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第十六話

『セイ。本当に戻るのですね』

「ああ。もう泣き尽くしたし、これ以上泣いたらソレイユに怒られる」

 真っ青な空の色の海に包まれた楽園はドーム状になって空間と空気を確保していた。

「これが、お前のいる箱? 開けたらお前が入ってるのか?」

 周囲はセイがこれまで見たことのない白い石造りの街並みで、トゥトゥがいる“箱”は、これもセイが見たことのないものだった。古代の遺跡で似たようなものを見た気もする。

『私はプログラムですので、開けたとしても私が物質的に存在するわけではありません。それはあくまでサーバにすぎません』

 セイはサーバと呼ばれる箱に自分の耳飾りを置いた。

『それは?』

「母さんの形見。オレには、こっちがあるから」

 セイは自分の耳に触れた。そこには銀色の枠に飾られた、ソレイユがしていた耳飾りが揺れている。

「ソレイユを見守ってくれるように。トゥトゥも、ソレイユを頼むよ」

『セイ……確かに、ネレイドに浄化された生命はこの楽園で再構築される仕組みです。ソレイユも理論上はいつか再構築され、戻ってくるでしょう。しかしそれは──』

「ああ。いつになるか分からない。明日かもしれないし、十年後、二十年後かもしれない。オレが生きている間は無理かもしれない」

 セイは空を見上げた。海はすっかり青く、空の色が透き通って見えている。もう暗い海はどこにもない。

「でも、最後のソレイユのお願いを守らないと。みんなに楽園の光を見せる。みんなを連れてくる。そうしたら、地上の争いなんてなくなるんじゃないかな」

『セイ……』

 セイは浄灯篭の前に立った。

「これ、オレ一人でも帰れるんだよな?」

『はい。一定の人数が必要なのはネレイドが浄化中の時のみです。浄化が終わった今、あなた一人でもビセトレドに戻れるはずです』

「そうか。色々ありがとな。トゥトゥ」

『あの……やはり、私も同行したほうが──』

「いや、オレ一人でやりたいんだ。それに、ソレイユや船長がこの楽園で目を覚ましたら、お前が案内してあげて欲しい」

『……分かりました』

「それに」

 セイはソレイユの耳飾りにそっと触れた。

「オレは一人なわけじゃない。ソレイユも、母さんも、ソレイユの弟も、みんないる。いや、きっと皆そうなんだ。一人だけで生きてる奴なんていない。皆、誰かを支えて、支えられて生きてるんだ。今会えるか会えないかはたいした問題じゃない」

『……そうかも、しれませんね』

「あ、もちろんトゥトゥ、お前もな。ずっと一緒だよ。ただちょっと会えなくなるだけ。なに、皆個々の話聞いたら押し寄せてくるからすぐ会えるさ」


 セイは一人、浄灯篭に乗って青い海を上に向かって上昇する。

 黒く、夜の闇のようだった海は美しく晴れ、かつての青を取り戻した。

『私の声も地表に近づくにつれ、届かなくなるでしょう。その前にセイ。白の光──あなた方の言葉でいうところの影の子について。あなた方が白の光としてネレイドに登録される条件は、自己犠牲』

 浄灯篭は昇る。まるで空に向かって昇るように。

『誰かのためなら自分の命も惜しくない、そう思わせる存在こそが白の光。ネレイドが浄化の必要なしと判断する条件なのです』

 セイは青い海を見上げる。もう海の色なのか、空の色なのか区別がつかないほどに海は青い。

『まだ浄化されたのはこの近辺の海だけに過ぎません。ネレイドの浄化が終わるためにはまだまだ長い年月がかかります。そして、人類が白の光となるためにはもっともっと……もしかしたら、永遠にその日は来ないのかもしれません』

 セイの青い目に空の色が重なる。かつて彼の瞳に浮かんでいた絶望の色はもうない。

『ですが、私も信じようと思います。いつか、この地表が浄化される日を。かつて“地球”と呼ばれたこの水の星が蘇る日を──』

 浄灯篭が海面に出た。セイは太陽を見上げ、まぶしそうに目を細める。

「ああ。ソレイユ。君の、太陽の光。届いたよ。海の底まで」

 かつて暗かった海の底で。

 青い光の差すはるか彼方で。

 君が待っているから。


<了>

これで第一部は完結です。

アスワドなど完全に描き切れていないキャラや伏線もまだまだ残った状態です。

第三部まで構想はありますが、ご好評頂けるようならまた続けようと思いますので是非応援よろしくお願いします!


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