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第二話 猟奇の兆し:後編





調査を終えた帰り道……

「(さて、相手方にも迷惑だし取材はこれで原則打ち止めだな。どんな小さな事でも良い、何としてでも手掛かりを……――ん?これは……そうか、これかッ!)」


 どうやら手掛かりとなりえる情報を掴んだらしい昇は、事件に関する情報を整理していく。『ディルレヴァンガー』という単語についても調べ直したところ、掴んだ情報と合致するものが手に入った。

しかし、だからといって問題が全て解決したというわけでも無かった。

 確かに被害者の共通点は判明したが、次に何処で殺人が起こるのかについては全く解っていない。そもそも殺された人間の殆どは、それこそまるでフィクションにあるような『密室』で殺されており、これの手口を単なる民間人の昇が推理・解決するのはほぼ不可能に等しい。

 真相解明への活路を見出せたかと思ったのも束の間、新たなる問題は岩壁のように無力な昇の眼前へと立ちはだかったのであった。


「さて、どうする……大事にすると面倒だが、ここまで来るとどうにも惜しい気がしてならん……。

だがこんな粗末な情報如き、警察に提供した所で捜査妨害扱いされて門前払いを喰らうのがオチだ。せめて何か決定的な情報があれば……」


 等と考えながら昼の町中を歩いていた昇は、ふと公園の方から子供数人が騒ぐ声を耳にする。


「何だ?今時のガキが公園で遊ぶなんて珍しいな」


―公園―


 気になった昇が公園を見ると、どうやら5歳程度の幼児4人が玩具の拳銃片手に走り回っているらしかった。

 最初は任侠映画ごっこでもしているのかと思った昇だが、注視した末に思わず絶句した。


「そっちいったぞ!早くつかまえろ!」

「わわっ、おい待て!この野郎!」

「ていっ!ていっ!当たれぇっ!」

「いましね!すぐしね!ほねまでくだけろっ!」


 玩具の拳銃片手に走り回る幼児達が追い回しているのは、ススで汚れたような毛色の痩せた野良猫であった。幼児達はどうやらこの野良猫を銃撃せんと狙っているらしかったが、腕の悪さと猫の素早さが相俟って命中率はほぼ皆無なようだった。

 しかしそうだとしても、幼児達が筋の通らない真似をしているのは確かである。小さい頃から動物好きの母親に生命の尊さを教えられて育ってきた昇は、幼児達の行為に腹を立てた。


「おい貴様等、何をやっている!?」


 昇が怒鳴りながら幼児達に駆け寄ろうとした、その時。

 リーダー格らしき大柄な幼児の影がまるで水面のように波打ったかと思うと、その中から不気味な人影が飛び出してきた。


「蝮のすえども!ゲヘナの奥底で泣いて歯軋りせよ!」


 声から推測して若い男であろうか、長身痩躯という言葉の似合う体格のそれは、血まみれでボロボロの修道服を着て、頭にはこれまた血痕で黒ずんだフードをかぶっているという、常軌を逸した出で立ちの男であった。修道服の袖やズボンの裾から見え隠れする手足はほぼ骨同然というレベルまで痩せこけており、肌は腐敗した木材のように黒く変色していた。

 刃の部分が血まみれの大型植木鋏を刀のように構え、腰にはテグスの束や大型のドライバー等がストックされている。何れも武器として用いられているであろう事は想像に難くない。

