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アレしか自慢のない俺、風俗にイったはずが異世界に行くことになった  作者: きし
第九章『新世界の王は破壊に接吻を』
38/63

 神樹で待機していた保の前に現れたのは、予想外の人物であり、忌々しい記憶に深く関係した人物だった。

 その男は、過去に洗脳したと思い込んだ保を強姦しようとしたド変態エルフだった。

 だがしかし、保も馬鹿ではない。過去のトラウマと対決するぐらいの覚悟はしてきたつもりだった。だが、そのド変態エルフの連れて来た獣に大きな問題があった。

 獣の目には見覚えがあり、その瞳の奥には懐かしい太陽のような輝きを感じさせた。しかし、今はその懐かしい輝きも怒りで薄れているようだったが。


 「タモツ」


 高速で接近してきた獣は、しばらく対峙した後に、聞き覚えのある声で保の名前を呼んだのだ。

 それからは一枚のイラストを形成するドミノ倒しのように、一つ一つが不鮮明だったパーツが獣の部分部分とトオガの顔が重なる。

 間違いなく、目の前にはトオガが居た。姿形が変わっても、この世界で初めて会った青年の印象は色濃く残り、記憶が全感覚を通して目の前の獣がトオガだと訴えかけた。

 保が目の前の獣がトオガだと認識したことに気づいたエルフの男は、さもおかしそうにカリファと名乗った。この男は、トオガと保の関係を知っている。知った上でけしかけているのだと気づき、卑劣な性格に保は怒りが沸き立つ思いだった。


 「お前が尻に敷いているソイツはトオガなのか!?」


 「トオガ? ああ確かそういう名前だった気がするよ……。お前と仲が良かったんだとな?」


 一拍も置かずに保は即答する。


 「友達だ! てめえ、何を勘違いして俺のダチの上に乗ってるんだよ!?」


 「勘違いなんかじゃない、私とこのケダモノで主従が成立しているんだよ。そもそも、我らが求めるエルフの未来の正しい形というのが、こういうものなのだよ。一切の私情を持つことなく、エルフに奉仕することが最上の喜びに感じることこそ、他種族のあるべき姿だ。だが、時として例外もある」


 カリファはオーバーな動きで頭を振り、指を鳴らしながら保を指差した。きっとろくでもないことを言うに違いないと保は察した。


 「ああ! キミは例外中の例外だよ、タモツ! 私はね、キミの私情を全て含んだ上で、我が物にしたいのさ!」


 「勘弁してくれよ……」


 リーアに好意を寄せられた時は、正直まんざらでもない気持ちがあったが、同じエルフといえど性別の垣根を当然のように越えて乱暴しようとしていた男の物になんてなりたいわけがない。単純な嫌悪感から保はそう思った。

 久しぶりに保に会えたことで興奮しているのか、カリファの口上は止まらない。


 「凄い衝撃的だったよ、劣等種族だと思っていた人間が猿真似をして、よもや……あんな下品なやり方で私を倒してしまうとはねぇ……! 目覚めた時、最初に湧いたのは怒りだった! だが、それから、数時間、数日と経過していく内にこの百年以上生きてきた我が心は飢えにも似た渇望を抱いていることに気づいたのさ! 信じられるかい!? このエルフの私がだよ!?」


 「頭が痛くなるな……そんなもの、信じたくねえよ。お前は、この世界のエルフの品格を下げまくってるな」


 トオガが生きていたのは、保からしてみれば正直飛び上がるぐらい嬉しい事だった。だが、今のトオガは何らかの魔法によって操られている様子だ。きっと、保の名前を呼んだのだって、カリファが仕組んだ一種の挑発のせいだ。

 保は頭を切り替えつつ、現段階の最良な判断を考える。

 いくら一年の月日があるとはいえ、保は魔法を使うことはできない。一応、ダークエルフになる薬は持っているが、それを使えば状況次第では作戦の妨害になる。つまり、今カリファに対抗する方法はなるべく時間を稼いで、援軍を待つことだ。アキホ、ゼル、アキラのいずれかがここにやってくれば、必ず正気が見えるはずだ。そして、できることならトオガも解放する。アキホがここに向かって来ているなら、それはさほど難しくないことに思えた。

 方針が決まったところで、運良く饒舌なカリファに、保は会話を途切れさせない為に問いかける。


 「怒るのは分かるが、一体どういう神経しているんだよ。俺のことを好きになっちまったのか?」


 自分で口にしておぞましい発言だが、良くも悪くもカリファが食いつきそうなワードを口にしてみた。


 「好き、ですと?」


 よほど釣り針は大きかったのか、それとも好物の餌でも付いていたのか、カリファは目を見開いた。


 「ああ……あああ……あぁ……。その発想は今まで無かったですね、私は男色として有名でね。エルフ族の中でも、かなり奇妙な存在に思われているのですよ。男、男、男……何人ものの男を抱いてきた! 異種族も何人か抱いてみたけど、全然駄目だった!」


