第28話:【絶望の12碼】
【あらすじ】
鹿児島・白波スタジアムを包む冬の夕闇が、眩いカクテル光線に照らされていた。前後半40分、さらに延長10分という極限の死闘。インパルス清水FC・ジュニアと、西の絶対王者・ファイト大阪FCジュニアは、互いのすべてをぶつけ合い、スコアは3対3のまま動かなかった。決着は、12碼の絶望と歓喜が交差する残酷な舞台――PK戦へと委ねられた。
1. 指揮官の教えと、冷徹なる処刑人
ベンチ前。12歳の少年たちのユニフォームは、汗と天然芝の緑が深く染み付き、彼らが限界までピッチを駆け抜けた何よりの証となっていた。
「……よくやった。お前たちの誇り高い戦いぶりは、ベンチから見ていて震えるほどだった」
吉良コーチは、肩で息をする選手たちをぐるりと見渡し、静かに、だが熱を帯びた声で語りかけた。
「いいか。PK戦を『ただの運だ』と言う奴もいるが、それは違う。蹴るまでのルーティン、助走の角度、そして己の技術を信じ抜く精神力。PKこそ、日々の練習で積み上げた真の『実力』が試される究極の個人戦だ。……外すことを恐れるな。お前たちが蹴るボールには、このチーム全員の想いが乗っている」
吉良コーチは、足首に分厚いテーピングを巻いた守護神・八重洲ジョンの肩を強く叩いた。
「ジョン。相手はPK専用のキーパーを出してきた。だが、プレッシャーを感じているのはあっちも同じだ。お前の野生の勘と気迫で、浪速のシュートを死守してこい」
「……ヘッ。当たり前だ。俺の門は、もう一ミリも開かねえよ」
U-12の全国大会レギュレーション。PK戦はまず「3人」のキッカーで争われ、決着がつかなければサドンデスへと突入する。
インパルス清水の選手たちがセンターサークルで肩を組む中、ファイト大阪のゴールマウスには、延長戦終了間際に投入された秘密兵器が立っていた。
背番号12、西田光琉。
関西予選でPK阻止率75%というあり得ない驚異的な数字を叩き出した、浪速の超頭脳派ゴールキーパーだ。
西田はポストの前に立ち、インパルスの1人目、朝比奈翔の姿を冷徹な眼差しで捉えていた。
(……助走の角度35度。右足の踏み込みの深さ、骨盤の開き具合からして、右隅へのインステップ……確率92%)
西田の脳内で、瞬時に生体力学に基づくデータが弾き出される。
ピーッ!
翔が豪快に右足を振り抜く。しかし、西田はボールが蹴り出されるコンマ数秒前に、すでに右へ飛んでいた。
バシィィィン!!
「なっ……!?」
完璧にコースを読まれた翔のシュートは、西田の両手によって無情にも弾き出された。
「……データは揃っている。君たちの癖も、蹴る方向も、すべて僕の計算通りだ」
西田が涼やかな顔で、冷酷な事実を告げる。
続くファイト大阪の1人目、黄金兄弟の兄・豊芝秀斗が豪快にゴールを決め、スコアは0-1。
インパルス清水は、いきなり絶体絶命の窮地に立たされた。
2. 氏真、運命のキック
インパルスの2人目は司令塔・松平基哉。
(……コースを狙えば読まれる。ならば、データなど無意味な『力と速度』でねじ伏せる!)
基哉は、あえて一切のフェイントを入れず、ゴールど真ん中へ渾身の弾丸シュートを突き刺した。西田は反応したが、その勢いに弾き飛ばされる。
「しゃあああッ!」
普段は冷静な基哉が前髪をかき上げながら珍しく雄叫びを上げる。
対するファイト大阪の2人目、黄金兄弟の弟・永人のシュート。
これを守護神ジョンが獣のような直感で完璧に読み切り、横っ飛び(ダイビングセーブ)でスーパーセーブを見せる。
これでスコアは1-1のタイに戻った。
しかし、ファイト大阪の3人目、軍師・白田が冷静に左隅へ沈め、スコアは1-2。
追い詰められたインパルス清水。
外せばその瞬間に敗退が決まる、絶対絶命のプレッシャーの中、3人目のキッカーとしてエースの吉良氏真がペナルティスポットへ歩み寄った。
西田の冷徹な眼差しと、氏真の黄金の瞳がピッチの中央で激しくぶつかり合う。
(……吉良氏真。君の今大会のシュートデータもすべて頭に入っている。緊迫した場面では、君は必ず利き足のインサイドで確実なコースを狙う……!)
