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第十話

「誰だ!?」

 セイは咄嗟にソレイユを抱き寄せた。ソレイユも不安げにセイに寄りかかる。

『私はトゥトゥ。あなた方、白の光を導くためのアーティフィシャル・インテリジェンスです』

 セイは周囲を見回したが、自分たち以外に人影は見当たらない。

「どこにいる!?」

『その問いに答えるのは簡単ではありません。私はどこにも存在しないとも言えるし、あなたのすぐそばにいるとも言え、また、どこにでも存在するとも言えるからです』

「どういう意味だ?」

『その意味に答えるためには私の存在がいかなるものかを定義する必要があります。しかし残念ながら私の存在の定義はあなた方の捉え方により変動し、一定しません』

 セイは緊張している自分がバカらしくなってきた。警戒はしたが声の主はどうもこちらの考えとはズレているようだ。

「……こいつ、何を言ってるんだ」

「セイ、誰なの? どこにいるの? どこにも気配がないよ?」

「オレにも分からない。少なくとも見えるところにはどこにも─┬」

『私の姿をあなた方の視覚情報で認識することは困難です。もし視覚的な認識ができたとしたら、それは一種のバグと言えるでしょう』

 小声で呟いたつもりだが声の主には聞こえているようだ。

「オレたちの声は筒抜けか。お前はなんなんだ?」

 セイの声から最初の緊張はすっかり抜け落ちていた。得体の知れない存在ではあるが、敵意や害意がないのは確かなようだ。ただ受け答えがかみあっていないことへの戸惑いはより強まってきた。『なんなんだ、その問いが私の役割についてと仮定した上でお答えします。設計者が私に与えた役割はガイドナビゲーター。登録されたあなた方を補佐することです』


「それでトゥトゥ、だっけ? お前はオレたちを楽園に連れていってくれるんだな?」

 セイは部屋全体に点在する松明の全てに火を灯した。空間の広さは帆船が丸々一艘分収納できるほど大きいことが分かった。

『私が連れていくわけではありません。私ができることは音声によるアナウンスに限定されます。しかし、あなた方に効果的な手段をご案内できます』

 セイは祭壇のような台座にのぼる。

「お前は女なのか? 声はそんな感じするけど─┬あった。これか」

 セイは竜骨の船底にあたる部分に埋め込まれた、白いリンゴ大の球体を手に取った。

『私に性別はありません。私の音声が女性のように聞こえるのは、人間の聴覚に心地よい音域を統計的に判断した結果に過ぎません』

「ああ、そう……何言ってるのか全然わからないけど。ジョートーローだっけ。これでいいのか?」

 セイは球体を水面に浮かべた。すぐソレイユのそばに駆け寄って手を握る。不安そうにたたずんでいたソレイユは少し安心したように微笑み、手を握り返す。

『はい。浄灯篭は本来は救命装置の一種です。しかし、光骸船が起動できない現状ではあなた方の目的を達成するのに最適です』

「コウガイ船……」

 セイは竜骨だけの船体を見上げる。セイが見た限り、形状から船種はピンネースと呼ばれる小型の高速船のようだ。

「何百年も昔の船、か。それと、鎧」

 セイは黒く変色した白骨死体のように見える鎧を見た。

『潜水服です。あなた方のように登録されていない者が海に触れても分解されないための装備です』

「この船も、鎧も、なんで動かせないんだ?」

『光骸船については白の光、つまり登録者の人数不足です。この船には八人以上の登録者が必要となります。潜水服については耐用年数の超過による機能停止、つまり故障です』

 ピンネースの運用には八~十五人程が必要になる。そんなものなのかもしれない。

「ねぇ、天使さま。この白いので本当に楽園に行けるの?」

 ソレイユが言った。その声には期待の色がにじんでいる。

『私は天使ではありません、ソレイユ』

「違うの? だって、大昔から生きてて、今は私たちを楽園に案内しようとしてくれてる。男でも女でもない。それって天使さまって言うんじゃないの?」

『天使、という呼称は宗教上の信仰対象の使いを差し、主に“啓典の民”と呼ばれる教義の中に登場する概念です。しかし、私を制作した技術者たちはあなた方と同じ人間であり、宗教でも、信仰される対象でもありません。少なくとも私が制作された時代はそうでした』

「???」

 ソレイユにはトゥトゥが何を言っているか理解できなかった。セイも同じだった。

「でも、楽園には行けるんでしょ? 楽園は、本当にあるんでしょ?」

『はい。現地点と目的地を往復することしかできませんが、機能としては十分なはずです』

「で、いつ行けるんだ?」

 セイが口をはさんだ。

『あと数分ほど必要になります』

 セイは水面に浮かべた球体を見て驚いた。

「大きく……なってる!?」

 最初に手にした時はリンゴほどの大きさだった球体が、今では大き目のメロンほどの大きさになっている。

『直径三メートル程になれば準備は完了です』

「昔の技術がスゴイのは知ってたけど……こりゃ、昔は海が青かったってのもあながちウソでもないのか」

 セイはソレイユと一緒に床に腰をおろした。

『海が青かった、この認識には少々誤解があります』

「違うのか? お前は大昔から人を楽園に導くための案内人なんだろ? 昔の海はどうだったんだ?」

『案内人という表現が適切かは置いておいて、現在あなた方が海と呼んでいる広範な水面は、厳密には海ではありません』

「海じゃない? じゃあなんだって言うんだ?」

『ネレイドです』

「ねれいど?」

『旧時代に信仰されていた海の神の名を冠した、汚染された環境を浄化するためのナノマシンです。海水の中に留まるため、厳密にはネレイドが混ざった海水の集まり、です。純粋な意味での“海”は、少なくとも地表にはもう存在しません』

「……ねぇセイ。天使さまの言ってること分かる?」

「ぜんぜん……」

『申し訳ありません。私は技術者や登録者用に調節されているため、親しみやすく一般的な言葉使いをするようには調整されていません。私の案内のどこがどのように分かりにくいのか、個別に指摘して頂けるとより細かく詳細な説明が可能ですがいかがですか?』

「いや……いい。余計分からなくなりそうだ」

『そうですか。ソレイユはいかがですか?』

「私もいい。何が分からないのかが分からないから、質問のしようがないよ」

『それは残念です。そろそろ浄灯篭の準備が整います』

 セイは水面を見た。白い球体はもう三メートル近い大きさに膨れ上がり、淡く白い光を放っている。

「これ……船の光と同じか?」

 セイには馴染み深い光だった。船に除光液を塗ることで発生する淡い燐光と同じに見える。

 船が航行する時に目印になりやすいよう、海賊船や密輸船などの一部の船以外は除光液を塗って発光させることが船乗りの間での慣例となっている。セイも何度も船体に除光液を塗る作業をしたことがある。

 本来光の反射を抑えるはずの除光液がなぜ光を発するのかでは理解できないが。

『原理は同じです。除光液を塗布することによる反作用であり、発光ともいえる光の反射が発生します。ネレイドは金や銀などの金属ナノ粒子、チタニアベース化合物の高屈折率ポリマーを含んでおり─┬』

「あー、もういい。説明はもういいから」

『そうですか。浄灯篭の準備は完了しました。乗ってください。これが青の楽園にあなた方を導いてくれます』

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