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アレしか自慢のない俺、風俗にイったはずが異世界に行くことになった  作者: きし
第九章『新世界の王は破壊に接吻を』
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 保の眼前ではこの世の光景とは思えないほどの絶望的な視界の中で、トオガを抜かした六体のウルフェス族が飛び掛る。

 逃げなければと体が震えて動かなくなる前に保は考えた。だが、どこに逃げる?

 背を向けて走れば、あっという間に牙と爪で八つ裂きにされる。

 横に転がるか? それとも、しゃがんでみるか? いやいや無意味だ、例え初撃を回避できたとしても、歩くような一歩ですぐにウルフェス族の手が届く。


 ――完璧に洗脳するために傷付いてもらうよ。


 危機的状況で、保の脳裏に突如思い返されたのは、カリファの言葉だ。

 奴は、自分を殺すつもりがない。洗脳することが目的だ。それを逆手に利用しようという判断には、思案する暇も選択もなかった。


 「やれるものならやってみろ!」


 後退しようとしていた足を前に出して、無謀にも拳を握り走り出した。


 「くっ……! 待てっ」


 カリファの逼迫した声が聞こえれば、ウルフェス族はその場で急停止した。保の思惑はうまくいったようで、ギリギリで傷つける予定だった保が前に出たことでウルフェス族の攻撃は狂ってしまったようだ。

 無様に振り上げた拳を下げた保は、そのままカリファへと突進する。


 「エルフ族と覚醒したウルフェス族相手に拳一つか? 笑わせてくれるなよ?」


 トオガの背に乗ったカリファは他のウルフェス族を手で制すと、トオガの頭を叩いた。

 咆哮を上げたトオガは、両手を広げて爪を構えると保を迎え撃つ構えだ。


 「ゼルッ! 今だ!」


 保の声に呼応して、木の間からゼルが腰を低くして飛び出した。そのまま棒立ち状態のウルフェス族達をすり抜けると、保を追い越してトオガに矢のような蹴りを繰り出した。


 「トオガッ!」


 トオガは相対する準備が整っていたようだが、取り乱したカリファの指示によって毛むくじゃらの両手を交錯して防御を行う。トオガの顔へめがけて放たれたゼルのキックは、頑丈な両手に守られてしまうが、それでもダメージは確実に与えられたようでトオガは悲鳴を上げながら後退した。


 「この時を待っていた!」


 交錯していた腕を解除したトオガ。幻術殺しの香水の瓶を懐から取り出すと、それをトオガへ向かって全力で投げつけた。


 「ウガアァァ――!」


 トオガの顔に直撃した瓶が割れれば、トオガが苦しみの咆哮を上げた。鼻のよく利くトオガにはかなり辛い臭いだろうが、苦しみ方が尋常ではないところを見ると効果はあるようだ。


 「な、何をしている!? こんな目くらましごときで……む……ま、まさかこの臭いは――!」


 続きを言うことなくカリファは悶えるトオガによって地面に落下した。そこはさすがにエルフ族なのか、落ちようとしたカリファは身軽く着地をすれば、暴れるトオガから距離を置いた。

 カリファは剣を抜くと、保に剣先を向ける。


 「やってくれたな、まさかこんな物を隠しもっているとはな……。だがな、私には奴らを操る力がある! タモツが何をしようとも、私の力の前では無意味無意味無意味だ!」


 「やってみなくちゃ……わからねえだろ!」


 「楽しませてくれるよ、タモツ! やれ、ウルフェス族共!」


 保はカリファへと駆け出しながら、トオガの方を見るが地面に顔を打ちつけたり、爪で土を抉ったり、ずっと唸り声を上げたりしている。トオガなりに懸命に洗脳から逃れようとしているようだが、今はトオガをあてにしても仕方がなかった。

 ゼルとしては、前方のカリファ、ウルフェス族のどちからを先に狙えばいいか僅かに逡巡した後にすぐに接近をしてくるウルフェス族と対決することを選んだようだ。

 保にも勝機なんてなかった。それでも、どちらかがどちらかの脅威と戦うしか生き長らえる術はないのだ。

 背中の殺意に押されるようにして前進する保に、カリファは剣に強化魔法を施しているようだった。

 襲い来る殺意に生唾を飲み込んだゼルは、頭の中で攻撃をイメージする。勝つことはできないが、最善を尽くせばいずれ勝利は訪れることを信じて。


 「――アシィットクェイク」


 凛とした女性の声で魔法が唱えられた。直後、凄まじい爆音が轟いたことで、カリファが剣から放たれた魔法の刃は音に驚きひっくり返った保から外れ、ウルフェス族に飛びかかろうとしたゼルは足を止めていた。

