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女辺境伯の結婚事情  作者: 白雲八鈴


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第64話 父としての言葉

「だから先走らないようにと何度言えばいいのですか!」


 自動二輪は旧領都の入り口で、私の八つ当たりによって破壊してしまった。なので、自分の足で駆けている。


「ザッシュ。アランが先頭を突っ走っているからいいだろう!」


 文句を言われているが、アランが先頭を駆けている。お前達の自動二輪は無事のはずだが?

 私が壊したのは私のとザッシュのとディオールの自動二輪だ。


 だから背後からついてくるマルクは自動二輪に乗っている。そしてレントは領都メルドーラにいるサラエラに報告に行ってもらっている。


 そして私の視界に青い髪の人物が目に映った。


「アラン! ボルガード第一師団長とサイザール第一副師団長と変われ!」

「はっ!」


 ボルガードは立っているのが不思議なぐらい満身創痍だ。なんとかサイザールと妹のキリアがいるから状況を保っている。しかし三人がかりでも父を止められないということだ。


「マルク! ボルガード第一師団長を応急処置後、ダルクの元に連れて行け!」


 私は背後に向かって叫ぶ。


「猶予はないぞ! マルク!」


 私の命令にマルクは文句を言わずに私を抜かして、アランの元に向かっていった。ボルガードを失うわけにはいかない。


 私は息を大きく吐く。そして、足に力を込めて更にスピードを上げた。


「シルファ。ディオールを置いていっているぞ」

「構わない。私が急ぐのはサイザール兄妹の治療をして下げるためだ」


 そうしている内に、アランが父の剣を受け止め、マルクが浮遊の魔術でボルガードを回収する。そしてそのまま立ち去っていった。


 間近で見る父は十二年前と何もかわらない武神という立ち振舞だ。剣を向けるのも烏滸がましいと思わせるほどの覇気が、私の身に突き刺さってくる。


「サイザール第一副師団長。よく止めてくれた」


 私はそう言いながら、ボルガードほどではないが、左肩に深手を負っていた。その傷を治療する。


「キリア。サイザール第一副師団長を連れて下がれ、応急処置しかしていないから、治療師に見せるように」

「はい! ……あの父もどきが後方で……」


 私は領都メルドーラの方に視線を向ける。あ……うん。アルベーラ閣下を思わせる戦いだね。狂犬のサイザールを普通に相手してしまっている。

 これはユーグを連れてきた甲斐があった。流石に狂犬のサイザールの相手は普通の者では無理だ。息子であるベルディル・サイザールは無意識で苦手意識を持っているしな。


「お嬢様!」


 アランの叫び声に、私はキリアにベルディルを押し付け、振り返れば甲高い音と共にランドルフが剣を抜いていた。


「ヴァイザール如きが先見の姫の側に何故いる!」


 父がランドルフに向かって剣を振るっていた。先見の姫って誰のことだ?

 はっ! 来る!


「ランドルフ! 避けろ!」


 青い雷撃が大気と大地を切り裂く。私は後方を逃げるキリアを守る為に前面に結界を張る。


 が、横に引っ張られた。


「シルファ!」


 私の結界を切り裂いてきた!

 え? この私の結界を父は剣で斬ったのか?


 そして私は父に抱えられていた。この状況に私は混乱している。何故にこんな状況になっているんだ?


「アンジェリーナ様。何故このような場所に? 王都に戻るように申したはずです」


 父。私は母ではない。

 あれ? 母が王都に戻ったのは父が母に言ったからだったのか。

 もしかしたら父は母がこの戦場にいると勘違いして、グラーカリスの術を自力で破ったのか。


「父上。私はリリアシルファです」


 すると青い瞳が大きく見開かれた。

 そうだよね。父の中の私は十三歳のままだろう。


「ディオール」

「はい『全ての命令を解除する』」


 追いつてきたディオールに声を掛けると、父に掛けられた口音の術の解除を行った。


「後方で戦っているサイザールも解除をしろ!」

「はっ!」


 ディオールはそのまま後方に駆けていった。

 そして私は斜め上を見上げる。なんだか新鮮な気分だ。


 父に抱えられるなど、初めてなのではないのか?


「リリアシルファなのか?」

「はい」

「では先程の者はマリエッタの……」

「はい。長男です」

「そうか……ザッシュはわかるが、そこのヴァイザールはなんだ?」

「私の夫です」

「リリアシルファはファルシアのはずだ。ヴァイザールに嫁ぐことを王家が認めたのか?」


 ん? ファルシア? 私の名を逆に呼んだ?


「父上。その呼び名はどういう意味ですか? それから今は私が、ガトレアールの名を継いでいます」

「そうか……説明をしたいが時間のようだ」


 私を抱えている父の腕が落ち、地に足がつく。

遷化の(フェアルティ)破鏡(クヴェラ)』は、まだ破壊していないぞ。まさか全ての死者の命令を解除した時点で元に戻る仕掛けが施されていたとかか!


