第67話:【曲線】
【あらすじ】
急激な骨格の成長に伴う神経の「バグ」に苦しみながらも、未完成の『白鳥』として空を支配し始めた吉良氏真。連戦の疲労と肉体の悲鳴を鎮めるための休日、彼は芸術の街バルセロナで「曲線」の真髄に触れる。一方、首都マドリードでは、宿敵・織田凱斗が戦術を破壊する純度100%の「暴力」として覚醒の時を迎えようとしていた。
1. 乙女たちのエスコート大戦
180cm前後へと急成長を遂げた吉良氏真の肉体は、芯の奥底で微かな熱を帯びていた。
地中海から吹き込む心地よい春風の中、私服姿の氏真はバルセロナの石畳をゆっくりと歩いていた。
前戦で見せた未完成の【白鳥の滑空】。重力を置き去りにしたその一撃はスタジアムを熱狂させたが、急造された神経回路と成長期の関節には、確かな軋みと鈍痛を刻み込んでいた。
『いいですか氏真様。本日はサッカーを一切忘れて、完全なアクティブレスト(積極的休養)に徹すること。……GPSとスマートウォッチで、心拍数は常に監視しておりますからね』
イヤホン越しに響く、日本にいる早川愛の重すぎる愛情が籠もった厳命。
「……あはは。わかっているよ、愛。今日は羽を休める日だ」
氏真が少年の声で苦笑した、その時だった。
「¡Uzi! ¡Hoy yo soy tu guía!(ウジ! 今日は絶対に私が案内するんだからね!)」
一眼レフカメラを首から下げたルナが、氏真の右腕にギュッと抱きつく。
「¡No seas salvaje!(野蛮な真似はよして!) 彼の脳に論理的なリラックス効果をもたらすには、この街の幾何学的な都市構造を解説できる私の知性が必要不可欠よ」
カンテラ女子チームの天才司令塔・エレナが、ルナの手をピシャリと払いのけ、氏真の左腕を確保する。
イヤホンから、データサイエンティストである早川舞の悲鳴のような抗議が鼓膜を打った。
『ちょっと! 心拍数が微増してる! あなたたちスペイン組だけで抜け駆けなんて許さないわよ! 変な路地裏に連れ込んだら、即座にカルロス監督にチクるからね!』
日本とスペイン。海を越えて氏真を巡り、四人の乙女たちがバチバチと火花を散らす。
氏真は、両腕をホールドされたまま、雲一つないバルセロナの青空を見上げて優雅に微笑んだ。
(……ふむ。予の安らぎのために、海を越えて嫺雅に競い合う乙女たち。実に雅な光景だね)
「「「「優雅に空を見上げてないで、誰か一人を選びなさいよ!!」」」」
四人の見事なハモりが、バルセロナの陽気な空へ響き渡った。
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2. マドリードの破壊者
氏真がバルセロナの太陽の下で羽を伸ばしていた頃。
遠く離れた首都・マドリード。FCレアル・マフリットの練習場には、凍てつくような殺気が充満していた。
「¡Oye, Kaito! ¡Pásala!(おい、カイト! パスだ!)」
11対11の紅白戦。
味方のミッドフィルダー、カルロスからの要求を、マフリットの背番号9――織田凱斗は完全に黙殺した。
(……クリストファー。あいつは確かに、俺より上だ)
凱斗の脳裏には、ウインターカップでの敗戦、そして真のエース・クリストファーが見せつけた「知性と洗練された暴力の融合」が焼き付いていた。
己の力任せのプレーが戦術によって否定され、マフリットという白き帝国の中で、彼はベンチを温める日々を余儀なくされていた。
美月を守るため、誰よりも、何よりも強くなければならない。
なのに、今の自分はピッチにすら立てていない。
その焦燥が、凱斗の精神を極限まで追い詰め、ギリギリと軋ませていた。今にも弾け飛びそうな、危うい狂気。
だが、凱斗の導き出した結論は、「戦術に適合すること」ではなかった。
(だからって、あいつみたいに賢くシステムに組み込まれる気は、さらさらねえんだよ)
カルロスがボールを持った瞬間。
敵ではなく、味方であるはずの凱斗が猛然とダッシュし、カルロスの足元から強引にボールを奪い取った。
「¡¿Qué haces?!(何をする!?)」
カルロスが驚愕の声を上げる。
凱斗の前方には、立ちはだかる敵ディフェンダーのフェルナンド。
通常のストライカーなら、ここでパスを選択するか、フェイントでいなす場面だ。
「……退けェッ!!」
ドンッ!!
筋肉と骨が激突する、凄まじい衝撃音。
凱斗は、重戦車のようなショルダーチャージで、フェルナンドの巨体を文字通り「物理的」に粉砕した。
さらに、カバーに入ろうとした味方の選手すらも邪魔だとばかりに丸太のような腕で弾き飛ばし、一直線にゴールへと突き進む。
>> スキル発動:【攻撃系:覇王の蹂躙:ランクB】
効果:自己バフ(フィジカル限界突破・突破力極大化) / 発動条件:絶対的なエゴの解放と戦術の放棄
味方との連携を完全に断ち切り、自らの肉体を巨大な質量兵器へと変貌させる。戦術という概念そのものを踏み潰す、魔王の蹂躙。
ペナルティエリア外。距離は25メートル。
一切の躊躇なく、右脚が振り抜かれる。
ズガァァァンッ!!!
