪を伸ばし、アキホへと振り下ろす。


 「私だって肉体強化しているのよ。これぐらい避けられるわ。特に今のアンタならね」


 体を前のめりに傾けたアキホは、ザブリウスの腕の下を潜るようにしてすり抜ける。空振りをしたザブリウスの手は、アキホのもたれていた瓦礫を粉砕するものの虚しい手応えに激情する。


 「逃げることしかできないか!? さっきの槍で刺してみろ!」


 振り向きざまに迫るザブリウスの爪をアキホはアイギスではね返す。


 「安い誘いね。私の武器は防具でもあるのよ? 鎧が武器に使えるのなんて、不意打ちの一回きりぐらいが限界よ」


 「そうやって、勝利者気取りか! 私を殺して、その先はどうする! 終わりのない争いを続けるつもりか! あのエルフの悪鬼のように!」


 普段のアキホなら確実に命を奪われていた。研ぎ澄まされた神経が、重力を感じさせない肉体がアキホの身を軽くさせ、冷静さを欠き体力を徐々に奪われつつある乱暴なザブリウスの一撃をするりと回避する。


 「先のことは考えているわ。ちゃんとね! 私は、私の役目を果たすだけよ。それが――『観測者』に選ばれた者の指名だから!」


 「観測者――!」


 ほぼゼロ距離でザブリウスは爆撃魔法を放った。しかし、アキホに打ち込まれた淀んだ魔障のせいで詠唱の乱れた魔法が爆撃魔法の精密性を奪い、ザブリウスすら巻き込み周囲十数メートルを焦土に変える爆炎を上げる。


 「うぐっ……!?」


 黒煙から吐き出されるようにしてアキホは地面を転がった。体を丸めて何とかダメージをアイギスへ持っていこうとしていたが、アキホも事故的な想定外の威力に強い衝撃を受けていた。

 よろよろと立ち上がろうとするアキホは、両足に力が入らないことに気づき、泥だらけの体に視線を送る。


 「いったぁ……いわけよね。これは……」


 ガラスの破片がアキホの太股に突き刺さっていた。強化された肉体が体内から必死にガラス片を押し出そうとしているのが唯一の救いだが、そのまま受けていたらあまりの激痛に泣いてしまうかもしれないなんて場違いなことを考えてしまう。

 アキホは身を低くしてポケットから紙の袋を取り出すと、そこからまだ粉々になっていない丸薬を数粒取れば口に入れた。丸薬の効果かものの数秒で、貧血したようにぼんやりとした頭の中が少しだけクリアになった気がした。


 「観測者……観測者か……。お前は、観測者に会ったことがあるのか」


 城の前の大きな橋は崩れ落ち、野生動物のように山のようになった瓦礫を登り、ザブリウスはアキホを見据えた。観測者という言葉を聞いたザブリウスは、対立する姿勢から対話する姿勢へと明らかに先程までとは様子が違っていた。


 「ずっと昔に、アンタに拾われるより前にね。でも、奴らが観測者という者を知ったのは、アンタの秘密の書斎で本を読んだ時かな」


 「そうか……。あんな物は、捨ててしまえば良かったのにな」


 「いずれ知ることよ」 


 「お前は観測者に選ばれたのか?」


 「ええ、観測者に選ばれた『運命人さだめびと』よ」


 ザブリウスの顔からは血の気が引いていってるようだった。

 今、ザブリウスが相対している存在の大きさに、ようやく気づいていた。ザブリウスは、愕然とする以上にどうせならば知らないでいたかったとすら人間のような考えすら浮かんだ。本来のザブリウスなら、個人的な感情で動くことはしない、使命のように私情は感じないように生きる。だが、目の前の存在はそうせざる終えない、例えどんな状況に立たされてもザブリウスは矮小な存在に成り下がるしかないのだ。


 「私は、どうすればいい……」


 ザブリウスからは既に戦意は感じられなかった。アキホは先程の爆破でメガネを落としたことに気づいたが、魔眼が両目の視力を補ってくれるので、すぐに諦めることにした。

 つまり、ザブリウスとアキホはそこまで違う立ち位置に立っていた。王都が壊滅しても復讐する考えすら至らないほど絶望した王と、片や世界を壊す段取りを踏みながらメガネを気にする女。

 殺し合いをしていた者に命の選定を頼む程に、ザブリウスの心は弱りきっていた。


 「ザブリウス、いいえ、師匠……。観測者を超える方法を考えていたのよね。そんな貴方が、そこで屈してもいいの? 私の目的は王を殺すことではない。それだけ魔障を操れるなら、体を癒すことも可能でしょ。今からでも逃げてどこか山奥にでも逃げなさい」


