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転生ストライカー 氏真 ~The Renaissance striker Uzizane~  作者: みなも
第1章 目覚め ~県予選編~

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第1話【五百年ぶりのファーストタッチ】

【あらすじ】

戦国の世、今川家第十二代当主として数奇な運命を辿った今川氏真。五百年の時を経て、彼は現代の静岡県清水の地で、四歳の少年「吉良氏真」として目を覚ました。前世の記憶を宿したまま、叔父の吉良剛がコーチを務めるインパルス清水FCのサッカースクールへと連れ出された氏真は、現代の鞠である「サッカーボール」と出会う。五百年の時を越えた「蹴鞠の雅」が、現代サッカーのピッチで静かに産声を上げる。新たなる天下取りの物語が、今、幕を開ける。

1. 史の淵からの帰還、そして新たな朝


歴史というものは、俯瞰してみれば時に残酷なまでに人を試す大河である。


今川氏真——「海道一の弓取り」と恐れられた義元を父に持ちながら、桶狭間の悲劇によって領国を失い、後世の歴史家から「暗君」の烙印を押された男。


だが、大河の表層だけをなぞる者には見えない真実がある。血で血を洗う戦国において、武ではなく、和歌や蹴鞠といった「みやび」をもって己の美学を貫き、乱世を最後まで生き抜いたという、もう一つの圧倒的な強さを。


その氏真が、五百年の時を経て、再び呼吸を始めた。


「……うじざね、氏真! ほら、起きて。今日からつよしおじさんのサッカー教室でしょ? 遅刻しちゃうわよ」


頬を撫でる柔らかな陽光。空気を震わす小鳥のさえずりと共に、どこか懐かしく、包み込むように温かい母の声が鼓膜を揺らす。


吉良氏真きら うじざねは、深い眠りの底から、水面に顔を出すようにゆっくりと意識を浮上させた。


重い瞼を開ける。視界に飛び込んできたのは、高く白い天井と、星柄が描かれた見たこともない模様の壁紙。空気中を舞う微小な埃が、朝日に照らされてキラキラと輝いている。


(……ここは、どこだ。予は確かに、あの日、江戸の屋敷で静かに目を閉じたはず……)


体を起こそうとして、氏真は強烈な違和感に気づいた。


視点が、異様に低いのだ。視界に入る己の手足が短く、ぷにぷにと丸みを帯びている。

寝ぼけ眼をこすりながら、部屋の隅にある小さな姿見を覗き込んだ。


そこに映っていたのは、ふっくらとしたマシュマロのような頬に、くりくりとした輝く黄金色の瞳を持つ、愛らしい四歳の男の子の姿だった。


そのあどけない瞳の奥の細かな虹彩に宿る魂は、紛れもなく戦国時代を生き抜いた今川家第十二代当主・今川氏真、その人であった。


(……駿河の街も、館も、燃えてはおらぬのか。そうか……五百年、か。随分と長く眠ったものだ)


氏真の脳裏に、前世の記憶が走馬灯のように駆け巡る。


偉大なる父の討死。家臣の裏切りと謀略。流浪の身となりながらも、歌を詠み、鞠を蹴り、戦国の荒波に呑まれながら「今川の雅」を意地でも守り抜こうとした日々。


後世の者は彼を敗者とそしるかもしれない。だが、氏真自身の解釈は全く異なっていた。


信長や秀吉の前で蹴鞠を披露し、敵味方問わず息を呑ませたあの絶対的な美学。過去の没落すらも、五百年の時を越えて現代に己の「雅」を証明するための、壮大で極上の前振りに過ぎないのだと。


「氏真! ご飯できてるわよー!」


一階から響く快活な声に、氏真はハッと我に返った。


声の主は、母の有里ゆり。今は女手一つで氏真を育てている彼女の作る朝食の匂いは、優しく、温かかった。


「……うん、わかった。すぐ行くよ!」


氏真は、現代の子供らしい舌足らずな言葉を精一杯選び、爽やかに返事をした。


どうやら自分は、この平和な時代に生まれ変わったらしい。ならば、母が命懸けで守り抜いているこの温かな日常を、己の知略と雅で全力で謳歌してやろう。


(……さあて。現代の『いくさ』とは、いかなるものか。予の血が、久方ぶりに心地よく騒いでおるわ)


