第三話 髪と光と身体の白:前編
物語は謎の一室より始まる……
―ある一室―
「失礼します」
抑揚のない挨拶をして簡素な一室に現れたのは、透き通るような白髪が特徴的なコーカソイドの少女であった。
挨拶の後、少女が正面の壁に向かって会釈すると、電源が入るような音を伴って壁が発光。中央に大柄なコーカソイドの老紳士が映し出された。壁そのものが巨大なモニターだったのである。
「お呼びでしょうか、総統閣下」
「おぉ……来たかね。随分と早いじゃないか」
『時間的余裕を持たせるよう、計画的かつ臨機応変に行動せよ』が私の信条ですので」
「ふむ、良い心がけだ。それでこそ今回の案件を任せられる」
「恐縮です。して、用件とは?」
「ん。実を言うとだな、君に異国で任務にあたってほしいのだ」
「国外任務ですか」
「そうだ。君にとって初の国外だが、今まで通り学んだことを最大限に生かし任務を遂行して欲しい」
「畏まりました。して、行き先は何処でしょう?」
その時、それまで無表情だった少女の顔に幽かな笑みが浮かんだ。
その笑みは例えば、初めての旅行を待ち侘びる若者のようであり、挑戦的なようでもあった。総統はそんな少女の内面を見透かしているかのように、思わせぶりな口調で告げる。
「行き先は、ユーラシアを超えた極東の海原に浮かぶ島国……日本だ」
「日本……また随分と動きづらい国ですね。武装も満足に出来はしない。それで、任務の内容とは?」
「うむ。実はな、遂に出たらしいのだ。君の対になる、あれの持ち主が」
「……っ!」
恐らく例の事件を境に覚醒したのだろう。ここまで早いとは予想外だが、幸先が良いのは確かだ。
総統の言い回しは如何にも芝居がかったようで胡散臭かったが、それでも少女を動揺させるには充分だったようである。
「そう、ですか……あれが、遂に……解りました。早速手筈が整い次第、向かいます」
「うむ。至急日本へ向かい持ち主と接触、何とか手中に収めてほしい。諸情報は追って伝える」
「お任せ下さい」
「期待しているよ、『フィール』……」
―朝の学校―
世を騒がせていた殺人事件の収束から早三週間、世は何時も通りのペースを取り戻していた。それは昇の通う学校でも同様であり、事件の話題で持ちきりだったのが、今では気配さえ消え失せていた。
生徒達の話し声で賑わう中へ察そうと現れた昇と明日香の二人を、それぞれ仲の良いクラスメイト達が出迎える。
「お早う、坂原」
「お早う、田宮。どうした、髪型変えたか?」
「おー、解る?流石絵描きの息子だな」
ボーイッシュな細身の少女・田宮美佳は刺々しい茶髪を指で撫でながら嬉しそうに言う。漫画とバスケットボールをこよなく愛する彼女は、博識で寛容な昇とは互いに助け合う双利共生の関係にあり、純粋に旧友としても彼を慕っていた。対する昇の方も、ノリの軽さ故か少々頭が弱くも、如何なる危機的状況でも折れることのない強靭な精神を持つ熱血漢の彼女を気に入っていた。
「ここが、こうで……これか」
「おっはよ、黒沢くん。
「おや、野村さん。お早う御座います」
明日香の軽妙な挨拶に礼儀正しく返すのは、長身痩躯の美男子・黒沢一雅。世に名を轟かせる大企業・シンバラ社の重役を両親に持つ筋金入りのエリートであり、試験でも毎度学年首位の成績を収める秀才である。その上容姿端麗と来ているのだから、知能が低く面食いで品も芸も学もない女生徒からは注目の的であるし、同時に性根の腐った男子生徒からも度々謂われのない怨みを買っている。しかし彼はそんな連中の為にこそ自分の力を使うべきだと考えていた。
朝のホームルーム開始を告げるチャイムの電子音が鳴り響き、各々自由に散らばっていた生徒達は次々と自分の席へ戻っていく。それと同時に教室の引き戸が開き、クラスを受け持つ担任教師の女が入ってきた。