悲鳴のような破裂音とともに放たれたシュートは、キーパーが一歩も動けないまま、ゴールネットを突き破らんばかりの勢いで突き刺さった。
戦術も、連携も、味方すらも無に帰す。
一人だけ別の競技をしているかのような異常性。周囲の選手たちは、恐怖に顔を引きつらせて立ち尽くすことしかできなかった。
「……カイト。お前、まだシステムを乱す気か」
マフリットのホセ監督が、ピッチサイドでクリップボードを握りしめながら渋い顔で睨みつけた。
だが、凱斗は息も切らさずに監督の前へ歩み寄り、凄絶で、今にも壊れそうなほど鋭い笑みを浮かべた。
「システム? 勘違いすんなよ、監督」
凱斗は自らの胸を親指で突き刺す。
「……俺を使え。俺が『システム』だ」
圧倒的な力による蹂躙。
その暴力的なまでの熱を、ピッチの脇から見ていたクリストファーが、面白そうに金髪を揺らして微笑んだ。
「……なるほど。少しは面白い毒薬になったみたいだね」
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3. 身体が告げる「カテナリー」の啓示
「……ふむ」
バルセロナの象徴たる巨大な贖罪教会、サグラダ・ファミリア。
その圧倒的なファサード(正面彫刻)を真下から見上げていた氏真は、心地よい疲労感の中で目を細めた。
その瞬間。
ズキリ、と痛むはずだった右膝の関節が、教会の輪郭を捉えた途端、フッと軽くほどけるような不思議な感覚に包まれた。
(……なんだ? この感覚は)
氏真は、己の身体の内側に意識を向けた。
直線を一切持たない、空に向かってうねるように伸びる有機的な尖塔の数々。
その波打つような石のシルエットが、氏真の脳内で、自らの関節と筋肉の動きにピタリと重なり合ったのだ。
「どう? ウジザネ。この教会の構造、すべてが重力計算に基づいた『カテナリー曲線(懸垂曲線)』で成り立っているのよ」
エレナが、タブレットで図形を示しながら解説する。
「アントニ・ガウディは、『自然界に直線は存在しない』と言い放ったの。無機質な直線を極力排除し、すべての造形を波打つような曲線と、植物や動物の骨格を模した有機的な構造で組み上げた。合理的で直線的な近代建築へのアンチテーゼ……バルセロナの『自由と反逆』の魂よ」
(……自然界に、直線は存在しない)
エレナの論理的な解説が、氏真の身体感覚に後から追いついてくる。
古武術の『脱力(下へのベクトル)』と、バレエの『引き上げ(上へのベクトル)』。
相反する二つの力を、氏真はこれまで強引に「直線」で結ぼうとしていた。だから、反発し合う力が関節に殺人的な負荷をかけ、悲鳴を上げていたのだ。
(……そうか。重力に逆らうのではなく、重力と調和して円を描き、波打つように力を逃がす。筋肉の力み(直線)を捨て、構造そのものを懸垂曲線にすればよいのだ)
氏真の内部で、分断されていた神経回路が、美しい一本の「曲線」となって滑らかに繋がり始めた。
直線を拒絶したガウディの思想は、パワーの限界を受け入れ、究極の「柔」へと至ろうとする氏真の未完成のプレースタイルに、完全なる最適解を与えた。
>> スキル進化の予兆:【白鳥の滑空】が新たな次元へアプローチを開始しました。
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4. 交差する直線と曲線
夕日が、カタルーニャの波打つような街並みを美しくオレンジ色に染め上げていく。
(……遠く離れたマドリードで、魔王が直線の力を極めようとしている気配がする)
氏真は、心地よい熱を帯びた右膝を優しく撫でた。
味方すらも踏み台にする暴力的なまでの「直線」と、重力すら味方にして空間を支配する「曲線」。
決して相容れない二つのエゴイズムが、再び同じ盤面で激突する日は、確実に近づいている。
「……ありがとう、ルナ、エレナ。それに、愛と舞も」
氏真は振り返り、サグラダ・ファミリアを背にして、不敵で、誰よりも雅な笑みを浮かべた。
「極上のインスピレーションをもらったよ。……予の『白鳥』は、まだまだ高く舞い上がれる」
狂った歯車は、芸術の街が与えた「曲線」という潤滑油を得て、軋みを消し去り、静かに、そして滑らかに回り始めた。
空中の支配者となるための最終ピースは、すでに極東の王の手の中に握られていた。
【次回予告】
束の間の休日で心身ともに完璧なリカバリーと「曲線の理」を手に入れた氏真。リーグ後半戦は佳境に突入し、FCバルシーノは破竹の連勝街道を突き進む!
一方、スタメン復帰を果たした織田凱斗も、マフリットの対戦相手を「純粋な暴力」で次々と血祭りにあげていく! クラシコへのカウントダウンが始まる!
第68話:【開戦の狼煙】。次なる天下へのパスを回せ!