小さな拳をギュッと握りしめ、氏真は真新しい階段をトントンと駆け下りた。


---


2. 叔父・吉良剛とオレンジの聖地


朝食を済ませ、母の運転する車で向かった先は、静岡県清水の地にある「インパルス清水FC」のサッカースクールだった。


車のドアを開けた瞬間、「ザワァッ」と駿河湾の潮の香りを孕んだ爽やかな風が、氏真の前髪を揺らす。


目の前には、太陽の光を浴びて目に鮮やかな緑色の人工芝が広がるピッチがあった。


そこには、母の弟であり、インパルス清水FCのジュニアコーチを務める叔父、吉良剛きら つよしが、日に焼けた精悍な顔で待っていた。オレンジ色のチームジャージを身にまとった剛は、氏真の姿を見つけると白い歯を見せて笑い、頭をガシガシと乱暴に撫でた。


「よお、氏真! ぼーっとすんなよ。今日からお前も、このピッチで男を磨くんだ。ほら、これが今日からお前の相棒だぞ!」


剛が氏真の足元にポーンと軽く転がしたのは、白と黒の幾何学模様が整然と描かれた、丸い球体だった。


コロコロと人工芝の先端を擦りながら転がる微かな摩擦音。


(……ほう。これが現代の鞠か)


氏真の黄金の瞳が、僅かに細められる。


世界が、スローモーションのように感じられた。


>> スキル発動:【器量鑑定きりょうかんてい:ランクC】

特殊系 / 効果:自己バフ(TEC上昇) / 発動条件:対象物との初接触・目視

物体が持つ真球度、反発係数、素材の摩擦係数を瞬時に算出し、最適接触点スイートスポットを導き出す生体力学的な知覚能力。


(……なんと見事な鞠だ。真球に近い完璧なフォルム)


(皮の均一な張り、寸分の狂いもない重み、そしてこの芝に吸い付くようなしっとりとした感触。かつて今川の館に献上された、最高級の鹿革の鞠でさえ、これほどの逸品はお目にかかれなんだ)


氏真が、転がってきたその「幼児用3号球」を右足の裏でそっと押さえた瞬間――「キュッ」と微かな音が鳴り、周囲の空気が一変した。


それは、五百年の歴史を持つ蹴鞠の宗家が、現代テクノロジーの結晶である相棒と出会った、歴史的瞬間であった。


---


3. 混沌を切り裂く「雅(Elegance)」:究極のクッションコントロール


「よーしちびっ子ども! まずはボールに慣れるところからだ。みんなで一つのボールを追いかけてみろ!」


「ピーーッ!!」


剛コーチの鋭いホイッスルが青空に響き渡る。


それを合図に、スクールに集まった十数人の四歳児たちが、「ワーッ!」と歓声を上げて一斉にボールに群がった。誰も彼もが自分がボールを蹴ろうと必死になり、味方同士でぶつかり、転び、挙句の果てには泣き出す子までいる。


一つの獲物に群がる蟻のような、まさに少年サッカー初期特有のカオス、「団子サッカー」状態だった。


だが、その混沌としたピッチの中で、氏真だけは静かに、ピッチのやや離れた場所に立っていた。


それを見た剛が苦笑いしながら声をかける。


「おいおい氏真、何してんだ! お前もボールを追いかけろ!」


しかし、氏真は涼しい顔でわずかに首を振るだけだった。


(……愚かな。皆で一つの鞠に群がれば、鞠は息苦しくて本来の美しさを失ってしまう。戦における陣形も同じこと。無闇に突撃するのではない。状況を俯瞰し、『空間スペース』を捉えた者が盤面を支配するのだ)


氏真の視線は、激しく動くボールそのものではなく、子供たちの無秩序な動きによって生じる「ピッチ上の空白地帯」を正確に捉えていた。


まるで上空からピッチ全体を俯瞰しているかのような視座。彼には、混沌の中から好機の道筋が黄金色に輝いて見えていた。


ボールが密集地帯から弾き出される確率が最も高い場所。氏真は、散歩でもするかのような自然な足取りで、あらかじめそのスペースへと先回り(ポジショニング)していたのだ。


——パンッ!


