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『The Renaissance striker Uzizane(転生ストライカー氏真)』 ~戦国最低スペック大名が現代に転生したら、天才ストライカーになってしまった件~  作者: みなも
第9章 青春という名のもう一つのフットボール編

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第167話:【逆襲のグリッド】

【あらすじ】

夏休みが明け、プリンスリーグ東北後期が開幕! 夏合宿で得たデータサイエンスと新戦力を引っ提げ、城南イレブンはアウェイ山形戦、そして前期完敗した絶対王者・明青青森セカンドとの激闘へ挑む。ピッチを可視化するグリッド戦術と、発掘された原石たちの真価とは? 常識を覆す逆襲の狼煙が、東北のピッチに高く燃え上がる!

1.晩夏の風と愛の薬膳


8月下旬。


北東北の盛岡にも、朝夕には秋の気配を含んだ涼しい風が吹き抜け始めていた。

高校の短い夏休みが明け、盛岡城南高校の校舎には生徒たちの賑やかな声が戻っていた。しかし、放課後の第1グラウンドに漂う空気は、新学期の浮ついた気配とは無縁の張り詰めたものだった。


「全体、ラインアップ! インターバル30秒、次のグリッドへ入れ!」


吉良剛監督の太い声が、ピッチを渡る風を切り裂いた。

人工芝の上には、黄色いマーカーコーンで区切られたトレーニングエリアが広がっていた。神原隆司教授と久保田誠が構築したデータ解析システムでは、ピッチを縦5レーン、横6ゾーンの計30区画に分割。選手たちが装着したGPSトラッカーと連動させ、位置情報や移動距離、加減速の変化をリアルタイムで記録している。

夏合宿で始まった構造改革は、合宿後も途切れることなく続いていた。

部員約110名のうち、怪我などによる見学・別メニューの選手を除く測定対象者100名全員に、個人フィードバックシートが配布されていた。

そこに記されているのは、走行距離やスプリント回数だけではない。


「味方へのパスコース提供率」


「相手守備の視界外への侵入頻度」


「ボールを失った直後の守備への切り替え」


数字が示すのは、単なる運動能力ではなく、チームの中で自分がどのような価値を生み出しているかだった。

これまで日陰に追いやられていたBチーム、Cチームの選手たちも、自分の武器を客観的に把握し、明確な目的意識を持ってAチームの座を狙い始めていた。

そんな競争が繰り広げられるピッチ脇で、ひときわ異彩を放つ一角があった。


「――氏真様、練習後のお身体のケアに、特製の『晩夏滋養・五涼薬膳重』をご用意いたしましたわ」


木陰のベンチに広げられた、3段重ねの漆塗り重箱。

清楚なサマードレスに身を包んだ早川愛が、しとやかに微笑んでいた。

都内の名門大学は、9月中旬まで夏休みが続く。その休暇を利用して盛岡の吉良邸に滞在している愛は、連日のようにグラウンドへ姿を現し、部員たちをざわつかせていた。


「あ、愛……。いつもすまないね。でも、わざわざ運んでもらわなくても、帰宅してからで十分に……」


練習着を汗で濡らした吉良氏真が、首に掛けたタオルで汗を拭いながら苦笑した。


「まあ、氏真様。激しい運動の後は、消耗した筋グリコーゲンの補充と、筋組織の修復を支える栄養摂取が大切ですわ。本日は夏バテを防ぐため、岩手県産の鴨肉と冬瓜、ハスの実、クコの実を特製の出汁でじっくり炊き上げました。どうぞ、温かいうちにお召し上がりくださいませ」


愛が重箱の蓋を開けると、出汁の奥深い香りと微かな生薬の薫香がふわりと広がった。


「……うわあ、めちゃくちゃ美味そうだな」


「おい見ろよ。今日も早川さんのお弁当だぞ……」


給水に戻ってきた部員たちが、羨望と畏怖の入り交じった眼差しを向ける。


「ちょっと愛ねーさま! テクニカルエリアで匂いテロを起こさないで!」


テントの中からノートPCを抱えて飛び出してきたのは、妹の早川舞だった。


「こっちは午後練習のポジショニングデータを神原研究室のサーバーにアップロードしてる最中なの! 湯気で精密機械が湿気たらどうすんのよ!」


「あら舞。湯気程度で誤作動を起こす機械など、最初から軍略の役に立ちませんわ。それに、科学を標榜するなら、氏真様の栄養状態が戦術遂行能力にどう影響するか、理解していなくてはなりませんわね」