 「どうしろという!? 数百年もかけて打倒しようとした存在に、私は操られ続けたのだぞ!? 最後の最後まで!」


 「現在進行形で私は操られる身よ、そんな私から言えることは一つだけ……逃げて」


 足を引きずるようにしてアキホはザブリウスに近づいていく、そして、朽ちかけた肉体の元師匠に向かって諭すように今一度――。


 「――逃げてください」と告げた。


 ザブリウスは背中に魔法陣を発生させると、高くジャンプしてそれを潜れば、背中からは巨大な漆黒の翼が生えた。今のザブリウスの肉体を表すように骨と皮だけの翼を飛翔させて、スモッグのような魔障が覆う曇天を抜けて、王都が遥か眼下まで広がる程高く飛んだ。

 空中で小指の先程まで小さくなった王都を今一度見るザブリウスの目には、もう見えなくなったアキホの姿が焼きついている。


 「お前には、すまないことをした……。アキホ、頼むから宿命を乗り越えてくれ。私も必ず、何百年経とうとも……観測者の手からこの世界を――」 


 「――呼んだか」


 少なくとも、ザブリウスは自分と同じ高さまで飛べる飛行魔法を使える者はそう多くは知らない。

 振り返ったザブリウスの前には――全身を黒いローブで隠した男が居た。


 「何故ここにいる……。まさか、お前が……」


 魔法を使った形跡すら無いまま空を飛ぶ黒いローブの男は、頷いたのか僅かに顔まで隠したローブが揺れた。


 「観測者だ」


 ザブリウスは、産まれて初めて冷や汗を感じていた。

 神話にも等しい存在が、目の前にいることに、思考が正常に働こうとしない。


 「私を殺しに来たのか……」


 「そうだ、アキホはお前に観測者のことを教えた。だから、消す。訂正しておくが、観測者には殺すという概念はない。お前は、ただ消失するだけなのだ」


 ザブリウスは血まみれの歯を噛み締めると、体内で暴れまわる淀んだ魔障に己の魔障練りこむ。


 「一度は死を覚悟した私だ! 私を爆弾代わりにして、お主を巻き込んで、この終わらぬ遊戯を終わらせる!」


 「自ら消えるか」


 「お主に消されるぐらいなら、私は自分自身で死に場所を選ぶ!」      


 膨れ上がるザブリウスの魔障を前に、黒いローブの男は身動き一つしない。ただじっと、何かを待つようにしてザブリウスを眺めていた。


 「お前を殺すのは、俺の役目でもなければ……お前の役目でもないようだぞ」


 「――ガハアッ!?」


 王都から飛来した雷の矢がザブリウスの心臓を射抜いていた。吸った毒と刺された傷口の二つが重なり、ザブリウスは黒々とした血液を吐き出した。

 消えかかる力でザブリウスは下に顔を向け、僅かな魔障で雷の矢の放たれた方向を探る。

 半分以上崩壊した城の天辺で、エルフ族の王ギマリスが雷の矢の魔法を撃っていた。


 「おのれ……観測者に触れることすらできんとは……」


 既に余力の残らないザブリウスの翼は折れ、空気中に溶け、握りつぶされた紙のようにして地面へと落ちていく。墜落するザブリウスに、再びギマリスの雷の矢が連続で発射された。

 腕を貫かれ、足を貫通し、頭を吹き飛ばされたザブリウスは、ギマリスの脇を落下して鈍い音を立てて地面で崩れ散った。






              ※




 ――すまない、アキホ。


 魔障の風に乗り、アキホの耳にザブリウスの声が届いた。


 「師匠、こんなことに魔法を使う力があるなら……鳥でも虫でも姿を変えて逃げれば良かったじゃないですか……」


 アキホは涙を流すことはない。尊敬した師を殺す為に手に入れた魔眼は、アキホから一滴の涙を流すことすら許さない。

 ギマリスが空に魔法を発射した。攻撃的な赤い色をした魔障の爆発は、王都の上空で輝き、王が倒れたことを王都の外の戦場まで示した。

 これから始まるのは蹂躙か誇りを守る為だけの虐殺か。

 珍しく口元に笑みを浮かべるギマリスから視線を逸らし、肉塊になったザブリウスを見た。


 「全てが決められていたことなんです、師匠。……唯一、私を止めるヒーローが死ぬことすら、定められた運命なんですよ」


 もし死後の世界まで声を届けられる魔法があれば、そんなありえない発想を考えている自分に気づき、アキホは首を横に振った。

 次に顔を上げた時、アキホの顔からは感慨は消え去っていた。 

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