第13話【軋む翼】
【あらすじ】
全日本U-12サッカー選手権大会・静岡県予選。インパルスの進撃は、もはや「残酷」とすら形容されるものだった。朝比奈兄弟、葛城大和、井原光の四人を加え、【三鱗の絶対防壁】を完成させたインパルスは、失点0のまま決勝へ進出する。だが、守備の負担から解放され、攻撃(雅)にリソースを全振りした氏真の12歳の身体は、神経系の限界を迎えようとしていた。決勝の相手は、宿敵・中森権造率いるジュピター磐田FC。限界の身体で出陣する氏真に、中森の泥臭くも純粋な熱情が牙を剥く。
1. 圧倒的な進撃と、赤い警告
全日本U-12サッカー選手権大会・静岡県予選。
インパルス清水FC・ジュニアの快進撃は、もはや「残酷」とすら形容されるものだった。
1回戦、12-0。2回戦、8-0。
準決勝に至っては、県内屈指の堅守を誇るチームを相手に、開始わずか15分で4得点を叩き出し、相手チームを完全に戦意喪失させた。
その圧倒的な強さの理由は明白だった。
新加入の四人によって完成された【三鱗の絶対防壁】。
双子の朝比奈兄弟が「左右の烈風」としてサイドを完全に制圧し、中央では葛城大和がすべての空中戦を弾き返す。
随所で井原光が最後尾から寸分の狂いもないロングフィードを前線へ供給する。
これにより、これまでの【3-3-1】から【2-4-1】へと超攻撃的シフトへ移行。
司令塔の松平基哉とGK八重洲ジョンの守備負担は劇的に軽減され、キャプテン・吉良氏真は自陣での守備タスクから完全に解放され、その攻撃力(雅)をいかんなく発揮していたのだ。
そして何より、10歳の作戦参謀・大原由紀夫の存在が大きい。
U-12特有の「何度でも自由に出入りできる交代ルール(フライングサブ)」をあえて逆手に取り、ピッチに入っては一瞬でラインを修正してベンチへ下がる。
その神出鬼没なタクトが、チームに絶大な安定感をもたらしていた。
「……ふむ。県内の童たち、予たちの姿を見ただけで足が震えておる。これでは戦にならぬな。少しばかり、退屈が過ぎるというものだ」
12歳の吉良氏真は、オレンジ色のユニフォームを揺らし、三保のグラウンドで優雅に首を振った。
だが、その表情には微かな「陰」があった。
「……ウジ様、ちょっと止まって! バイタルデータに、緊急アラートが出てる!」
ベンチ裏から、アナリストの舞が血相を変えて飛び出してきた。
彼女のタブレットには、真っ赤に点滅する心拍数と、神経系の過負荷を示すグラフが表示されていた。
「舞、どうしたんだい? 僕はとても気分が良いというのに」
「ダメだよ! 『雅の体幹』と新技『鳳凰の羽休め』。
「これ、12歳の成長途中の身体には情報処理の負荷が高すぎるの!」
「 守備の負担が減って攻撃に専念できるようになった分、ウジ様は自分の限界を超えた出力で無意識に動きすぎている。
「このままだと、決勝の途中で神経が焼き切れて動けなくなるよ!」
愛もまた、青ざめた表情で氏真の元へ歩み寄った。
「……氏真様。……私の不徳にございます。」
「あなたの魂を高く飛ばすことばかりに心を奪われ、この『幼き器』の物理的な限界を忘れておりました。休養が必要ですわ。」
最強の盾を手に入れ、最強の矛として研ぎ澄まされた代償。
それが、氏真の身体を内側から蝕み始めている。
圧倒的な蹂躙の裏で静かに進行する、決勝直前の最大の不安要素であった。
2. 決戦の朝、黄金の輝きと紅い警告
静岡県予選、決勝。
会場となるエコパスタジアムは、小学生年代の試合とは思えない異様な熱気に包まれていた。
対戦カードは、圧倒的な技術と新たな城壁を手に入れたインパルス清水FC対、組織守備と無尽蔵の走力で他を寄せ付けないジュピター磐田FC。
磐田のフォーメーションも、清水と同じ【2-4-1】。
まさに、システムとシステムの真正面からの激突である。