「ぐっ……そ、それはそうだけど! ウジ様、愛ねーさまに甘い顔ばかりしてないで、ちゃんと午後のデータも確認してくださいね!」


唇を尖らせる舞の姿に、氏真は思わず笑みをこぼした。

身体を整えること。

選手の状態を客観的に把握すること。

そして、個々の強みを見出し、組織の力へと変えること。

インパルス清水U-18に完敗を喫した、あの夏の日。あの敗北を境に、城南サッカー部は確実に変わり始めていた。


そして――8月最後の週末。


高円宮杯 JFA U-18サッカープリンスリーグ東北、第11節。

夏合宿で蒔かれた種が、いよいよ公式戦の舞台で試される。



2.アウェイ山形、執念の勝ち点1

山形県天童市、NDソフトスタジアム山形のサブグラウンド。

残暑の照りつける中、盛岡城南イレブンを迎え撃ったのは、J2山形ユナイテッドFCユースだった。


「吉良氏真……! この日を、どれだけ待っていたか!」


試合前の整列時、山形の主将を務めるセンターバック、3年の庄内健太郎が、燃えるような眼差しで氏真を見据えた。

春の第2節。城南のホームで3対2と激闘の末に敗れたあの日、庄内はピッチに膝をついた。

プロ昇格を懸けた高校最後のシーズン。トップ昇格の内定を勝ち取るためにも、高体連の1年生ストライカーに2度も屈するわけにはいかない。その執念が、鋼のような肉体から伝わってきた。


ピピィーーーーッ!


キックオフの笛とともに、山形の組織的な守備が城南に襲いかかった。

春の対戦時とは、明らかに違っていた。

山形は城南のビルドアップを徹底的に分析し、アンカーの諸島憲二にボールが入る経路を封じていた。氏真が前線でクサビのパスを受けようと下がれば、庄内が背後から密着する。ボールが入る寸前には屈強なボランチが挟み込み、前を向く時間を与えない。


「前を向かせるな! 外へ追いやれ!」


庄内の指示がピッチに響く。

夏合宿の負荷による疲労が抜けきっていない城南の選手たちは、身体のキレを欠いていた。出足で山形に一歩遅れ、セカンドボールも拾えない。


前半34分。


山形が流れるようなサイドチェンジで城南の守備ブロックを揺さぶった。

左ウイングがボールを受け、内側へ鋭く切り込む。城南の右サイドバックが寄せ切る前に、左足を振り抜いた。低く伸びたシュートが、ゴールの隅へ突き刺さる。


0対1。


重苦しい空気のまま、ハーフタイムを迎えた。

ベンチの剛監督は腕を組み、選手たちを静かに見渡した。


「合宿の疲れがあるのは分かっている。だが、このままJユースの規律の前に沈む気か?」

誰も答えない。


「……後半、仕掛けるぞ。猿沢、不来方、準備しろ」


「はい!」


後半開始と同時に、剛は2枚のカードを切った。

インサイドハーフに2年の猿沢佳樹。そして右ウイングに、身長155cmの1年生、不来方純也を投入する。


「おい、あんな小柄な奴が出てきたぞ」


「フィジカル勝負で潰せ!」


山形の守備陣から、警戒と侮りの混じった声が漏れた。だが、ピッチに立った不来方の眼差しは、冷え切るほど澄んでいた。


後半15分。試合の流れが、少しずつ変わり始める。


インサイドハーフに入った猿沢は、ボールを持たない時間帯に、相手ボランチとサイドハーフの間へ顔を出した。マークを半歩引きつけ、味方がパスを出せる角度を作る。その小さな動きの積み重ねによって、孤立していた氏真の周囲にも、わずかな余裕が生まれ始めていた。