 コイツは何を宣言しているのだと冷めた目を向ける保だが、こんなしょうもないことで熱くなるなら好都合としか言えなかった。


 「少年、中年、老人、全年齢は味わった! 人間を一人捕まえて来て、一生の間飼ってみたこともあったさ! だがやはり人間はつまらない、ギララ族みたいに快感で耳が石みたいに硬くなることもない、花妖精みたいに花が震えて踊ることもない、ウルフェス族みたいに全身の筋肉が強張っていくこともない……やはりエルフが一番かなと思っていた……でも、タモツ! お前が、私の価値観を変えてくれたんだ!」


 リーアから似たようなことを言われて胸が熱くなった保だが、逆にカリファに同じようなことを言われてどんどん氷のように思考が冷たくなっていきそうだった。


 「デカイだけなら、たくさんいる。形がいいだけなら、エルフの方が美しい。相性? ハッ、そんなの妄想でしかないな。しかぁし! タモツは、その両方を兼ね備えていた! 大きくてたくましくてかわいいかっこいい! あえて言うなら、これは一目惚れてやつだねえ。まあ相性は、これからのお楽しみってことで……いいかな?」


 ああ……、と保はすっかり忘れていたことを思い出しながら声を漏らした。

 最近はすっかり忘れていたが、この股間絡みで嫌というほど災難に遭遇していたはずだ。それが今、最悪な形で自分の前に現れたのだ。


 「少しでもタモツの痕跡が無いかと思い出の部屋を探してみたら、どこかの毛を発見したのさ。そして、それをトオガに嗅がせて……はっけーん。この騒ぎの中、こんな再会を用意してくれるなんて。トオガは本当に飼い主思いだ」


 カリファはトオガの頭を掴むとガシガシと揺さぶるように撫でた。とても生き物を扱うとは思えないその撫で方に、どんどんと憎しみが積もっていくのを保は感じていた。


 「……トオガは、どうしてそんな風になっちまったんだ」


 「ああ、簡単なことさ。私がある魔法を使ったんだよ。……バース・ゲート。聞き覚えがあるだろ?」


 「そ、それって……リーアの!?」


 「洗脳されていると思っての失敗だったから、だからこそ私はあの魔法を使いこなそうと努力し、そしてリーア様だけしか使うことのできなかったあの魔法を使えるようになった。あの件はリーア様の心の弱さが招いた敗北だ。……だが、私はそうはいかんぞ。お前に教えてやろう、たっぷりとねっとりなあぁ」


 保は愕然とした。こんな風に会話をしているだけでぞわぞわとするのに、こんな変態に心の中に侵入されたり正気でいられる自信なんてあるわけ無い。

 カリファは嘲笑と共に右手をかざした。見たことのある動き、描かれる魔法陣は忘れるはずがない。リーアが行っていたものと同じものだ。


 「度々リーア様は、心を乱すことがあった。その点、私にはその心配はない。私はねぇ……タモツゥ……心底、他者の中に侵入するということに喜びを感じるんだぁ。あえて言うなら、心の挿入とやつかもしれんな!」


 保の吐き気がピークになった頃、割り込んできた影と共にカリファの伸ばした右手は保から足元へと強制的に方向を変えさせられた。

 助けに入って着てくれた影は剣を抜くカリファから、空中に足場でもあるような身軽さで保を守るように降り立った。


 「ゼル!」


 「今度は、私がタモツを助けるから」


 ゼルの体内から魔障が湧き上がるのが保にも視認できた。ゼルにはカリファとの因縁はない、であれば、本気を出さなければ勝てない相手だと予想してのことだろう。

 ローブを脱ぎ捨てたゼルは黒一色の身軽そうな服を着ていた。肩までの袖に、膝までの裾。それがワンピースのように繋がっているのだが、動きやすいように体にぴったりと密着している。アキホが用意した戦闘服のようなもので、似たようなものをアキラも着ていることだろう。

 

 「ダークエルフの……少女かぁ……。残念だ、少年なら好みだったのだが」


 冗談とも本気ともとれないカリファの発言に、保はもちろんゼルも微細な変化だが不快感を表に出す。

 ゼルは両手のグローブの拳と拳を合わせれば、金属バッド同士をぶつけたように高い音が響く。指先だけ飛び出したグローブの間接部分には、特殊な金属のプレートが入れられており、剣ならグローブで受け止められるほど頑丈な素材となっている。無論、武器としての役目も兼ねているのだ。


 「昔から、子供を食い物にするような大人は嫌い」


 「いやいやいやぁー、キミは誤解しているよ? 確かに私には子供を奴隷商人から買ったことも、迷子になった子供を捕まえてきたこともある。けどね、最後にはみんな泣いて感激の言葉と共に、ありがとうございます、カリファ様ぁて頭を垂れて一心不乱に私の欲を満たしていたよ? あ、どんなことをさせていたか教えてあげようか? それはね――」