「では『アラエル』とは何ですか!それだけ私に教えてください」

「アラエル……それは泉の女神の名だ」


 泉の女神の名? 泉の女神の名はアクアエイラのはずだ。それに名は、廃都を探して得るようなものではない。他に意味がないのか?


「そして女神の心と……呼ばれる玉だ。そこに魔神が封じられている」

「それはどこに!」

「……全て……先見の姫に……聞くがいい……」


 ボロボロと崩れていく父。先程まで生きている人と変わらなかったのに、今では乾いた皮膚が形を保っていられず崩れていっている。


「リリア……大きくなったな」


 青い瞳を私に向け、父は右手を私の頭を撫ぜるように触れた。触れた瞬間、土塊(つちくれ)のように崩れていってしまう。

 初めて父に父親らしい声を掛けられた。そして私の頬に一粒の雫がこぼれ落ちる。


「あれから十二年経っていますから。それから、そのような説明では全くわかりません」


 私は地面に積もった土の塊に言った。

 わかったようで、わからない内容だった。


「シルファ。あとで丁重に埋葬しよう」


 ランドルフが私の頬を拭いながら言う。

 そうだな。父の棺の中にこの土を戻そう。骸はその形を失ってしまったが、先程まで父として動いていたものだ。


「ああ」


 今回の騒動はこれにて終結となった。


 いや、始まりと言うべきか。あの男は国を巻き込んだ戦いをここから始めるのだろう。



 死者は428人。多くの者を今回の騒動で失ってしまった。

 第四師団。五部隊の全滅に続き。第一師団のイグール駐屯部隊の全滅。

 その中でも父が率いる死者の部隊との交戦で、多くの者がその命を散らしていった。


 一番被害が多かったのは初手に攻撃してきた狂犬サイザールの剣に倒れた者たちだ。その剣を押さえ続けた第一師団二十八部隊長とユーグには感謝しかない。


 そして治療部隊の活躍もあり被害は最小限に押さえられたとも言える。


 事後処理として、グラーカリスの術にかかった者は十三人。思っていた以上の多さだった。


 それも領軍の中でも部隊長クラスが十一人。私の屋敷の使用人が二人だった。

 中でも第四師団を除く四師団で見つかった。これでは領軍の情報がダダ漏れだったということだ。


 第四師団に紛れ込まさなかったのは、恐らくディオールの存在があったからだろう。ディオールに命令を口音の術で上書きされてしまえば、今までの命令は強制解除されるらしいからな。


 そして領政に携わっていた者の内、私のやり方に反対していた二人が消えた。

 父の代から仕えてくれていた者たちだった。

 しかしディオールに、情報を流している者をあぶり出させると通達した後に、行方がわからなくなったので、元からあの男の手の者だったのだろう。


「僕、思ったのですけど、ディオール様が先に先代様の術を解除した方が被害がなかったんじゃないのかなぁって」


 今回の戦いで亡くなった者たちを、旧領都イグールの地に埋葬しているときにマルクがそのような事を言ってきた。

 因みに私とマルクは更地になってしまった北地区で、棺を収める穴掘り要員だ。


「マルク。ディオールはオールマイティに何事もこなすが、逆にいえば何かに特化しているわけではない。魔術はマルクに劣るし、剣もザッシュより劣る。あの混乱する戦場で一人一人解除できると思っているのか?」

「え? でも集団を従わせることができますよね?」

「辺境伯様。もしかして私の事を使えない者と言っていますか?」


 マルクとディオールの言葉が重なった。声のする方を見れば、レントと共に次の棺を運んで来たディオールの姿があった。


「ここに収めてくれ。ディオール、適材適所だ。オールマイティに何事もこなすディオールにはいつも助けられているぞ」


 これは本当のことだ。私は皆に支えられているからこそ、ここに立っていられる。


「そうですか? 今回の魔導生物に対処できなかった役立たずと言われているかと」

「どんな特殊能力にも欠点はある。それを補うための仲間だ」

「そう言っていただけるのであれば、納得するようにします。それからマルク。十二年前の戦いで何を学んだのです? 個々に命じることで、個としての行動をとれるのです。集団に命じても同じ行動しか起こしません。馬鹿ですか?」


 ディオールはそう言って踵を返して、元来た方向に戻っていく。次の棺を持ってくるためだ。


「マルク。もしその作戦で我々が先に死者の軍勢と戦っていれば、死者の軍勢を死者に戻したところで、旧領都から湧き出るアンデット共に蹂躙されていただろう。辺境伯様は被害が一番少ない選択をされたのだ。頭を使え」