そして――氏真が中盤へ下がり、庄内を引き連れて最終ラインに歪みを作った、その瞬間だった。

右サイドの大外から、1つの影が消えた。


不来方純也だ。


「――しまっ、消えた!?」


マークしていた山形の左サイドバックが、焦りの声を上げる。

不来方は、相手守備者の視野の外側へ潜り込んでいた。首を振らなければ見えない背中の死角。そこから相手CBとSBの間へ斜めに走り込む。

アンカーの諸島から、鋭い浮き球のスルーパスが通った。


「行かせねえッ!」


カバーに飛び込んだ山形のCBが、不来方と激しく交錯する。

鈍い音が響き、不来方の身体が弾き飛ばされた。

だが、その突進によってGKとCBの連係が一瞬乱れ、ボールがペナルティエリア中央へこぼれる。

そこへ、真っ先に反応した影があった。

不来方自身だ。

倒れながらもボールの行方を見失っていなかった彼は、身体を捻って起き上がり、こぼれ球へ右足を伸ばした。


バシィッ!


叩きつけられたシュートがGKの右手をすり抜け、ゴールネットの隅を揺らした。

1対1! 後半28分、城南が同点に追いつく。


「よっしゃあぁぁぁーーッ!」


不来方が拳を突き上げる。駆け寄ってきた猿沢と氏真に抱きついた。

その後は、意地を見せる山形の猛攻が続いた。

庄内が前線へ上がり、パワープレーを敢行する。それでも城南は、林皓然とGK工藤一を中心に全員で身体を張り、最後までゴールを守り抜いた。


ピピピィーーーーッ!


タイムアップ。アウェイでの激闘は、1対1の引き分けで幕を閉じた。


「……吉良氏真」


試合後、庄内が歩み寄ってきた。悔しげに息を吐きながらも、真っ直ぐな眼差しで右手を差し出す。


「勝ち点2を落とした気分だ。……だが、あの小柄なFWと中盤の黒子、見事だったよ。春にはいなかった武器を、いつの間に仕込んでいたんだ」


「ありがとうございます、庄内さん。山形の守備の規律、本当に息が詰まるようでした」

氏真はその手をしっかりと握り返した。


勝利こそ逃したものの、強豪Jユースから奪った勝ち点1。

それは、夏合宿で発掘された新戦力が、公式戦の舞台でも通用することを証明した、確かな手応えだった。



3.プレスの継ぎ目と設計図

山形戦から中5日。

9月第1週の金曜日、放課後のプレハブ部室。

遮光カーテンが引かれた室内を、プロジェクターの白い光が照らしていた。

画面に映し出されているのは、翌々日に控えたプリンスリーグ第12節の相手――明青国際大学附属青森高校セカンド、通称・明青青森セカンドのスカウティング映像だった。


「……さて、指導者殿」


パイプ椅子に深く腰掛けた神原教授が、銀縁眼鏡を指先で押し上げる。


「前期の第3節、あなたのチームはホームで0対2の完敗を喫しましたね。相手は高校年代最高峰のプレミアリーグに所属するチームのセカンド。フィジカル、インテンシティ、そして規律。あらゆる面で圧倒された力負けでした」


剛監督は腕を組み、黙って画面を見つめていた。

映像の中では、185cmの主将CB・棟方陣が最後方から最終ラインを引き締め、屈強なCF・鳴海瑛太が前線から猛然とチェイシングを仕掛けている。中盤ではボランチの沢田琉生が広大なスペースを管理し、左サイドでは1年生の三戸蓮司が強烈なロングスローをペナルティエリアへ放り込んでいた。


「だが、どれほど強固に見える機械にも、必ず構造上の継ぎ目が存在します」


神原がキーボードを叩くと、映像が止まり、グラウンドの俯瞰図へ切り替わった。

久保田誠が立ち上がり、レーザーポインターで画面を示す。


「明青青森セカンドの最大の武器は、ボールを失った瞬間に全員が前へ向かう『超高速ハイプレス』です。相手がバックパスを選択した瞬間や、トラップが浮いた瞬間、前線から複数の選手が一斉にボールホルダーの選択肢を潰しにかかります」