 地べた這ったままの保が視線を動かせば、理解できないといった顔で口を開けたカリファが立っていた。カリファに気づかれないようにそっと体を起こした保は、カリファに意識を払いながら後方を見た。そして、ある人物にそっと礼を言った。


 「迷惑かけるね。――ミストさん」


 どうやって獣道を歩いてきたのかメイド服は汚れ一つ無く、ただ堂々とメイドのミストが腕を組んでそこに立っていた。

 ただミストが現れただけなら、カリファもさほど驚くことはない。鼠が増えただけだと鼻で笑うだろう。しかし、ミストの周辺に広がる光景が問題なのだ。

 今まさにゼルと保に襲い掛かろうとした六体のウルフェス族が、地面から生えた巨大な土の手によって押さえ込まれていた。 

 土の手に包まれたウルフェス族達は顔と足だけ出ており、必死に暴れて逃げ出そうとするが、土の手はピクリとも動こうとしない。


 「な、何者だ!?」


 カリファが驚愕に顔を歪ませて、後ずさりをしていた。

 声をかけられたミストは、身動きをできなくなったウルフェス族達の前を悠々と通り過ぎると、どこから取り出したのか一本の箒を右手でくるりと反転させると肩にかけた。


 「何者? この格好を見てもお気づきになりませんか? それとも、エルフ族には誇りを持って奉仕をする仕事の文化は無いのですか?」


 「私は、お前のような人間にどうしてそのような力があるのかと聞いているのだ!?」


 「人間を侮らないでください。魔法に特化した種族というのは、どうしても特出した能力を欲しがりますよね。しかし、人間というのは器用なものなんですよ。学問一つ取っても、いくつにでも分類されるように魔法にも分類を設けた。エルフが花妖精がダークエルフが得意な魔法を伸ばしている間に、人間はその得意な魔法をまんべんなく学ぶことにした」


 そこまで聞きカリファは合点がいったようで、大きく目を見開いた。


 「そうか、そうなのか! であれば、当然か! 人間の中の異端者共か!」


 呆れたようにやれやれとミストは首を横に振ると、すっと目を細めて告げた。


 「異端なんて考えは古いですよ、エルフ。今は魔障を自在に操る者が、掃除をして洗濯をして料理を作ります。エルフは魔法を使えても、家事の一つだってできない人もいるじゃないですか」


 ミストの危険性に気づいたカリファは、次の言葉を待つことなく魔法陣を出現させた。すぐさま、魔法陣を剣で切り開くと、そこから雷撃の刃が保もゼルも無視してミストへと迫る。


 「エアードム」


 一秒もかからぬ内に左手を伸ばしたミストの前に魔法陣が現れれば、その先で渦巻いた風が形を変えて実体を持たない盾になれば、雷撃の刃は風の盾に飲み込まれてミストに到達する前に形を失った。