「ぇーい、席つきなー。ホームルーム始めちゃうよーぅぃ」
黒のTシャツにグレーの短パンなる一見教師らしからぬ外見のこの女こそ、昇達のクラスを受け持つ生物教師・逆夜テトロである。校内有数の『残念な別嬪』とされる彼女は数々の奇行・問題発言で知られ、それ故に昔気質の一部職員や教育委員会からは目の敵にされているが、理事長を始め多くの学校関係者からは絶大な信頼を得ており、教員生活五年目にしてその首は未だ飛んでいない。
「はぁー……と言っても、今日は本当に話す事無いんだけど……とりあえず通学時はマナーとか守るようにねん。苦情とか来て定期発行打ち切られたら大多数即死確定だし……他に何かネタあったっけ……」
「何も無いんならさっさと終わらせましょ?」
「そうそう。先生の『何かネタあったっけー』って十中八九気のせいじゃないですかー」
「や、そうはいっても一応さぁ―」
他に話すことがあっただろうかと考えを巡らせていた逆夜の視界に、ふと廊下で待たせている人影が写り混み、彼女の記憶を呼び覚ます。
「あ、そういえばあったわ。
実は今日、うちに留学生が来る事になっててねー」
逆夜が適当にさらりと口にした事実は、生徒達の度肝を抜くに十分なものであった。
『「「「「「「「っ―えぇえええええぇぇぇえええええええええええ!?」」」」」」」』
多くの生徒達が驚愕し、有り余るエネルギーを叫びという形で放出した。普通そういった類の情報は数日前辺りで何処からか噂という形で流れてきたり、担任である逆夜自身の口から前もって知らされるのが常だと、このクラスの大多数が思っていたからだ。
まして逆夜はエキセントリックな人物だが、根本的な人格は至極まともである。連絡事項に関しては如何に些細な事柄でも事細かに伝え、生徒の間で聞き漏らしが無いよう細心の注意を払う。先程女生徒の言及していた事柄も、気のせいだったという事例が今の今まで片手で数えるほどしか無かった事に由来する。
ましてや留学生(もとい、転入生)が来るという情報、間違えても伝え逃す筈がない。
「ちょ、静かにっ。響く、響くって。留学生の子廊下で待ってんのにそんな大声出したら余計入って来づらくなるって――」
「大丈夫ですよ、逆夜先生」
「ぬぉっ!ヴィドックさん何時の間に!?」
逆夜の背後へ唐突に現れたのは、背中までの白髪を棚引かせたコーカソイドの少女であった。生徒達の視線が一斉に彼女へと集中する。
「つい先程ですが、驚かせてしまったのならすみません。フレンチなりにユーモアを利かせてみたのですけれど」
ヴィドックと呼ばれた少女の整った顔立ちやバランスの取れた体つきは見る者を虜にし、彼女がどこか神秘的で浮世離れした存在であるかのように錯覚させる。
「や、別に謝んなくても良いわよ?それより軽めに自己紹介とかお願ーい」
「わかりました」
ヴィトックは手頃な長さのチョークを手に取ると、流れるような動作で自身の名前を黒板へ書いていく。
「初めまして。フランスはリヨンから来ました、留学生のClaire Vidocqです。
日本に来てから日が浅いこともあり、色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうか皆さん宜しくお願いします」
「はい、ありがっとーぅ。取り敢えず次のLHRはヴィドックさんの自己紹介と質疑応答に当てるから、何かネタ考えておくよーにっ」
逆夜の呼びかけに、生徒達はまばらに返事を返す。
「あー、それはそうとして問題はヴィトックさんの席……か」