「ああ。春の対戦では、あの圧力の前に自陣からパスを出すことすら困難だった」


主将の諸島が苦い表情で頷いた。


「ええ。ですが、彼らの守備にも攻略の糸口はあります」


久保田がデータを進める。画面には、明青の選手たちの移動軌跡と、加速・減速が繰り返された地点が表示されていた。


「相手が前へ出てきたところでボールを逃がし、守備者の進行方向を変えさせる。すると、相手は急停止し、軸足を踏み直し、身体の向きを変えなければなりません。その間、次の動作に移るまで、わずかな遅れが生じます」


「つまり、足が止まった瞬間を狙うのか?」


剛が問い返す。


「正確には、足が止まる瞬間ではありません。相手が前へ出た勢いを処理し、次の方向へ動き出すまでの隙です」


久保田は画面の一点を指した。


「神原研究室で過去3試合のトラッキングデータを分析したところ、彼らは全速力で前進した後、方向転換を伴う守備対応で一瞬遅れる傾向が見られました。もちろん、状況や疲労によって変わりますし、毎回同じ隙が生まれるわけではありません」


「だが、前へ出る勢いが強いほど、切り返すには時間がかかる……」


剛の目が鋭く光った。


「その一瞬に、ボールと人を通す。相手の強みを逆手に取るわけか」


「その通りです。彼らが前へ出ること自体を止める必要はありません。むしろ、前へ出させる。そのうえで、ボールを逃がし、身体の向きを変えさせるのです」


久保田は画面を切り替えた。


「監督。この継ぎ目を突くためのピースは、すでに揃っています」


映し出された選手名は3人。

右サイドバック、一戸政実。

インサイドハーフ、猿沢佳樹。

そして、前線の不来方純也。


「一戸のロングスローで、相手のハイプレスを頭上から越える。中盤では猿沢がパスコースを作り、相手を前へ引き出す。氏真とクアンが中央で相手を引きつけ、不来方がその背後を突く……」


剛は名簿へ視線を落とした。さらに、その隣に記された名前を指で叩く。


「ジャックも中盤で使う。高さと強さが必要な場面では、こいつの存在も効くはずだ」


氏真は画面を静かに見つめていた。


(力でねじ伏せるのではない。味方の理合を重ね合わせ、盤面全体で相手を制する――これぞ、現代の蹴鞠、予の目指すフットボールよ)


相手の動きを予測し、最適な場所へボールを運ぶ。自分1人で解決するのではなく、仲間の長所を組み合わせ、相手の選択肢そのものを狭める。それが、夏合宿を通じて深めた確信だった。


「よし。明後日のスタメンを発表するぞ!」


剛が立ち上がった。


「右サイドバックに一戸。中盤はアンカーに諸島、インサイドハーフに猿沢とジャック。前線は氏真、クアン、不来方だ!」


「「「はい!!」」」


部室に、引き締まった声が響き渡った。



4.逆襲のグリッド


9月第1週、日曜日。


盛岡城南高校第1グラウンドには、前期の雪辱を期す城南サポーターと、緑のタオルマフラーを掲げる青森からの遠征応援団が詰めかけていた。


「整列!」


主審の合図で、両チームがピッチ中央へ進み出る。

城南の前に立ちはだかるのは、明青青森セカンドの精鋭たちだった。

主将の棟方陣が、冷徹な眼光で氏真を見下ろす。


「吉良氏真。合宿で何か仕込んできたようだが……この緑の壁は、小手先で破れるほど甘くはないぞ」


「小手先かどうか……ピッチの上で確かめてみてください、棟方先輩」


背番号9を着た氏真は穏やかに微笑み、自分のポジションへと散った。


14時00分、キックオフ。


試合は立ち上がりから、激しいインテンシティのぶつかり合いとなった。


前半5分。


先制パンチを浴びせたのは、やはり明青青森セカンドだった。

自陣深くからのロングフィードを、CFの鳴海瑛太が城南CBの及川を背負いながら胸で収める。落としたボールにトップ下の逢坂湊斗が走り込み、ペナルティエリア手前の左ハーフスペースへ鋭く侵入。左足を振り抜いた。グラウンダーのシュートがゴール右隅へ沈む。