果たして、氏真の読み通り、団子状態の塊から激しく弾き出された3号球が、不規則な回転を伴って氏真の足元へ向かって飛んできた。


「シュルルルル」と風を切る音。不揃いな人工芝の抵抗によってイレギュラーバウンドをし、四歳児の顔の高さまで跳ね上がっている。普通の幼児なら恐怖で顔を背けるような意地悪な軌道だ。


しかし、氏真の心は微塵も揺るがない。


緊迫した場面ほど、彼は肉体と精神の緊張を完全に解き放つ。飛んでくるボールの落下地点と放物線を一瞬で見極め、フワリと右足のインステップを差し出した。


ここからが、蹴鞠の宗家としての真骨頂だった。足の甲がボールに触れるまさにその刹那、氏真は足首の力を抜き、完全に脱力した。


核心となるのは、ボールの持つ前進エネルギーをすべて優しく吸収するように、わずか数ミリだけ足を後ろへ引いた(リトリート)ことだ。


現代サッカーにおける「ウェッジコントロール(クッションコントロール)」の極致。


——トォン……。


シルクを撫でるような、小さく心地よい音がピッチに響く。


激しく跳ねていたボールは、氏真の足に触れた瞬間、まるで磁石で吸い寄せられたかのように一切の勢いを失い、ピタリと氏真の足元わずか十センチの距離に――まるで最初からそこにあったかのように静止した。


次のプレーへと最も移りやすい、完璧な『一歩目』の位置である。


「……えっ?」


ピッチサイドで見ていた叔父の剛は、口に咥えていたホイッスルをポロリと地面に落とした。


(信じられねえ……。四歳の、しかも今日初めてボールを触る子供ができる芸当じゃないぞ。プロのトッププレイヤーでも完璧にこなすには血のにじむような反復練習が必要な、至高のトラップ技術だぞ……!?)


剛が慌てて駆け寄り、膝をついて氏真の顔を覗き込んだ。


「う、氏真……お前、今のどうやったんだ? どこかで練習したのか?」


「うううん。ボールとお話ししただけだよ、剛おじさん」


氏真は、幼児特有の無邪気なキャッキャとした笑顔で答えた。


「力ずくで言うことを聞かせようと蹴り飛ばしたら、ボールが嫌がって逃げちゃうでしょ? だから、優しく受け止めてあげたの」


ニコリと笑う氏真の黄金の瞳の奥には、前世で鞠の呼吸を知り尽くした深い知性が静かに脈打っていた。


---


4. 空間の支配と、天下へのステップ


剛は、背筋にゾクリとした戦慄を覚えた。直感的に悟ったのだ。


この甥っ子は、ボールという物体に対する空間解像度と、肉体の連動性が異常なまでに高い。サッカーの神様に愛された『本物の天才』の片鱗がそこにあった。


剛は震える手でポケットからスマートフォンを取り出し、カメラの動画撮影を起動した。


「し、氏真。次は、そのボールを持ったまま、あっちのミニゴールまで運んでみてくれ!」


「はーい、やってみるね!」


(……承知。ドリブル、と言うのだったか。さしずめ此処が、予の新たなる天下取りの初陣というわけだな。心が躍るではないか)


「タッ、タッ」と、氏真が小さな歩幅でボールを優しく押し出し、ドリブルを開始した。


背筋に一本の芯が通ったようにピンと伸び、顔が完全に上がっている。視線を前方に向け、周囲の状況を常に確認する「ルックアップ(首を振るスキャニング)」の基本が、教えられずともすでに完成していた。


「あ! 氏真、ずるいぞー!」


「ボールよこせー!」


団子状態から抜け出した他の子供たちが、ワラワラと氏真に向かって突撃してきた。


しかし、氏真は全く慌てない。彼は首を細かく振りながら、向かってくる相手の走る速度、体の向き、そして「重心」がどちらに傾いているかを冷静に見極めていた。


一人の男の子が猛スピードで突っ込んでくる。


氏真はその突進をギリギリまで引きつけ、相手の軸足が地面に固定された瞬間を見計らい、左足のアウトサイドでボールを優しく斜め前へと押し出した。


相手の運動エネルギーをそのまま利用した、極めて論理的で合理的なステップワークだ。

さらに正面から二人が立ち塞がる。


氏真は右足のソールでボールをピタッと手前に引き、そのまま軸足の後ろを滑らせるようにして鮮やかに180度反転した。


「キュッ!」とスパイクが人工芝を擦る音。現代サッカーでいう「クライフターン」を遥かに凌駕する滑らかな方向転換。子供たちは何が起きたか分からず、誰もいない空間に突っ込んで互いに衝突した。