「私はどこでも。こう見えて視力2.0、動体視力にもそれなりに自身がありますので、この程度の距離なら最後尾でも問題ありません」
「そっかー。しかし視力は兎も角動体視力って、スポーツやってたの?」
「いえ、特には。まぁ、正面からなら22口径の銃弾程度避ける自身はありますけれど」
「じゅ、銃弾!?」
「……単なる比喩ですよ、他意はありません。
ただ、趣味でそういったジャンルの映画やアニメをよく見ますので」
「それの影響って事ね。それじゃ座席は……ごめん、次の時間までには考えておくわ。どうせ二限は私の生物だし」
「わかりました」
かくして一限目の交流会は順調に進んでいった。
元より明るく社交的で、また聡明でもあり若干大人びた美しさを醸し出すクレールはすぐさまクラスの人気者になり、性別を問わず一部クラスメイト達を魅了。後に学科・学年を超えた大規模の親衛隊が発足されるまでになるのだが、それはまた別の話。
かくして場面は二限目の教室へと至る。
「はい、席ついてー。授業始めるよー」
「逆夜先生、私はどこの席に?」
「あー、そういえばそうだったわねー。んじゃあ――」
逆夜はクレールの座席をどこにしようか頭を抱えた。教室内には有事に備えて予備の机と椅子が数個まばらに配置しているため、座席については問題ない。しかし「視力」という基準が意味をなさなくなったことは、逆に彼女をより一層迷わせたのである。
ふと、その時。一人の男子生徒が勢い良く手を挙げた。
「先生ッ、逆夜先生ッ!」
「ん、どしたの神谷君?」
「はい。ここはやはり僕の隣で如何でしょう?廊下が近く教室移動もしやすいですし」
そんな神谷の尻馬に乗るように、彼の後ろに座っている女子生徒が補足説明に回る。
「先生、私も神谷君の隣が言いと思います!神谷君は成績優秀で忘れ物も無いく、転入生をリードするには打って付けだと思います!」
「んー、確かにそうよねぇ。じゃあ神谷君の隣で――」
「待って下さい!」
逆夜の言葉を遮るように、別の女子生徒が手を挙げた。
「――何、植田さん?」
「先生?私思うのですけど、神谷君より私の隣の方が良いと思いますわ」
「理由を聞こうか」
「神谷君の隣って空気の流れが悪いでしょう?エアコンの風だって当たりにくいですし、気温や湿度の上がってくるこれからの季節、転入生をあんな場所に座らせるのはどうかと」
「あー、それもそうだねぇ。じゃあ植田さんの隣に―」
「待ってくれよ先生ェ!」
続いて逆夜を遮って手を挙げた男子生徒もまた、先の二人と同じく「クレールの座席は自分の隣にすべき」と主張。理由は「板書の見やすさ」であり、曰く「神谷の隣は日光が反射しやすいし、植田の隣では周囲に背の高い奴が多い」などと言ってきた。
しかしそんな彼の主張も別の生徒によって否定され、更にそれをまた別の生徒が否定する、という流れが暫く続いた。
そんな中、我らが(?)昇と明日香はと言うと、
「(何やってんだこいつら……座席アドバンテージを補う方法なんて幾らでもあるだろうに……)」
「(昭和じゃあるまいし、何でそんな事で躍起になるのよこいつら……)」
学園モノらしからぬ達観した様子を貫いていた。
「んー。それじゃヴィドックさんはー…」
「はい」
生徒達は無言のまま固唾を呑んで身構え、神谷や植田等はお互い一歩も譲らぬまま睨み合う。
更に暫しの沈黙。そして―
「窓際前から三番目、坂原君の隣に座って」
「わかりました」
「っはぁああああああああああああああああああ!?」
生徒達の絶叫、再び。
「はい、静かに。フィン○ーファイブかあんたらは。ほら、植田さんに神谷君もみんな黙らせてよ。二人とも委員長と生徒会役員でしょ?」