「……ふむ。今日は風が心地よいね。叔父さん、見てごらん。スタンドの観客まで、皆が鞠の行方を占う軍師のような顔をしているよ」
氏真はいつものように雅な微笑みを浮かべていた。
だが、スパイクの中で、その足先は微かに震えている。
「……ウジ様、本当にいいの?」
ベンチ裏の作戦室。舞が厳しい顔でタブレットを突き出した。
画面には、氏真の神経伝達速度と心肺負荷が、警告の赤色に片足を突っ込んだ状態で表示されている。
「レーシングカーのエンジンを、まだ未完成の車体に積んで全開で走るようなものだよ。」
「後半、確実に限界が来る。大原くんの出場時間(20分)も、交代のタイミングを間違えれば命取りになる」
愛もまた、氏真の肩にそっと手を置き、沈痛な面持ちで頷いた。
「……氏真様。勝利への渇望は尊いものですが、この器が壊れては元も子もございません。」
「もし無理だと思われたら、すぐに吉良コーチに交代を申し出てくださいませ」
「あはは。愛、舞。心配しないで。予は、もう逃げないと決めたんだ」
氏真は、自らの震える膝を両手でパチンと叩いた。
「過去に彼らに負けたあの泥の味……。」
「あれを『雅』な記憶に書き換えるまでは、僕は折れやしないよ。」
「それに、今は、最高の仲間たちが後ろに控えているからね」
氏真の黄金の瞳には、真の覇者の光が宿っていた。
3. 太陽の男、中森の帰還
「おーい! ウジちゃーん! 元気してたかー!?」
ピッチに入場した瞬間、スタジアムの張り詰めた空気を一変させる大声が響いた。
サックスブルーの10番を背負った少年
――磐田のエース、中森権造が、満面の笑みでこちらへ走ってくる。
かつてインパルスに二度の絶望を味わわせた張本人は、憎たらしいほど、ひまわりのような底抜けの明るさを纏っていた。
「中森くん。相変わらず、声が大きいね。……今日は以前のように、泥を噛まされるつもりはないよ。僕たちの新しい『城』は、そう簡単には崩せない」
氏真が背後の四天王たちを一瞥すると、中森はガバッと氏真の肩を組んだ。
「ははは! 泥はいいぞ、ミネラルたっぷりだ! でも今日は、もっと旨いもんを食おうぜ。……『全国への切符』っていう最高のご馳走をさ!」
中森は白い歯を見せて笑う。
「俺さ、山で修行してきたんだ。『ボールは友達、ゴールは恋人、芝生はベッド!』……なんてな! ほら、うちの四連星もやる気満々だぜ!」
中森の背後には、南、北田、東家、西条の四人が、一分の隙もない陣容で控えていた。
彼らの瞳には、中森の熱に当てられた、迷いのない信頼が宿っている。
「……ほう。四人が一人のために、一人が四人のために。中森くん、君は本当に、人の心を束ねるのが上手いね」
「技術じゃお前(氏真)に勝てねえ。なら、俺は足がもげるまで走る! 心臓が止まるまで笑う! それが俺の『魂』だ!」
中森はパチンとウィンクをして、自分のポジションへ駆けていった。その背中は、泥臭く、それでいて太陽のように眩しかった。
4. 試合開始:雅の先制、魂の咆咆
ピーッ!
全国への切符を懸けた、決勝戦の前半20分の笛が鳴る。
序盤、主導権を握ったのはインパルスだった。
「行くぜェッ!」
右サイドバックの朝比奈翔が、爆発的なスピードでサイドを駆け上がる。
相手のプレスを引き付けた直後、後方の井原光へバックパス。
「……ウジ、裏だ」
井原の冷静な声とともに、最前線へ向けて精密機械のようなロングフィードが放たれる。
パスの先には、すでにトップスピードで駆け出していた氏真の姿があった。
「……さあ、開幕の舞だよ」
氏真は、背後からのボールに対し、空中で優雅に跳躍。
相手ディフェンダーの競り合いを嘲笑うかのように、空中でピタリとボールの勢いを殺す。
【極・雅技:鳳凰の羽休め】。
空中で一瞬のタメを作り、着地と同時に相手キーパーの逆を突くふわりとしたループシュート。
ボールは美しい放物線を描き、磐田のゴールネットを揺らした。
1 - 0!