「うわぁぁぁぁん! 二人が僕を虐めるぅぅぅぅ!」

「マルク。土をかける手が止まっているぞ。そんないつものことで(なげく)くな」


 マルクはいつものように嘆きながらも、土を棺の上にかけている。そして、私は新たな穴を作るため、土を掘り起こす。


「少し休んだらどうじゃ?」

「エルーモゼ第二師団長」


 私に声をかけてきたのは、ガトレアールの青を纏う少女の風貌をした女性だ。背後に似た容姿の青年がいる。


「領民の避難の件は済まなかったな。突然のことに対応してくれて助かった」

「こちらには何も被害は無かったのじゃ。それぐらい大したことではないのじゃ」


 そして、神妙な面持ちで私に頭を下げてきた。


「愚かな兄の所為で、民を再び混乱に陥れ、多くの者たちを失ってしまった。本当に申し訳ない」

「エルーモゼが謝ることではない」

「しかし! あの兄を諌めるのは、我々兄妹がしなければならないことだった。昔から劣等感の塊のような兄だった。まさか死んでからも肉体を得る方法を使って蘇ってくるなんて……」


 悔しそうな顔をしているエルーモゼの側に行く。そして、視線を合わすようにしゃがみ込んだ。


「叔母上や今は亡き叔父上たちに助けられて、今のガトレアールがあるのです。それに今回父から初めて父親らしいことをされたのです。不謹慎ですが、嬉しいと思ったのも事実」

「義兄は不器用な男じゃからのぅ」


 私の言葉にエルーモゼは、はにかんだ笑顔を浮かべた。エルーモゼが気に病むことは無い。すべてはあの男が悪いのだ。


「リリア。私が穴掘りを引き継ぎますので、母の相手をしてくださいますか? それに辺境伯自らがやることではないでしょう」

「エミリオン。それでは頼む」

「ああ、後で父の話を聞かせてください」

「いいぞ。マルクは甘やかせずにきちんと働かせるようにだけしてくれ」

「辺境伯さまぁぁぁぁ!」


 私はエミリオンと代わり、マルクの叫び声を背で聞きながら、エルーモゼと共に南側に向かう。


「エルーモゼは『アラエル』とは何か知っているか?」


 エルーモゼもガトレアールの一族だ。父の謎の言葉の意味を知っているかもしれない。


「アラエル? 泉の女神の名かのぅ?」

「神魔時代の泉の女神の名はアクアエイラのはずだ」

「それは魔神に恋をした泉の女神で我らの祖じゃ。アラエルは、そこの湧き水の泉の女神の名じゃな」


 あの泉に女神がいるとは誰からも聞いたことがない。ならば、何かの隠語の可能性がある。


「それ以外の意味は知っているか?」

「さて、祖母から聞いた話では、女神は綺麗好きだから泉は汚してはならぬとしか聞いてはおらぬ」


 これは泉を大切にしろという話だな。女神が住むとなると、おいそれとは手を出さない。

 こうなるとエルーモゼは知らないらしい。


「ならば、先見の姫とは?」


 これは予想であるが、本人からそのような話は聞いたことがないので、確認しておきたい。


「なんじゃ? そなたはアンジェリーナ様から何も聞いておらぬのか?」


 やはり母のことだったのか。父が私を母と間違えたことから、そうではないのかと思っていたが、母のロズイーオンの力はそのように現れたのか。それは叔父上自身が護衛を務めるだろうな。

 いや、叔父上の母への敬愛度は逸脱しているので、物差しで測れるようなものではなかった。


「ではファルシアとは?」

「初めて聞く言葉じゃが、『ルシア』は古代語で星ではなかったかのぅ?」


『星』か。やはり王都に行くついでに母のところにもよらないといけないのか。


「ああ……王都に行くと結婚式が、どうだこうだと言われそうだから母のところに行きたくないなぁ」


 私は晴れ渡るガトレアールの青色をした空を見上げる。王都には早めに行ったほうがいいのはわかるが、領地の後始末もあるからな。

 そうだな。後始末が終わってからでいいな。


「そうじゃな。結婚式は盛大に行わなければのぅ」

「エルーモゼ。それはまだ先の話だ。死者を弔って、領地の守備を見直さなければならない」


 あれだけ外部の者は簡単に入れないような仕組みを作ったはずなのに、まさか内側にいるものを洗脳する手を使ってくるとは……しかし、これ以上がんじがらめにすると、人や物の流通を滞らすことになってしまう。


「わかったのじゃ! 任せるののじゃ!」


 何がわかったのかわからないがエルーモゼは突然駆け出してしまった。


「あと旦那様を見送ってくれてありがとうなのじゃ!」

「いや……私は、死者を殺したに過ぎない」


 私の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、エルーモゼはそのまま私に背を向けたまま行ってしまった。



65話と同時投稿です。

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