西田が膝を曲げ、極限まで集中力を高める。
氏真は、小さく息を吐いた。
(……西田くん、君のデータ分析は確かに素晴らしい。でもね、予の『雅』は、計算機で予測できるほど安っぽくはないぞ)
ピーッ!
氏真が軽やかなステップで助走を開始する。西田は、氏真の軸足の向きを見て勝利を確信し、ゴール右隅へとフルスピードでダイブした。
だが、その直後。西田は空中で自分の目を疑った。
氏真の右足は、ボールを「蹴る」のではなく、足首を柔らかく使ってボールの下を「ふわりと掬い上げ(チップ)」ていたのだ。
>> 雅技:【パネンカ(チップキック)】
キーパーが飛んだ後の、完全に無人のゴール中央へ向けて、ボールは嘲笑うかのように緩やかな放物線を描き、美しくネットを揺らした。
2 - 2。
スタジアムが、氏真のあまりにも大胆で「雅」な一撃にどよめく。
決着は、運命のサドンデスへと持ち込まれた。
3. 守護神たちの意地、サドンデスの激闘
ここからは、どちらかが外し、どちらかが決めた瞬間に勝負が決まる極限の削り合い。
4人目、インパルスの井原光が放ったシュートを、西田が再びデータ予測でストップする。
「……万事休すか!」
誰もがそう思った直後、ファイト大阪の薮中のシュートを、今度はジョンが気迫の片手一本で弾き出す。
「……まだまだァ! 俺の足がぶっ壊れるまで、絶対に通さねえッ!」
ジョンがテーピングだらけの足を叩き、吠える。
5人目、6人目、7人目。
両チームの選手たちが次々とスポットに立つが、異常なゾーンに入った西田とジョンの両守護神が、なんとすべてのシュートをストップし続けた。
スタジアムのボルテージは最高潮に達し、観客席からは両チームを称える手拍子が鳴り止まない。
そして、運命の8人目。
ついにフィールドプレイヤーが一周し、「ゴールキーパー同士のPK対決」という異例の事態に突入した。
インパルス清水のキッカーは、八重洲ジョン。
疲労と足首の痛みで、まともに踏み込むことすら難しい状態だった。
(……クソッ、力が入らねえ。このまま普通に蹴っても、あの計算野郎に防がれるだけだ)
ジョンが顔をしかめた時、ふと、練習で氏真に言われた言葉が脳裏をよぎった。
『……ジョンくん。もし脚の力が尽きた時は、無理に力を込めなくていい。ボールの最も下の部分を、擦り上げるように蹴り抜いてごらん。……極限の回転は、時に力以上の魔力を生むからね』
ジョンは深く息を吸い、短い助走から右足を振り抜いた。 しかし、コースが甘い。
「……もらった! コースは左だ!」
西田が完璧な反応を見せ、ジョンのシュートを両手でブロックする。ボールは大きく弾かれ、夜空へ向かって高く高く舞い上がった。
4. 止まったはずのボールと、鳳凰の微笑み
「しゃあああッ!!」
西田は勝利を確信し、両手を突き上げてガッツポーズをした。 だが、スタジアムの歓声は上がらない。むしろ、不気味なほどの静寂が包んでいた。
「……あ。戻ってる?」
センターサークルで肩を組んでいた基哉が、ポツリと呟いた。
西田が弾き、空高く舞い上がったボール。それはただのシュートではなかった。ジョンが最後の力を振り絞り、ボールの底を強烈に擦り上げたことで、異常なほどの「バックスピン」がかかっていたのだ。
ドサッ。
ゴールラインの手前、天然芝の上に落ちたボールは、前に転がることなく、猛烈なバックスピンの魔力によって「後ろ」へ――すなわち、ゴールラインの方角へと急激にバウンドして跳ね戻ったのだ。
「なっ……!?」
西田が慌てて振り返り、必死に手を伸ばす。だが、その指先はわずかに届かない。
コロコロと、まるで意志を持っているかのように、ボールはゆっくりと白いゴールラインを越えた。
「……入った!!」
ラインズマンの旗が上がり、主審が笛を吹く。
その直後、ファイト大阪の8人目としてスポットに立った西田のシュートは、動揺から完全に甘くなり、ジョンが難なくキャッチしてピッチに倒れ込んだ。
ピーッ、ピーッ、ピーーーッ!!