衣類につけられた妙に真新しく可愛らしい猫のアップリケは、その不気味さと異常性を更に引き立てていた。


「っっっひいぃいいああああ!にげろぉぉぉぉ!」

「おばけぇっ!グロ○ギ!ア○ノウン!ミラーモン○ター!オ○フェノク!アンデッド!魔○魍!」

「かいぶつぅっ!ワ○ム!イ○ジン!ファン○イア!ドー○ント!○ミー!ゾデ○アーツ!」

「あ、おい!まて、まてよっ!おいてくな、おいてくなぁぁぁぁっ!」


 男の異様な外観に気圧された幼児達の内三人は、リーダー格と思しき大柄な者を残してその場から逃げ出した。


「だsんkわじふぉわkdlsあmにおわねいぁfんぢsdじぁんこおうぇあひおあいおwふぃどんs…」

「……恐れの余り仲間を見捨て敵前逃亡か……まぁよい。何処へ逃げようと、私から逃げる事など出来はせぬ……」


 男は恐怖の余り言葉も発せられず、尻餅をついてのたうち回るばかりの幼児に向き直り、肉眼で捉えきれないほどの速度で一気に詰め寄り右足首を踏み付ける。


「あぐぅっ!」

「ぬぅふはははははぁ……醜い割に中々良い声で啼くではないか……良い、実に良いぞ……それでこそ切り刻む甲斐があるというものだァ!」

「っひぃぃっ、ああぁああっ、えあ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛ああ゛!」


 男が腰からドライバーを引き抜き、泣き叫ぶ幼児に投げつけようとした――その時。


「ズェア!」

「ぐぬふっ!?」


 昇の飛び蹴りを背中に受け、男は大幅に体勢を崩しドライバーを取り落とす。

 男の脚が幼児の右足首を離れた所で、昇は更に男を組み伏せながら幼児に言う。


「くっ、この、離せェい!」

「おい貴様、ここは私が食い止める!」

「へ?」

「早く逃げろと言うんだ!行け!殺されるぞ!」

「くぬっ、退けぇ!私の獲物をぉお!」

「へ、あ、うあああああああああ!」


 恐怖の余り全速力で逃げ出した幼児を見て昇は安堵する。しかし幼児を狙っていた男の方は堪ったものではない。二人は昼間の公園で土煙を上げながら取っ組み合う。


「貴様ァ、よくも邪魔立てをォ!あれがいかな大罪人か知っての狼藉かぁ!?」

「猫いじめは確かに大罪だがな、しかしあの程度なら精々説教や懲役程度が妥当、何も殺すほどではあるまいが!」

「黙れェ!貴様も悪魔に、あの愚物に与するというのか!?ならばいっそ貴様から裁いてやるッ!大いなるヤハウェの名の下に!貴様の定めは私が決めるッ!」

「何が裁きだ!ヒトがヒトを独断で裁いて良い理由など、あるはずがない!ましてや定めを決めるだと!?驕り高ぶるのも大概にしろよ貴様ぁっ!」

「悪魔に与する愚物の分際でこの私に説教をかますなぁ!」

「猫いじめで悪魔だと!?確かに私も猫は好きだし動物虐待は許せんがな、しかしそいつを悪魔と決めつけ私的制裁?お前は馬鹿か!?その程度で死罪になるなら、人間なぞあっという間に死に絶えるぞ!」

「馬鹿で構わぬ!大義の為、あのような悲劇の根源を絶つことが出来るのなら、私は馬鹿にも屑にもなろう!全ての猫に救済が訪れるのならば、それで構わん!」

「貴様……やはり猫嫌いの人間を……近頃の殺人事件は貴様の仕業か!」

「その通り!我は大いなるヤハウェの神託を受けし者!かの猫の死を哀れみ、彼の死に確固たる意味を持たせる事こそ我が使命!その為には、彼の同族に仇なす者共を罰せねばならぬ!」

「……あれの死を哀れみ意味を持たせるだと?正気か!?お前の殺人で動物虐待が抑制されるだなどと、本気で思っているのか!?」

「思うとも!私は正気だ!それがどうした!?」

「……貴様……それの何処が正気だ!?狂人め!哲学や矜持の無い過剰な暴力は、ろくな結果を残さんぞ!」

「戯けが!無知の分際で偉そうなことを抜かすなぁっ!愚者と天才が紙一重であるように、虚偽の狂気と真理の正義もまた紙一重!今や上戸もされるキリストやその弟子も!地動説を唱えしガリレイも!何時の時代も、正義を追い求め真理を説く者は常に衆愚から白眼視され、謂われのない迫害を受けてきたのだ!それならば、今こうして貴様という一衆愚から狂人と呼ばれ殴られている私こそ、世に於ける真の正義ではないか!」

「……ッ!」


 昇は怒りの余り絶句した。『常に温厚に、何事に対しても寛容であれ。感情的な怒りは体力の無駄と知れ』を信条とする彼でさえ、男の言動には激昂せざるをえなかった。


「どうした小僧?正論過ぎてぐうの音も出んか?おい、何か言ってみろ!お前の拙い語彙で、せめて洒落た一言でも――がふっ!?」


 今までにない程に強烈な昇の拳が、男の顔面に叩き込まれた。フードがめくれ上がり、痩せこけて変色した木乃伊ミイラのような男の顔が白日の下に晒される。ボサボサの白髪や、目を覆うようにして巻き付けられた汚らしい布きれは余計にその不気味さを際立てたが、昇はそんな事などお構いなしにその顔面を殴り続ける。


「がっ、ごっ、げぶっ、お、おb、おぶっ、きさ、まばべっ!」


 昇の連撃は男に喋る隙を与えないほどに壮絶なものであり、彼自身も内心では何故こんな力が出るのか疑問に思っているほどであった。


 思う存分男の顔面を殴り続けた昇は、留めに右拳を大きく振りかぶる。

 この時彼自身は気付いていなかったが、高々と振り上げられたその右拳は、まるで内部に光源を内蔵しているかのような白い光を発していた。


「――っ…シー……ル……?」


 意識を取り戻した男が、掠れたようなか細い声で言葉を紡ぐのと同時に、光り輝く昇の右拳がその顔面に叩き込まれた。


「ォ――ァガ――ぁ」


 昇の拳から発せられた光は、男の顔面を通じてその全身に大きな亀裂を走らせながら侵食していき、遂にそのミイラのような身体は消滅した。


「……、……」


 一方、殴り合いの果てに不思議な力で男を消滅させた昇はというと、眼前で超常現象が起こったにもかかわらず、異常なまでに冷静であった。


「……」


 否、それは『冷静』というよりも『思考の停止と表現する方が適切か。顔には表情がなく、動作は亡霊か機械を思わせる。


「……、……―…」


 まるで夢遊病患者のような動きでその場から立ち去った昇は、何事もなくそのまま自宅へ辿り着く。そして自室のベッドへ横たわった辺りで自我が戻り、その日の出来事の所為で一時的な混乱状態に陥ることとなる。

 一方謎の男によって引き起こされた殺人事件は『犯人の自首』というあまりにも素っ気ない形で終わりを告げた。自首してきたのは田舎の高校に勤めていた古典教師の男であった。取り調べに対し「神より猫を苦しめる者を裁けと言われた」「私には罪人を裁く超能力がある。それは神から授かったものだ」「自首したのも神の御意志によるものだ。理由は明かせない」等の常軌を逸した供述を繰り返した男は「罪を償う能力無し」と判断され、不起訴処分となり白壁の牢獄で残る生涯を全うする羽目になった。

 かくして平和な日常を取り戻す事に成功した昇は、安堵していた。これでもう頭痛に悩まされることも、怪事件の恐怖に怯えることもないだろうと、そう思っていた。


 しかしその予想は、当然ながら外れることになる。

次回、第二の重要人物が登場!

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