 「――やめろ、ゼルの耳が穢れる」


 ゼルと並び立つ保は鋭い声と共にカリファを睨みつけた。


 「おやおや、ダークエルフちゃんがやってきてから、やたら強気じゃないか」


 カリファの煽るような喋り方を無視する。事実、カリファの言う通り勝機が見えてきた。

 アグニマンとの一件以来、保達は幻術対策の香水を持ち歩くことにした。政治の世界では、幻覚、幻惑、催眠の魔法で人生を棒に振った権力者は少なくない。その為、会議の場に立つ時は必ずといって良いほど香水を体に染み込ませて来た。

 今も香水は懐に隠してある。この香水を使えば、きっとトオガの洗脳の解くことができるはずだ。しかし、無防備に近づいて投げつけてもトオガの運動能力の前では当てることは不可能だ。だからこそ、ゼルにはトオガの相手をしてもらわなければいけない。ゼルは正体が発覚することを防ぐ為にも香水を持ってきていないので、動きを止めてもらった隙に、保がトオガに接近するのだ。


 「ゼル、あのウルフェス族は俺の友達なんだ。奴に洗脳されている」


 「分かった」


 保の方を見ることなくゼルは応答した。答えはそれだけで十分だった。

 カリファは小さな声で会話をする保とゼルを見て、うぅーんとわざとらしい声を出しながら首を捻っていた。


 「何を内緒話をしているんだい? 私にも聞かせてくれよ、なぁ、なぁ、なあぁ。何かヤだな、そういうの。よし、タモツを捕獲した後にはもう内緒話なんてできないようにタモツのお口を使って――」


 カリファの声から耳障りな気持ちになったゼルは、


 「――とりあえず、黙って」


 力いっぱい地面を蹴れば、弾丸のようにゼルはカリファに向かっていった。


 「おっと」


 予測していたような動きで短く唸ったトオガは接近するゼルから逃れるために素早く後退する。

 ゼルから離れすぎれば、次こそカリファの魔法の標的になる。すぐさま、保は情けなくてもゼルを盾にするように前進した。 


 「ゼル、カリファを叩き落せ!」


 「任せて」


 そう聞こえた時には既に、ゼルはカリファの眼前まで距離を詰めていた。だが、トオガも操られているとはいえ、カリファに忠誠を誓うように強制されている。

 目にも止まらぬ速さとは言い過ぎではないゼルのスピードをトオガはしっかりと目で捉え、そして、触れただけで絶命してしまいそうな爪と共に右腕が動く。


 「ただの獣では勝てない」


 拳を握ったままのゼルはトオガの顔面を踏み台にするように踵を落とした。悶えるトオガを足の下に敷いたまま、ゼルは拳を放つ。

 誰がどう見てもカリファはゼルのパンチによって殴り飛ばされる姿しか思い描けなかった。


 「そう獣一匹なら勝てないね」


 なのに、ゼルが飛び出してきたようにまた一つの黒い影が戦場に飛び込んできた。


 「――あうぅ!?」


 黒い影が殴ったのか蹴ったのか分からないほど素早い動きで、ゼルを突き飛ばした。ゼルは地面に体を打ち付けられれば、受身もとれずに地面に転がる。

 ゼルに駆けつけようとする保の進行はゼルを突き飛ばした影によって妨げられた。


 「本当に性格悪いな、カリファ」


 保の動きを止めたのは、一匹の獣……いや、ウルフェス族だった。

 カリファはトオガの背中の上で立つと恭しく舞台役者の閉幕の挨拶のように頭を下げた。


 「タモツに名前を呼ばれるだけで、達してしまいそうだよ。よし、褒め言葉として受け取っておくとしよう。……私はリーア様以上に、他者を操る力に長けている。その証拠にほら、ごらんよ」


 ドスン、ドスン、ドスン、ドスン、ドスン。黒く大きな影が五体分、木の上から降り立った。

 今、保の前には現れた二体のウルフェス族に加えて、さらに巨大な狼の姿になったウルフェス族が五体加わった。――計七体。七体のウルフェス族が、遠吠えと共に目の前に出現した。


 「タモツはやはり股間のブツ以外にも何か隠し持ってそうだな。だったら、私はタモツの考えつかないほどの絶望で小さな希望を踏みにじってあげようという楽しみ方さ。一匹や二匹なんてものじゃないよ、ここには全部で七匹の禁断の魔法で覚醒したウルフェス族がいるのさ」


 熊のような大きさの狼達七匹は、爪を立てて保を囲んだ。


 「今のキミの心は入りにくそうだ。悪いが、まずは完璧に洗脳するためにも傷付いてもらうよ。……ああ、これは私の趣味じゃないから、さ」


 くだらないカリファの声は既に耳に入らなかった。

 長いこと餌を貰っていなかったような獰猛さで七匹のウルフェス族が一斉に保に飛び掛る。

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