3-3(PK 3-2)。
劇的な、あまりにも劇的な幕切れで、インパルス清水FC・ジュニアが決勝進出を決めた瞬間だった。
「「「うおおおおおおおおッ!!!」」」
イレブンが泣き叫びながら、ピッチに倒れるジョンの元へ雪崩れ込む。
その歓喜の輪から少しだけ外れ、氏真は、膝から崩れ落ちて顔を覆う西田と、呆然と立ち尽くす黄金兄弟の元へ歩み寄った。
「……負けた。僕のデータが、あんな物理法則を無視した回転に敗れるなんて……」
西田が芝生に涙を落とす。
氏真はいつもの『雅』な笑顔で、彼らに右手を差し出した。
「西田くん、君のデータ分析もセーブも、本当に『雅』だったよ。……ボールは丸いからね。時に、計算機よりも感情に素直に動くことがあるのさ。素晴らしい戦いを、ありがとう」
西田は顔を上げ、涙を拭ってその手を強く握り返した。
豊芝兄弟も、二人の軍師も、最後は清々しい顔でインパルスの強さを讃え合った。汗と芝生の緑にまみれた彼らの姿は、戦い抜いた勝者と敗者の、最高に美しい光景だった。
5. 乙女たちの火花と、桶狭間への誘い
その感動的な光景を、スタンドから見下ろす一つの影があった。
真っ白なユニフォーム。一切の汚れを知らない圧倒的な存在感。名古屋グレイスFCのエース、織田凱人である。
「……チッ。運のいい野郎だ。だが、あんなお遊びみたいなシュート、俺には通用しねえぜ」
凱人がフェンス越しに氏真を睨みつける。 その傍らで、妹の織田美月(10歳)が、両手を頬に当ててうっとりとため息をついた。
「ああ……吉良様。最後の最後まで敵を敬い、優雅に手を差し伸べるお姿。まさに真の貴公子……。お兄様、私、決断いたしましたわ」
「は? なにをだ、美月?」
「私、吉良様のお側でお仕えする人生も、悪くないと思いましてよ」
「ぶっ!? ば、ばばば、バカなこと言ってんじゃねええッ! あんなチャラ男のどこがいいんだ!」
凱人がパニックになって叫ぶ中、少し離れた席から、愛と舞が、鬼のような形相で美月を睨みつけていた。
「……聞こえましてよ、魔王の妹君。氏真様の隣は、わたくしたち家族の特等席。ぽっと出の小娘に譲るつもりは一切ございませんわ!」
愛が扇子をバキッと鳴らし、舞もタブレットを構えて「ウジ様の未来設計図に君はいないからね!」と対抗する。
「あら。愛というものは、戦で奪い取るもの。……吉良様を巡る乙女の戦いも、ピッチと同じくらい熱くなりそうですわね」
美月が、10歳とは思えぬ妖艶な笑みを浮かべて火花を散らす。
「お前ら! 俺の妹を変な世界に引き摺り込むなァァァッ!」
シスコン大魔王の絶叫が、鹿児島の夜空に空しく響き渡った。 凱人は、怒りで肩を震わせながら、ピッチ上で歓喜に沸く氏真を指差した。
「……吉良氏真ァッ! 決勝戦、首を洗って待っていろ! お前のそのスカした『雅』も、ふざけたラブコメ展開も、俺がまとめて粉砕してやるッ!」
ついに、日本一をかけた決戦のカードが揃った。
圧倒的な「個」の暴力を誇る魔王・織田凱人と、絆と「雅」で舞い上がる吉良氏真。 全国の頂点を決める、現代の【桶狭間の決戦】が、いよいよ幕を開ける。
【次回予告】
決勝戦を翌日に控えた夜。氏真の前に再び美月が現れる。一方、魔王の真の実力をデータで知った基哉と舞は、絶望的な数値に言葉を失う。インパルスは、最強の敵にどう立ち向かうのか!?
第29話:【決戦前夜、魔王の威圧と静かなる月】。次なる天下へのパスを回せ!