0対1。


「いきなり先制か……! やっぱり隙がない!」


スタンドがどよめいた。だが、城南イレブンに動揺の色はなかった。


「慌てるな! 陣形を保て!」


アンカー諸島の声が飛ぶ。

前期の敗北を経験しているからこそ、選手たちは相手の強さを知っていた。そして、相手が何を狙ってくるかも、事前の分析で共有していた。


前半18分。城南が反撃の狼煙を上げる。


敵陣右サイド深く、タッチラインを割ったボールを手にしたのは、スタメンに抜擢された1年生の一戸政実だった。

一戸はタッチラインから数歩下がり、ボールを頭上高く掲げた。


「おい、あんな位置から投げる気か!?」


青森セカンドのベンチがざわつく。ゴールまでは30m近い。


「中央を固めろ! 頭で跳ね返せ!」


棟方が叫んだ。

一戸が助走を取り、背筋をしならせて両腕を振り抜く。


ブンッ!


低く鋭いロングスローが、矢のような直線を描いてペナルティエリア中央へ飛び込んだ。


「なにっ!?」


落下点へ飛び上がろうとした棟方の手前で、氏真が身体の向きをわずかに変えた。競り合いながら、棟方の視界を一瞬だけ遮る。

その背後へ飛び込んできたのは、インサイドハーフのジャック・ミラーだった。

ジャックは落ちてくるボールに頭を合わせ、強烈なヘディングを叩き込む。


ドゴォッ!


ボールがゴールネットを揺らした。


1対1!


「っしゃあぁぁぁ! 見たか!」


ジャックが咆哮し、一戸とハイタッチを交わす。城南が、狙いどおりに試合を振り出しへ戻した。

だが、王者の反撃は鋭かった。


前半32分。今度は明青青森セカンドの左サイドバック、三戸蓮司が強烈なロングスローを城南ゴール前へ放り込む。混戦の中、185cmの棟方がジャックの上から打点の高いヘディングを叩き込んだ。

1対2。再び青森がリードを奪う。


しかし、城南は崩れなかった。


前半43分。中盤で猿沢から縦パスを受けた氏真が、背後から潰しにかかるボランチ沢田の動きを察知した。

氏真は骨盤を開き、身体の力を抜く。接触の衝撃を受け流しながら軸足を入れ替え、相手が踏み込んだ方向とは反対側へボールを運んだ。沢田の重心が崩れる。

そのわずかな時間を逃さず、氏真はペナルティエリア左へ走り込んだクアンへパスを通した。クアンが持ち前の爆発的な初速で抜け出し、GKが前へ出るのを見極めて右足のアウトサイドでボールをゴールへ流し込んだ。


2対2。城南が同点に追いつき、前半を終えた。


迎えた後半。試合はさらに戦術的な深みを増していく。

青森セカンドは前線からの圧力を緩めない。ボールを奪えば素早く縦へつなぎ、城南の守備が整う前にゴールへ迫る。城南は一方的に押し込まれるのではなく、相手の前進を利用して背後を狙った。


後半15分。氏真の技術が、試合を動かした。


右サイドを駆け上がった一戸が、鋭いクロスを送り込む。ニアサイドへ突進した不来方が相手CBを引きつけ、競り合いの中で相手の進路を塞いだ。

その背後、中央に生まれたスペースへ、氏真が音もなく侵入していた。

キャムの指導によって磨かれた、力みに頼らない身体操作。空中で胸郭をしなやかに使い、落ちてくるボールへ右足を振り抜く。


バシィィィッ!


完璧なミート。ダイレクトボレーがGKの手を弾き飛ばし、ゴール天井へ突き刺さった。


3対2! 城南、ついに逆転!


