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「お約束」な少女漫画  作者: 相田 渚
第三章 ずれた物語と修正された物語
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計略の浴衣

百瀬が王崎とはぐれ再会できたことで仲が深まるという、『スイートチョコレート』の夏祭りを思い浮かべた茉莉花は、ベッドの上に広げた浴衣を眺め、腕を組んで唸った。


夏祭りの待ち合わせは夕方のため、まだ時間はある。しかし、ヘアアレンジする時間を考えるとそろそろどの浴衣にするのか決めなくてはいけない。


曽祖母から祖母へ、そして母、茉莉花へ受け継がれた浴衣は丁寧に扱われていたのか、時代を感じさせない状態の良さを保っている。柄は全て古典柄で落ち着いた浴衣ばかりだが、色合いは艶やかなままである。どれを着ても夏祭りにはぴったりだ。


しかし茉莉花を悩ませているのは、夏祭りに相応しい浴衣選びではなく、夏祭りでおこる『スイートチョコレート』の王崎と百瀬の仲を深める出来事をいかに防ぐか、である。


夏祭りのエピソードのミソは、2つある。

まずは、はぐれて不安になってるところに最初の花火と同時に好きな人が見つけ出してくれるという少女漫画のお約束なタイミング。

それから、手を繋いで花火を見るという出来事。


手を繋ぐ時の建前が「はぐれないため」であるから、そもそも花火が始まるまで王崎と百瀬が離れ離れにならなければ、そんな発想も出てこないだろう。

離れ離れにならなければ、最高の演出のもと再会、なんてことにもならない。

つまり、今日の夏祭りでは、百瀬と王崎がはぐれないように気をつければ『スイートチョコレート』にあった胸キュンシーンが全てなくなる可能性が高くなるということだ。


本当は、速水が頑張って百瀬にアプローチをし、2人で意図的に姿を消してくれることを望んでいる。そうなれば、必然的に茉莉花は王崎と二人っきりでお祭りをまわれ、花火も見ることができるからだ。

実際に速水にお願いをしようかと思ったが、『スイートチョコレート』の速水慶吾ならともかく、現実の速水では心もとない。精々同じ方面であるからという口実で、2人で行き帰りをするくらいが限界だろう。

万が一、一念発起した速水が上手くやったとしても、速水と百瀬がいなくなれば、優しく、また少女漫画のヒーローにありがちな天然さを持ち合わせている王崎は、善意から2人を探そうとするだろう。

せっかくのお祭りを、人探しで潰してしまうのはあまりにももったいない。

そうなるくらいなら、今日はおとなしく4人で楽しくお祭りを楽しむことに専念するべきだ。

王崎と2人きりなんて贅沢は望まない方が賢明である。


「4人がはぐれないようにするには、まずは私が百瀬さんと速水君をちゃんと見ておけばいいけれど…彼女達にとってもグループの中で目印があればいいのよね。漫画でも百瀬さんの浴衣が目立ったから見つけられたって書いてあったから…」


ぶつぶつと考えをまとめながら、茉莉花はようやく浴衣を手にとる。


「本当は濃紺地の落ち着いた浴衣にしようと思っていたけれど、明るい色の方が目立つし、これに決めた」


長考のすえ決断した茉莉花は、時間を携帯電話の画面で確認した。

恐らく、このまま準備に取り掛からないとまずい時間になっているだろう。

予測しながら電源ボタンを押すと、時刻表示の他に、届いていた1件のメッセージが表示された。

また後で会おうという旨の王崎からのメッセージだ。

彼へ返信をした後、茉莉花は直前の王崎とのやりとりを再びスクロールして読み返す。頬がゆるゆるとさがり、心がくすぐったくなるのを感じた。


最初にメッセージを飛ばしてきたのは、王崎の方だった。

茉莉花の家へ迎えに行くから待ち合わせ場所まで一緒に行こうという誘いだった。

王崎のメッセージには書いていなかったが、恐らく百瀬と速水が同じ方面のために一緒に待ち合わせ場所に来るのに対して、茉莉花を1人で待ち合わせ場所に向かわせることに気遣ったのだろう。

会場まで2人っきりでいられるとはいえ、さすがに家が正反対の方向の王崎を迎えに来てもらうことは躊躇われるため、泣く泣く断ったが、その後もなんとはないやりとりを数回続けた。


茉莉花ちゃんは今日浴衣を着てくるの?

着ていくつもりだけれど、どの浴衣にしようか迷ってるの

へぇ、いくつも持っているんだね

曾祖母から譲り受けてるから、古典柄ばかりなのだけれどね

そういえば、母も祖母の浴衣や着物を着てる時がある。祖父のものもあるらしいけれど、俺は着たことないな

お爺様の?素敵、見てみたいわ

茉莉花ちゃんがそう言うなら、着ていこうかな

わぁ嬉しい!やっぱりお祭りには浴衣と花火よね

花火好きなんだ?

打ち上げ花火も、手持ち花火も両方とも好き!

じゃあ今日は見晴らしのいいところで花火を楽しもう

楽しみだわ。

俺も楽しみにしてる。…そろそろ準備しなきゃいけないかな?

そうね、とりあえず浴衣を決めないと

俺も、祖父の浴衣を探してみるよ。じゃあまた後で会おう


王崎とメッセージのやりとりができたことはもちろん嬉しかったが、花火を一緒に楽しもうと言ってくれたこと、そして『スイートチョコレート』で洋服だった王崎が、茉莉花のお願いによって浴衣を着てくれることが嬉しかった。


茉莉花は携帯を手放してもなお上機嫌に鼻歌を歌いながら、鏡台に向き合いヘアアレンジをし始めた。


今日の降水確率はゼロパーセント。

ほぼ無風。

好きな人と一緒に花火を見ることができる。

絶好の夏祭り日和だ。

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