「何を仰有いますの!?騒がずに居られますかっ!これは由々しき事態ですわよっ!あの手塚松葉と繋がりのある坂原の隣だなんて、そんなっ!」
「そうですよ逆夜先生!何故よりによって坂原の隣なんです!?ヤツはあの古藤玄白とも知り合いなんですよ!?空席ならば僕の隣が一番だであると―ぶべっ!」
神谷の顔面に、植田の投げた英和辞典が直撃し顔面が凹むほどにめり込んだ。漫画のように仰け反る神谷だったが、すぐさま英和辞典を抜き取り投げ捨てる。
共に名家の長子として家督継承を前提に育てられている神谷と植田は、富裕層特有の有り余るプライド故か、もしくは先天的にソリが合わないからなのか、兎も角天敵と言うべき程に仲が悪い。
その敵対ぶりは外部でも話題になる程有名であり、暴力沙汰へ発展することもザラだった(ついでに言うと、家系単位で見た場合神谷家と植田家の仲はさほど険悪でもない)。
「いきなり何をする!?女だからと何をしても良いと思うなよ!」
「黙りなさいコンブもどき!あんたみたいな下心丸出しの優等生(笑)にヴィドックさんのサポートが勤まる訳ないでしょ!」
「何?何重にも猫を被って善人面してる所為で『辻原二世』と呼ばれるお前が言えたクチかっ!?」
神谷の口にした「辻原」とは、彼らの通う学校にて半ば神話級の存在として語られる悪名高き卒業生なのであるが、詳しくは別の話で。
「私が辻原ぁ!?だったらあんたは樋野ね!樋野二世よ!」
「誰が樋野だ!僕はあんな変態じゃないぞ!ふざけるな!」
「ちょっと二人共、喧嘩なら外でやって?」
「よろしくお願いしますね、坂原さん」
「此方こそ宜しくお願いします。御覧の通りうちは奇人の寄せ集めみたいなクラスですがね、少なくとも根っからの悪党やクズはおりませんから、よほどの下手やらかさねばあれらも良くしてくれましょう」
「そうですか。それを聞いて安心しました。こう言っては失礼かもしれませんけど、神谷さんも植田さんも、何だか目つきがヤらしくて……」
「なっ……!?」
「いや……らしい……!?」
クレールの言葉を聞いた二人は、ショックの余り落胆を通り越して卒倒してしまった。
「先生―、神谷と植田がぶっ倒れましたー」
「返事ないっす。ただの屍ですかね?」
「……まぁ、屍みたいなもんじゃないの。とりあえず保健委員、どっか適当に運んどいて。今日の生物は自習にしとくから」
「わかりました」
「オウ、手伝うぜ」
「ありがと。それじゃ理科準備室かワニ小屋にでも放り込んどこうかな」
「よしきた」
この後二人は保健委員の所為で散々な目に遭ってしまうのだが、それはまた別の話(特に校長が趣味で飼っているコビトカイマンの小屋へ放り込まれた神谷などは軽く死にかけたそうである)。
神谷と植田という騒ぎの根源が絶たれた事もあり、二十分ほどの自習は静かに過ぎていった。しかしその直後の休憩時間はうって変わって大騒ぎとなる。昇の隣は黒山の人集りが出来るまでに賑わい、その盛況ぶりは昼休みになるとピークに達した。そうなると彼女の席に近付ける群集以外の人間は、精々元々その隣に座っている昇くらいになるのだが、彼であっても二十人単位の喧騒は流石に煩わしいようだった。
「(こいつら……相も変わらず騒ぐのが好きだな……)」
やがて昼休みが終わり午後の授業に突入。それぞれ理科準備室とワニ小屋へ放り込まれた植田と神谷がボロボロの状態で教室に戻ってきたかと思うと、保健委員と大柄な男子を相手に一悶着起こしたり、その所為で任侠者のような数学教師が必殺の大コンパスを振り回す羽目になったり、クラスメイト達が昇へと敵意剥き出しの刺すような視線を向けたりと騒動は絶えなかったが、何時も通りの日常が過ぎていった。
次回、昇の手から放たれた光の正体が明らかに!