「うおおおおっ! 氏真ァァァーーッ!!」


スタンドが歓声に包まれた。

だが、青森セカンドも崩れない。トップチーム昇格への執念を燃やす彼らは、失点後も攻撃の強度を落とさなかった。


後半31分。ボランチの沢田が激しいタックルでボールを奪取し、すかさず前線へ鋭い縦パスを刺す。これを受けた鳴海が、城南DFともつれ合いながら身体ごと押し込んだ。


3対3。一進一退の攻防。息をもつかせぬ壮絶な打ち合いとなった。


時計の針は、後半40分を回っていた。

選手たちの足は重くなり、ピッチには極限の疲労が充満している。ベンチの剛監督が立ち上がった。


「不来方、前へ張れ! 氏真、お前の『間』を見せてやれ!」


後半43分。城南に残された、最後の攻撃機会。


自陣深くで林皓然が相手のクロスを気迫のヘディングで跳ね返す。セカンドボールを拾ったのは、猿沢だった。

相手のハイプレスが迫る。猿沢はバックパスを出すように身体を向けながら、右足の裏でボールを引いた。相手の勢いを利用し、ボールを置く位置を変える。

前へ突進していた青森の中盤2人が急停止し、身体の向きを変えようとする。

その一瞬、守備の連係に隙が生まれた。


(……今だ!)


猿沢は、前線の氏真へ鋭いグラウンダーのパスを通した。

センターサークル付近でボールを受ける氏真。

そこへ、主将の棟方が鬼気迫る形相で間合いを詰めてきた。


「行かせるかァッ、吉良氏真!!」


185cmの巨躯が、全速力で衝突コースへ飛び込んでくる。

だが、氏真の瞳は静水のように澄んでいた。


(予の前に立ちはだかるか、棟方――)


氏真はボールを止めず、左肩をわずかに落とす。左足に体重を乗せ、左へ抜けるように見せた。棟方の視線と重心が、氏真の左側へ引きずられる。


次の瞬間。


氏真は体幹のしなりを解き、右足のアウトサイドでボールを右前方へ押し出した。


「なっ……!?」


完全に左へ重心を傾けていた棟方のタックルが、虚空を薙ぐ。勢い余った巨漢CBが体勢を崩してピッチに手をついた。

その背後、中央レーンに広大な空間が生まれた。

氏真は自ら前進し、シュートを狙うこともできた。

だが、その視線はすでに、その先を捉えていた。

棟方が釣り出されたことで、カバーに入ろうとしたもう1人のDFは氏真へ意識を奪われている。


そして、その背後の死角から飛び出してくる影があった。

身長155cmのストライカー、不来方純也。

不来方は、相手DFが氏真へ意識を向けた瞬間を見逃さなかった。オフサイドラインを見極め、斜めに走り出す。


(頼むぞ、純也――!)


氏真は自らシュートを打つ選択を捨てた。右足のインサイドで、相手GKとDFの間へラストパスを送り出す。

誰もが、そこに不来方がいることに気づいていなかった。

死角から姿を現した不来方は、飛び出してきたGKの位置を冷静に見極める。華麗なトラップをする余裕はない。彼は泥だらけの身体を前へ投げ出し、ボールの軌道に右足を合わせた。


決死のスライディングシュート。


泥臭く伸ばされた右足の先に当たったボールが、GKの脇の下をすり抜ける。


そして――。


バサリ……。


ネットが静かに揺れた。


一瞬の静寂。


次の瞬間。


「うわあああぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」


グラウンドも、ベンチも、スタンドも、爆発的な歓喜に包まれた。


4対3!


後半43分、城南が土壇場で勝ち越した。

控え部員たちがピッチ脇から駆け寄り、不来方の上に折り重なるように飛び込んでいく。


「決めた……! 決めたぞ、俺がぁぁぁッ!」


下敷きになりながら、不来方が涙を流して拳を突き上げた。


「ナイスゴールだ、純也!」


氏真が駆け寄り、泥だらけの不来方を抱き起こした。

だが、戦いはまだ終わっていない。


「まだアディショナルタイムがあるぞ! 戻れ! 最後まで守り切るぞ!」


主将・諸島の怒号が響き渡る。

再開後のアディショナルタイム3分間。青森セカンドはGKまで前線へ上げ、猛烈なパワープレーを仕掛けてきた。

ゴール前へ放り込まれる無数のハイボール。

林が跳ね返す。ジャックが競り合う。工藤が飛び出す。

誰かが弾けば、誰かが拾う。1人の力ではなく、全員でゴールを守る。


そして――。


ピピピピィィィーーーーッ!!