>> スキル発動:【無拍子むびょうし:ランクB】

攻撃系 / 効果:相手デバフ(SPD低下、反応遅延) / 発動条件:相手のプレス接近時

予備動作を完全に消し去り、相手の運動エネルギーの逆を突く極めて合理的なステップワーク。


氏真の動きは、まるで舞台の上で優雅に舞う伝統芸能のようだった。一切の無駄がなく、緩急の差だけで、群がる園児たちを次々と無力化していく。


剛の全身に鳥肌が立った。


氏真はそのまま誰もいないピッチを独走し、小さなミニゴールへ向かって、インサイドキックで正確にボールを転がし入れた。


——バスッ。


ネットが静かに揺れる音が、ピッチに響き渡った。


まだ見ぬ未来の、世界を熱狂させるサッカーステージの序奏が、この四歳の小さな体に宿り始めていた。


剛は興奮冷めやらぬまま、撮影したわずか30秒の動画を、自身のSNSへ「うちの4歳の甥っ子がヤバすぎる件」というキャプションとともにアップロードした。


---


5. 凛と咲く花、時を越えて


その頃、静岡から遥か遠く離れた東京の超高層ビル群。


巨大複合企業「ミツウロコ・HAYAKAWAホールディングス」の最上階で、一人の少女がタブレットの画面を食い入るように見つめていた。


早川愛はやかわ あい


大手企業グループの最高権力者を祖父に持ち、僅か七歳にして大人をも気圧す圧倒的な気品と知性を漂わせる少女だった。


愛は、たまたまSNSのタイムラインに流れてきた短い動画を見て、完全に硬直していた。


画面の中で、驚異的なボールコントロールと優雅なターンを見せる四歳の男の子。その背筋の伸びた独特の立ち振る舞い。そして、強く気高い黄金色の瞳。


目元から大粒の涙がハラハラと零れ落ち、タブレットの画面を濡らす。


「……やっと、やっと見つけましたわ」


(五百年……五百年もの間、あなたを待ち続けておりました、氏真様)


(周囲があなたを『暗君』と嘲笑おうとも、私は知っておりました。あの日、来世で巡り会えたなら、今度こそあなたを不遇のままにはさせないと、私は魂に誓ったのです)


前世において、激動の戦国を共に生き抜いた正室「早川殿」。


彼女もまた、この現代に記憶を宿したまま転生を果たしていたのだ。


「おじい様に伝えなさい。我が早川家の全てのネットワークを使い、静岡の『インパルス清水FC』というクラブへの出資準備を進めるように、と」


控えていた老執事に告げる愛の瞳は、ゾクッとするほどの妖艶な光を放っていた。


「あの方の持つ『雅』なる才能を、私が全てを懸けて世界の頂点――『天下』へと押し上げてみせますわ」


一方、そんな巨大な運命の歯車が動き出しているとは露ほども知らない清水のピッチ。


初陣のゴールを決めた四歳の吉良氏真は、オレンジ色に美しく染まり始めた駿河の空を見上げ、フッと優雅に微笑んでいた。


自分の意志で選び取る、未来への知的なワクワク感が全身を満たしていく。


戦国を生き抜いた蹴鞠の宗家が、現代サッカーという最高の舞台と出会った。空間を支配するその技術は、やがて世界を震撼させるストライカーへと進化していく。


新たなる天下取りの物語は、このオレンジの風が吹く清水の地から、熱く、激しく、今まさに幕を開けたのだ。



【次回予告】

剛がSNSに投稿した動画は、瞬く間にサッカー界のタイムラインを駆け巡る!一方、動画を見た財閥令嬢・早川愛は、抑えきれぬ重い愛とともに静岡・清水の地へ!驚く氏真の前に、まさかの「押しかけ女房」のごとく現れて……!?

第2話:【凛々しき令嬢と、雅なる天然】。次なる天下へのパスを回せ!

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