「よしっ!」舞がベンチでガッツポーズを作る。
だが、中森は先制されてもなお、笑っていた。
「ナイスゴール! ウジちゃん、やっぱりお前は天才だ! ……でもな、天才ってのは、一度転ぶと起き上がるのが大変なんだぜ!」
前半10分。ジュピター磐田FCの猛反撃が始まった。
「行くぞお前ら! 俺に続けぇ!」
中森が咆哮し、磐田の選手たちが怒涛のプレッシングを仕掛ける。奪ったボールは、一直線に前線の中森へ。
「させねえよッ!」
インパルスの誇る巨漢センターバック、葛城大和が重戦車のように立ち塞がる。
だが中森は、葛城の強烈なチャージを正面から受け止めながら、強引に身体を反転させた。
倒れ際、もつれながらもつま先で泥臭くボールを押し出す。
「……何という執念。これが組織の真の力か!」
カバーに入った基哉が驚愕する。
「……一人ひとりの能力は平均的に優秀だが、中森という核が、奴らの出力を120%に引き上げている!」
こぼれ球に反応したのは、やはり中森だった。
倒れた状態からバネのように跳ね起き、最後はキーパー・ジョンの目の前へ身を投げ出す。
「しゃあああッ!」
ジョンのパンチングよりも一瞬早く、中森の顔面がボールを捉えた。
ボールは無情にも、インパルスのゴールへ吸い込まれる。
1 - 1。
「痛てて……! でも、入ればこっちのもんだ! ジョンくん、今の顔面シュート、どうだった!?」
中森は鼻血を流しながら、ジョンの前で親指を立てた。
ジョンは呆れながらも、「……フン。次はその鼻っ柱ごとへし折ってやるよ、鼻血野郎」と、微かに口角を上げた。
5. シーソーゲーム:加速する熱狂と、軋む身体
前半15分。試合は死闘のシーソーゲームへと変貌していた。
左サイドバックの朝比奈翼が、精密な弾丸クロスを上げる。
「基哉くん、ここだ!」
「分かっている。君の動きは、僕の盤面の上だ」
基哉の絶妙なフリック(すらし)。氏真が鮮やかなステップで磐田のディフェンダーを抜き去り、ゴール右隅へ流し込む。
2 - 1!
しかし、そのわずか3分後。
中森が、ジュピター磐田FCの選手全員を前線へ引き上げるという、無謀とも言える総攻撃を仕掛ける。
「俺たちが走るのを止めた時が、負ける時だ! 走れ! 笑え! 勝利を信じろ!」
中森の鼓舞に応え、磐田の選手たちがピッチを縦横無尽に駆け巡る。
数的な不利を、中森の「無尽蔵のスタミナ」と「泥臭さ」が埋めていく。右サイドからの強引なクロスに、中森が葛城と井原の間を割ってダイビングヘッド。
2 - 2。
「はあ、はあ……! ウジちゃん、まだまだ行けるよな!? 俺は、お前ともっと踊りたいんだ!」
中森はユニフォームで顔の汗を拭い、太陽のような笑顔を向けた。
だが、その直後。
氏真の視界が、一瞬だけぐにゃりと歪み、白く霞んだ。
>> 警告:神経系負荷 95%到達。
>> 運動能力に一時的なノイズが発生しています。
(……くっ。こんなところで、器が悲鳴を上げるか……!)
「……ああ。……僕も、中森くん。君との戦い、最高に愉しいよ」
氏真は、膝の震えを悟られないように、優雅に髪をかき上げた。
愛はベンチで祈るように手を組み、舞は震える指でタブレットを見つめている。
吉良コーチは、ベンチに控える大原由紀夫と視線を交わした。
2対2の同点で迎えるハーフタイム。
静岡の頂点を決める戦いは、12歳の少年たちの限界を超えた、熱き「後半戦」へと突入していく。
【次回予告】
ついに迎えた後半戦。身体の限界を迎えつつある氏真。磐田の怒涛の猛攻の前にインパルス絶体絶命! その時、ベンチが動く。ピッチ上の監督・大原由紀夫の投入が、戦局を劇的に変える! 宿敵・中森との三度目の正直、決着の時!
第14話【ジュピター磐田FC戦(完結編)~執念と雅、頂の握手~】。次なる天下へのパスを回せ!