試合終了を告げる長いホイッスルが、秋晴れの空に高らかに鳴り響いた。


4対3。


盛岡城南高校が、前期に0対2で完敗を喫した明青青森セカンドを、激闘の末についに撃破したのだ。



5.勝利の余韻と次の目標

グラウンドの中央。激闘を終えた両チームが整列し、礼を交わした。

青森セカンドの主将・棟方陣が、肩を落としながら氏真の前へ歩み寄る。

その顔には隠しようのない悔しさが滲んでいた。それでも、差し出された手には確かな熱が宿っていた。


「……完敗だ、吉良氏真。あのわずかな隙を、まさかあそこまで正確に突かれるとは思わなかった」


棟方は一度、ピッチを振り返った。


「そして……あの小柄なFWに、最後の最後でゴールを託したお前の判断。見事だったよ」


「ありがとうございます。棟方先輩たちのプレッシャー、最後まで本当に凄まじかったです」


2人の手が固く握り合わされる。棟方は自嘲気味に笑い、氏真の背番号9を見据えた。


「俺たちはセカンドだが、明青の誇りを背負っている。……お前たち、絶対にプレミア昇格戦まで勝ち上がってこい。うちのトップチームがお前たちを待っているぞ」


「はい。必ず」


氏真は力強く頷いた。

ベンチ前では、神原教授がノートPCを閉じ、煙草を取り出そうとしていた。


「先生、ここは禁煙ですよ」


久保田に止められ、神原は不機嫌そうに煙草をしまう。


「ふん……。走力も体格も足りない連中が、数理のグリッドをなぞっただけで王者を倒すとはね。これだからフットボールの解析はやめられない」


悪態をつきながらも、銀縁眼鏡の奥の瞳は穏やかに光っていた。


「やりましたね、先生! データが選手の可能性を示し、選手たちがピッチで証明してくれたんです!」

久保田が拳を握り締める。剛監督は、その肩を力強く叩いた。


「ああ……よくやってくれた、久保田、神原先生。だが、今日の勝利はデータだけのものじゃない。最後まで走り、考え、仲間を信じた。あいつら全員で掴み取った勝利だ!」


剛の目頭が熱く滲んでいた。

スタンドでは、早川愛が淑やかに手を合わせ、誇らしげに微笑んでいた。


「お見事でしたわ、氏真様。……ふふ、今夜は祝勝の宴として、極上のすっぽん薬膳鍋を振る舞わなければなりませんわね」


「ちょっと愛ねーさま、また盛岡の食材を買い占める気!? 今夜はまず試合データのバックアップが先なんだからね!」


舞の甲高いツッコミが、夕暮れの空に響き渡る。

氏真は、歓喜に沸く仲間たちを見渡した。


一戸のロングスロー。


猿沢の位置取り。


ジャックの高さと強さ。


クアンの爆発的な初速。


そして、不来方の諦めない走り。

1つひとつは、決して万能ではない。だが、それぞれの長所が噛み合えば、強大な相手にも立ち向かえる。

自分1人で勝つのではない。仲間の力を信じ、その可能性が生きる場所へボールを届ける。今日の勝利は、その意味を改めて教えてくれた。


第12節を終え、盛岡城南の戦績は7勝3分2敗。


前期に敗れた強豪から勝ち点3を奪い、城南はプリンスリーグ東北の首位争いへと加わった。

だが、彼らの視線はすでに、その先へ向いていた。


秋の全国高校サッカー選手権岩手県予選。


そして、プレミアリーグ昇格という、さらなる頂。

解き放たれた身体と、青き軍略。

盛岡城南高校の逆襲は、まだ始まったばかりだった。

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