第一話 夢で死ぬと、現実が欠ける
2026/5/24の11時~12時更新の日間ローファンタジーにて、74位に初ランクインできました!
拙作小説【夢で死ぬたび、現実の自分が削れていく】投稿開始から20日目でした。
皆様から頂いた温かい応援を胸に、これからも執筆を続けて参ります!
目が覚めると、見知らぬ戦場だった。
味方は――いない。
夕闇の塹壕に、何かが雪崩れ込んでくる。
人間の子どもほどの大きさの異形の群れだった。
手には粗末な刃物。耳障りな悲鳴をあげながら、一直線にこちらへ殺到してくる。
(殺される)
直感の次の瞬間、脚を掴まれ、胸倉を引き寄せられた。
無数の手から刃が落ちる。
一度、二度、数えきれない。
視界が赤に染まり、私の意識は血溜まりの中で途切れた。
――覚醒する。
見慣れた、病院の天井だ。
上体を起こすが、何やら廊下が騒がしい。
足音と叫び声が響き、扉が開く。
そこに立っていたのは――さっきの夢の異形だった。
鈍い刃が、再び迷いなく振り下ろされる。
首筋に冷たい線が走り――視界が暗転する。
また、目が覚めた。
だが今度は、何も見えない。
光がなければ輪郭もない。
あるのは、音だけだ。
「……精密検査でも異常は見つかりませんでした」
「急に盲目になる症例は前例がなく……」
母と主治医の声。私に寄り添っているようでどこか遠い。
まるで、別人に関する話を聞いているみたいだ。
私は知っている。
これは病気じゃない。
私は、誰にも知られない場所で死んだ。
そして――その代償を、ここで払っている。
(次に死ねば、もっと削られる)
確信が、静かに胸の奥に沈んだ。
(次は、死に方を選ばないといけない)
やがて眠りに落ちる。
――気付けばまた、夢の中に居た。
一面の荒野。
対峙しているのは、ひとりの巨躯の剣客。
黒いぼろを纏っており、すげ笠で顔は見えない。
だが、濃密な怨恨と殺意だけが、皮膚を刺す。
一歩、武人の歩法で距離を詰めてきたかと思った瞬間。
それだけで間合いが消えた。
(無理だ)
手元にあるのは、錆びた鉈一本。
動きも装備も違う、勝てる相手じゃない。
刹那――首が、宙を舞う。
回転する視界の端で、男がわずかに笑った。
すげ笠の影の下。
そこにあったのは、歪んだ笑みと――血涙を流す、単眼の異形。
――再び視界が暗転する。
目が覚めると、いつもの病室だ。
盲目の暗闇は変わらない。
だが今度は右手の感覚がない。
「なるほど。それで■■さんは、夢の中で化け物に襲われ続けているんですね」
夢と心理の相関を研究しているという精神科医に、主治医はいつの間にか替わっていた。
「夢で攻撃された部位が、現実で麻痺する……そういうことでしょうか?」
「いいえ。そこに法則性はありません」
少しだけ考えてから、私は続ける。
「ただ……敗北するたびに、ランダムで何かを奪われている気がします」
――夜になれば意識がまた夢に落ちる。
さっきまで、誰と話していた?
……思い出せない。
そもそも、私は――いや、どうでもいい。
今は逃げなくては。
背後の丘から轟音が轟き、大地が震える。
稜線の向こうから現れたのは、一台の戦車。
黒く巨大だ。履帯は崩れかけているのに、速度は落ちていない。
木々をなぎ倒し、岩を砕き、一直線に迫ってくる。
全力で走るが、息が切れる上に脚が重い。
一体の異形が背に取り付いて重しになっているからだ。
ゲタゲタと耳障りな嗤い声が耳元で聞こえる。
(間に合わない)
次の瞬間、衝撃が全身を襲い、身体が潰れた。
視界が弾け、音が途切れ――戦車は一度停止した。
そして、ゆっくりと後退する。
もう一度、私を踏み潰すために。
――視界が暗転する。
いつもの病室に横たわっているのだろうか、意識が浮上しても変わらない盲目の暗闇。
深く息を吸う。……今度は匂いが、しない。
嗅覚が奪われたのだろう。
そのとき、ふと一つの考えが浮かんだ。
(……なら)
(勝てば、取り戻せるのか?)
最初から勝てなくてもいい。
地形。状況。選び方次第で――次は、変えられるかもしれない。
再び、夢に落ちる。
――場所は厨房。
見知らぬ空間ではあるが、状況の把握に努める。
巨大な鍋と立ち上る異臭。
目の前には、蒼い肌の子ども。目が四つもある。
原形を留めたままの動物の死体を、淡々と刻んで鍋に投入していた。
鍋から死体が溢れてもお構いなしだ。
その時、遅ればせながら気づく。
(……見える)
現実で失ったはずの視力も嗅覚も、ここでは戻っていることに。
(なら、戦える)
視線を巡らせる。
包丁。鍋蓋。火。
武器になり得るものは、幸いいくらでもある。
相手は子どもサイズ。
一気に畳みかければ――
(いける)
そう思った、次の瞬間。
刃が飛んできた。
遅れて、痛みが走る
脚に、ナイフが突き立っている。
速い上に正確すぎる投擲だった。
子どもの見た目をしたそれは、達人の手つきで刃を操っている。
「……ッ!」
体勢が崩れ、床に膝をつく。
それを目にした異形が嗤う。
ゲタゲタと、歪んだ声で。
(終わる)
だが――這う。
諦めずに身体を引きずり、距離を少しでも詰める。
異形の見せた油断と慢心。
その一瞬に、隠し持っていた包丁を叩き込む。
手応えがあった。だが、相手の絶命を確認するまでは止まれない。
互いに刃を振るい、どこでもいいので刺し貫こうともがく。
刺して刺されて、それを幾度となく繰り返す。
赤と蒼の血が混ざって床に広がっていく。
失血で意識レベルが低下して視界が揺れる。
――やがて世界が暗転した。
目が覚めれば、いつもの病室で寝ている感覚がある。
思わず呼吸を整え、全身の感覚を精査する。
……前回意識を取り戻した時から変化はなかった。
つまり先ほどの夢では何も失っていないということ。
(引き分け……?)
そう直感する。
(なら)
(負けなければ、削られない)
勝つ必要はない。
少なくとも――負けなければいい。
答えはまだ出ないが、悪夢の進み方は見えてきた気がした。
久しぶりに見返してみたら肝心の第一話が酷い出来だったので、全体的に書き直しました。