 顔を歪めたカリファに、右手に持った箒の先を向けたミストが言い放つ。


 「申し遅れました。私の名前は、ミストと申します。仕事は――メイドで魔法使いをしています」



            ※




 ミストの力を目にしてからのカリファの様子は一変した。

 余裕はどこに忘れてきたのか、ミストの分かりやす過ぎる自己紹介を聞いてすぐにカリファは魔法を放つ。

 詠唱する余裕はそこに無く、放たれるのは銃弾のような速さの炎の玉。


 「焦りすぎですね。魔法を使える者同士の戦いなら、冷静さと手数の多さが重要ですよ?」


 いとも容易く、力の底のなさを証明するようにカリファの炎の玉の方向を逸らした。直撃することなく地表に突き刺さった炎の玉が、ぼふうと音を立てて爆ぜた。

 ミストには単純な魔法の遠距離攻撃が通用しないことに気づいたカリファは、剣を抜くと刃に指を走らせた。古代エルフ語を剣に描くと、淡い輝きを放ち始める。


 「直接攻撃ですか。それに人間の魔法使いは接近戦が不得意だというのをお気づきのようですね」


 でも、とミストは僅かな嘲笑と共に呼気を吐いた。


 「――私には通用しません」


 ミストに接近したカリファの肉体は地面から突然生えた光の鎖に拘束された。肩や足、腰に無数の鎖に締め付けられたカリファは苦悶の表情を浮かべた。


 「これは、土でも……火でもない……魔障!?」


 端から見ていた保には理解できない会話だったが、魔法を使える者には長年積み重ねた理屈を塗り替えられるような話だった。

 魔障はいわば電力のようなもので、それを魔法を使用する者の体を通じて実用化させる。その際、何らかの自然エネルギーに形を宿らせるので、半強制的にこの世に存在する物質に姿を変える。炎や雷、水もそうだ。それが魔法を操る者達の常識だったはずだが、ミストはその根源である未知の物質である魔障を操っているのだ。エルフの中でも誰一人として、そんな者をカリファは見たことが無かった。


 「森に住んでいるか知らなかったのかもしれませんが、今時は高位の魔法使いにもなれば魔障を操る者も居ますよ。魔法は歴史の古さで決まるものではありませんよ、日々進歩しているのは科学だけでなく魔法も一緒です」


 「人間風情が、偉ぶるな!」


 カリファが力いっぱいに腕を動かせば、銀の剣の刃が光の鎖に触れれば、魔障の輝きと共に光が散り鎖が消滅した。


 「はははっ! この剣に施した魔法は、強制的に魔法を解除させる! いくらお前が魔障が操れるとはいえ、結局は魔法なのだ! そして――!」


 切られた鎖はすぐに修復して、餌を求める蛇のようにして標的であるカリファを追う。しかし、カリファの剣は既にミストに届くところまできていた。

 だが、カリファはミストを狙うことなく、ミストが持っていた箒へと剣を薙いだ。


 「腐ってもエルフ」


 悪態をついたミストが箒を手にして後退すると、カリファを追いかけていた光の鎖は消え去った。

 歯茎が見えるほど大きく顔を歪ませてカリファは笑う。


 「やはりな! その箒が魔法道具であり、お前の力を増幅させていたのだろう!? そのままの力では、ウルフェス族を止めるだけで精一杯というところか! 詰んだな、お前はやはり人間の魔法使いだ!」


 「訂正してください、こう見えても魔障使いなんて通り名も頂戴したことがあるのですよ」


 箒の先を地面に密着させたミスト。カリファの予想通り、いくつもの魔障の光の束がカリファを包み込めば、その体を全て覆いこんだ。だが、カリファは解除魔法を施した剣で簡単に光の束を切り崩した。

 勝利を確信したカリファは、脇目もふらずにミストへと距離を縮めれば、容赦のない突きを放つ。


 「逃げるのも限界だな、魔法使い! 人間の魔法使いなんぞが、単身でエルフを倒せるとは思うなよ!」


 仕方なくミストは再度箒を握ったまま後退。同じように、光の束は完全に消失する。

 カリファはすかさず肉体強化の魔法を足に込めて、数倍のスピードでミストを追い詰める。既にその剣の先はミストの、柔らかな体を貫こうとしていた。


 「魔法使いは後方支援が基本。ご存知の通り、私は人間の魔法使いですよ」


 死に際に発したミストの言葉がカリファには理解できなかった。その直後、ミストの言葉の意味に気づかされる。


 「がっ――!」


 血がカリファの頭よりも上へと舞い上がる。こんなところまでミストの血が飛ぶのだろうかと考えたカリファだが、目の前のミストは涼しい顔でカリファを見ていた。

 何故かうまく動こうとしない体で、視界を下に落とすと、一匹の獣――トオガが右手の爪をこちらへと向けていた。その爪の先が、真っ赤な血で濡れている。

 早く戦わなければと腕を動かそうとするが、頭以上に動いてくれない。どうしてなんだと思いつつ、トオガを通り越して体に目を向けた。


 「あぁ……」


 脇腹を切り裂かれ、さらには右腕も切り落とされていた。肘から下がすっぱりと消え去った己の姿を見て、カリファは白目を剥いて地面に倒れこんだ。


 「人間の魔法使いの本質は後方支援です。メイドと同じく、私はただ役に徹していただけに過ぎませんよ。何より、この戦いで私がトドメを刺すなんて……この私にはおこがましすぎますから」


 謙虚とも皮肉とも取れるミストの声を耳に、カリファは己の血飛沫を見ながら崩れ落ちた。

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